治安が悪い(二)
いつもなら留置場に戻されるのに、今日は違った。
雑居ビル。
そのオフィス。
チヨダが「ご苦労さまです」と出迎えた。
「座ってください」
負傷者の心配もせず、いきなり反省会とは。
まあエレガントマンがいる以上、負傷者は存在しないわけだが。死んでなければたいていの負傷は治せる。自分自身さえ。つまりエレガントマンを殺そうと思ったら、頭か心臓を一撃で潰す必要がある。
俺は腕を見せた。
「通信機がぶっ飛ばされたんですが」
「このあと支給します。座ってください」
なら座るか。
座るまで終わらなさそうだし。
全員が着席すると、チヨダはぬめっとした目でこちらを見た。いや、こちらというか、どこを見ているか分からない目だが。まあ方向としてはこっちだ。
「じつは先日、皆さんの所属する評議会から圧力がありました。我々の提携している宇宙管理委員会と手を切れというのです。でなければ、我々を潰すと」
これに「えっ」と声を出したのはスティレットだけ。
他のメンバーは、肝が座っているか、興味がないか、そのどちらかだ。
俺はスッと挙手をした。
「宇宙管理委員会がなんなのか、説明したほうがいいのでは?」
「静かに。いまからしますから」
表情こそ変えないが、あきらかにうるさがっていた。
「宇宙管理委員会というのは、もとは宗教団体でした。しかし教祖が超人になってからは、超人の支配を望むようになりまして。政府に介入して、一部、超人関連の業務を代行するようになりました。当初は小さな存在だったのですが、急速に規模を拡大しだしまして。ついには評議会の管轄まで侵食が始まりました」
委員会は、明らかに評議会を食おうとしている。
政府の判断ミスだ。
チヨダは静かに続けた。
「ここからが本題です。これまでの業務内容は、すべて上からの指示で決まっていました。つまり上が処分しろと言ったターゲットを、我々で処分していた」
「我々っていうか、俺たちがね」
「……」
せっかく情報を正確にしてやったのに、無視されてしまった。
クソ職場だ。
「しかし今回は違いました。我々が独自にターゲットを選出し、作戦を開始しました。あとは知っての通り。横から妨害が入った。おそらく、というかほぼ、爆弾を仕掛けたのは委員会と見て間違いないでしょう」
さも説明しましたみたいな顔をしているが、まったく説明が足りていない。
俺はまた補足してやることにした。
「その前に、これまでのターゲットを決めてたのが管理委員会だって言ってくれなきゃ、今回の行動の異常性が伝わりませんよ」
「さっきから君ね……」
「あいつらは、街で暮らすC級の超人に接触して、深海とかいうクスリを配り、B級にした上でどこかに派遣してたんです。で、手に負えなくなったら俺たちに処分させていた。違いますか?」
「どこでその情報を? スターゲイザーですか?」
「言うわけないでしょ」
スターゲイザーがくれたのはヒントだけだ。あとは俺の妄想で補った。チヨダが認めた以上、ほぼ事実だと考えていいだろう。
チヨダが口を半開きにしていたが、俺は構わず言葉を続けた。
「つまり今回のターゲットは、委員会にとって消されたくないターゲットだった。そこに手を出したから妨害されたんです。あいつら、ただのテロ組織ですよ」
チヨダはかすかに溜め息をついた。
「ですが、世間はそう見てませんよ。これを見てください」
彼がPCを操作すると、壁のディスプレイに映像が映し出された。
最初は飛ばせない広告。
数秒経ってから「スキップ」ボタンが押され、肝心の動画が流れた。
今日のライブの様子だ。ファンたちが殴り合っているシーンから。やがて急な爆発。カメラは爆発そのものを映していなかったが、直後の映像は撮影していた。血まみれで倒れている俺を、エレガントマンが治療している。
超人が街中で能力を使用する決定的な証拠だ。B級以上の超人は、街にいないという政策のはずなのに。
機械による合成音声で「こんなの超人によるテロ行為としか考えられないぜ」とナレーションがついている。ほかにも考えろこのコンコンチキ。
チヨダは映像を消した。
「超人のせいにされてます」
まるで他人事だ。
俺は情報を正確にする必要がある。
「これをもみ消すのも政府の仕事ですよね」
「簡単に言いますね」
「俺たちは、そちらの都合で仕事を強要されてるんです。責任まで押し付けられたらたまりませんよ」
「しかし巨大な組織というのは、いざとなればトカゲの尻尾を切るものです」
堂々と自己紹介するな。
俺たちを見捨てると言ってるようなものじゃないか。
「そんなことをしたら、評議会の望んだ通り、ケンカになるのでは?」
「上はそれでもいいと考えているようですね」
上は、ね。
ならこいつらはどうなんだよ。
いや、悲観するのは早い。今回、こいつらは、上の言いなりにならず、自分たちでターゲットを選出した。結果はご覧のありさまだが。少なくとも自主性がないわけではない。
俺は立ち上がり、チヨダのデスクに近づいて通信機をつかんだ。
「とにかく、うまいことやってくれるって期待してますよ、チヨダさん。俺たちの命は、そっちにかかってんですから」
「ええ。分かってますよ」
目を細めて不快そうな返事だが。
まあこの男にも、いろいろ思うところがあるのだろう。
*
事務所を出てから、帰りのワゴンに乗車。
これでやっと家に帰れるのかと思うと……。まあ、その家というのが監視つきの檻の中というのは哀しいけど。
ワゴン内で、スティレットが声をかけてきた。
「ね、サノバ。さっきの話、ホントなの?」
「たぶんね」
チヨダのリアクションを見る限り、図星だったのだろう。
俺たちはすでに、委員会の手駒として動かされてきたのだ。
「どうやって調べたの?」
「そうだなぁ。こっちが聞いてもいないのに、なぜか情報をくれるお人好しがいるからかな」
「スターゲイザーって人?」
「そう」
「サノバとは、どういう関係なの?」
やけにぐいぐい来る。
別に怪しい関係ではないのだが。いや、時間を止めてまで会いに来ると考えると、だいぶ怪しいか。
「俺に協力して欲しいらしい。でも俺はオーケーしてないよ。評議会を裏切るつもりはないから」
「え、スカウトってこと? すごいじゃん。んー、でもごめん、なんでサノバなの?」
素直すぎてむしろかわいい。
まあそうだよな。
攻撃面で見れば、オルガンやフェニックスのほうが優秀だ。俺も手を犠牲にすれば攻撃力をあげられるが。代償が大きすぎる。無制限の能力じゃない。あんまりやりたくない。
「なんでだろうな。突出して強いわけでもないのに」
「サノバも気づいてない能力があったりして?」
「まさか」
ちゃんと把握している。
*
帰宅してから、俺はビールとピーナッツで「豪遊」した。
ここではほかに娯楽がないのだから仕方がない。
「紙袋が欲しい」
「はぁ」
「頭が入るくらいのやつ」
「わ……かりましたぁ……」
姿は見えないが、別の房のエレガントマンがスギウラに買い物を頼んでいるのが聞こえた。
紙袋……。
どうしても必要なのか。
俺は壁を見つめながら、ピーナッツをかじってビールで流し込んだ。
うまい。
シンプルにうまい。
ビールが偉いのか、ピーナッツが偉いのか……。まあ両方だな。この世界は完璧ではないかもしれないが、少なくとも神は人間たちにビールとピーナッツを与えてくれたわけだ。
もう仕事なんかせずに、延々とコレで生きていたい。
「自堕落だな」
「なんですか? いいじゃないですか? こっちはこれしか楽しみがないんですから」
急に声をかけてきたのはスターゲイザーだ。
また世間話にでも来たのか?
彼は鉄柵の向こう側に立ち、すっとメガネを押し上げた。
「いい加減、状況は理解したと思うが」
「ええ。理解しましたね。あいつらロクなもんじゃないですよ」
「手を組むつもりは?」
「じつはかなりあります。ただ、そちらの目的が分からないままなんで、実際に参加するのは難しいですよ」
彼は肩をすくめた。
「目的? 超人の独立だよ」
「人間と対立しますよ」
「旧人類による支配を容認するのか?」
「しませんね。なんでいま自分が留置場にぶち込まれているのか、まったく理解できませんし。ネットも使えないし、エロ本もないし」
「扱いがあまりに非人道的だ。下に見ている」
その通りだ。
それはそれとして、いまエロ本のくだりをスルーしたなこいつ。
「リスクが大きすぎますね。協力できる範囲で協力したいとは思いますが」
俺は思わず溜め息をついた。
理想をかかげるのは結構だが、あまりに無謀すぎる。
スターゲイザーは、しかし俺の発言をまたしてもスルーし、こう告げた。
「手の調子はどうだ?」
「最悪ですよ。まだ少し感覚がないですし。サラマンダー相手にハッスルしすぎちゃって。正直、今日の仕事がキャンセルになってよかったですよ。爆破されたのはクソでしたけど。死にかけたし」
俺がクソみたいな演説をしていると、彼はフッと笑った。
「なかったことにできるぞ」
「はい?」
「我々の能力をもってすればな」
俺の手を治せる、ということか?
どんな方法かは聞かないでおくが。
「代わりに仲間になれとか言うんでしょ?」
「その通り。だが、好都合ではないか? これは生命に関わることだ。君にとっては、助かるために仕方なく協力する、という筋書きを用意できる」
「結構ですよ。協力するかどうかは、自分の意思でやりますから。手は問題じゃない」
「欺瞞の塊だな、君は」
「そうかも」
ウソばっかりだ。
なにもかも。
こちらが拒否したのに、彼は笑顔を浮かべていた。
「いいだろう。だからこそ、価値がある。思想なき力は、災害と同じだからな」
「思想なんて、あったところで災害と変わりませんよ」
「そうかもしれない。また会おう。近いうち、仲間にも紹介できるかもしれない」
「ええ、また」
仲間、か。
きっといまも近くにいるのだろう。
機械に波形を記録されているだけの、顔も見えない存在が。
(続く)




