治安が悪い(一)
例の山火事は、付近の住民の過失によるものと断定された。
ネット上では、十分に正義感を涵養されたユーザーたちが、その架空の住民の責任を追求せよと義憤に燃えているらしい。俺はネットにさわれないから分からないが、スギウラがそう教えてくれた。
ともあれ、まだ山火事も鎮火していないのに、さっそく次の仕事が入ってきた。
コードネーム:マリオネット
二十代。女性。独身。
三流の超人。推定深度B級。
例の薄暗い事務所で、俺たちはチヨダの説明を受けていた。
ディスプレイに顔写真が出ても、いつもは「誰だよ?」なのだが、今回は違った。
見覚えのある顔だ。
しかし親類縁者でもないし、友人知人でもないし、学生時代のクラスメイトでもない……。いったい誰だったか。
スティレットが「あーっ!」と声をあげた。
「この子、でじゃぶのパオパオじゃん!」
なんだって?
つまり……?
なんのなんだって?
チヨダは疲れた様子で告げた。
「ええ、現役アイドルです」
現役アイドル……。
え、超人なの?
B級の?
どこかで見たと思ったが、アイドルだったのか。そういえばニュース番組でコメントしていた気がする。アイドル衣装で政治家の汚職について語っていたから、記憶に片隅に残っていたのだろう。それにしても、なぜ日本のニュース番組はアイドルとお笑い芸人にコメントを求めるのだろうか……。
すると、エレガントマンがポーズをキメながら言った。
「でじゃぶのパオパオではなく、パオパオのでじゃぶだよ」
「そうだっけ?」
スティレットも詳しいわけではないようだ。
さも知ってるみたいな態度だったのに。
それにしても愛らしい顔だ。
小悪魔系とでもいうのか。ツインテールもよく似合っている。
この子と戦うのは気が進まない。じゃあ、おっさんならいいのかと言われると……。でも、いい年した男はたいてい好戦的だからな。残念ながら、戦闘に発展する口実はいくらでもある。
*
またワゴンでの移動。
山火事からまだ三日しか経っていないので、オルガンの前髪は回復していない。
話題に出したい。
たぶん俺がチラチラ見ているのを、オルガンも気づいている。ところが、ヤツは表情ひとつ変えない。「怪我なくてよかったじゃないか」と言ったらどんな顔をするだろう。先にスティレットに怒られるか。それに、俺もいずれああならないとも限らない。明日は我が身だ。
*
降ろされたのは、街のどまんなかだった。
クソ暑いのに黒のコートでぞろぞろと道へ。通行人たちから、怪しい集団だと思われても仕方がない。しかし通報されても大丈夫だ。現場周辺の警察には、事前に話が通っているらしい。
ドゥンドゥンと音がしている。
奥のイベントスペースでなにかやっているらしい。
そして通信機の指し示す方向も同じ。
俺はまず溜め息をついてから、通信機を使った。
「本部? 正気ですか? 人が山ほどいますよ?」
『こちら本部。指示に変更はありません』
「了解」
俺が返事をしている途中で通信は切断された。
あいつら、頭イカレてんのかな。
スティレットが「なんか言われた?」と聞いてきた。
優しい子だ。俺がしょげていると、いつも話しかけてくる。
「やれってさ」
「本気なの?」
「俺だってヤだけど……。まあどうせゼノスになるんだろうから、そうなってからでもいいかもな」
「それもヤなんだけど」
俺だってヤだよ。
しかしこちらに選択肢はないのだ。
仕方がない。
歩を進めると、アイドルの歌が聞こえてきた。
パオパオというアイドルユニットが、無料の野外ライブをしているらしい。ファンが「あい! あい!」と声を発している。なんとかタイガーと叫んでいるのもいるし、タイガーやめろと怒鳴っているのもいる。
よく知らないのだが、アイドルのライブというのは、こんなに治安が悪いのか……?
ステージにいるのは三人。
センターで歌っているピンクの衣装のツインテールがターゲットだ。
いまなら、俺が手を犠牲にして狙撃すれば、被害を最小限に抑えて仕事を終わらせることができるかもしれない。
手の調子はまだ万全じゃない。感覚は戻ってきたが、気を抜くとうっすら透明っぽくなる瞬間がある。実際に透けるわけではない。手がほぐれたカニカマみたいにバラバラになるというか。それも実際にバラけているわけではなく、空間ごと手がほつれる感じというか。
いや、俺にもよく分からないが……。
びっくりして手を見ると、すぐにもとに戻る。
「暑い……」
ポーズをキメていたエレガントマンが苦情を言った。
だったらその紙袋を取れと言いたい。
とはいえ、俺も同じ気持ちだった。
クソ暑い場所で棒立ちになって、謎の歌を聞かされている。
苦情のひとつも言いたくなる。
歌が終わると、アイドルのMCが始まった。
「みんなーっ! 今日は来てくれてありがとーっ!」
「でじゃぶーっ!」
「暑いけどまだいけそう?」
「イクゾーっ!」
「ここからもっと盛り上げてくから、みんなも暑さに気をつけながら応援してねーっ!」
「結婚してくれーっ!」
「あたしもちょっとお水飲むね」
「お水おいしー?」
地獄か。
するとでじゃぶは、ジェスチャーと口パクで、なにやらスタッフに対して指示を出した。
まあ業務上のやり取りなんだろう。
俺は少し移動して、ベンチに腰をおろした。
べつにステージを見に来たわけではない。終わるまで立っていることもないだろう。
スティレットも来た。
「え、見ないの?」
「俺はいいよ」
「パオパオだよ?」
「あんまりよく知らないんだ」
というか、自分だってよく分かってないのに、なぜ俺に勧めるんだ。
俺はいま、プランを立てるのに脳をフル回転させている。
いきなり攻撃したら、どう考えてもこちらが加害者になる。
ゼノスになってから攻撃すれば、俺たちにとってはいいが、おそらくファンが犠牲になる。
スティレットは隣に腰をおろした。
「サノバって、アイドルとか興味ないの?」
「ないよ。かわいいとは思うけど」
「え、ああいう子が好み?」
「べつに好みとかはない」
「ふーん」
クソ寒い会話しかできなくて申し訳ないが。
興味がわかないのだから仕方がない。
次の曲が始まった。
まあサウンドは悪くない。しかしテンプレというか……。あまりテンションがあがらない。
だが、ファンは違うようだった。
歌が始まると、ファンたちは凄まじい勢いで上下し始めた。そんなにノれる曲でもない気もするが……。
いや、おかしい。
本当におかしい。
ファンたちがリズムとは無関係に奇声をあげ始めた。かと思うと、隣のヤツとぶつかった拍子に、いきなり殴り合いを始めてしまった。それも一人や二人ではない。各所で。いや全員で。
本部から通信が来た。
『早く止めてください。彼女の歌は、人々を好戦的にさせる効果があります』
「そうですか。事前に説明してくれたら、事前に対処を考えたんですが」
『いいから早くしてください』
そして通信切断。
やけに刺々しい物言いだった。もしかして事務所でこれを監視しているチヨダも、歌を聞いて好戦的になってしまったのか?
俺たちはなんともないのに?
超人には効かないのかもしれないな。
曲が止まり、アイドルたちが退避を始めた。
警備の人たちは、いきなりの出来事におろおろするばかり。
もしかしてあの女、俺たちの存在に気づいて、能力を使ったのか?
俺たちをステージに寄せ付けないために。
まあイベントの輪の外で、黒いコートの集団がたむろしていたら、誰だって警戒するだろう。
ただ、なんとなく警戒したにしては、リアクションが大きすぎる。自分たちのライブで、ファンが殴り合いをしているのだ。大部分が倒れてしまっている。こんなことをすれば確実に悪いニュースになる。
このリスクをとってでも、俺たちを遠ざけたかった。
ということは……。
*
気がつくと、俺は地べたに倒れていた。
ん?
なんだ?
俺、なにをしてたっけ?
耳がキーンとして、なにも聞こえない。
たしか、街を歩いていて……。
そうだ! ライブだ! アイドルがライブをしていて……。いや、なぜ? 俺はアイドルに興味があったんだっけ?
「サノバ! サノバ! 死なないで!」
「えっ?」
スティレットが、泣きながら俺の体をゆすっている。
死ぬ?
なぜ?
身を起こそうとしたが、体が激痛が走った。
どこからか分からないが、血を流している。
マネキンみたいな男が近づいてきた。
「任せてくれ。オレが治療する」
「うん」
思い出した。エレガントマンだ。確か日英ハーフだったか。普段は紙袋で隠しているから、一瞬誰だか分からなかった。
エレガントマンが手を当てると、緊張していた全身が急速にほぐれていくのを感じた。肉がひっくり返るような感じというか。しかし痛みはない。違和感だけはあるが。内側から揉まれているような感覚。
耳鳴りも完全に収まり、視界もはっきりした。
上体を起こすと、周囲が大惨事であることが分かった。おそらくなにかが爆発したらしい。ベンチは木っ端微塵となり、血液も飛散していた。というか俺の血か? 体をさすってみるが、すでにエレガントマンによって完治してしまったので、どこからの出血かは分からない。まあ治ったのならいい。
俺は腰を上げ、怪しい人物がいないかを確認した。
「誰がやったんだ?」
「分かんない。急に爆発がして……」
隣に座っていたはずのスティレットはあまりダメージを受けていないようだ。俺の近くで爆発したのだろう。
そういえば、俺のすぐ横にあったゴミ箱がきれいサッパリ消え去っている気がする。そこに仕掛けられていたのかもしれない。
自分が超人でよかった。じゃなかったら四分五裂して肉片になっていたことだろう。
見たところ、オルガンも無事。
ゲッコーの姿は見当たらないが……。まあいつものことなので気にしなくていい。
「誰の仕業だと思う?」
俺の問いに、スティレットもエレガントマンも首をかしげた。
まあそうだ。
敵が爆弾を仕掛けたのは、俺たちに姿を見せたくなかったからだ。マリオネットの仕業だろうか? いや、彼女の共犯者がいると考えていいだろう。
本部に通信をしようと思ったが、手首にはもう通信機がついていなかった。爆発に巻き込まれてどこかへ行ったか。
みんなの通信機にコールが来た。耳に指を当てて指示を聞いている。
もちろん俺には聞こえない。
スティレットが近づいてきた。
「撤収しろだって」
「分かった」
サイレンの音が近づいている。
倒れているファンに応急処置をしている人もいるが、野次馬の大半は撮影するのに必死だ。まあそうだろう。このあと彼らは、スクープ映像を他人に自慢しなければならないからな。みんな例外なく忙しいのだ。
ドーン、と、音がした。
俺たちがその場を離れてから。
なるほど。
誰の仕業か知らないが、いつでも殺せるぞ、というわけだ。
正式な宣戦布告として受け止めておこう。
(続く)




