炎上するかも(二)
俺は雰囲気をごまかすため、空気も読まずに質問を変えた。
「ところで、あなたが着てるそれ」
「えっ?」
女は顔を上げた。
涙を流していた。
だが、疑問のほうが勝ったらしい。こいつはいったいなにを聞いているんだという顔になった。
「バトルスーツですよね?」
「バトルスーツ? いや、だから、私は強制労働させられてて……」
「誰からもらったんです?」
「誰って? 発電所の人に決まってるでしょ?」
発電所の人?
彼らがなぜバトルスーツを?
いや、おそらく彼女は知らない。そもそもそれがなんなのかさえ知らない可能性がある。
彼女の顔が、カエルみたいにふくらんだ。
まだ戦闘もしていないのに……。
オルガンが身構えた。
「参る!」
腕を振り上げ、まだ膨張している途中のサラマンダーに斬撃を加えた。真空の刃が肉を裂き、血液を撒き散らす。しかし彼女の肉はダメージをものともせずに膨張を続け、ぶよぶよのトカゲのような姿になった。
胴体の太いトカゲ状のゼノス。
いや、ツチノコ? それともカメか?
口の隙間から熱気をただよわせ、空気をゆらめかせている。どう考えても火を吹いてくるタイプのゼノスだ。正面に立ってはいけない。
俺はさっと距離を取り、側面に回り込んだ。
指を向ける。
的は外しようもないほどデカい。
だが、撃てない。
オルガンの言う通りだ。会話などすべきではなかった。
戦っていないのは俺だけではなかった。
エレガントマンは突っ立ったまま謎のポーズをキメている。最初から戦う気がない。まあこいつは回復役だからいい。
スティレットはスピードを活かして敵を撹乱しているふうだが、あまりにも速すぎて最初から無視されている。撹乱になっていない。
ゲッコーはだいぶ前から姿が見えない。たぶん木にのぼっている。こいつはもうクビにしろ。
このままだと、またオルガンだけ働かせることになる。
こいつはこの手の不満を言ってこないから、つい甘えそうになるが。いつまでもオルガンに頼っていては、オルガンがいなくなったときになにもできなくなる。
迷っている場合ではない。
相手はゼノスになってしまったのだ。
殺すしかない。
現状、ゼノスから復帰できるのは肉体の超人しかいない。あるいは思念の超人なら可能かもしれないが。とにかく、普通はムリだ。
ごぉっと音がして、熱が照射された。
もう炎とかいうレベルではない。熱波だ。当たっていないのに熱い。直撃を受けた木々が、燃えるより先に炭化した。それから、じわじわと周囲が燃焼を開始。
いや、これ……逃げたほうがいいのでは?
ピギャアと悲鳴があがった。
人の声ではない。
鳴いているのはゼノスだ。
ゼノスの背中に飛び乗ったゲッコーが、首筋にかじりついていた。
苦しんだゼノスは、空へ向けて熱波を放射。ただでさえクソ暑いのに、どんどん周囲の温度をあげていく。というか、パキ、パキ、と、枝まで燃え始めた。
俺は通信機に呼びかけた。
「本部! このままだと山が燃えます!」
返事はすぐに来た。
『ええ。消防車へは連絡済みです。できるだけ早く処分してください。あなたたちが遅れれば、消火活動に支障が出ます』
「はい?」
通信が切れた。
ヤれっていうのか?
この状態で?
幸い、まだ地表は燃えていない。
燃え始めているのは、木々の上のほうだけ。
ずんぐりしたゼノスが、背面のゲッコーを嫌がって、上にばかり火を吹いている。
足元の雑草に引火する前に、処分するしかない。
オルガンが渾身の斬撃を叩き込んだ。
その瞬間、ゼノスの脇腹が裂けて、そこから溶岩のようなものが噴出した。よく分からないが、赤々と燃えた液状のなにかだ。それをまともに浴びたオルガンは「うぐっ」とうめいて地面を転がった。
一瞬の出来事ではあったが、それが致命傷になったのは分かった。
いや、今回はエレガントマンがいる。あいつが治療するだろうから、おそらくオルガンは死ぬまい。即死でなければたいてい助かる。
それはそれとして、オルガンが負傷した以上、アタッカーは俺しかいない。
手を犠牲にしてでも撃つしかない。
迷っている余裕はない。さっきの液体のせいで、草まで燃え始めている。
俺は側面へ側面へと回りながら、手にエネルギーを集中させた。
サラマンダーの脇腹は急速にふさがっている。表面だけ傷つけてもダメだ。内部まで一気に貫通させなければ。
エネルギーを集中させていくと、手の感覚もおかしくなってきた。
そこだけ強力な重力が発生しているかのような感覚。とんでもなく重たい鉄球を握り込んでいるみたいな。自分の手なのに、これをぶらさげて走るのもつらくなってくる。
こんなのを撃ったら、俺の手はどうなってしまうんだろうな。
いや、このままだと山が燃えるだけでは済まない。みんなも死ぬ。早く終わらせなければ。
エネルギーが飽和しそうだったので、俺は足を止め、クソ重くなった手をなんとかゼノスへ向けた。
ジャイロ効果でも発生しているのか、手を移動させるだけでもクソ重たい。
いくら的がデカくても、まともに手が動かないんじゃ当たらない可能性もある。
呼吸をし、慎重に狙いを定める。
ゲッコーのおかげで、ゼノスは同じ場所でのたうっている。
あとはゲッコーを撃たないように、ゼノスの胴体に当てるようにしなければ。
呼吸。
木々の燃えて爆ぜる音だけがやけに響いて聞こえる。
エネルギーを解き放つ。
光の柱が、サラマンダーの胴体を貫く。
ピィという絞り出すような悲鳴とともに、ゼノスは絶命。
きっとうまいこと心臓を貫けたのだろう。
その傷口からは、高温の液体が溢れ出した。これがこいつの血液というわけか……。血液が溢れ出すと、流石に雑草も燃え始めた。
どう見ても山火事だ。
夏だから、水分を含んでおり、延焼のスピードはあまり早くはないが。どう見ても個人で消せるレベルの火ではなくなっている。
「よし、戻ろう。あとは消防がなんとかするらしい。オルガン、立てるか?」
「問題ない」
ボディースーツはボロボロだが、体は負傷していない。というか筋肉バキバキだなこいつ。前髪が少し寂しくなっている点については触れないことにしよう。皮膚が回復しているのだから髪も生えてくるだろう。
放っておいたら一時間ももたないくらいのダメージだったと思うが。
エレガントマンの能力でなんとか助かった。こいつは戦力としてはあまりだが、他者を回復させるという珍しい能力を持っている。
まあいいんだが、紙袋をかぶったままで暑くないのだろうか?
火が燃え移らないといいが。
*
俺たちがワゴンに乗り込むと、運転手は猛スピードで車を動かした。彼もこんなのに巻き込まれて死にたくはなかったのだろう。
外からは、おそらく消防と思われるヘリの音がした。
とんでもない仕事だった。
まさかあんな……。
俺は先手を打って通信機に語りかけた。
「今日のターゲット、俺たちと同じボディースーツを着てたんですが、心当たりは?」
『余計なことは考えないように。君たちが気にするようなことではありません』
チヨダの声は冷淡だ。
まあいい。教えてくれないなら勝手な妄想をするだけだ。
彼女は、発電所の職員からスーツを渡されたと言っていた。もちろん発電所で開発できるようなスーツではない。職員にスーツを渡したヤツがいる。
あの手の発明は、ダージャ―博士の得意分野だと思うが。
技術は外部へ流れるものだ。生産するのも博士本人ではない。おそらく技術は政府へ渡されて、政府から委託を受けた企業が生産をする。
さて、完成したスーツはどこへ納品される?
もちろん評議会だ。
そしておそらく、宇宙管理委員会もだ。連中はS級の超人を管理しているのだ。管理に必要とかなんとか言って、スーツを受け取っていてもおかしくはない。
あくまで推測だが、委員会は、S級の超人だけでなく、三流の超人にも手を出している可能性がある。C級の能力者をクスリ――たしか深海といったか――でB級にして、あちこちで働かせているのだ。
三流の超人は深海に依存しているから、委員会に逆らうことができない。
委員会は上前をハネて利益をあげる。
超人がトラブルを起こしたら、理由をつけて政府が処分する。政府というか、俺たちが、だけど。
いろいろ辻褄が合ってきた気がする。
「山、燃えちゃったね。サノバは怪我とかしてない?」
スティレットはこちらを心配してそんなことを言ってくる。
「ああ、大丈夫だ。そっちは?」
「平気」
なんとか笑みを浮かべているが、冷や汗をかいている。きっと怖かったのだろう。
ま、本当のことを言っていないのは俺も同じだが。
右手の感覚がなくなってしまった。
ぷらぷらしている。
それでも、消滅しなかっただけマシかもしれないが。このまま回復しなかったらと思うと、怖くはある。
エレガントマンに治療してもらおうか?
いや、これはそういうのではない。負傷ではないのだ。エネルギーを使いすぎて、肉体が成立しなくなりつつある。
右手がどうにかなっても、まだ左手があるが……。
スティレットはまだこちらを見つめていた。
「ねえ、ロドリゲスが戻ってきたってホントなの?」
「ああホントだ。正式にはそうじゃないってことになってるけど。あのアゴは間違いなく本人だろう」
俺の回答に、スティレットは眉をひそめた。
「ねえ、サノバ。よくないよ、そういうの」
「えっ?」
「人の体の特徴を悪く言うの」
冗談ではなく、深刻そうな顔をしている。
彼女の言う通りだ。
ちょっと気軽に言い過ぎたかもしれない。
「ああ、ごめん。それもそうだな。配慮に欠けてたかもしれない。もう言わない」
「うん。ダメだから。言われたほうは傷ついてるかもしれないし」
彼女自身、傷ついてきたのかもしれない。
みんなと少し違うから。
だがまあ、なぜ俺があいつをアゴ呼ばわりし始めたのかというと、あいつにも原因があるのだ。
あいつはバキバキの体育会系というか、すぐに手が出るタイプだった。現場で一緒だったころ、こっちの返事が遅れたり、声が小さかったりすると、すぐに平手が飛んできた。ドロップキックで壁に叩きつけられたこともあった。パワーがあるから何メートルもぶっ飛ばされた。しかもこれを愛の鞭だと思っているのだから手に負えない。
まあ超人同士だから怪我さえしなかったが。
苦情を言ったらやめてくれた。初期の話だ。
あいつをアゴと呼ぶのは、確かに失礼かもしれない。こちらとしては、物理的にやり返さないだけマシな対応だと考えていたが。
しかし結果としてスティレットを哀しませているのなら、すぐにでもやめようと思う。決してアゴ野郎のためではない。
「ごめんね、サノバ。変な空気になっちゃった。でも、どうしても分かって欲しくて」
「いいんだ。大事なことだよ。教えてくれてありがとう」
「うん」
笑顔に戻ってくれた。
少しムリした笑顔だけど。
あのアゴ野郎のせいで、俺の心象が台無しになるところだった。
いや、心の中でもアゴと呼ぶのはやめておくか。
人と争ったところで、得るものはないのだ。
いや、ウソだ。本当はある。たいていの場合、それは内心の満足感だ。そして内心の満足感が占める割合は、かなり大きい。人間のケンカの原因は九分九厘これだと言っていい。
俺はアゴへの内心の勝利よりも、スティレットの笑顔を選んだ。それだけだ。
オルガンはずっと前髪を気にしていた。
だが、俺はなにも言わないことにした。
(続く)




