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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん
第一章 太陽

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炎上するかも(二)

 俺は雰囲気をごまかすため、空気も読まずに質問を変えた。

「ところで、あなたが着てるそれ」

「えっ?」

 女は顔を上げた。

 涙を流していた。

 だが、疑問のほうが勝ったらしい。こいつはいったいなにを聞いているんだという顔になった。

「バトルスーツですよね?」

「バトルスーツ? いや、だから、私は強制労働させられてて……」

「誰からもらったんです?」

「誰って? 発電所の人に決まってるでしょ?」


 発電所の人?

 彼らがなぜバトルスーツを?

 いや、おそらく彼女は知らない。そもそもそれがなんなのかさえ知らない可能性がある。


 彼女の顔が、カエルみたいにふくらんだ。

 まだ戦闘もしていないのに……。


 オルガンが身構えた。

「参る!」

 腕を振り上げ、まだ膨張している途中のサラマンダーに斬撃を加えた。真空の刃が肉を裂き、血液を撒き散らす。しかし彼女の肉はダメージをものともせずに膨張を続け、ぶよぶよのトカゲのような姿になった。

 胴体の太いトカゲ状のゼノス。

 いや、ツチノコ? それともカメか?

 口の隙間から熱気をただよわせ、空気をゆらめかせている。どう考えても火を吹いてくるタイプのゼノスだ。正面に立ってはいけない。


 俺はさっと距離を取り、側面に回り込んだ。

 指を向ける。

 的は外しようもないほどデカい。

 だが、撃てない。

 オルガンの言う通りだ。会話などすべきではなかった。


 戦っていないのは俺だけではなかった。

 エレガントマンは突っ立ったまま謎のポーズをキメている。最初から戦う気がない。まあこいつは回復役だからいい。

 スティレットはスピードを活かして敵を撹乱しているふうだが、あまりにも速すぎて最初から無視されている。撹乱になっていない。

 ゲッコーはだいぶ前から姿が見えない。たぶん木にのぼっている。こいつはもうクビにしろ。


 このままだと、またオルガンだけ働かせることになる。

 こいつはこの手の不満を言ってこないから、つい甘えそうになるが。いつまでもオルガンに頼っていては、オルガンがいなくなったときになにもできなくなる。


 迷っている場合ではない。

 相手はゼノスになってしまったのだ。

 殺すしかない。

 現状、ゼノスから復帰できるのは肉体の超人しかいない。あるいは思念の超人なら可能かもしれないが。とにかく、普通はムリだ。


 ごぉっと音がして、熱が照射された。

 もう炎とかいうレベルではない。熱波だ。当たっていないのに熱い。直撃を受けた木々が、燃えるより先に炭化した。それから、じわじわと周囲が燃焼を開始。


 いや、これ……逃げたほうがいいのでは?


 ピギャアと悲鳴があがった。

 人の声ではない。

 鳴いているのはゼノスだ。

 ゼノスの背中に飛び乗ったゲッコーが、首筋にかじりついていた。

 苦しんだゼノスは、空へ向けて熱波を放射。ただでさえクソ暑いのに、どんどん周囲の温度をあげていく。というか、パキ、パキ、と、枝まで燃え始めた。


 俺は通信機に呼びかけた。

「本部! このままだと山が燃えます!」

 返事はすぐに来た。

『ええ。消防車へは連絡済みです。できるだけ早く処分してください。あなたたちが遅れれば、消火活動に支障が出ます』

「はい?」

 通信が切れた。


 ヤれっていうのか?

 この状態で?


 幸い、まだ地表は燃えていない。

 燃え始めているのは、木々の上のほうだけ。


 ずんぐりしたゼノスが、背面のゲッコーを嫌がって、上にばかり火を吹いている。

 足元の雑草に引火する前に、処分するしかない。


 オルガンが渾身の斬撃を叩き込んだ。

 その瞬間、ゼノスの脇腹が裂けて、そこから溶岩のようなものが噴出した。よく分からないが、赤々と燃えた液状のなにかだ。それをまともに浴びたオルガンは「うぐっ」とうめいて地面を転がった。

 一瞬の出来事ではあったが、それが致命傷になったのは分かった。


 いや、今回はエレガントマンがいる。あいつが治療するだろうから、おそらくオルガンは死ぬまい。即死でなければたいてい助かる。


 それはそれとして、オルガンが負傷した以上、アタッカーは俺しかいない。

 手を犠牲にしてでも撃つしかない。

 迷っている余裕はない。さっきの液体のせいで、草まで燃え始めている。


 俺は側面へ側面へと回りながら、手にエネルギーを集中させた。

 サラマンダーの脇腹は急速にふさがっている。表面だけ傷つけてもダメだ。内部まで一気に貫通させなければ。


 エネルギーを集中させていくと、手の感覚もおかしくなってきた。

 そこだけ強力な重力が発生しているかのような感覚。とんでもなく重たい鉄球を握り込んでいるみたいな。自分の手なのに、これをぶらさげて走るのもつらくなってくる。

 こんなのを撃ったら、俺の手はどうなってしまうんだろうな。

 いや、このままだと山が燃えるだけでは済まない。みんなも死ぬ。早く終わらせなければ。


 エネルギーが飽和しそうだったので、俺は足を止め、クソ重くなった手をなんとかゼノスへ向けた。

 ジャイロ効果でも発生しているのか、手を移動させるだけでもクソ重たい。

 いくら的がデカくても、まともに手が動かないんじゃ当たらない可能性もある。

 呼吸をし、慎重に狙いを定める。


 ゲッコーのおかげで、ゼノスは同じ場所でのたうっている。

 あとはゲッコーを撃たないように、ゼノスの胴体に当てるようにしなければ。


 呼吸。

 木々の燃えて爆ぜる音だけがやけに響いて聞こえる。


 エネルギーを解き放つ。

 光の柱が、サラマンダーの胴体を貫く。


 ピィという絞り出すような悲鳴とともに、ゼノスは絶命。

 きっとうまいこと心臓を貫けたのだろう。

 その傷口からは、高温の液体が溢れ出した。これがこいつの血液というわけか……。血液が溢れ出すと、流石に雑草も燃え始めた。


 どう見ても山火事だ。

 夏だから、水分を含んでおり、延焼のスピードはあまり早くはないが。どう見ても個人で消せるレベルの火ではなくなっている。


「よし、戻ろう。あとは消防がなんとかするらしい。オルガン、立てるか?」

「問題ない」

 ボディースーツはボロボロだが、体は負傷していない。というか筋肉バキバキだなこいつ。前髪が少し寂しくなっている点については触れないことにしよう。皮膚が回復しているのだから髪も生えてくるだろう。


 放っておいたら一時間ももたないくらいのダメージだったと思うが。

 エレガントマンの能力でなんとか助かった。こいつは戦力としてはあまりだが、他者を回復させるという珍しい能力を持っている。

 まあいいんだが、紙袋をかぶったままで暑くないのだろうか?

 火が燃え移らないといいが。


 *


 俺たちがワゴンに乗り込むと、運転手は猛スピードで車を動かした。彼もこんなのに巻き込まれて死にたくはなかったのだろう。

 外からは、おそらく消防と思われるヘリの音がした。


 とんでもない仕事だった。

 まさかあんな……。


 俺は先手を打って通信機に語りかけた。

「今日のターゲット、俺たちと同じボディースーツを着てたんですが、心当たりは?」

『余計なことは考えないように。君たちが気にするようなことではありません』

 チヨダの声は冷淡だ。

 まあいい。教えてくれないなら勝手な妄想をするだけだ。


 彼女は、発電所の職員からスーツを渡されたと言っていた。もちろん発電所で開発できるようなスーツではない。職員にスーツを渡したヤツがいる。

 あの手の発明は、ダージャ―博士の得意分野だと思うが。

 技術は外部へ流れるものだ。生産するのも博士本人ではない。おそらく技術は政府へ渡されて、政府から委託を受けた企業が生産をする。

 さて、完成したスーツはどこへ納品される?

 もちろん評議会だ。

 そしておそらく、宇宙管理委員会もだ。連中はS級の超人を管理しているのだ。管理に必要とかなんとか言って、スーツを受け取っていてもおかしくはない。


 あくまで推測だが、委員会は、S級の超人だけでなく、三流の超人にも手を出している可能性がある。C級の能力者をクスリ――たしか深海デプスといったか――でB級にして、あちこちで働かせているのだ。

 三流の超人は深海に依存しているから、委員会に逆らうことができない。

 委員会は上前をハネて利益をあげる。

 超人がトラブルを起こしたら、理由をつけて政府が処分する。政府というか、俺たちが、だけど。


 いろいろ辻褄が合ってきた気がする。


「山、燃えちゃったね。サノバは怪我とかしてない?」

 スティレットはこちらを心配してそんなことを言ってくる。

「ああ、大丈夫だ。そっちは?」

「平気」

 なんとか笑みを浮かべているが、冷や汗をかいている。きっと怖かったのだろう。

 ま、本当のことを言っていないのは俺も同じだが。


 右手の感覚がなくなってしまった。

 ぷらぷらしている。

 それでも、消滅しなかっただけマシかもしれないが。このまま回復しなかったらと思うと、怖くはある。

 エレガントマンに治療してもらおうか?

 いや、これはそういうのではない。負傷ではないのだ。エネルギーを使いすぎて、肉体が成立しなくなりつつある。

 右手がどうにかなっても、まだ左手があるが……。


 スティレットはまだこちらを見つめていた。

「ねえ、ロドリゲスが戻ってきたってホントなの?」

「ああホントだ。正式にはそうじゃないってことになってるけど。あのアゴは間違いなく本人だろう」

 俺の回答に、スティレットは眉をひそめた。

「ねえ、サノバ。よくないよ、そういうの」

「えっ?」

「人の体の特徴を悪く言うの」

 冗談ではなく、深刻そうな顔をしている。

 彼女の言う通りだ。

 ちょっと気軽に言い過ぎたかもしれない。

「ああ、ごめん。それもそうだな。配慮に欠けてたかもしれない。もう言わない」

「うん。ダメだから。言われたほうは傷ついてるかもしれないし」


 彼女自身、傷ついてきたのかもしれない。

 みんなと少し違うから。


 だがまあ、なぜ俺があいつをアゴ呼ばわりし始めたのかというと、あいつにも原因があるのだ。

 あいつはバキバキの体育会系というか、すぐに手が出るタイプだった。現場で一緒だったころ、こっちの返事が遅れたり、声が小さかったりすると、すぐに平手が飛んできた。ドロップキックで壁に叩きつけられたこともあった。パワーがあるから何メートルもぶっ飛ばされた。しかもこれを愛の鞭だと思っているのだから手に負えない。

 まあ超人同士だから怪我さえしなかったが。

 苦情を言ったらやめてくれた。初期の話だ。


 あいつをアゴと呼ぶのは、確かに失礼かもしれない。こちらとしては、物理的にやり返さないだけマシな対応だと考えていたが。

 しかし結果としてスティレットを哀しませているのなら、すぐにでもやめようと思う。決してアゴ野郎のためではない。


「ごめんね、サノバ。変な空気になっちゃった。でも、どうしても分かって欲しくて」

「いいんだ。大事なことだよ。教えてくれてありがとう」

「うん」

 笑顔に戻ってくれた。

 少しムリした笑顔だけど。


 あのアゴ野郎のせいで、俺の心象が台無しになるところだった。

 いや、心の中でもアゴと呼ぶのはやめておくか。

 人と争ったところで、得るものはないのだ。

 いや、ウソだ。本当はある。たいていの場合、それは内心の満足感だ。そして内心の満足感が占める割合は、かなり大きい。人間のケンカの原因は九分九厘これだと言っていい。

 俺はアゴへの内心の勝利よりも、スティレットの笑顔を選んだ。それだけだ。


 オルガンはずっと前髪を気にしていた。

 だが、俺はなにも言わないことにした。


(続く)

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