炎上するかも(一)
チヨダに報告したが、特にリアクションはなかった。スターゲイザーが時間を止めて入り込んでいるのはもう分かっているのだ。慌てるだけムダだと考えているのだろう。
ともあれ、また留置場で暮らすことになった。
「あー、戻ってきたんですか? え、なんかやらかしたんですか?」
担当警察官は、以前と同じスギウラだった。
どこか態度がチャラい。
「なにもやらかしてませんよ」
「え、そうなんですか? いやでも……絶対なにかやってますって。気づいてないだけなんじゃないですか?」
「……」
事情も知らないで、よく一方的な憶測を口にできるものだ。
俺が優秀だから呼び戻されたに決まってるだろ。
いや、まあ、そういうことにしておこうじゃないか。
通路を歩いていると、途中でオルガンとエレガントマンの姿も確認できた。
鉄柵ごしに部屋の中が見えるのだ。
エレガントマンのヤツ、こんなところでも紙袋をかぶっている。キャラ作りが徹底しているというか。まあ本人の好きにさせておこう。
俺は部屋に入ると、そのままスギウラに告げた。
「ビールもらえます?」
「あ、はい。いつものでいいですか?」
「いつもので」
なんか常連客みたいでイヤだな。
施錠をすると、スギウラはすぐに行ってしまった。
瞑想しているオルガンはいいとして。しかし別の場所から衣擦れの音がする。それもリズミカルに。さっき見たから分かるが、エレガントマンが謎のポージングをしているのだ。あいつはマジで行動傾向が謎すぎる。
*
数日後、出動。
まあそうだろう。ここにいる以上、例の仕事を続けることになる。
ワゴンの後部座席へ。
あとから女性陣も乗り込んできた。
久しぶりに見るスティレットは、憂鬱そうな顔をしていた。以前は太陽みたいに明るい笑顔だったのに。だけどこちらを見た瞬間、目を見開いて近づいてきた。
「え、サノバ? なんでいるの?」
「いろいろあって」
「ホントに? ずっといるの?」
「たぶんね」
「わぁ……」
彼女は嬉しそうに少し跳ねた。
そんなに喜んでくれるなら、こっちも嬉しい。
入ってくるときの表情が暗かったのは気になるが。
もう一人の女性、ゲッコーも入ってきた。かなり刈り上げたオカッパ頭で、目のギョロギョロした女だ。痩せている。
彼女は俺を見てもノーリアクション。しかも無言。
この女にとって、他人のことなどどうでもいいのだ。
エレガントマンは座ったまま謎のポーズをとっている。数秒ごとにポーズを切り替えている。音はないのにうるさい。動かないで欲しい。
コードネーム:サラマンダー
二十代。女性。独身。
三流の超人。推定深度B級。
これが本日のターゲットだ。
三流の超人ということは、どうせ途中でゼノスになるのだろう。
ワゴンが発車してから、俺はスティレットに尋ねた。
「どうだった? 怪我とかしてなかった?」
「えっ? うん。まあ少し」
遠慮がちに彼女は答えた。
負傷した、のか……。俺がいるときはそんなことは起きなかったのに。
エレガントマンが急に動きを止め、こちらを向いた。
「安心してくれ。オレが治療した。完璧にな」
紙袋だから見えないが、たぶんクソみたいなドヤ顔をしていることだろう。
怪我をしたこと自体が問題なのだが。
まあ彼を責めるまい。
*
ワゴンはずいぶん長距離を移動した。
のみならず、しまいには左右にガタガタと揺れながらの移動。景色は見えずとも、あきらかに舗装されていない道を走っているのが分かった。
ややあって、ワゴンが停車。
ロックが外れた。
俺たちはドアを開き、外へ。
山だ――。
俺もそうだと思ったよ。
普通の道路ならあんなに揺れない。
夏の森。
大自然に囲まれているのに、涼しくもなんともない。クソ暑い。蒸し暑い。木々がまばらだから、日光をさえぎってくれない。湿度だけ高い。これでバトルスーツの上からコートを着るなんてバカげている。
俺はコートを脱ぎ、後部座席に投げ込んだ。
「みんなも脱いだほうがいい。熱中症になる」
超人でも熱中症には勝てない。
俺たちのバトルスーツは、防具というよりは、身体操作を補助するためのものだ。外付けの筋肉とでもいうか。伸縮性のある薄手の素材。ぴっちりと肌に張り付いている。どういう理屈かは知らないが、汗を外に排出してくれる。これだけならさほど暑くはない。
俺は通信機を確認した。
ターゲットのいる方向が示されている。
三流の超人は、特定の電磁波を浴びるとゼノスに変化するという。
つまり、もしそいつが変化した場合、電磁波を発生させているヤツが近くにいることになる。いま俺たちの周囲には、怪しい人物はいない。いるとすれば運転手か。このワゴン自体が、電磁波の発生装置になっている可能性もある。
だが、本当に?
カメレオンと戦ったとき、俺たちは地下にいた。あんな地下まで、地上からの電磁波が届くだろうか?
俺は自分の腕についている通信機を見つめた。
なるほど。
コレ、か……。
だが、コレを使うにしても、誰かがスイッチを入れる必要がある。地下まで電波が届かない以上、本部が通信機を直接コントロールするのは不可能。
もしかして、メンバーの誰かが手動で操作していたのか?
いや、あるいはメンバーの心拍数などを検出して、自動で電磁波を発していた可能性もある。
なんにせよ、俺に無断で電磁波が発生しているのは間違いない。
今回もゼノスとの戦闘を覚悟しておいたほうがよさそうだ。
もっとも、人の姿をした相手を倒すより、いっそバケモノになってくれたほうがやりやすいのも事実だが。
「行こう」
誰も仕切ろうとしなかったので、俺はそう告げて歩き出した。
全員、主体性がなさすぎる。
これまでの仕事を、どうやって乗り切ってきたのやら。
懸念はほかにもある。
今日のメンバーは、ほぼ全員、協調性がない。
自分で言うのもなんだが、他人の動きを見ながら戦えるのは俺だけだ。みんな動きたいようにしか動かない。
基本的に、超人にはロールモデルがない。つまり参考にすべき先人がいない。仮にいたとして、たいていの場合、クソの役にも立たない。特殊すぎる能力の扱いかたを、自分で見つけなくちゃならない。だから全員が自己流になる。
そこら中が草ぼうぼうだ。
虫もいる。
最悪だ。
「コードネームから察するに、今日のターゲットはゲッコーみたいな動きをするか、火を吹いて来るか、その両方だろうな」
俺は誰にともなくつぶやいた。
戦闘になると、ゲッコーは爬虫類みたいに這い回って移動する。戦闘じゃなくても這い回る。どういう原理かは知らないが、壁や天井に張りつくこともできる。たまに本部ビルの廊下の天井に張りついていることもある。びっくりするからやめて欲しい。
もしあの爬虫類みたいな動きに、火炎放射が組み合わされるのだとしたら……。
今日の戦いは、いくらか犠牲を覚悟したほうがいいかもしれない。
オルガンが足を止めた。
「いるぞ」
「います! 待って! 止まって!」
女の声がした。
雑草の中から、草まみれの女が立ち上がった。鋭い目つき。ボサボサの長い髪。そして、俺たちとよく似たバトルスーツを着用している。いったいなぜ? どこで手に入れた?
ホールドアップしているところを見ると、戦意はないようだが。
誰かが仕掛ける前に、俺は前へ出た。
「みんな待ってくれ。話を聞こう」
「やめろ。ムダだ。会話などしないほうがいい」
珍しくオルガンが反論してきた。
「なぜ?」
「聞けば情が移る」
「そりゃそうだろう。俺たちは人間なんだからな」
「分かっているのか? 命令に逆らうことはできないのだぞ」
痛いところを突いてくる。
オルガンの言う通りだ。
もし彼女の話を聞いて、納得したとして、俺たちに選択肢はないのだ。最後は必ず彼女を処刑しなければならない。命令に違反すれば、俺たちが毒針で死体になる。
女は必死になって訴えてきた。
「お願いだから! 話を聞いてよ!」
「聞くよ。事情を説明してくれ」
俺の言葉に、もはやオルガンは口を挟まなかった。あとはゲッコーが勝手に動かなければ大丈夫のはず。
彼女は、俺たちを信用できるのかじっと見回してから、静かにこう告げた。
「私、逃げてきたの。そこの発電所から」
「逃げた?」
「強制労働させられてたの! 火を使えるから!」
「えぇ……」
確かに、遠くに火力発電所らしき施設が見える。
となると、彼女は、火力発電所に匹敵する火力を有していることになる。
もしこんなのと戦ったら、俺たちなんて一瞬で消し炭にされてしまうのでは?
「ねえ! 助けてよ! もう力もほとんど使い果たしちゃったんだから! 私、普通の人間だよ! 殺さないで!」
その通りだ。
殺すべきではない。
通信機がピッとなったので、俺は指を耳に当てた。
『彼女は発電所から脱出する際、数十名の職員を殺害しました。処刑してください』
チヨダだ。
通信は一方的に切られた。
数十人、か……。
日本には「永山基準」というものがあって、三名以上を殺害したらまず死刑ということになっている。そして彼女の場合は数十名。自己防衛のためだとして、あまり心象のよくない数字だ。
「お願いだから……」
彼女は膝から崩れ落ちてしまった。
俺にはできない。
この女を殺すなんて。
オルガンが、かすかに溜め息をついた。
「だから言ったのだ。聞くな、と。我々には、彼女を救うことはできないのだ」
「……」
反論できない。
俺はなにか、事態を好転させられると思い込んでいたが……。実際のところ、いたずらに期待をもたせるだけの行為だったのかもしれない。それも、必ず裏切られる期待を……。
(続く)
※フィクションです。




