アシスタント
数日後、俺は本土へ来ていた。
ゼロが政府側と交渉するというので、そのアシスタントだ。いや、アシスタントというのも建前でしかないが……。
見慣れた小汚いビルの、小汚い事務所。
チヨダは例の死んだような目で、ぬぼーっとした顔ではあったものの、やや困惑気味な表情を浮かべていた。
「委員会の件、ですか……?」
「いつまであのカルトに好き勝手させてるつもりザマス?」
黒のスーツでビシッとキメたゼロが、応接用ソファにふんぞり返っている。俺は後ろで直立で待機。交渉というより恫喝にしか見えない。
チヨダも不快そうに目を細めている。
「うちはトップダウンなんですよ。下っ端の私に言われても困りますよ。決定権ないんですから」
「はぁ、これだからお役所仕事は」
「うちは役所じゃありませんよ」
「はいはい。そういうのはいいザマス」
このゼロという女、自分はインテリですみたいな顔をしておいて、交渉のマナーが底辺レベルだ。まあIQとEQは比例しないから仕方がない。
ゼロは深々と溜め息をついてから、こう続けた。
「で? どうするつもりザマス? カルトと手を切ってキレイになるのと、評議会とケンカするの、どっちを選ぶんザマス?」
「困りますよ、そういうのは……」
「はい? いまもしかして被害者ヅラしたザマス? 困ってるのはこっちザマス。隔週ペースでゼノスの被害にあってるんザマスから。なにをぼうっとしてるザマス? 意味が分かってないザマス? 体をいじくられた仲間たちに、襲われてるんザマス。もしかして同じ目にあわないと理解できないザマス? ん?」
攻撃的な上にネチっこい!
これがゼロのやり方か……。
チヨダはすっと息を吸い込んだまま、固まっている。反論しようとしたが、なにも言い出せなくなってしまったのだろう。
「ですから……」
「ですから?」
「その件は、私の一存では……」
「ええ。そんなことは来る前から分かっていたことザマス。つまりあなたは、このあと権限をもっている上に『相談』するわけザマスね?」
「ええ、『相談』を……」
人の命などなんとも思っていないようなチヨダが、意外にも委縮している。彼も上と下にもまれて大変な立場なのかもしれない。
ゼロはにぃと獰猛な笑みを浮かべた。
「ひとついいニュースを教えてあげるザマス。いつまでも返事を遅らせて先延ばしにしようとしたら、こっちから先に動くザマス」
「それは悪いニュースでは?」
「あえて期限は設定しないザマス。ま、私の気分が変わらないうちにすることザマスね。ちなみに私は気が短いほうザマス」
「悪いニュースしかありませんね」
同情するよ。
ゼロはそれでも止まらなかった。
「あら、そうザマス? ならもうひとつ悪いニュースがあるザマス」
「えっ?」
「サノバガンを、UFOチームに加えるザマス」
「はい? えっ?」
チヨダは驚いている。
というか俺も驚いているのだが。こんなクソ強女にボディーガードなど不要だと思っていたから、てっきり雑用のために俺を連れてきたのかと思ったら。まさかここに残すつもりだったとは……。
チヨダはさすがに小さな溜め息をついた。
「さすがに越権行為では?」
「そう思うなら拒めばいいザマス。私の機嫌をそこねてもいいのでしたら」
「勘弁してくださいよ」
「あんまりゴネると私も残るザマス」
それは最悪だ。
帰ってくれ。
チヨダは指で眉間をもみほぐした。
「なぜそんなに強気なのか、はなはだ疑問ですね。先日のロドリゲスの件、こちらにはなんの報告もないようですが?」
「はい? 誰ザマス?」
チヨダがかなり致命的な弱点をついてきたのに、ゼロはしらじらしく目を細めている。
まるでタヌキとキツネの化かし合いだ。
「あなたがたはゼノスを処分する義務を負う。ところが、前回のゼノスは処分されていない。のみならず、無断でロドリゲスをかくまっている。S級の超人は、政府に引き渡す義務があるのです。二つの義務に違反しておいて、よくそんな態度をとれますね」
しかし、もちろんゼロは動じていない。
「はい? あのゼノスは勝手に消えたんザマスけど? あと私たちが保護したのは、ちょっとアゴが特徴的なだけの民間人ザマスけど? え、なんザマス? あなたがたには、あれがロドリゲスに見えるんザマス? つまりゼノスの正体が超人だと認めるわけザマス? その情報を公表してよいと? はぁ。するとあなたがたは、自分たちで保護した超人を、ゼノスに変えて島を襲わせているという事実を認めることになるザマスねぇ。なるほど。これは確かに問題ザマス……」
「……」
チヨダは、助けて欲しそうに俺を見てきた。
こんな無感情ロボみたいなヤツに感情を芽生えさせるとは。ゼロが敵じゃなくてよかった。
ゼロは余裕の笑みだ。
「じゃ、答えは出たザマスね。あなたは上に『相談』する。そしてサノバガンをチームに加える。これで決まりザマス」
「そんな権限は私には……」
「権限? ハッ。そんなの緊急避難とかなんとか言っておけばいいんザマス。もし認めなければ命の危険があったことにすれば、上もあなたを責められないザマス」
「恫喝を認めるんですか? そちらにとって不利になるのでは?」
「やれやれ。まだ理解できないザマス? これはお正義とお正義の衝突による戦争なんザマス。この期に及んで眠たいこと言ってないで、歯車は歯車らしくキリキリ動くザマス」
「はい……」
ワンサイドゲームだな。
まあ評議会には力だけはあるのだ。いままではその力を使わずに来た。政府との衝突を避けるために。本気になったらこうなる。
もちろん総合力では政府のほうが上だ。本気で衝突したら評議会はつぶされる。だが、政府にも甚大な被害が出る。メリットとデメリットのバランスが悪い。衝突はしないだろう。たぶん。
チヨダはまたちらとこちらを見てから、ゼロへ告げた。
「しかしサノバガンは……」
「なんザマス?」
「データを送ったはずです。彼はスターゲイザーにマークされている。しかも未知の超人まで……。彼の起用は不安要素が大きい。他の超人に変えてもらえませんか? たとえばフェニックスとか……」
「ダメザマス! あれは島の防衛の要ザマスから。その点、サノバガンは指鉄砲で戦ってるフリしかしてないザマスから、こちらにとっては痛くもかゆくもないザマス」
「こちらにとっては痛いのですが」
俺の心も痛いのですが。
お荷物の押し付け合いみてーじゃねーか。
人を汚物みたいに扱いやがって。
ゼロはスラリとした脚を組みなおした。
「それに、この男は、スターゲイザーを釣るいいエサになるザマス」
「釣るつもりはないのですが」
「あの男の力は、今後必要になるかもしれないザマス」
「味方になるわけがないでしょう。デメリットしかありませんよ」
「なぜそう決めつけるザマス? とにかくサノバガンは置いていくザマス。帰りのチケットも一人分しか用意してないザマス。もし送り返したければ、そちらで費用を負担して欲しいザマス」
「……」
おい、チヨダ。なに納得してんだよ?
チケット代のほうが惜しいのか?
俺の尊厳も加味して判断しろ。
チケット代すら払いたくないほどの汚物なのか? ん? なんならいまここで汚物をぶちまけてもいいんだぞ?
ゼロはデスクへ視線をやった。
「ほら、サノバガン。通信機を身につけるザマス」
「はい?」
「チームに加入するんだから、当然そうなるザマス」
「はい……」
チヨダはもう勝手にしてくれという顔だ。
俺はデスクまで行き、通信機を装着した。超人が勝手な行動をとれば、中から毒針が飛び出してくる。そんなものを躊躇なくつけてしまう。もう感覚がおかしくなっている。
チヨダは深呼吸のような溜め息をついた。
「分かりました。では、そのように手配します。ただ、上があなたの思惑通りに動くとは思わないでください。宇宙管理委員会は、あなたの予想より深く内部に入り込んでいます」
「ずぶずぶザマス」
「深く刺さった針を引き抜くには、相応の痛みをともないます」
「自業自得ザマス」
「可及的速やかに手続きをとりますので、しばらくお待ちください」
「秒でやるザマス」
煽り方がひどい。
このあと置き去りにされる俺の立場をなにも考えていない。
*
ゼロが去って、本当に俺だけが残された。
チヨダは固まっている。かと思うと、「上に報告してきます」と告げ、一人で行ってしまった。
「彼も大変だな」
代わりにスターゲイザーが入ってきた。
スーツ姿だが、もちろんゼロのように威圧的ではない。そこらにいるサラリーマンといった風貌だ。むしろ安心する。
「大丈夫なんですか? そんな気軽にポンポンと時間を止めて」
「大丈夫だ。問題ない」
「データも取られてますよ? もう一人の超人の存在もバレてるし」
「バレているといっても、存在だけだ。個人の特定には至っていない」
「そうかもですけど」
そいつはこの近くにいる。
いま俺がドアを開けて廊下を覗いたら、そいつの姿を確認できるかもしれない。いや、その前に、俺の時間を止められるのが先か。
彼は指ですっとメガネを押し上げて、こう告げた。
「じつは話を聞かせてもらった。協力してもいい」
「はい?」
「委員会と戦うんだろう? それなら手を貸せる」
どういうことだ?
彼らの利害も対立しているのか?
「流れが見えませんが」
「構わない。君は報告だけしてくれ。スターゲイザーが協力するとな」
「どんな因果が?」
俺がそう尋ねると、彼は曖昧な笑みを浮かべた。
「知りたいのかね?」
「いちおう背景を知っておくべきかと」
「知る権利があると?」
なんだこいつ。
さんざん介入しておいて、情報は出さないつもりか?
「ないならいいです」
「そうすねるな。部外者には言えないこともあるんだ」
「部外者? 半分くらい仲間だと思ってたのに……」
「君、意外とめんどくさいな」
そうかも。
情報が知りた過ぎて、つい。
スターゲイザーはかすかに溜め息をついた。
「ま、知っているとは思うが、メンバーは常に募集している。君が応募してくれたら、話せることもあるだろう」
「前向きに検討します」
「そうやって保留にしていても、選択のときは必ず来るぞ。あとは自分のタイミングでやるか、他人のタイミングでやることになるか、それだけだ」
「……」
口調はやわらかいが、事実は厳しい。
彼の言う通りだ。
選択を先延ばしにしていると、他人のタイミングで選ばされることになる。なんでもそうだ。時間は止まってくれない。まあこいつは止めているが。それも永遠じゃない。仮に永遠に止めることができたとして、問題は解決しない。
評議会に残れば、いずれS級超人になって、政府に引き渡される。その結末はこれまで見てきた通り。
スターゲイザーを選べば、政府や評議会と敵対する。
選ぶためには情報が欲しいのに、選んだあとでないと情報が手に入らない。
とはいえ、いま、状況が動きつつある。散発的に情報も手に入っている。まだ様子見してもいいかもしれない。まだ……。あと少しくらいなら……。
(続く)




