親の顔より見た顎行類(三)
ヘッドライトをこちらへ向けながら、ワゴンがやってきた。
もう夜だ。
もともと過疎エリアな上、住民も避難しているから、風の音しかしない。
ワゴンは俺たちのすぐ脇に停車し、すでに空いている窓から軍曹が顔を出した。
「乗れ」
それしか言わない。
いや、俺は乗るけど……。
アゴも乗せていいのか?
などと俺が悩んでいるうちに、率先してアゴが座席に乗り込んでしまった。
こ、こいつ、空気を読まないつもりか……。
「んーふっふぅ……。元気だったか、コマネチ軍曹」
「おかげさまで」
降りろと言わないところを見ると、ロドリゲスの乗車は黙認されているらしい。
まあそこらに放っておくわけにもいかないしな。
俺は先に女性二人を乗せてから、最後に乗り込んだ。
べつにレディーファーストのつもりではない。負傷者を優先させただけだ。だいたい、身体能力を強化された超人にとって、男女の差はほとんどないのだ。
*
そのまま当然のように本部ビルへ。
駐車場近くの作業場で整備班にアーマーを預け、軍曹ともそこで別れた。
上層のオフィスに行くと、さめた目のゼロが待ち構えていた。
「なんザマス、そのアゴ男は? 部外者を連れてこられては困るザマス」
まあそうだ。
いまのロドリゲスは正規に滞在を許された存在ではない。
「んーふっふぅ……。相変わらずだな、ゼロ」
「危ない橋を渡るなら、私の仲間を巻き込まず、一人でやって欲しいザマス」
ゼロとしては、いちおう俺たちのことも守ろうとしてくれているのかもしれない。
俺は余計かと思いつつ、口をはさんだ。
「ロドリゲスさんは、S級で初の生還者なんです。情報を持っている。話を聞いてみませんか?」
これにゼロは渋い表情だ。出来の悪い生徒を見る女教師みたいな顔になっている。
「雑談がしたいなら、どうぞご自由に」
いちおう黙認してくれるのか。
そもそも彼女の承認がなければ、ロドリゲスがビルに入ることすら許されなかっただろう。
「ロドリゲスさん、お願いします」
「んーふっふぅ……」
俺が話を振ると、ロドリゲスは満足げに笑みを浮かべた。
「S級であることが分かったあと、俺は政府の施設に送られてな。そこで毒針のついた腕輪をつけられたあと、別の施設へ移送された」
ロドリゲスがそこまで話すと、ゼロはこちらも見ずに質問を投げてきた。
「それが宇宙管理委員会だと?」
「知っているようだな。もとは宇宙を信仰するカルト教団だったが、なぜか超人にも興味を示してな。超人たちを支配しようと、評議会を攻撃するようになった」
「そのカルトが、政府に取り入ってS級の超人を引き取って、ゼノスにしてこの島を襲わせてた、という話ザマスね」
「やけに詳しいな、ゼロ」
俺もいま不安になった。
普通なら知りえない情報だ。
ゼロは、いったいどんなルートでそこにたどりついた?
ゼロはようやくこちらを見た。
「以前、委員会からお誘いがあったんザマス。もちろん断りましたけれど。それで委員会について調べてたところ、どうもそのような動きがあるようだと……」
いちおうの筋は通るか。
スターゲイザーも俺に接触してきたくらいだ。他の超人に目をつける組織があってもおかしくはない。
ロドリゲスはまた不気味な笑みを浮かべた。
「とにかく、ヤツらの悪事の証拠はつかんだ。このまま黙って見てるつもりはない。そうだな、サノバガン?」
なぜここで俺に振る?
なんの決定権もない俺に。
「いや、まあ……」
「っしゃこの野郎ッ! ハッキリ言えバカ野郎ッ!」
急にデカい声を出す、デカいおじさん。
勘弁していただきたい。
「プランもなく攻撃したら、俺たちが加害者ってことになりますよ」
「やる気があればなんでもできる」
「やったあとで殺されますけどね」
「それがどうした? 怖いのか?」
「怖いのもありますけど。もっと効率的にやらないと、みんなの命をムダにしますよ」
「そうだ。その通り」
ロドリゲスは「むふー」と鼻息をふいた。
さも最初からそんな考えだったみたいな顔だが、いま言われて初めて気づいたに違いない。
ゼロは溜め息だ。
「ま、プランならじつはあるんザマス」
あるのか?
まあこの中では頭のいいほうだろうし、期待してよさそうか。
「どんなプランです?」
聞いて欲しそうだったので、俺はやむなく尋ねた。
彼女は片眉をつりあげた。
「政府も一枚岩ではないザマス。カルトと手を組むことを快く思わない一派もいるザマスから、彼らと連携すれば、こちらが加害者になるリスクは避けられるはずザマス」
「その一派ってのにツテはあるんですか?」
「先日会ったあのチヨダというのがそうザマス」
ぬめっとした能面みたいな顔が思い浮かんだ。
あいつが味方かぁ……。
「でもあいつ、ロクなヤツじゃないですよ?」
「やれやれザマスねぇ。ロクなヤツじゃなかろうと、手を組むのが大人のやり方ザマス。サノバガン、いまは好き嫌いを言っている場合じゃないザマス」
それもそうだ。
チヨダらは政府からカルトを排除したいと考えている。その点においては、俺たちと利害は一致する。他の利害はさておき。
俺は溜め息をつき、こう応じた。
「けど、委員会は政府からゼノスの処理を請け負ってますよね? 政府にとっては負債をタダで引き受けてくれる都合のいい存在ですよ? 評議会からの攻撃を許しますかね?」
そのとき、みんなの視線が俺に集中した。
やってしまった。
なぜか俺まで出所不明の情報を持っていることをさらしてしまった。
ロドリゲスが「サノバガン、お前」と言いかけたのを、ゼロが咳払いで制した。
「その通り。交渉は簡単にはいかないはずザマス。しかし安心していいザマス。ここは頼れるボスである私が、じきじきに本土に出向いて交渉してくるザマス」
観光したいだけじゃないだろうな。
たしかに内容を把握しているゼロなら、他のメンバーより適任かもしれない。少なくともこの場にいる俺やロドリゲス、フェニックス、イリンクスよりは。
俺たちが反応できずにいると、ゼロは静かにこう続けた。
「私が留守の間、代理をロドリゲスに任せるザマス」
「えっ?」
声をあげたのが俺だけだったせいで、ロドリゲスに鋭い視線を向けられてしまった。
「不満ザマス?」
「いえ、まったく」
つまり現場に出るメンバーに変更はないのだ。
ボスが誰だろうと、やるべきことは変わらない。
「けど、A級の超人は敷地から出られないんじゃ?」
俺は空気を変えるべくそう尋ねた。
規定では、A級の超人は、ビル周辺から出られないことになっている。
ゼロは余裕の態度だ。
「政府からの要請があれば、その限りではないザマス」
「要請? ありますかね?」
「サノバガン、まだそんな呑気なことを……。こちらからせっついて要請を出させるんザマス。それが政治というものザマス」
「そ、そうですか……」
俺の苦手な分野だな。
素直にゼロに任せるとしよう。
*
アゴはビルに監禁されることになったので、俺とフェニックスとイリンクスでロビーへおりた。
職員の大部分が帰宅しているせいか、夜中の病院みたいにひっそりとしている。
「待て。解散するな。このままサノバの自宅へ向かう」
フェニックスがそんなことを言い出した。
日が没したとはいえ、まだ深夜ではない。俺は一杯飲んでから帰ろうと思っていたのに。
「なぜ俺の家に?」
「いまさら説明が必要なのか?」
「まずは足を診てもらったほうがいいんじゃないか?」
「ふん。この程度、湿布を貼っておけば治る」
昭和のおじさんみたいなことを言う。
イリンクスは珍しく乗り気ではなかった。
「行っていいの?」
「べつにいいけど」
「ゲロ吐いたのに?」
「もう着替えたんだし、俺は気にしてないよ」
「でもいまキスしたら嫌われそうだし」
「キスはしないから問題ない」
いったい、なにをするつもりだったんだこいつは。
フェニックスもさすがに引いている。
「お前な……。まあいい。面倒だから、私が三人分の料理を作る。食事のついでに話すぞ」
「分かった」
じつはフェニックスの料理は気になっていた。
あの手際のよさ。
絶対にうまいに決まっている。
*
米はすでに炊かれたものを買ってきた。
フェニックスはそれをチャーハンと粥にし、あとは回鍋肉とスープを用意した。ディナーというには粗食なような気もするが。まあ彼女はどちらかというと朝に食べるタイプなんだろう。
吐いたイリンクスのために粥を作るとは、ずいぶん優しいものだ。
古くて狭いリビングで、テーブルを囲んでいる。
こんな大人数で食事をするのは、この島に来てから初めてかもしれない。ちょっとケムいが。
イリンクスはなんとか笑みを浮かべた。
「ありがとう、フェニックス。あなたのこと、少し誤解してたみたい。なんか急に空から攻撃してきたし、そもそも普段から私のサノバガンに付きまとってて、いつか永遠に眠らせてやりたいと思ってたけど……。考えを改めるわね」
「そ、そうしてくれ……」
あのフェニックスが言い返さずに我慢している。
負傷者には優しいんだな、こいつは。
俺も「いただきます」と言いチャーハンを食った。
味は普通。
だが、ちゃんとパラパラしていて、完成度が高い。たぶんおかずの味が濃いめになっているから、あえてチャーハンを薄味に作ったのだろう。もちろん単品でも食える。絶妙なラインだ。
「サノバ、宇宙管理委員会とはなんだ? 詳しく教えてくれ」
少し食事が進んだところで、フェニックスはそんなことを言った。
「俺も伝聞でしか知らない。評議会の利権を奪おうとしてるカルトだよ。政府と癒着して、島にゼノスをけしかけてる」
するとフェニックスは、鋭い視線でこちらを見た。
「なぜそれを知っている?」
「俺にもいろいろあるんだよ」
「スターゲイザーだな」
「どうせ気絶したフリして聞いてたんだろ」
「ふん」
彼女は怒りながらスープをすすった。
なんだ?
情報が欲しいんじゃなくて、俺を詰めたいのか?
スープは市販のコンソメで作ったチキンスープだ。細かく刻まれたネギが入っている。ただそれだけなのだが、飲みやすくていい。
「ふぅ……。えーと、それで? なに? なんで俺の部屋に集まったの?」
「どちらにつくか聞きたかった」
「は? どちらって?」
なんのことを言っているんだ?
フェニックスはかすかに溜め息をついた。
「分かっていると思うが、評議会も決して私たちの味方ではない。私たちがゼノスになるまで、管理という名目で危険な仕事をさせるだけの組織だ。あのドリンクをバラまいた責任もとっていない」
「それは……」
その通りだ。
超人の自治ということになっているが、政府の意見を強要された上での自治だ。いわば鳥カゴの中の自由。いちおう給料も出るし、専用のケアも受けられるが……。
「サノバ、お前はスターゲイザーと組みたいんじゃないのか?」
「はぁ?」
急になにを言い出すんだ、こいつ。
たしかにスターゲイザーは、話の通じない男ではない。なんならそこらの連中よりまともに見えることもある。しかし組織として謎すぎる。あまり巨大な組織とも思えない。評議会を裏切るのはリスクが大きすぎる。
フェニックスはまた「ふん」と鼻を鳴らした。
「お前の考えていることは分かるぞ。スターゲイザーにつくのは危険だと考えているのだろう? だが、よく考えてみろ。このままここにいても、いずれ症状が深化して、ゼノスになるのがオチだ」
「まあそうだけど……。ん?」
なんだこの違和感は?
まるで、スターゲイザーにつけば、ゼノスにならずに済むみたいな物言いだ。
いや、そうなのか?
話を思い返してみると、どうもスターゲイザーは、超人としてはロドリゲスより古株という気がする。しかしロドリゲスがゼノス化したのに、スターゲイザーにそんな様子はない。
あいつはなにか特別なのか?
なんらかの技術を有しているのか?
そもそも時間を止めるようなヤツだ。ゼノスにならない方法も知っているのかもしれない。
ただまあ、それはあいつが思念の超人だからだろう。
思念の力で、現実を書き換えてしまう。本来ならエネルギーの消耗も激しいし、何度も使えない能力のはずだが。あいつは無尽蔵にやってのける。
あいつの周辺には謎が多い。
フェニックスは壁を見ながら、しらじらしい様子で言った。
「もしヤツにつくつもりなら、私も連れていけ。私は強い。役に立つぞ」
すると粥をすすっていたイリンクスも「私も」と便乗した。
いや、飲み会に参加するかどうかみたいな気軽さだが。
俺はつい肩をすくめた。
「どうだろうな。ま、最終的にどんな選択をするにせよ、いまは評議会を離れるつもりはないよ」
いま動けば、スティレットを見捨てることになる。
あの子をこの組織に置いたまま、自分だけ外に出ることはできない。
太陽みたいに明るくて、誰にでも優しい子だ。こんな汚い仕事を続けさせるべきではない。
フェニックスは少し笑った。
「同感だ。いまは時期が悪い。その冷静さは評価するぞ、サノバ」
「そいつはどうも」
だがまあ……。
本当に、いずれ選択の時が来るかもしれない。
ずっと続くと思っていたものが、ある日、突然壊れる。生きているとしばしばそんなシーンに遭遇する。今回もおそらく例外ではない。
(続く)




