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諸君、人間をやめるな  作者: 不覚たん


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15/16

親の顔より見た顎行類(二)

 俺は残留した毒を警戒しながら、倒れているフェニックスとイリンクスを抱えてゼノスから離れた。超人の身体能力をもってすれば、二人の女性を抱えるくらいわけもない。


 ゼノスはいまにも倒れそうにふらふらしている。上半身に比べて下半身が貧弱すぎるのだ。それでも脚を軋ませながら、なんとか転倒せぬよう踏ん張っている。


 女性たちを道端に置き、俺は呼吸を整えた。

 二人ともダウンしてしまった。

 だが、敵も動きを止めている。

 ピンチでもあり、チャンスでもある。

 問題は、この俺に決定打がないことだ。フルパワーまでチャージしたら胴体をぶち抜けるかもしれないが、そんなことをしたら俺の手ももたないだろうという確証がある。

 戦ってるフリだけして、二人が目を覚ますのを待つか。


 いや、その前に、すべきことがありそうだな。


「彼はロドリゲスか? ずいぶん印象が変わってしまったな」

 スーツを着たメガネの男が、近くに立っていた。

 スターゲイザーだ。

 時間を止めてはいない。普通にいる。思えば最初に会ったときもそうだった。この島では時間を止める必要がないのか。


「ごめんなさい。いま取り込み中なんですが……」

 俺がそう告げると、彼はなんとも言えない笑みを浮かべた。

「戦う必要はない。彼に攻撃の意思はないからな」

「えっ? どういう意味です?」

 本当に。

 どういう意味なんだ?

 まさかゼノスの心まで読めるとは言わないよな……。


「ロドリゲス。肉体の超人だったか? 偽装の超人にでも改名して欲しいくらいだな」

 ゼノスを見上げながら、そんなことを言う。

「あのー、謎かけも結構なんですが、答えから教えてくれるとありがたいんですが……」

「彼はみずからの意思であの姿になったということだ」

「はい?」

 え、モアイ像に?

 自覚はあったのか。

 いや、そうじゃなくて、みずからの意思でゼノスになったということだろう。そんなことが可能なのか?


「では、重大な秘密を君にバラそう。すでに予想しているとは思うが、S級の超人は、放っておけばゼノスになる。例の電磁波は必要ない。自動的にそうなる」

「えぇっ。魔改造されているとかではなく? 自動的に?」

「そう。自動的に。深化に肉体が耐えられなくなるんだ」

 なら、俺もいずれゼノスになるってことじゃないか。

 俺だけじゃない。超人たちみんながそうなる。間違いなく大問題だ。


 スターゲイザーはすっとメガネを押し上げた。

「問題はここからだ。S級の超人は、いちど政府に身柄を引き渡されたのち、宇宙管理委員会という組織に引き渡されている」

「宇宙……? なんです?」

 聞いたこともない組織だ。

 スターゲイザーは不快そうに肩をすくめた。

「宇宙管理委員会。カルト教団だよ、私に言わせればね。評議会の敵でもある。しかし対立しているのは理念じゃない。利権だ。つまり、宇宙管理委員会は、評議会に代わって超人たちを管理したがっている。だが、そうなれなかったので、別の方法をとったわけだ」

「別の方法?」

「政府から引き取ったS級の超人を、ゼノスとして島に送り込んでいる。評議会をつぶすためにね」

「……」

 なぜこの島にゼノスが来るのか分かった。

 だが、それでも腑に落ちないことはある。


「えーと、なぜそんなことが? つまり、政府も評議会をつぶしたがっているということですか?」

「半分はイエスで、半分はノーだ」

 もったいぶっていないで、中身を教えて欲しいのだが。

「イエスというのは?」

「管理委員会の工作員が、すでに政府中枢に入り込んでいるのだ。これは難しい話じゃない。要するに委員会は、政府の側に、いくらかのインセンティヴを用意したわけだ」

「インセンティヴ?」

「金だよ、金」

 ただの癒着じゃねーか。


「半分がノーというのは?」

「政府にとって、評議会は邪魔な存在ではない。意外とうまくやっている。足りなかったのはインセンティヴだけだ。密約により、政府はS級の超人を引き取り、ゼノスになるまで管理する責を負っている。これにはコストがかかるのだ。そこに目を付けたのが宇宙管理委員会だ。連中はS級の超人を引き取り、自分たちで面倒を見ると持ち掛けた。政府にとってはありがたい話だったろう。管理コストがゼロになるわけだからな」

「ここまで全部金の話に聞こえるんですが」

「ここまで全部金の話だからな。仕方がない」

 なんでもかんでも金、金、金。

 人権や命は二の次だ。

 もちろん金は大事だが、倫理を無視していいなら、誰も詐欺師を責められなくなる。社会というのはそういうものではない。政府が無償の奉仕団体ならともかく、みんなの税金で運営されているのだから、なおさら問題だろう。


「で、でも、委員会のやってることはテロですよ? 政府は気にしてないんですか?」

「気にしてない」

「いや、そんなことが……」

「そんなことが許されるはずがない。そう言いたくなる気持ちは分かる。事実を知っていればな。だが、誰も事実を知らないのだ。問題にならない。むしろゼノスの襲撃は、超人をこの島に閉じ込めるいい理由になっている」

 誰だこのクソストーリーを考えたヤツ。

 迷惑すぎるのだが。


「ところで、どうやってその情報を……」

「調べたのだよ」

「そうですか……」

 愚問だった。

 彼は時間を止められるのだ。

 調べようと思えば、いくらでも調べられる。


「あ、そうだ。いまので思い出したんですが。あなたが時間を止めてるときに、俺たち以外の誰かが現場にいたみたいなんです。心当たりとか、あります?」

 俺の問いに、スターゲイザーはふっと笑みを浮かべた。

「ある」

「誰なんです?」

「部外者に説明するつもりはない。ま、私の敵ではないとだけ言っておこう」

 なら、きっと彼の仲間なんだろう。アイアンメイデン以外の誰かだ。

 俺は周囲をキョロキョロ見回してみたが、いまはそれらしい人物はいないようだった。


 スターゲイザーは表情を消し、静かに告げた。

「本題はすでに伝えた。あのゼノスは敵ではない。君が手を犠牲にしてまで破壊すべき対象ではないということだ」

「けど、仕事はしないと……」

「問題ない。その仕事はじきキャンセルになる」

「キャンセル?」

 彼の視線は、相変わらずゼノスへ向けられていた。

 そのゼノスは……俺の気のせいでなければ、一回り小さくなったような気がする。最初はビルみたいだったのに。いまは信号機より少し高いくらいだ。

 しぼんだのか?


「自分の意志でゼノスになったと言っただろう? いま、その逆が起きている」

「逆? はい? ゼノスが? 人間に戻るんですか?」

「人間ではなく、超人だ」

「どうやって?」

「おそらくは、彼が肉体の超人だからだろう。みずからの意思で肉体をコントロールできる。他の超人にはなしえない能力だ」


 えーと、本当に?

 超人に戻る?

 これまでさんざん袋叩きにしてきたのに?


 こうして話している間にも、モアイ像は収縮していった。

 完全に人の形をしている。

 砂浜に、全裸の巨人が四つん這いになっている。これもすぐに収縮して元のサイズに戻るんだろう。


 スターゲイザーは満足げに「ふむ」とうなった。

「かくして、初めての生存者が帰還したというわけだ。委員会の化けの皮がはがれるのも時間の問題だろう」

「……」

 なるほど。

 この男、俺たちを助けに来たわけではなく、宇宙管理委員会をつぶすネタを守りに来たわけか。ついでとはいえ、俺の手を守ってくれたことには感謝してもいいか。


「このあと、どうするんです?」

「観光をしてから帰るよ。仲間が待ってるんでね」

 観光?

 ずいぶん余裕だな。

 よく見ると、彼は紙袋を持っているのだが。すでにお土産でも買ったのだろうか?


 スターゲイザーは、その紙袋をこちらへ渡した。

「彼の着替えを用意してある。あとはうまくやってくれ」

「え、いいんですか? ありがとうございます」

 いい人じゃないか。

 ロドリゲスを袋叩きにした件も、これでチャラにしてもらえるかもしれない。


 スターゲイザーが去ると、まもなくロドリゲスがゆっくりとこちらへ向かってきた。

 デカい。

 もちろん身長の話だ。

 全裸だから言っているわけではない。

 まあデカいことは間違いないが。


「っしゃこの野郎ッ!」

「はい」

 怒っているわけではなかろう。

 これはロドリゲスの鳴き声みたいなものだ。

「筋肉があればなんでもできる」

「なんでもはムリでしょう。これ、服です。よかったらどうぞ」

「んーふっふぅ……。サノバガン、気が利くじゃあないか」


 服を渡すと、ロドリゲスは恥じた様子もなく着始めた。

 目を覚ました女性陣は、その様子を不快そうに目を細めて見ている。見ないという選択肢もあるとは思うが。まあ俺も見ているわけだから、人のことは言えない。デカい。存在自体がなんらかのハラスメントとして認定されるべきだ。デカいのはアゴだけにして欲しい。


「サノバガン、お前、手を痛めてるのか?」

 ロドリゲスは服を着ながらそんなことを言った。

 さすがに見抜かれていたか。

「不調でして」

「肉を食え」

「はい」

「肉を食え」

「はい」

 素晴らしいクソみたいなアドバイスが出たな。

 なんで二回も同じことを言われたのか不明だが。

 もうなにも喋らないで欲しい。


 さて、しかし問題はここからだ。

 俺たちの戦闘の様子は、監視カメラなどで本部に見られている。

 ゼノスがロドリゲスに戻ったのもバレていることだろう。

 俺がスターゲイザーと接触していたことも。


 どこからどう説明すればいいのやら……。


(続く)

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