親の顔より見た顎行類(二)
俺は残留した毒を警戒しながら、倒れているフェニックスとイリンクスを抱えてゼノスから離れた。超人の身体能力をもってすれば、二人の女性を抱えるくらいわけもない。
ゼノスはいまにも倒れそうにふらふらしている。上半身に比べて下半身が貧弱すぎるのだ。それでも脚を軋ませながら、なんとか転倒せぬよう踏ん張っている。
女性たちを道端に置き、俺は呼吸を整えた。
二人ともダウンしてしまった。
だが、敵も動きを止めている。
ピンチでもあり、チャンスでもある。
問題は、この俺に決定打がないことだ。フルパワーまでチャージしたら胴体をぶち抜けるかもしれないが、そんなことをしたら俺の手ももたないだろうという確証がある。
戦ってるフリだけして、二人が目を覚ますのを待つか。
いや、その前に、すべきことがありそうだな。
「彼はロドリゲスか? ずいぶん印象が変わってしまったな」
スーツを着たメガネの男が、近くに立っていた。
スターゲイザーだ。
時間を止めてはいない。普通にいる。思えば最初に会ったときもそうだった。この島では時間を止める必要がないのか。
「ごめんなさい。いま取り込み中なんですが……」
俺がそう告げると、彼はなんとも言えない笑みを浮かべた。
「戦う必要はない。彼に攻撃の意思はないからな」
「えっ? どういう意味です?」
本当に。
どういう意味なんだ?
まさかゼノスの心まで読めるとは言わないよな……。
「ロドリゲス。肉体の超人だったか? 偽装の超人にでも改名して欲しいくらいだな」
ゼノスを見上げながら、そんなことを言う。
「あのー、謎かけも結構なんですが、答えから教えてくれるとありがたいんですが……」
「彼はみずからの意思であの姿になったということだ」
「はい?」
え、モアイ像に?
自覚はあったのか。
いや、そうじゃなくて、みずからの意思でゼノスになったということだろう。そんなことが可能なのか?
「では、重大な秘密を君にバラそう。すでに予想しているとは思うが、S級の超人は、放っておけばゼノスになる。例の電磁波は必要ない。自動的にそうなる」
「えぇっ。魔改造されているとかではなく? 自動的に?」
「そう。自動的に。深化に肉体が耐えられなくなるんだ」
なら、俺もいずれゼノスになるってことじゃないか。
俺だけじゃない。超人たちみんながそうなる。間違いなく大問題だ。
スターゲイザーはすっとメガネを押し上げた。
「問題はここからだ。S級の超人は、いちど政府に身柄を引き渡されたのち、宇宙管理委員会という組織に引き渡されている」
「宇宙……? なんです?」
聞いたこともない組織だ。
スターゲイザーは不快そうに肩をすくめた。
「宇宙管理委員会。カルト教団だよ、私に言わせればね。評議会の敵でもある。しかし対立しているのは理念じゃない。利権だ。つまり、宇宙管理委員会は、評議会に代わって超人たちを管理したがっている。だが、そうなれなかったので、別の方法をとったわけだ」
「別の方法?」
「政府から引き取ったS級の超人を、ゼノスとして島に送り込んでいる。評議会をつぶすためにね」
「……」
なぜこの島にゼノスが来るのか分かった。
だが、それでも腑に落ちないことはある。
「えーと、なぜそんなことが? つまり、政府も評議会をつぶしたがっているということですか?」
「半分はイエスで、半分はノーだ」
もったいぶっていないで、中身を教えて欲しいのだが。
「イエスというのは?」
「管理委員会の工作員が、すでに政府中枢に入り込んでいるのだ。これは難しい話じゃない。要するに委員会は、政府の側に、いくらかのインセンティヴを用意したわけだ」
「インセンティヴ?」
「金だよ、金」
ただの癒着じゃねーか。
「半分がノーというのは?」
「政府にとって、評議会は邪魔な存在ではない。意外とうまくやっている。足りなかったのはインセンティヴだけだ。密約により、政府はS級の超人を引き取り、ゼノスになるまで管理する責を負っている。これにはコストがかかるのだ。そこに目を付けたのが宇宙管理委員会だ。連中はS級の超人を引き取り、自分たちで面倒を見ると持ち掛けた。政府にとってはありがたい話だったろう。管理コストがゼロになるわけだからな」
「ここまで全部金の話に聞こえるんですが」
「ここまで全部金の話だからな。仕方がない」
なんでもかんでも金、金、金。
人権や命は二の次だ。
もちろん金は大事だが、倫理を無視していいなら、誰も詐欺師を責められなくなる。社会というのはそういうものではない。政府が無償の奉仕団体ならともかく、みんなの税金で運営されているのだから、なおさら問題だろう。
「で、でも、委員会のやってることはテロですよ? 政府は気にしてないんですか?」
「気にしてない」
「いや、そんなことが……」
「そんなことが許されるはずがない。そう言いたくなる気持ちは分かる。事実を知っていればな。だが、誰も事実を知らないのだ。問題にならない。むしろゼノスの襲撃は、超人をこの島に閉じ込めるいい理由になっている」
誰だこのクソストーリーを考えたヤツ。
迷惑すぎるのだが。
「ところで、どうやってその情報を……」
「調べたのだよ」
「そうですか……」
愚問だった。
彼は時間を止められるのだ。
調べようと思えば、いくらでも調べられる。
「あ、そうだ。いまので思い出したんですが。あなたが時間を止めてるときに、俺たち以外の誰かが現場にいたみたいなんです。心当たりとか、あります?」
俺の問いに、スターゲイザーはふっと笑みを浮かべた。
「ある」
「誰なんです?」
「部外者に説明するつもりはない。ま、私の敵ではないとだけ言っておこう」
なら、きっと彼の仲間なんだろう。アイアンメイデン以外の誰かだ。
俺は周囲をキョロキョロ見回してみたが、いまはそれらしい人物はいないようだった。
スターゲイザーは表情を消し、静かに告げた。
「本題はすでに伝えた。あのゼノスは敵ではない。君が手を犠牲にしてまで破壊すべき対象ではないということだ」
「けど、仕事はしないと……」
「問題ない。その仕事はじきキャンセルになる」
「キャンセル?」
彼の視線は、相変わらずゼノスへ向けられていた。
そのゼノスは……俺の気のせいでなければ、一回り小さくなったような気がする。最初はビルみたいだったのに。いまは信号機より少し高いくらいだ。
しぼんだのか?
「自分の意志でゼノスになったと言っただろう? いま、その逆が起きている」
「逆? はい? ゼノスが? 人間に戻るんですか?」
「人間ではなく、超人だ」
「どうやって?」
「おそらくは、彼が肉体の超人だからだろう。みずからの意思で肉体をコントロールできる。他の超人にはなしえない能力だ」
えーと、本当に?
超人に戻る?
これまでさんざん袋叩きにしてきたのに?
こうして話している間にも、モアイ像は収縮していった。
完全に人の形をしている。
砂浜に、全裸の巨人が四つん這いになっている。これもすぐに収縮して元のサイズに戻るんだろう。
スターゲイザーは満足げに「ふむ」とうなった。
「かくして、初めての生存者が帰還したというわけだ。委員会の化けの皮がはがれるのも時間の問題だろう」
「……」
なるほど。
この男、俺たちを助けに来たわけではなく、宇宙管理委員会をつぶすネタを守りに来たわけか。ついでとはいえ、俺の手を守ってくれたことには感謝してもいいか。
「このあと、どうするんです?」
「観光をしてから帰るよ。仲間が待ってるんでね」
観光?
ずいぶん余裕だな。
よく見ると、彼は紙袋を持っているのだが。すでにお土産でも買ったのだろうか?
スターゲイザーは、その紙袋をこちらへ渡した。
「彼の着替えを用意してある。あとはうまくやってくれ」
「え、いいんですか? ありがとうございます」
いい人じゃないか。
ロドリゲスを袋叩きにした件も、これでチャラにしてもらえるかもしれない。
スターゲイザーが去ると、まもなくロドリゲスがゆっくりとこちらへ向かってきた。
デカい。
もちろん身長の話だ。
全裸だから言っているわけではない。
まあデカいことは間違いないが。
「っしゃこの野郎ッ!」
「はい」
怒っているわけではなかろう。
これはロドリゲスの鳴き声みたいなものだ。
「筋肉があればなんでもできる」
「なんでもはムリでしょう。これ、服です。よかったらどうぞ」
「んーふっふぅ……。サノバガン、気が利くじゃあないか」
服を渡すと、ロドリゲスは恥じた様子もなく着始めた。
目を覚ました女性陣は、その様子を不快そうに目を細めて見ている。見ないという選択肢もあるとは思うが。まあ俺も見ているわけだから、人のことは言えない。デカい。存在自体がなんらかのハラスメントとして認定されるべきだ。デカいのはアゴだけにして欲しい。
「サノバガン、お前、手を痛めてるのか?」
ロドリゲスは服を着ながらそんなことを言った。
さすがに見抜かれていたか。
「不調でして」
「肉を食え」
「はい」
「肉を食え」
「はい」
素晴らしいクソみたいなアドバイスが出たな。
なんで二回も同じことを言われたのか不明だが。
もうなにも喋らないで欲しい。
さて、しかし問題はここからだ。
俺たちの戦闘の様子は、監視カメラなどで本部に見られている。
ゼノスがロドリゲスに戻ったのもバレていることだろう。
俺がスターゲイザーと接触していたことも。
どこからどう説明すればいいのやら……。
(続く)




