親の顔より見た顎行類(一)
数日後、緊急出動。
というか、出動の命令が来るのはいつも緊急時なのだから、緊急出動という言葉自体がバカらしく思えてくる。
すでに日は暮れている。
本日の現場は、海岸沿いの道路。
なにも特別な場所ではない。
景色も地味。道沿いには建物がぽつぽつあるだけ。
街の灯があまりにも遠く見える。
「……」
さて、現場についたはいいが、まだゼノスの姿は見当たらない。
というか、ゼノスが出てから呼ばれるならまだしも。なぜ先に呼ばれたのか。おそらくレーダーかなにかに引っかかったんだとは思うが。
出撃メンバーは三名。
俺、フェニックス、イリンクス。
よりによって例の三人だ。
戦闘のバランスはよくない。ほかに人材がいないのは分かるが。できればゼロにも出撃して欲しかった。
俺はつい溜め息をついた。
「大丈夫かな、このメンバーで……」
するとフェニックスがこちらも見ずに、ふんと鼻を鳴らした。
「未熟者め。私がバードストライクキックでゼノスを破壊する。お前はいつものように、ただ突っ立ってその活躍を見ていればいい」
「俺の記憶と一致しない情報だな」
「そうだな。お前も二割くらいは仕事をしていたかもしれない」
まるで自分が八割くらいの仕事をしているような口調だな。
だがまあ……実際、五割くらいは一人で破壊しているかもしれない。五割だけやって残りは敵に絡まってるだけだが。
問題は、この女が破壊にしか興味がないことだ。仲間と連携する気がない。あとバードストライクキックとかいうクソダサネーミングもなんとかして欲しい。
イリンクスはふるふるっと震えた。
「ああ、早く来ないかしら……。毒が漏れちゃう……」
漏らすな。
クソ、どいつもこいつも。
今日は見た目も地味だ。
モスグリーン、ブルー、マゼンタ。
全体的に暗い。
「フェニックスは、なんで赤じゃないんだ?」
「は?」
さすがにこちらを見た。
バカを見るような目で。
「いや、バトルスーツさ。なんか地味じゃないか? 君が赤だったらよかったのに」
「なぜ私が赤じゃないのか知りたいか?」
「へえ、珍しいな。教えてくれるの?」
「ああ。なぜお前が紅白じゃないのかを教えてくれたらな」
「……」
じつに不毛な会話だったな。
それはそれとして、ゼノスの野郎はまだ来ない。
遅刻するならせめて事前に連絡が欲しいな。こんなんじゃ立派な社会人としてやっていけないぞ。
暗い海に目をこらす。
月は出ているが、なにかを探せるほど明るくはない。
本土と違って湿度が低いのはマシだが、それでも海風を食らいながら突っ立っているのはしんどい。
「え、なに? ホントに来んのかな? 誤報とかじゃなくて?」
「さっきからうるさいぞ、サノバ。静かに待て」
フェニックスに怒られてしまった。
雑談くらいしてもいいじゃないか。
イリンクスが近づいてきた。
「泣かないで、サノバガン。私だけは味方だから」
「泣いてない」
こんなので泣いてたら逆に怖いのだが。
あと毒の巻き添えになるから近づかないで欲しい。
海にはなにも見えない。
しかし波音が……次第に強くなっている気がする?
波音というか、なにかが波をかきわけて進んでくるような……。
「もしかして、なにか来て……」
俺がそう言いかけたところで、ザパーンと海面をぶち割って巨大生物が姿を現した。
想像よりも高い。
ちょっとしたビルのような……モアイ像のようなゼノス。
ん?
んんっ?
モアイ像の首元からは、小さな無数の脚が生えていた。それが苦しそうに頭部を支えながら、波を蹴ってなんとか前進している。
鼻行類にならって顎行類とでも分類しておこうか。
いまからお前の学名はアゴ科アゴ属アゴアゴアゴだよ。
この、親の顔より見たアゴ生命体――。
元の素材がなんなのかは、もはや考えるまでもあるまいて。やはりS級の超人は、政府に連れ去られたあと、ゼノスに変えられて海に放出されていたのだ。目的は不明だが。
俺は仲間たちに告げた。
「全力で行くぞ」
恨みがあるわけではない。
いや、なくもないが。
素材がクソ強いのは知っている。こいつはちょっとやそっとの攻撃で倒せる相手じゃない。フルパワーでぶつからなくては。
「とうっ!」
猛ダッシュしていたフェニックスが、いつものように点になるほど高く飛んだ。
いいぞ。
今日は好きなだけ飛んでくれ。
俺はさっと回避して、脇へよけた。
そろそろイリンクスが仲間を巻き込んで毒をまき散らすと思ったからだ。
だが、まだそうなってはいなかった。
少しは迷惑という概念を獲得したか。
俺は横に移動した勢いで、そのままモアイ野郎の側面へ回り込んだ。指に込めたエネルギーを放ち、脚を狙う。こういうヤツの弱点は、たいてい脚だ。
細いから当たるかどうかは運次第だが。ま、あれだけいっぱい生えてるんだから、どれかには当たるだろう。
ややあって、ドーンと凄まじい音を立てて、モアイ像の顔面にフェニックスのキックが炸裂した。彼女に巻き込まれた大気が、遅れてやってきて砂浜と海面をえぐる。ちょっとした爆発のようだ。
モアイ像は、しかし砕けていない。かなり後方に傾いて、その重量に耐えかねた脚が何本かバキバキと折れたが、最終的には踏みとどまり、また体勢を立て直した。
「くっ」
蹴った反動でこちらへ戻ってきたフェニックスは、苦しそうに膝をついた。
敵にダメージを与えられなかっただけでなく、反動で足を痛めたのだろう。今日の敵は、これまで俺たちが戦ってきた軟体生物とは根本的に違う。外骨格が強靭すぎる。
「少し休んでてくれ」
「は?」
二度目のジャンプを敢行しようとしていたフェニックスは、鋭い視線でこちらを見た。
「それ以上やったら、足が折れるぞ」
「だからなんだ?」
「君が負傷したら、この島はもたないって言ってるんだ。エースが簡単に足を犠牲にするな」
「お前……」
悔しいかもしれないが、理解して欲しい。
今回の敵が例外なのだ。普段の戦いなら、彼女のやり方は間違っていない。
「今日だけは俺とイリンクスに任せてくれ」
「そのイリンクスだが……」
はい?
フェニックスの視線を追うと、イリンクスがガードレールにしがみついて吐いているのが見えた。
もしかしてこいつ、海風も計算に入れず毒を使って、自分で吸い込んでしまったのか? だから俺の背後から毒が来なかったと?
え、じゃあこのアゴ生物を、俺一人で倒せと?
「フェニックス、ひとつ頼みがある」
「なんだ?」
「痛くない方の足でいいから、あいつを蹴ってくれないか? さっきみたいに強いのじゃなくていいから」
「ふん。言われずともそのつもりだ。あいつの頭は硬い。だから次は脚を攻撃する。そうすればヤツの動きを止められる」
な、なるほど。
俺が言う前に、俺の策を理解してくれてなによりだ。
頼むからあんまり冷たい目で見ないで欲しい。
「じゃあ俺が側面に回り込むから――」
「行くぞ」
まだ説明の途中なのに、フェニックスは走り出した。かなり足を痛めたらしく、あんまり加速はよくない。
まあいい。
俺も側面に回って射撃を――。
「サノバガン……」
イリンクスが弱々しい声で近づいてきた。
「どうし……え、うわぁ……」
ゲロまみれだ。
自業自得とはいえ気の毒ではある。
「うわぁってなに? 傷ついちゃう……」
「ごめんごめん。どうしたの?」
「拭くものある?」
「ないよ。海で洗ってきたら?」
「そうする」
しょげた顔をしている。
だが、不幸は続くものだ。
イリンクスは、ゼノスの近くを通って海へ向かった。すると、ちょうど落下してきたフェニックスが、両者のほぼ間に着地した。派手な音とともに巻き上がる砂。ぶっ飛ばされるイリンクス。無傷のゼノス。
もはや今回は戦いが成立していない。
いまのところ自爆とフレンドリーファイアしかしてないじゃないか。初心者の集まりかよ。このあと確実に軍曹から怒られる。
せめてゼロがいてくれたら。
それもこれも、あのアゴがS級になってどこかへ行ったせいだ。
いや、本人のせいにするのはよそう。彼も望んでこの状況を招いたわけではない。
俺は側面へ回り込み、エネルギー弾を放った。
たぶん命中しているはずなのだが。敵の機動力が落ちていないところを見ると、ダメージが通っていないのかもしれない。
やむをえない。出力を上げるか。手の調子はあまりよくないのだが。
かと思うと、女たちの声が響き渡った。
「やめろバカ!」
「うるさい! 妨害ばっかりして!」
さっきの誤爆に怒ったイリンクスが、フェニックスにつかみかかっていた。
仲間割れだ。
すぐ脇にアゴのゼノスがいるというのに。
アゴのゼノスは何度も向きを変え、遠方から攻撃を繰り返す俺と、すぐ足元でさわいでいる女性陣、どちらを狙うべきか迷っているようだった。これが世に聞くビュリダンのロバというヤツか。このままずっと足踏みしていてくれると助かるのだが。
俺は軽く手を振って違和感を飛ばし、あらためて狙いを定めてエネルギーを集中させた。高威力の攻撃を放つと、とてつもない倦怠感に襲われる。二発目を撃つまで時間がかかる。もし一発でも外せば、それ自体がリスクとなる。
あんまりやりすぎると、そのうち手がほぐれたカニカマみたいにバラバラになりそうだ。
だが、狙いを定めているうち、視界のぼやけに気づいた。
自分の予想以上に、体に負担がかかっていたか?
いや、違う。原因は俺じゃない。ゼロスの周辺の空気だけが、やけにゆらめいていたのだ。理由はハッキリしている。イリンクスが、大規模に毒を散布したのだ。
まずはフェニックスが尻もちをつき、続いてイリンクスが膝をついた。かと思うと、アゴゼノスもゆっくりと斜めに傾いていった。
あの巨体にも毒が効いた……ということか……?
(続く)




