第二章 魔国の大将軍
(8)ソフィアの誘拐
「あらオスカー、うちのソフィアを見なかったかしら。うちにもいないし、、近所にもいないの。こんな時間まで一人でどこに行ったのかしら」アリスが娘を探していた。
オスカーは悪い噂を聞いていた。山の民が来ている。そいつらは何をするか分からないから気を付けろと。
「ソフィアの匂いのついたハンカチか何かないか。俺はこれで探してみる。アリスは近所の者とこの周りを探してくれ」オスカーとマックスは馬を連れて匂いのする方角を探した。
「もしかして山の民の仕業ですかね。奴ら、以前も騒ぎを起こしていますから」
「普通に迷子なら、近所の者が見つけ出すだろうが、もし犯罪だったらそれからでは遅い。二方面から探索するんだ」
「旦那、変ですぜ、匂いは外に向かってるし、馬車の匂いもする。山の民は馬車なんて持っていませんぜ」
「もしかしたら奴隷狩りかもしれん。急がないと」
隣町まで来た。奴らは街に入ったようだ。門番にスタインフーバー国機甲師団顧問の証印を見せるとすんなり通してくれた。
街中はマックスが何度も来ていて詳しいらしい。
「奴等、普通の宿には泊まれないはず。裏通りに行ってみましょう」
奴隷狩りの者たちが娘たちを馬車から降ろしているのが見えた。見張りは十人、二人で救出するのは無理だ。人質にでもとられたら厄介だ。
「頭、獣人の国に人間がいるとは運が良いですね」
「ああ、お貴族様は幾らでも奴隷を買ってくれる。人間の世界から誘拐すると大騒ぎになるが、獣人の国なら安心して狩れるからなあ」
「頭、分け前を奮発してくださいよ」
「分かっているよ。娘たちを今夜のうちに、身ぎれいにしとけ。明日、侯爵の所に連れて行く」
「分かりました。任しておくんなさい」
陰で聞いているオスカーは、相手が十人程なので、慎重を兼ねて、
「マックス、お前は先発隊を急いで連れて来い。俺は奴らを見張っておく。夜明けに奴らを急襲する」
「分かりました、急いで行ってきます」
オスカーは物陰に隠れて建物が静かになるのを待った。奴らは飯を食い、酒を飲み始めた。
しばらく様子を見ていたが、静かになったので、裏から忍び入った。先ず扉の閂を開け、マックスたちが入れるようにした後、誘拐された者の、閉じ込められた部屋を探す。奥の部屋の前に立ち番がいる。あそこに閉じ込められているのだろう。隣の部屋にもぐりこんで、助けが来るのを待った。外が白んで来た頃、マックスが先発隊を引き連れてきた。突撃の合図をした後、奴らの後ろに回り、子供たちを救出しようとしたが、見張りが中にもいた。
「大変だ、大変だ」と言って部屋に入った。外では兵が賊と派手にやっている音がしている。
「どうした。何事だ。」報告をする真似をしながら賊に近づき、剣の柄で一突き、、持っていたカギを奪い子供たちを助けた。その中にソフィアがいた。
「ソフィア、大丈夫か、よく頑張ったな」
「おじさーん」泣きながら寄ってきた。
「もう大丈夫だからな。ママが待ってるぞ。朝ご飯を食べに帰るぞ」マックスを知らせに走らせ、子供たちと兵はゆっくり帰る。気を落ち着かせるためだ。オスカーとソフィアは並んで座った。
「怖かったろう。もう大丈夫だからな」
「ううん、平気だったよ。おじさんがきっと助けに来てくれると信じていたもの」
「うん、そうだ。ソフィアの事は絶対守るからな」抱きしめながら言った。
「おじさんがパパならいいのにね」
「それは駄目だろう。ママが許してくれない。ママはソフィアに似て、美人だからなあ」
兵舎尋問室では賊の尋問が行われていた。
「俺達をこんな目にあわせて、どうなるか分かっているのか」賊の頭が叫ぶ。
「面白いじゃないか。これから伯爵の手下を殺しに行くから、楽しみだ。先ずは百人程で、伯爵の所の兵か出て来たらこちらも兵を出す、一万人程な。そして、お前たちと家族の命で勘弁してくれと言うだろう。まあしょうがないから、お前たちの首をお前の身内に切らせて、伯爵は見せしめに街の真ん中で火あぶり、伯爵の妻と娘は兵の慰み物にする。さぞやお前たちは恨まれることだろうな。まあ、死んでいるから何も感じないか。お前たちの身内が可愛そうだが、それも感じないだろう。何と馬鹿なことをしたものだ」
「俺達の後ろ盾は辺境伯だぞ。黙ってやられるはずがない」
「お前たち知らないのか、十年前、うちの将軍と総長と団長の、たった三人に八千の兵がコテンパンにされて、毎年貢物を送って来るのを」
賊たちは顔を見合わせた。そんなはずはない、あの威張っているお貴族様が、こんな野蛮な獣人に負けるなんて。
「まあ、うちの将軍らも尋常じゃないものな。化け物だよ、化け物。お前ら、生きたままかじられるかもよ。楽しみだなあ」
「そんなあ、馬鹿なあ、なぜそんなことに」
「そんなのこっちが聞きたいくらいだ。お鉢がこっちに回ってこないよう、しっかり悪口、言っておいてやるからなあ。しっかり殺されて来いよ、と言っても簡単には殺してくれないけど。おもちゃだから」
「多分、頭のお前は骨美人の刑にされるよ。面白い名前だろう。まず両手両足の骨を金づちで細かく砕かれるんだ。これが上手だから死なない、嫌死ねないんだ。手足をぶち切られ、からしを塗られた上に油で焼かれるくらい痛いんだそうだ。まあ俺も経験が無いから分かんないけど、やられた奴も白目向いてヒコヒコしているし。どちらにしても運が悪かったなあ」
ノックもなしに誰か入ってきた。
「玩具引き取りに来たんだが、手続きはどうなっている」将軍が入ってきた。
「それ、昨日の豚の事じゃあないですか」
「そう、その豚、そこにいるじゃあなかの。早く手続きをしろよ」
「駄目ですよ、王様に報告してからですから」
「だから二、三匹差っ引いても大丈夫だよ」
「だから豚じゃあないですから。もう二、三日、待ってください。それまでには手続きしておきますから」
「その間にこいつらが拷問で死んでしまったらどうするつもりだ」
「賊が死んでもどうもないでしょう」
「そこが違う。俺が大騒ぎを起こす」
「勘弁してくださいよ。私は只の役人ですから、問題を起こしたくないんですよ」
「俺が言ってもか」
「勘弁してください」
「手続きが済んだらいいんだな。二、三日したらいいんだな」
「それならば問題ありません」
「お前ら聞いたな。お前らが証人だからな」ニヒヒと笑いながら出て行った。
「聞いたろ、日にちが無いんだ。はっきり自白しろ」審問官が言った。
ここは辺境伯、テオ・ガブリエル・デュボワの屋敷。応接間に三人のお客。主人のデュボワ伯爵が相手をしている。
「久し振りだな、伯爵」
「これはアドリアン・フィリップ・ハルトマン将軍、お久し振りでございます。今日は何事でございますか」
「いや、たいした事は無い。お主の首を貰いに来た」
「また、ご冗談を。貢物は確実にお届けしていると思うのですが、足りませんか」
「足りぬと言うより、実は、俺の身内の娘が奴隷商に誘拐された。いや大事にはならなかったが、娘が、ソフィアというのだが、とっても怖い目にあったと言って、ずっと泣いておる。夜も眠れまい。お主どう思う」と聞いてきた。
「どうと言われても」
「いや犯人共も全員捕まえた。そんなへまをするような我々ではない。そいつらが言うにはある貴族様に頼まれたというんだが、どう結末を付ければいいと思う」
「それは、何んと言えばよいか」
「お前、とぼけているのか」
「いえいえ、そんな事はありません」
「ここの辺境伯はド変態で若い子が好きなんだと」
「そんな戯言をいうやつは私が獄門磔にしてやります」
「いい加減とぼけるなよ。この領地を明け渡すか、シュヴァルツ国王に言いつけて、あんたの始末をつけてもらうか、それだけの物を払うかだが、どうする」舌なめずりをしながら詰め寄る。
「返事はゆっくりでもいいぜ。その間俺は奥さんに相手をしてもらうから」
「それなら娘は俺が」参謀総長のマルティンが身を乗り出してきた。
「待ってくれ家族には手を出さないでくれ。お願いだ、何でも言う通りにする」頭を下げて頼む。
「と言っても、不作続きで金もない、何の得も無いじゃあないか」将軍が吐き捨てた。
「良い事がありますぜ。親分」
「どうするんだ」
「ここには土地と民がいるんですぜ」
「将軍の一声で、オスカーから経済大臣のロベールに農業改革を行い、増産になった分を年貢として、将軍に上納させる」
「そんなこと出来るか」その気になったようだ。獣人の国でも金は大事だと認識されてきた。
「伯爵、それでどうだ」
「私はそれでいいです」
「何、それでいいと」すごんだら
「それでお願いします」
「ではそういう事にしよう。一応文書にしておけ。伯爵印をしっかり押しておけよ」
「大将、ここは基金で食べる物が無く、多くの民が餓死している。他国とはいえ黙って見過ごすことはできない。助けてやりたいのだが、協力してもらえぬかとロベールに泣きつく振りをする。この辺は私がやりますから、お任せを」
「ほんと他人のふんどしで相撲を取るのは旨いな、お前は」
「何ですか、誉めているのか、けなしているのか」
「年貢は今いくら取ってる」
「七割で」
「五割にしろ」
「なぜですか」
「領民が喜ぶ姿を見せねば、ロベールが信用せぬ」
「さすがは大将、濡れ手に粟。悪知恵が働く」
「ではそういう要請書と手紙をすぐに用意しろ.上手く行ったら、何か名産の物を持って挨拶に来い。分かっているな。これからは俺とお前はウィンウィンの関係だからな。上手くやってうまい汁をお互いすする関係だ。仲良くやろうな」
経済大臣の部屋に、ロベールとオスカーにアドリアン将軍とマルティン参謀総長が集まっている。
「この度の事は大変遺憾である」
「辺境伯が後ろ盾だったと聞く。時間をおかず、すぐに攻めましょう」オスカーが言う。
「もっともだ。しかし、かの地は飢饉のため餓死者が多数出るという事だ。そこで、ロベール殿の腕で、それを改革してもらいたい。実は昨日現状を見てきた。ひどいものだ。領民の三分の一はこの冬を超える事が出来ないだろう」
「何んとそんなにひどいのか」
「生きるも死ぬも地獄だろう」
「出来ればロベール殿の手で救ってやってもらいたい」
「将軍になんと得があるのかな」
「私には何もない。私とて殺すだけの男ではないという事よ」
「まあ、放っておれば難民が押し寄せてこよう。難民が来るのは将軍の所が一番近い。その予防という事か。相変わらず抜け目がない」
「まあ、良いでしょう。先ずは食料の配給を始めましょう。」
(9)アデーレ村の農地改革
ロベールたちはガルシア地方アデーレ村に、ロベールと秘書としてアリスが、食料品を珍だ荷馬車を連れてやってきた。
「一家に小麦一袋、干し肉一籠、干し魚一籠、野菜の漬物一樽をお渡ししますので、お名前を言って受け取ってください。その後、お話が有りますので、一家の代表は集まってください」食料を配布していると、村長があいさつにやって来た。
「他所の国の方に食料を貰えるなんて、思ってもみませんでした。本当にありがとうございました」
「いえいえ、困った時はお互い様です」
「私はガルシア地方アデーレ村村長のヨナス・マイヤーと申す者、御用があれば何なりとお申し付けください」
「先程も言いましたが、集まって頂くのはこれからのご相談があるからです」
「これからとは」
「今のままでは来年も同じかもしれません。解決するためには農地を改革して、飢饉に強い村にしなければなりません」
「具体的にはどうすれば」
「まず、水不足のための灌漑用池を作ることです。二番目に、水不足に強い作物を一部、強制的に植える。三番目に、村の道路沿い、共用館、空き地の周りに四季折々の果物を植える。家畜を飼ったり、池や川に魚を放流したり。とにかく村の食べられるものを増やすことです」
「そんな事が出来るでしょうか」
「我々の村でできて、ここでできない訳はない。すぐにはできないが、じっくりやっていけば飢饉も怖くない。餓死する者もいなくなる」
「そろそろ配給が終わっただろう。それでは一家の代表に集まってもらおうか」
何事かと、ぞろぞろ集まってきた。
「私はスタインフーバー国の商業経済大臣、ロベール・ヴィンセント・ベッカーである。この何年かの水飢饉に対処するために、辺境伯のテオ・ガブリエル・デュボワ殿から改革を頼まれてやってきました。私の命令は辺境伯の命令だと思って聞いてください。まず灌漑施設を作ることから始めます。上流に大きなため池を作ります。そこから各農場に用水路を敷き詰めます。これが第一期工事です。次に農地改革を行います。凸凹と高低差をなるべくなくします。飛び地で土地を所有している者は所有地交換を行い、住処の近くに、まとまった土地を持てるようにする。これが第二期工事となります。これを全員で、協力して行います。上流の農地所有者は農地が無くなりますが、新しい開墾でできた農地と、新しい村役についてもらう事で賄います。その次に、作物ですが、飢饉に強い作物を一定面積作ってもらいます。それに関しては無税とします。それから、道路の拡幅と果樹の植え付けです。道路横、公的土地、各家に四季に応じた果樹を植えます。それと家畜の育成。特に、卵や乳製品を獲得できます。これが第三期工事となります。改革の概要は以上の事が主要になります。何か聞きたいことは有りますか」ロベールが説明した。村人は聞き終わって、なかなか理解できないようで、困惑していた。
「では、灌漑用池地ですが、上流のここと、中流のこことここ、この三か所になります。そこの土地所有者は、新しい開墾地と交換するか、村役になるかを決めてください。該当者は十名になります」話し合いが始まり、ペーター・ノイマン、エミル・ワーグナー、ルカ・ビアハルスが土地を提供し、村役に就任することになった。
「俺達は何をしたらよいですか」
「まず、灌漑池、共同地の果樹の異常の監視、納税の手伝いが主になります。納税額は飢饉用食糧を除いた物の五割とします。村役は十日で銀貨一枚、、月三枚として、月初めに一月分が支給されます。宜しければ、明日から作業に入ります。作業員の方は、朝八時から夕方五時まで、十時と三時に食事十二時に飲み物を出します。一家に一人ですが、余分に作業員を出せる方には一日銅貨三枚、月三十日で、九十枚ですが休みなく出た方は賞与として百枚で銀貨一枚、技術者は倍の銀貨二枚お渡しします。それと今年の納税は無しとします。以上です。明日から宜しくお願いします。村長と三人の方集まってください。基本の責任者体制を決めます。先ず村長のヨナスさんが全責任者、ベーターさんが灌漑村役と、一番池の責任者、エミルさんは灌漑池守備員で、二番池の責任者、ルカさんも灌漑池守備員で、三番池の責任者とします。毎朝作業者の出席を付けてください」
「わかりました」
「三人で話し合って人数を決めてください」
「一番池が二十五軒です」とベーターが答える。
「二番池が二十三軒です」エミルが答える。
「三番池が二十四軒です」ルカが答えた
「それとうちの兵隊を作業員として連れてきます。各池に百人ずつ、用水路に二百配備します。何んとか春までに済ませたいですね。協力してやりましょう」
「という訳で兵を五百、用意してもらいたい。飯は内で用意する」ロベールか言った。
「任しとけ、訓練の一環だと思えばよい。それにうちの連中は怪力で、タフだ。作業もはかどるだろう」オスカーが言った。
「おれは作業の事は分からんが、手土産を持って見舞いに行ってやろう」将軍のアドリアンが言う。
「なんで俺達が見舞いなんかに」団長のポールが言ったが、総長のマルティンが止めた。
「今回は何と言っても将軍が話をまとめて、将軍の威光で作業が始められた大事業であります。一致団結して、我々の力と技術を見せつけてやりましょう」参謀総長が得意げに言った。ポールだけが不満そうであった。オスカーはマックスと兵舎にいって、百、百、百、二百に班分けをして、一番隊を一番池と順に決めた。明日早朝出発をして作業を開始する。工事用具の準備を済ませ床に就いた。
夜明けとともに皇太子、宰相、宰相執事長の見送りの元、隊列を組んで行進をする。人間の隊列と同じくらいの見栄えする行進であった。これも毎日の訓練のたまものである。
アデーレ村に着いたスタインフーバー国軍は各班現地に向かい、そこで調査、測量と現地小屋の作成に分かれて作業を始めた。小屋は作業場と、寄宿舎及び、食堂として使用される。仮小屋ではあるが、これからの冬に耐えられる事を考えて半穴式で作られた。後々、池の一部になるよう、掘り下げて上に蓋をして、天井にした。
「池の部分の土を掘り下げ周囲に積み上げて堤にします。底部に放流部を先に作っておきます。掘り下げが終了したら川に接続します。その要領で監督の方お願いします」
初日こそ共同作業がうまくいかなかったが、慣れて来るとそこは獣人、怪力とスタミナで作業は順調にはかどった。村人も奥さんや成年の子供も参加して、共同の食事も、始めは恐れていた獣人が優しくて誠実だと分かって、仲良く食事を始めた。
予定より作業ははかどり、二月末には完了した。
完了時には伯爵と、将軍を主賓として完成式典が行われ、アデーレ村農民、スタインフーバー国軍の前で、握手がされた。
その後、友好的に、農民は新しい作物の植え付けが始まった。新しい開墾地や、計画的に交換された農地は使いやすく、スタインフーバー国の農耕経験者の指導による牛や、馬を使った農法は目を見張るものがあった。
スタインフーバー国兵は中央路を始め、主要道路を作り始めた。中央に下水、両側に川水の水路を作り中央路は広く石畳を敷き詰めた。伯爵邸前広場前は広く円形の馬車が回転できるようにした。三月、四月ですべて完了させた。
宮廷騎士団将軍、アドリアン・フィリップ・ハルトマンは、なんとシュヴァルツ王国、マティアス・ヨハン・シュヴァルツ国王から表彰と友好通商功労賞の勲章を受け、それをもって、スタインフーバー国、エリアス・ヘンリク・フーバー国王から平和功労賞の勲章を授けられ、将軍から大将軍に昇進した。また参謀総長のマルティン・ハインリヒ・ローレンツは将軍を良く助けたとして大尉から大将に昇進した。
「何でお二人は昇進して私だけ何もないのですか。不平等じゃないですか」騎士団長のポール・ジュリアン・モローが不平を言っている。
「文句を言うな、お前は何もしていないだろう」大将軍が笑いながら言う。機嫌は良い。
「参謀総長も何もしていないじゃないですか」
「大将軍と、現地調査をして、辺境伯のテオ・ガブリエル・デュボワと平和的に話を付けたのは私たちだよ。何か文句があるの」参謀総長も笑いながら言った。
「まあ、もう少し待て、そうしたらお前にもいい事があるさ」
(10)計画的強国への進捗
軍事施設の大部分が完成した。司令部が後方に、中央に兵舎、右に訓練場。左に厩舎、倉庫等が完成している。施設は以前の五倍、家畜やイモ類等、いざという時の為に食料も作っている。応接間は豪勢に、大将軍の戦っている雄姿の絵も完成し、飾ってある。ソファーやテーブルは王宮の物かと思われるほどである。金襴でありながら頑丈な造り、新王宮作りという形式だそうだ。
経済的にも周辺国に食料や鉱物の輸出ですこぶる潤っていた。皇后や王女は舞踏会や夜会、祝宴等に忙しいようで、それでも宝物殿の中は増えるばかり、重役からメイド、給仕に至るまで給与は上昇し、国民まで潤っていた。周辺国からは、食糧の輸入はかけがいの無い命の綱で、友好国になろうと躍起になる程の最重要国になっていた。王都はどんどん大きくなり、人口も鰻上りで、王国の貨幣がどこにいても通用すると言う具合だ。
宮廷騎士団大将軍、アドリアン・フィリップ・ハルトマンはついに男爵に上りつめた。準男爵は平民であるが、男爵は下級とはいえ、貴族に入り、領地と邸宅を所有する。これまでも大将軍で準男爵はいたが、貴族に昇りつめた将軍はいない。アドリアン将軍が機嫌がいいのもうなずける。今はすっかりロベールやオスカーとも仲がいい。
「思い出したのだが、マックスとマルティン、ポールと選抜軍の対決をやっていないな。ここらへんでやろうじゃないか」アドリアン将軍が言った。
「今更やらんでも良いんじゃないですか」マルティンが言った。
「負けでもしたら面目丸つぶれだし」ポールが言った。
「そんな自信のない事でどうする。金がたまったら、どうでもよくなったか。軍人は強さが第一だぞ」
「分かりました。やればいいんでしょう。自分はやらんでいいと思って」
「俺はやりたいんだが、軍の王様が出てどうすると、オスカーに止められている」
「最近俺達は訓練もろくにやっていないからな」
「そんなことでどうする。良い所を見せんでなんとする」
「分かりましたよ、やればいいんでしょう、やれば」
「ではオスカーに言っておく。楽しみにしておるぞ」
「試合は第一戦が騎士団長、ポール・ジュリアン・モロー対スタインフーバー国軍選抜隊、第二試合が参謀総長、マルティン・ハインリヒ・ローレンツ準男爵対マックス・バウアー 準男爵で行う。今日はお客様に、皇太子、ステファン・アルノルト・フーバー様、宰相、ミヒャエル・デヴィッド・ウィンクラー侯爵さま、商業経済大臣ロベール・ヴィンセント・ベッカー子爵様がおいで下さっている。無様な真似を見せないようにお願いしたい。では最初に訓練された兵の謁見式から始めよ」宮廷騎士団大将軍アドリアン男爵から開始の合図が出された。
軍の行進が始まった。二列横隊の五組の軍旗を持った兵が、規律良く縦横に行進する姿は感嘆すべきものであった。それを見て皇太子が大喜びであった。最後に中央に全員が整列し、剣をささげての雄たけびは感動に値するものであった。
次に兵と団長との対決だ。団長のポールは悠然と立っている。兵は大きな弩弓を五台並べて交互に撃つ、が、流石団長、華麗に舞うようにかわす。余裕を見せて笑いながら、
「訓練されての攻撃がそんなものか」
突然投石機から石が発射された、それを軽くかわしてと思うと、それは四方を石につなげた網であった。石を避けて中央によけたために、網に捕えられた。
「そこまで」将軍が言った。
「そんな、まだ戦えるのに」
「負けた者が見っとも無い事を言うな。皇太子さまの御前だぞ」
「はい」と言って引き上げた。
「一般兵が上級騎士を負かしたとは大したものだ。大義。だが奴が油断をしていなければ分からないぞ。これからも訓練に励めよ」
一同敬礼。解散した。
「次はマルティン・ハインリヒ・ローレンツ準男爵対マックス・バウアー準男爵の対決だ。見っとも無い真似はするなよ。皇太子さまの御前だ。では、始め」
二人の剣は木刀だ。殺し合いではない、意地をかけた対決だ。マックスから仕掛けた。彼は見た目以上に筋肉質だが、動きも早い。転生の剣士の資質を持っている。だが、ポールもここまで昇り詰めるだけの才能を持っている。マックスが撃ち込む剣を軽く流れるようにかわしながら、それでも前に出て来る。マックスは槍の棒に持ち替え、素早く連続して突く。右に左に上に下に、棒をしならせながら突いて行く。マックスは突いて離れて、また突いて、縦横無尽に突いて行く。だが、ポールは柳のように軽く受け流すようにかわしていく。豪のマックス、柔のポール。マックスが体ごと突いて行くのを見て、将軍は
「それまで、引き分け」と号令をかけた。皆は息を飲んで見ていたため、勝負がついたのを見てつばをごくりと飲み込んだ。
「はい」と、ニヤリとした。彼は得意の奥義を見せなかった。マックスはその場に座り込んだ。全てを賭けた上で、攻めるだけ攻めて引き分けだ。見る者が見れば、ポールの圧倒的な勝ちだと分かる。マックスはポールに頭が上がらないだろう。
「では、皇太子さまと宰相様にお言葉を頂きたいと思います。宜しくお願いいたします」将軍が言った。
「私は皇太子のステファン・アルノルト・フーバーである。まず最初に、騎士たちの行進を見て感激しました。私も立場上、あちこちの軍隊の謁見式に立ち会いました。今まではあなたの所の謁見式にも出席したいと言われ、恥ずかしくて遠慮していましたが、これなら自慢できます。皆さんの頑張りに感激しました。次に、騎士団長、ポール・ジュリアン・モロー対スタインフーバー国軍選抜隊であるが、私は騎士団長の強さを知っています。彼は五年前の戦いで、敵百余人と戦って、我が国を勝利に導いた英雄の一人です。それを二十人で戦えるそなたたちを誇りに思います。よくぞ精進されました。最後に、これも英雄の一人、参謀総長と互角に渡り合えるとはすごい事だと思います。マックス・バウアー 準男爵を心より称賛したいと思います。ただ、次戦う時は全力で戦ってもらえるよう精進してください。参謀総長、マルティン・ハインリヒ・ローレンツ準男爵、見事でした。ただ手を抜いていたと私ごときに見抜かれるようではまだまだですね。右手一本の戦いはあまりに、手を抜きすぎです。まあ、若い者の芽を摘まないよう考えての事でしょうから、私からも一応、誉めておきますが、私としては貴方の本気を見たかった。私からは以上です。」皇太子の言葉にその場の全員から賞賛の拍手がなされた。
「流石の皇太子です。私にはそういう心遣いとかホントの強さとかは分かりませんが、素晴らしかったのは分かります。アデーレ村の事と言い、皆さんは最高の騎士団であり、我が国を威厳と誇りを持つ国に高めてくれました。心からお礼と祝いを申します。それとここまでの苦労、男爵にお礼申します。我が国があるのも男爵のおかげです。皆様からも男爵に拍手を」皆の大拍手がなった。男爵は立ち上がり、皇太子に一礼をしてから、皆に手を振った。さながら大英雄のごとくであった。
(11)大将軍の結婚
「皆さんひどいじゃないですか、お二人だけ褒められて」ポールが恨めしそうに言った。
「そう言うな。だいたい本気で勝とうと思ったら二人とも勝てただろう。それを良いカッコしようとして、引き分けてから」そうは言ってもアドリアンも怒ってはいない。
「それより男爵様なんだから年貢は送って来るし、何で邸宅を建てないんですか」マルティンが聞いた。
「それもそうだな、いっちょ建てるか。だがどうやればいいんだ。家の建て方なんか知らんぞ」
「兵舎を建てたニコラスにやらしましょう。奴なら嫌とは言わないと思いますよ」
「それなら俺っちの家も隣りに建ててもいいですか。いざという時、近くにいた方が便利でしょう」
「それもそうか」
「それなら私もお願いしますよ」
「ああいいぞ。早速ニコラスを呼びつけてやらせよう」ニコニコ顔で言った。
「それならついでに嫁さんももらったらどうです」
「俺の所に来る嫁なんておらんだろう」苦笑しながら言った。
「そんな事はありません。今売り出し中の男爵様ですよ。潰れかかった貴族、落ちぶれた貴族なんかがじっと様子を見ていると思いますよ」
「そうですよ。このまま子爵、侯爵に上ってください」
「お前たちもくっついてくるんだろう」
「当たり前ですよ。我々はあなた様の下僕ですから」
「まあいい。良い目が見られているのもお前たちのおかげでもあるからな」
「一身一体ですから」
「アハハハ、まさにそうだな。で、貴族の娘を引っ掛けるのはどうしたらいいんだ」
「私にお任せを。良いのを何人か捕まえてきますから」
「誘拐は駄目だぞ」
「そんな事はしませんよ。それじゃあ、結婚できないじゃないですか。大丈夫ですよ、うまくやりますから」と胸を叩いた。
「おい、貴族で金に困っていて、嫁入り前の娘がいる何てのを知らないか」
「貧乏な貴族なんて掃いて捨てるほどいますよ。貴方が貰うのですか、駄目ですよ、貴族でないと無理です。高望みしなさんな」
「いや、俺じゃない。うちの大将だ」
「それなら選び放題だ」
「どうするんだ」
「金をやって夜会を開く。それを陰から見て、選んだら、二人でお食事を。気があったら親や代理人と話を詰めると言う段取りで。但しお金はあなた持ちですよ」
「それは良いが、場所と日取りはどうする」
「じゃあ、こちらで決めてお知らせするでいいですか」
「よいぞ。で、料金は」
「一応、金貨百枚で」
「結構かかるものだな」
「どうします」
「良い良いやってくれ」
「ではさっそく」
「結婚の件、頼んできました」
「本当か。それでどうするのか」
「仲介者が娘を招いてお茶会を開きます。それを陰から覗いて気に入った娘を指定する。そして、その娘と食事会をして、二人が気に入れば、親か、代理人と話をして結納金の話とか、式の話を決めて、結婚という段取りで」
「何んと面倒くさいな」
「まあ、言う通りにして金を出してくれれば、後は旨くやりますから」
「何ぼかはお前の懐をうるわすのだろうが」
「そんな事はありませんよ。決してごまかしたりはしません」
「良い良い。多少なら手数料だ」
「有難うございます」
「やっぱり懐に入れるんだな」
「大将もお人が悪いですな」
「いや、しっかり美人を調達してくれ」
「分かっております。とびっきりを用意します」
料亭の庭先で娘たちがスィーツを食べ、果汁を飲みながらおしゃべりをしている。
こちらの木陰でも男たちが酒を飲みながら政治の話をしている。互いは気にすることなく、娘たちは無邪気に笑っているが、実はこれがお見合いで、近くにいる男たちの中にお相手がいることを知っている。見分けがつくように、ドレスの色が違えてある。例えばこの組は、赤、青、黄、緑、橙とかで、リーダー役がいて、その場の雰囲気を明るくしたり、食べ物、飲み物を用意させたり、見栄え良くしている。娘たちも幾らかの小遣いは貰っているが、上手くやればお金持ちの玉の輿だと女性であればみんな知っているという訳だ。
突風が吹いて、ある娘のリボンの髪飾りが近くのテーブルに飛んでいった。慌てて追いかけてきた娘が、リボンを手にすると、ニコッと笑みを見せた。
「ごめん遊ばせ。とんだ粗相を致しました。お許し下さいまし」と言って、スカートをつまんで身をかがめた挨拶をして、元のテーブルに帰って行った。
「大将、お相手は決まりましたか」団長がニヤニヤしながら言った。
「まあな」ブスッとしながら頷いた。
料亭の亭主を呼んで決まったと知らせた。亭主は奥方にその旨を伝えると、娘たちのパーティーはお小遣いをもらって終了する。
「どなたがお望みで」亭主が聞いた。
「紫の子が良い」将軍は行ったが、亭主と団長は顔を見合わせた。
「紫の娘はちょっと年がいっていて、将軍には似合いません。赤いドレスの娘は如何でしょう」紫の娘は見合いの相手ではなく、リーダー役で今までも一度もお呼ばれした事は無い。
「いや、あの娘にしてくれ」将軍が頑として言った。亭主は埒が開かないと娘を呼んで席に着かせた。
「この方がお前を気に入ったと言っている。しかしお前も知っている通り、お前は来月さる方と婚約することになっている。どうしたら良いか」亭主は困った顔をしている。
「婚約者はどんな方だ」将軍は聞いた。
「どんな方と言われても、まだお会いしていないので、何んとも」娘は困ったように言った。
「お前がその相手を好きで結婚したいと言うならわしは身を引く。そうでないなら、赤のドレスの娘をその者と結婚させ、貴方は私と結婚して欲しい」
「あなたアドリアン大将軍ですよね。大将軍なら、より取り見取り、選び放題でしょう、よりによって、不美人の年増と結婚しなくても、もっといい人を選ぶべきでしょう」
「いやあなたが良い、あなたが良いんだ。駄目ならやめる」頑として聞かない。
奥方が揉めているのを聞いてやってきた。
「そこまで気に入ってくれたのなら、結婚を許します。でも条件があります」
「ああ、いいとも。何でも言ってくれ」
「まず、こちらとあちらの経費を、全額払ってください。二つ目に妾、愛人は作らない。三つ目に子供が出来なくても離縁はしない。四つ目に月に一度は里帰りを許す。五つ目に二人の子が世継ぎとする。如何ですか」奥方はすらすらと言った。
「それで良い、条件はそれだけか」
「では、日取りとか、金銭面に関しては後日そちらのポール様とで話すという事で宜しいですか」
「ああ、分かった。安心したら腹減った。ここで飯を食っても良いのか」
「それは、料亭ですから」
「お嬢さんとこいつと三人分でたっぷり頼むぞ」
「分かりました。さっそく用意させます」
三人は改めて席に着いた。食事の前にワインが出された。それを飲みながら話を始めた。
「本人の前だが、美人なら赤いドレスの娘だと思うのですが」団長が言い難そうに言った。
「多分父もそう思って準備していると思います」
「パーティーをしている女性たちを見て、あの中であなただけが光っていた。顔ではなく姿や、立ち振る舞いがだ」
「男性は顔が全てと聞いておりますが」
「実はそなたのどこに引かれておるのか分からん。でも、其方しか見えなんだ」
「駄目だこりゃあ。すっかり腑抜けている」
「それより其方は、俺が誰だか知っているのか」訝しげに聞いた。
「大将軍様。アドリアン・フィリップ・ハルトマン男爵様。違います」
「その通りだが、なぜ知っている」
「先日の凱旋の時すぐ近くで見ました」
「そうか、あの時其方もそこにいたのか。だが其方は私の顔が怖くはないのか。どこかの王子のように、美形ではないし、好かれる理由がわからん」
「将軍様は誤解しておられます。美形が好きな女だけではございません。強いお人が好きとか、安泰な財力が好きとか、色々いるのでございます」
「そなたはどちらだ」
「どちらかと言えば、財力があって強い方で、権力があって、贅沢をさせてくれる方でしょうか」
「なんと、あれもこれもか」
「なかなかいないでしょう。だから年増になってしまいました」
「いやいや、良い良い、俺を待っていてくれたのだろう」にやけた男ほど見っとも無いものはない。
「そうだ、名前を聞くのを忘れていた」
「改めて私はここの娘、エマ・ローズ・デュボワでございますわ」
「それと今度屋敷を建てるのだが、こうして欲しいとか、何かあるか」
「そうですね、華麗で豪勢で、お友達に自慢できる屋敷がいいですわ」
「なんと、お前は面白い。一度軍令部に訪ねてこい。建築屋に会わせてやろう。早い方が良いぞ、設計が変わるやもしれぬゆえ」
「では明日にでも」
「おお良いぞ」
翌日エマは軍令部に訪ねてきた。建築のニコラスは早くから来ていた。
「こちらはフィアンセのエマ・ローズ・デュボワだ。こっちが建築屋のニコラス・ヴェルナー準男爵だ。それで今の設計図の話をもう一度してくれ、分かりやすくな」
「分かっております。おや、どこかでお会いしましたかな」
「デュボワ亭の娘でございます」
「おお、あそこの看板娘じゃないですか。何と」
「店で引っ掛けたんじゃないぞ、ちゃんと然る人の紹介でお見合いをしてだな」
「そんな事は私は良いんですよ。今度家族でお店の方へ行きます」
「それはそれは、サービス一杯してねと母に伝えて伝えて、お待ちしておりますわ。それで屋敷の方ですが、先ず玄関の外見とホールですが、見た目が豪勢なのが好きです。食糧庫と、ワイン蔵は地下に作って、一階は広間と応接間、客間と台所に食堂を、二階が私たちの部屋と寝室、バスルーム、トイレ、化粧室、衣装室、三階に、執事、メイド、子供たちの部屋を用意して、後何が必要かは任せるから、兎に角、広々とゴージャスに作ってね」
「自慢じゃないが、こちらで手慣らししましたから、期待してくださいよ。城より大きいものは建てられないけど、見たことないほど豪華にしますから」
「大将、宰相のミヒャエル侯爵がお見えになりました」団長のポールが部屋に入ってきて言った。
「お通ししろ」
「じゃあ私はこれで」
「いや待て、帰る事は無い」
「でも、侯爵様がおいでとか」
「いや、良い良い。ついでに其方を紹介しよう。どうせこれからお付き合いをせねばならぬからちょうど良い機会だ」
「それなら」
「邪魔するぞ。ついでがあったから寄って見た。相変わらず、ここはすごいな。立派すぎてくらくらする位だ」
「いえいえ、質素に作りすぎました」
「その図面は何かな」
「今度邸宅を建てようと思いまして」
「これは大きくて立派だな」
「はい、今度結婚することになりまして、それなら家がいるだろうという訳で」
「何、結婚するのか、知らなかったぞ。王様にはお知らせしたか」
「いや、そんな大げさなものではなく、内輪だけでと思っておりまして」
「それは駄目だぞ。平民ならいざ知らず、貴族は内輪だけでとはいかない。それで仲人はどなただ」
「そんな、大げさにはにはしないと思っておりまして」
「だから、貴族の結婚はそんなものではないと言っておろう。よし、仲人はわしに任せろ。王様にもわしから報告をしておく」
「将軍様、そこまで言われましたら、お断りするのは失礼になると思います。お言葉に甘えましょう」
「そちは」宰相が聞いた。
「これは失礼いたしました。私はデュボワ亭の娘、エマ・ローズ・デュボワと申します。この度、大将軍様のお目に留まり、結婚と相成りました。普通ならお貴族様と直接お目に掛かるなど儀礼に反すること成れど、宰相様のあまりにうれしいお言葉に、つい口を出してしまい、申し訳ありません」
「そなたが婚約者か、これは才気ある方だ。将軍はどちらかというと無口な方だから、いい方を娶られるようだ。では、仲人は私でいいのだな」
「はい、お願いいたします」
「よし、任せて置け、悪いようにはせぬ。これはめでたい目出度い。では王様に報告してこよう」と言って、慌ただしく出て行った。
「良かったですね」エマが言った。
「良いものか、あれはこの国一番のおしゃべりだ。今日中に国中に知られてしまおうぞ」
「国中に知られては困ることがあるのですか」エマは睨んで見せた。
「いやそんな事は無いが、派手な結婚式になるぞ」
「私賑やかなの好きよ」嬉しそうに小躍りした。
「何を騒いでいるんですか」
「いや、屋敷の話だ。お前たちも
「ニコラス殿に要望を言っておけ」
「有難うございます。お言葉に甘えて」
(12)浮いた噂は一瀉千里
「王様大変です」
「どうした、何を慌てておる」
「将軍が結婚するそうです」
「あれが結婚するのか。相手は誰だ」
「デュボワ亭の娘、エマというんだそうだ」
「敵国の間者という事もある。どんな娘か知っておるか」
「本人に会いました。明るい良い子でしたよ」
「将軍には苦労を掛けておる。幸せな結婚をして欲しい。じゃが、あの顔で結婚とはのう」王様は笑いをかみ殺していた。
「物好きな娘もいたものだ」執事長のラファエルが真面目な顔をして言った。
「して、仲人は」
「仲人は私が引き受けました。」宰相が言った。
「だが、正式に結婚となると相手が平民では問題があるのでは」執事長が眼鏡の奥から瞳を光らせた。
「アリスに頼んで適当な資格を取らせ、順男爵にしてみてはどうだろう」
「それで良いかと、まあ、面と向かって、将軍と一戦交える奴もいないだろう」
「それで良い。式には私も出るぞ」
「王様が直々にですか」
「良いであろう。あいつの真面目な顔を拝んでおきたい」
「それならば私も、出席にしておいてください。私だけ仲間外れは嫌ですから」
「何か、前代未聞の結婚式になりそうですな」
「ああ、楽しみだ」
宰相は王の言葉を伝えるため、司令部に馬を飛ばした。
「まだいたか。ちょうど良い」エマがいたので先程の話を伝えた。
「王の言葉を伝えるので、気を引き締めて聞くように」
「何を大げさな」
「王が言われるには、式には王様も出席される、皇后と、皇太子と王女も出席となろう。それに、執事長も出るそうな。となれば、ロベール、オスカーもその他高級大臣、貴族も招待という事になろう」
「何でそんな大きな話になるんだ。何で王様が来るんだ」
「来ると言うのを追い返すことは出来ぬだろう。それと問題は、エマ殿が平民だという事だ」
「ええ、私の事ですか」
「今からどこかに養女という訳にもいかぬから、アリス準男爵から、何か適当な資格を貰って、準男爵という事にする。準男爵なら平民の身分ではあるが、貴族と結婚してもおかしくはない」
「どんどん話が大げさになっているような」という将軍の言葉は無視された。
「こうなると全員でという訳にもいかんだろう。貴族の式と、軍部の式と二回に分けて行うが良いと思うが、どうだろう」
「ああ、好きにしてくれ」
「何をふくれっ面をしている。お主の結婚式だぞ」
「貴方はすべて私に任せて、面倒なことは私がしますから、あなたはお仕事に戻ってください」
オスカーの執務室で、ニコラスとオスカーが話をしている。
「どうだ、進んでいるか」
「二回するそうだ」
「そりゃあ、二階がいるだろう」
「違う、結婚式の話だ」
「誰の」
「将軍だ」
「将軍が結婚するのか」
「相手は誰だ」
「デュボワ亭の娘、エマとだ」
「何がどうして結婚という話になったんだ」
「驚くなよ。お見合いパーティーで、世話をしていたデュボワ亭の娘を気に入って、結婚することになったらしい」
「おお、内輪でひっそりやるんだろう」
「ところがどっこい、仲人を宰相がやることになって、王様に報告に行ったら、王様も式に出ると」
「そりゃあ大変だな。ひっそりどころではない」
「派手にやるんだろう。それで、貴族と、軍部と二回に分けてやるらしい」
「将軍は派手なの嫌がるだろう」
「それが、宰相とエマで、どんどん話は進んで、将軍の口をはさむ暇がないと。でお宅はどうするの」
「出ない訳にはいくまい。全員で祝ってやるさ」
「全員とは軍全員、五百人さ」
「それはすごいな」
「お前はどうする」
「家建てさせてもらっているし、貴族じゃないけどそっちに出るよ。家族も喜ぶかもしれないし」
「まあな、これからは上流の物とも仲良くして行かないとな」
「ロベールさんはどうするんだろう」
「そりゃあ、貴族の方に出るだろう」
「それなら、知り合いがいて気が少しは楽になった」
「ロベール様、宰相からお話聞かれましたか」
「宰相からって、何の話だ」ロベールは書類から目を離さず聞いた。
「今度、将軍が結婚なさると」
「余り俺には関係ないな。友達でもないし」
「宰相が仲人らしいですよ」
「いや、今忙しいんだが」
「王様も出席なさると」
「どうしても、俺も出ろと言うのか」
「皇后さまも、皇太子も、王女も出席とか」
「どれだけ断れないようにしてるんだ」
「では出席ですね」
「分かった。しょうがない」
「貴族の部と、軍人の分とどちらですか」
「何だそれは」
「二部に分けてやるそうですよ。オスカーさんは軍の部、ニコラスさんは貴族の部に、私もそちらにしようかと」
「私も貴族の部にしてもらおう」
「祝いの品はどうします」
「祝いの品まで取るのか」
「家の方もありますから、その辺も考えて選ばないと」
「貴方はどうするんだ」
「奥様に、パーティ用品とか考えています」
「こういうのは苦手だ。何か考えてくれないか」
「予算はどうします」
「これというのがあったら金は何とかする。安っぽい物は困る。後から何言われるか。君の分も支払いは私に回してくれていいぞ」
「有難うございます。では失礼します」
アリスは娘のソフィアとデュボワ亭に食事に来ていた。
「いらっしゃいませ。あら、アリス様、宰相様から聞いたのだけど、結婚なさると。それで、あなたには、料理検定の特級を受けて頂いて、その合格新メニューで準男爵授与としたいのだけどいいかしら」
「ちょっと待ってください。両親を呼んできますから」
「母でございます。この度は娘の事で、お手数おかけしましてお礼申します」
「お礼は全部終わってからにしてください。何か大変なお祭りになりそうなの」
「そうなのですか。それは本当に申し訳ありません」
「だいたい宰相はこういうの面白がるお人ですから、その上王様まで乗っかって」
「どういう事ですか」
式には王室一族が出席し、貴族と軍部と二部制で式が行われることを話した。
「お前、知っていたのかい」
「宰相様と話していたらいつの間にかそういう事になってしまって」
「父さん、早くおいでよ。大変なことになっているんだよ」
「だって、お客様に料理をお出しせなならんし。何騒いでいるんだ」
「王様が来るって言ってんだよ」
「馬鹿だなあ。こんな店に王様が来るわけないだろう。そんなこと言ってないで、お客様に料理を運べよ」
「そうじゃないよ。結婚式に王様が来ると言ってんだよ」
「男爵の結婚式で、宰相が仲人だよ。来てもおかしくないだろ」
「それはそうだが、俺達平民だよ。えらい方がぞろぞろ来たら、ずっと頭を下げてなきゃならないぞ」
「何の心配しているんだよ」
「面白い方」アリスも笑いだしてしまった。
「両親が失礼しました」
「良いわよ。どうせもうすぐ同じ身分になるんだから」
「同じ身分ってなあに」母親が聞いた。
「貴族と結婚するにはある程度高い身分でないと困るって、執事長が」
「何んと意地悪なお人だい」
「だから、新メニューを考えて、その功績で準男爵の身分にしたらどうかと、執事長が」
「執事長って、なんといいお人なんだい」
「母さん、ころころ変わらないでよ」
「メニューは後で相談するとして、お祝い何がいいか、聞いた方が早いと思って」
「急に言われても」
「同じものが重なっても困るし。大臣のロベール様からも頼まれているの。考えておいてね」
「はい、有難う御座います」
「じゃあ、お待たせ。ソフィア、お食事にしましょう」
(13)大将軍の結婚
「結婚式の貴族の部は王宮の広間をお借りした。二部の軍部はオスカー殿から、司令部広場にすることになった」宰相がにこやかに言った。
「恐れ入る。まことにお世話になって、本当に有難い」
「大変です。大軍で攻めてきました」団長が駆け込んできた。
「この忙しい時に、オスカーを呼べ」団長はオスカーを呼びに行って、連れてきた。
「せめて来るまで分からないとは、何たる無様な事だ」機嫌悪く将軍は言った。
「どこの国が攻めてきたのですか」暢気にオスカーが言った。
「軍司令たる貴様が、知らぬとは何事だ」
「もしかして北からやって来ている人々の事ですかな」
「知っているならなぜ報告をしない」
「あれは軍ではなく、村人の夜逃げです」
「夜逃げだと」
「フォーゲル村から、村上げての夜逃げです」
「どの位いるのだ」
「全員で、約千名ほど」
「大変ではないか」
「ですから今大臣が駆けずり回っております」
「今朝から大騒ぎをしているのはそのことか」宰相が言った。
「フォーゲル村とは、ナハトネーベル帝国か」
「そうでございます。そのナハトネーベル帝国で御座います」
「帝国なら、黙っていまい」
「おそらく引き渡しを求めて来ると思われます」
「引き渡すとどうなる」
「見せしめに全員殺されます」
「女、子供もか」
「女、子供、年寄りもです」
「惨いことを。引き渡さねばどうなる」
「戦争になります」
「たかが村人の事でか」
「そうなると、村人は関係ありません。国の威信の問題です」
「ナハトネーベル帝国は、勝っても負けても損ばかりではないか。補償を多少取っても赤字であろう」
「それでもです。だから大臣が走り回っております」
「では我が軍、総司令として命令を下す。我が軍五百を貴様は連れてその村人の守護をせよ」
「私がですか」
「そうだ、わしの命令では動けぬか」
「そんな事はございませんが、総司令の命令は国の意思とみなされます」
「それがどうした」
「戦争になったらどうします」
「わしが片付けてやる」
「戦争をするのですか」
「何をぐずぐず言っておる。軍の最高司令官が言っておるのに、文句があるのか。逆らえば反逆罪だ。絞首刑か惨殺だ」団長がイライラして言った。
「戦争は出来るだけしない方針で、村人を守るという事で宜しいでしょうか」
「ついでに、食料と水と、テントを持って行け。急げよ」将軍が言った。
「何とお優しい事で」
「何、俺の結婚にケチを付けたくないだけだ」将軍は笑いながら言った。
「ここの代表は誰だ」オスカーが言った。
「私でございます。フォーゲル村の村長のベルクマンと申します」
「まあ、腹が減っておるだろう。ここに水と食べ物を置くから、先ずは食事をしてからだ」
「本当にありがとうございます」
「事情はゆっくり聞かせてもらう事にする。それと今からテントを張っていくから、手伝えるものは協力してくれ」
中央にテーブルといすを置いて、話し合いの場所を作った。
「先ずはここにやってきた理由を聞こう」オスカーがお茶を飲みながら村長に聞いた。
「我々の国、ナハトネーベル帝国は元々食料が少なく、砂漠に、岩の山岳地帯は作物が育ちません。よって、農家には六割の年貢が課されます。しかし、近年は不作が続き、二度、三度と取り立てが続き、もう種もみもございません。後は餓死を待つだけ、頼る所もなく、それならばと皆で村を抜けてまいりました」
「しかし逃げても、追手がかかろう」
「それでもでございます」村長以下、村人は嗚咽があちこちで漏れている。
「しかし、このままという訳にはいくまい。平和裏に収めたいが、今の時点で確約は出来ぬ」
「はい分かっております」
「まあ、悪いようにはしないから、しばらくここに滞在しておれ。水は湧水がある。薪な山から取ってくればあるだろう。道具は持ってきた。テントは家族で一つ、独り身の者は三人くらいでいっしょにすれば、数はあるだろう」
「オスカー様、ナハトネーベル帝国の者だという者が来ております」
「通せ」
「私はナハトネーベル帝国の者である。うちの領民を引き取りに来た」
「村長、その通りであるか」
「はい、その通りでございます」
「では、引き渡そう。しかし、我々は莫大な損害を被っておる」
「それはそうでござろうが」使者はしどろもどろだ。
「損害を請求しても良かろうか」
「それは私の一存ではわかりかねる」
「そりゃあそうであろう。私はオスカー・ブラント準男爵、機甲師団顧問である。そして今回は最高責任者に任じられている。心して答えるか、答えられる者を寄越して頂きたい」
「分かりました。で、内容は」
「この度の事、迷惑料及び備品、食料の提供日、その他をどちらに請求したらよいのかだ」
「この者たちには金はありませぬので、我が国が支払いましょう」
「では、一人金百枚、千人として、金十万枚を支払いしてもらい、完了するまでこちらに人質として居てもらいますが、宜しいか」使者は驚いた。
「そんなもの払えるわけがない。常識というものがあろう」
「お点前は常識がおありと」
「当たり前だ、もっと上の、上司を出してもらおう」
「上司と言うと大将軍が、最高責任者であるが、良いか」
「ああ、始めから一番上を連れてくれば良いのだ」
「お主、うちの大将軍を知っているか」
「そこまでは知らぬ」
「そうだろうな。アドリアン・フィリップ・ハルトマン男爵だ。理由を付けて戦争がしたくてたまらん男だぞ。まずお主なら、将軍の前では土下座をして頭を上げず、許されるまで口を開かず、絶対に反抗せず、将軍の手数料を、金貨十万枚を払い、奴隷を千人連れて来ないと、戦争を始めるお人ですが、あなたに耐えられますかな」
「何だそれは、話にならないじゃないか」
「だから戦争を始めるきっかけを探しているお人ですよ。それに比べて私なんか優しすぎて、だから舐められるんだと言われてますけど」
「そちらがその気なら、こちらも弱気は見せられん。やるならやりましょう」
「ああ、良かった。これで我々が戦争を仕掛けたと言われないで済みます。宣戦布告状を今書きましょうか」
「話にならん。帰る」
「帰っちゃ困ります。どうするか返事をくれなくっちゃあ。いちおう、ナハトネーベル帝国に、暗殺者を五十人程送っておきました。証拠に、帝国旗の真ん中に穴をあけておきました。それを見て、よおく話し合ってください。ではまた」
使者は席を蹴って出て行った。




