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第5話 出会いと代価-1

――ユグレアの森


王都レグリアの北西に位置する広大な森林地帯。

豊かな草木が生い茂り、澄んだ川が森の中をゆるやかに流れている。


野生動物も数多く生息しているが、

それらを捕食する低級魔物の姿も珍しくない。

中でもウェアウルフは森一帯を縄張りとしており、

旅人や冒険者たちから恐れられていた。


さらに森の北部には――

「亡者の霊が彷徨う迷霧」

が存在するとささやかれている。


一度足を踏み入れれば二度と戻れない。

そんな不気味な噂が、古くから語り継がれていた。


ユグレアの森、とある湖畔にて。


太陽の光を反射し、

湖面がきらきらと輝いている。

穏やかな風が草木を揺らし、

鳥たちのさえずりが森に響いていた。


湖のほとりでは、

一頭の馬が静かに水を飲んでいる。

その傍らには、馬の首筋を優しく撫でるヴァルカの姿があった。


⚔「さて....」


ヴァルカは鞍に括りつけていた地図を広げると、

近くの木陰へ腰を下ろした。


⚔(ルースの話によれば、

魔女は森の奥深くにいるというが....)


地図へ視線を落とす。


――その時だった。


「キイィィー!」

「ギャオオォ!」


草むらの奥から、

2体の魔物が飛び出してくる。

鋭い牙を剥き出しにし、

一直線にヴァルカへ襲い掛かった。


だが。


⚔「....」


一閃。


ザシュッ――


2つの影がすれ違う。

次の瞬間。


ドサッ....


魔物たちは力なく地面へ倒れ伏した。

ヴァルカは地図から目を離すことすらない。

まるで、そこに魔物など存在しなかったかのように。


静かに剣を払う。

赤い血が草の上へ散った。


その姿を見つめる者がいた。


森の奥、大きな木の高い枝の上。

そこに腰掛け、

湖畔のヴァルカを眺めている人影。


周囲では色とりどりの蝶たちが羽ばたいている。


まるで主を守るように。

まるで主に従うように。


???「あら....」


鈴の音のような声がこぼれる。


???「あの子が今回の主人公ね」


ふわり、と一匹の蝶が肩へ舞い降りた。


???「無事、たどり着けるかしら?」


楽しそうな声。

けれどその瞳はどこか試すように細められていた。


⚔「....?」


その瞬間。


ヴァルカがさっと顔を上げる。

森の奥へ鋭い視線を向けた。


だが。


そこには、

数匹の蝶が羽ばたいているだけ。

風が木々を揺らし、葉擦れの音が響く。


⚔「....気のせいか」


そう呟くと、

再び地図へ視線を落とした。


⚔(森の奥....)

⚔(確か、冒険者ギルドの依頼遂行中に霧の濃い地帯を見かけたことがある....)


指で地図をなぞる。

魔女の居場所。

その手掛かりを求めて、

ヴァルカは再び思考を巡らせ始めた。


⚔(魔女....迷霧....)


ヴァルカは地図へ視線を落としたまま考える。


⚔(森の中で霧が発生することは珍しくはないが....)

⚔(年中晴れない霧となると、人為的なものか)


森の地形を指でなぞる。


そして。


⚔「....!」


ヴァルカははっと顔を上げた。


⚔(もしかして、魔女が....?)


ルースの話が脳裏をよぎる。

願いを叶えるという森の魔女。

そして、亡者の霊が彷徨うと噂される迷霧。

偶然とは思えなかった。


⚔「なら、目的地は北だ」


地図をたたむ。


⚔(だが、森の北側は湿地帯が広がっている)


そこは泥に覆われたぬかるみの地。

馬で進むには足場が悪い。

無理をさせれば、怪我を負わせる可能性もある。


ヴァルカは立ち上がると、

馬のもとへ歩み寄った。


⚔「いい子にしててくれ」


馬具を少し緩める。

そして馬の頭をぽん、と優しく撫でた。

馬は安心したように小さく鼻を鳴らす。


⚔「すぐ戻る」


そう言って、ヴァルカは荷物を背負い直した。

その青い瞳は迷霧があるという森の北を見据えていた。


──その後。


泥に足を取られながらも湿地帯を抜け、

ヴァルカは再び鬱蒼とした森の中を進んでいた。

高く伸びた木々が陽光を遮り、辺りは昼間だというのに薄暗い。


湿った土の匂い。

風に揺れる葉擦れの音。


そして――


⚔(おかしい....)


ヴァルカは足を止めた。


⚔(この辺りは既にウェアウルフの縄張り圏内のはずだ)

⚔(普通なら、もういつ襲い掛かってきてもおかしくない)


警戒しながら周囲へ視線を巡らせる。


木々の隙間にも

草むらの中にも

ウェアウルフの姿はどこにも見当たらなかった。


⚔「....」


静かすぎる。

それがかえって不気味だった。


――その時。

かすかに鼻先をかすめる臭い。


⚔「....!」


獣の臭い。


そして

血の臭い。


風に乗って流れてきたそれは、

確かに前方から漂っていた。

ヴァルカは無言のまま剣の柄へ手を添える。

青い瞳が鋭く細められた。


警戒したまま、

ヴァルカは道とも言えない獣道を一歩ずつ進んでいく。

足元には踏み荒らされた草、折れた枝。

そして風に乗って漂う血の匂い。


⚔(近いな....)


剣の柄に手を添えたまま、

ゆっくりと前へ進む。


ふと。


開けた視界の先にあったのは――

無惨な光景だった。


折れた木々。

抉れた地面。

そして、無数のウェアウルフの死体。


木に叩きつけられたもの。

鋭い爪で引き裂かれたもの。

中には首をへし折られ、

絶命している個体もあった。


⚔「....」


ヴァルカは無言のまま周囲を観察する。


争った痕跡は広範囲に及んでいた。

まるで嵐が通り過ぎた後のようだった。

しゃがみ込み、近くの死体へ視線を落とす。


⚔「まだ、新しい」


木の幹に飛び散った血。

地面へ滴る血溜まり。

そのどれもが、まだ乾ききってはいなかった。


⚔(ついさっきか....)


ヴァルカの表情が険しくなる。

これだけの数のウェアウルフを相手にした存在がいる。

しかも圧倒的な力で蹂躙した何かが。


森の静寂がかえって不気味に感じられた。


再び歩みを進めると、遠くから地鳴りのような音が響いてきた。


ズシン

ズシン


⚔「....?」


音は徐々に大きくなっていく。

まるで何か巨大なものが歩いているかのようだった。


ズシン

ズシン


音は確実にヴァルカへ近づいてくる。


⚔「....」


ヴァルカはさっと木の陰に身を隠した。

そして呼吸を殺し、前方を鋭く睨みつける。


ズシン

ズシン

ズズッ....


今度は足音に混じり、

何かを引きずるような音が聞こえた。

地面を擦る音。

重い何かを運んでいるような音。

そのたびに周囲の小枝や落ち葉が揺れる。


⚔(何だ....?)


ヴァルカは無意識に剣の柄を握りしめた。


やがて木々の隙間から、

巨大な影が姿を現した。


⚔「…..!」


ヴァルカの瞳が鋭く細められる。


その姿はまさしく――

ゴブリンの頂点に君臨する魔物。

ゴブリンスレイヤーだった。


3メートルを優に超える巨体。

その手には鋼鉄製の巨大な棍棒が握られている。

口元からは鋭い牙が突き出し、

黄色く濁った瞳が獲物を探すように周囲を見回していた。


全身には無数の古傷。

だがそれは弱さの証ではない。

幾度もの戦いを生き抜いてきた証だった。


分厚い皮膚は岩のように硬く、

おそらく並の剣やナイフでは傷一つ付けられないだろう。


ズズッ....


ゴブリンスレイヤーの背後では、

何かが地面を引きずられている。

それは無残に息絶えたウェアウルフの死体だった。


⚔(なるほど....)


ヴァルカは静かに息を吐く。


⚔(こいつがウェアウルフを....)


先ほど目にした惨状が脳裏によみがえる。


折れた木々。

引き裂かれた死体。

そしてまだ乾いていない血。


すべての辻褄が合った。

ヴァルカは剣の柄に手をかけたまま、息を殺す。


⚔(....)


視線は巨大な魔物から外さない。


――だが次の瞬間。


ゴブリンスレイヤーは躊躇なく鋼鉄の棍棒を振り上げた。


そして。


ヴァルカが身を隠していた木へ向かって、

全力で叩きつける。


ドゴォォォン!!


⚔「....気づかれたか!」


ヴァルカは地面を蹴り、

俊敏な身のこなしでその場を飛び退く。


直後、木は木っ端みじんに砕け散った。

無数の木片が周囲へ飛び散り、

土煙が舞い上がる。


先ほどまでヴァルカがいた場所には、

鋼鉄の棍棒が深々とめり込んでいた。


⚔(速い....!)


その巨体からは想像もできない一撃。


そして。


ゆっくりと棍棒を引き抜いたゴブリンスレイヤーが、

ヴァルカへ顔を向ける。


⚔「....」


ゴブリンスレイヤー「う....うう....」


濁った瞳が獲物を捉える。

そして――


ゴブリンスレイヤー「うおおおおおおぉぉぉぉ!」


耳をつんざくような咆哮が森に響き渡った。

木々が震え、鳥たちが一斉に飛び立つ。


⚔「やるしかないか....っ!」


ヴァルカは剣を抜き放つ。

鋭い金属音が森に響いた。


次にゴブリンスレイヤーが棍棒を振り上げる寸前。

ヴァルカは既に踏み込んでいた。


地面を蹴る。

一気に間合いを詰めると、

迷いなく剣を振り抜いた。


ヒュッ――


風を切る鋭い一閃。


――しかし。


カキィィンッ!!


⚔「....っ!」


硬い金属を叩いたような音が森に響く。

ヴァルカの剣は、ゴブリンスレイヤーの分厚い皮膚に阻まれていた。


刃はわずかに食い込んだだけ。

致命傷には程遠い。


⚔「硬すぎる....!」


ヴァルカは思わず顔をしかめる。


だが。

次の手を考える時間すら与えられなかった。


ゴブリンスレイヤーは雄叫びを上げながら、

巨大な棍棒を振り上げる。


ゴブリンスレイヤー「グオオオォォッ!!」


⚔「!」


頭上から迫る圧倒的な質量。

ヴァルカは反射的に地面を蹴った。


ドゴォォォン!!


轟音と共に棍棒が地面へ叩きつけられる。

土が爆ぜ、周囲の木々が激しく揺れた。


ヴァルカはすれすれでその一撃を回避する。

頬を掠めた風圧だけで、

肌がひりつくほどだった。


⚔(まともに受ければ終わる....!)


ドゴォォォン!!

メキメキッ....


木々がへし折れる。

地面が抉れる。

ゴブリンスレイヤーは咆哮を上げながら、

何度も棍棒を振り下ろした。


ゴブリンスレイヤー「グオオォォッ!!」


⚔「っ!」


ヴァルカは間一髪でそれらを避け続ける。

一撃ごとに地面が揺れ、衝撃が足元から伝わってくる。

だが、その間にもヴァルカの頭は止まらない。


⚔(軽い攻撃では傷を与えられない....)


棍棒を避ける。


⚔(しかも相手は魔物だ)


横へ跳ぶ。


⚔(消耗戦に持ち込まれれば、勝ち目はない)


距離を取る。

次々と襲い来る攻撃を捌きながら、

必死に突破口を探していた。


⚔「くっ....!」


シュンッ!

突然、横薙ぎに棍棒が迫る。


⚔「....!」


避けきれない。

ヴァルカは咄嗟に剣を構えた。


――キイイィンッ!!


金属同士がぶつかるような甲高い音。

ヴァルカは剣で棍棒を受け流す。


だが。


⚔「ぐっ....!」


その瞬間、両腕に凄まじい衝撃が走った。

腕がきしむ。

足が地面を削りながら後方へ滑る。


受け流したはずなのに、

握る剣が弾かれそうになるほどの重圧だった。


⚔(なんて力だ....!)


ヴァルカが剣を構え直した、その時だった。


ドンッ!!

ドンッ!!

ゴブリンスレイヤー「グゥオオオオォォォォォ!!」


ゴブリンスレイヤーが両足を踏み鳴らし、

ひときわ大きな咆哮を上げる。

森全体が震えたような錯覚。

周囲の木々が激しく揺れる。


⚔「....まずい!」


ヴァルカの背筋に悪寒が走る。


次の瞬間。

ゴブリンスレイヤーの姿が掻き消えた。


⚔「!?」


目にも止まらぬ速さで距離を詰める。

そして、鋼鉄の棍棒が再びヴァルカの頭上へ振り下ろされた。


⚔(速いっ....!)


反射的に地面を蹴る。


ドゴォォォォォン!!


轟音と共に大地が砕け散った。

ヴァルカはどうにか間一髪で回避する。


だが。


シュッ....


⚔「!?」


頬に鋭い痛みが走った。


ポタッ....

頬を伝う一筋の血。


⚔「風圧だけで....?」


ヴァルカは目を見開く。


棍棒は当たっていない。

かすりもしていない。


それなのに。


振り下ろされた一撃の風圧だけで、

頬の皮膚が裂けていた。


⚔(まともに受ければ....)

⚔(間違いなく即死だ)


しかし。

ヴァルカは見逃さなかった。


棍棒を地面に叩きつけたその瞬間。

ゴブリンスレイヤーの瞳が、わずかに揺れたのを。


⚔(....隙があるとすれば、攻撃の後だ)


巨大な鋼鉄の棍棒。

そして圧倒的な馬鹿力。

振り下ろした際に発生する衝撃は、

使う本人にも無視できない負担を与えているはずだった。


⚔(あの一瞬だけ....動きが鈍る)

ヴァルカは静かに呼吸を整える。


ゴブリンスレイヤー「ウ、ウゥ....ウオオオォォォ!」


再び咆哮を上げながら、

ゴブリンスレイヤーが突進してくる。


地面が揺れる。

木々が震える。


そして。


目にも止まらぬ速さで、

鋼鉄の棍棒が振り下ろされた。


ドゴォォォン!!


大地が砕け、土煙が舞い上がる。


その瞬間。

ゴブリンスレイヤーの瞳が、わずかに揺れた。


⚔(今だ!)


ヴァルカは地面を蹴る。

さらに振り下ろされた棍棒へ足を掛け、

一気に駆け上がった。


ゴブリンスレイヤー「!?」


巨体の肩を越える。

風が頬を打つ。


ヴァルカは剣を強く握りしめた。


⚔(狙うは....)


青い瞳が鋭く細められる。


⚔(その瞳!)


一直線に、

ゴブリンスレイヤーの顔面へ飛び込んだ。


ザグッ!!


ヴァルカの剣が、

ゴブリンスレイヤーの右目へ鋭く突き刺さった。


ゴブリンスレイヤー「グオオオォォオオオ!!」


耳をつんざくような絶叫。

巨体が激しく暴れ回る。

木々がなぎ倒され、周囲へ土煙が舞い上がった。


⚔「....!」


それでも。

ヴァルカは決して剣から手を離さない。

両手で柄を握りしめ、

さらに体重をかける。


⚔(もっと深く....!)

⚔(致命傷になるまで....!)


ゴブリンスレイヤー「グアアアァァァッ!!」


右目から鮮血が噴き出す。

勝機は今しかない。


だが――


ブンッ!!

ブンッ!!


暴れる腕が周囲を薙ぎ払う。

そして


ドガッ!!


⚔「ぐっ....!!」


ゴブリンスレイヤーの腕が、

ヴァルカの体をまともに捉えた。

体が宙を舞う。


ドゴォッ!!


⚔「がっ....!」


背中から木へ叩きつけられる。

衝撃で空気が肺から押し出された。


⚔「ヒュッ....」


呼吸ができない。視界が揺れる。

ズキン――

全身を激痛が駆け抜けた。


⚔「ぐ....」


震える手を地面につく。


⚔「.…肋骨をいかれたか」


脇腹を押さえる。

鈍い痛みからして、折れていてもおかしくない。

それでも。


⚔「まだだ....」


ヴァルカは歯を食いしばる。

そして痛みに耐えながら、

ゆっくりと立ち上がった。


ゴブリンスレイヤー「グ....グオオォォォ....」


ひとしきり暴れたあと。

右目を押さえながら、

ゴブリンスレイヤーはヴァルカを睨みつける。


⚔「....」


その目に宿るのは、果てしない憎悪。

そして剥き出しの殺意だった。


背筋に冷たいものが走る。

ヴァルカはとっさに剣を構えた。


だが。

その様子を見たゴブリンスレイヤーは――


棍棒から、

手を離した。


ドサッ....


⚔「....!」


重い棍棒が地面へ落ちる。

ヴァルカの瞳がわずかに揺れた。


⚔(何を....?)


ゴブリンスレイヤー「ウ....ウウゥゥゥ!!」


低い唸り声。


次の瞬間、ゴブリンスレイヤーの全身が大きく膨れ上がった。


筋肉が隆起する。

血管が浮き出る。


そして。


両腕へ力を込めたかと思うと、

みるみるその爪が伸び始めた。


ギチ....ギチギチ....


骨が軋むような音。

伸びた爪は鋭く湾曲し、

月明かりを反射して鈍く光る。


⚔(まさか....)


ヴァルカの額を汗が伝う。

目の前の魔物は、まだ本気ではなかった。

その事実を悟ったからだ。


一瞬。

本当に一瞬だった。

まばたきをした、その瞬間。


⚔「....!?」


目前に迫る巨体。

ゴブリンスレイヤーの姿が、

いつの間にか目の前まで迫っていた。


そして風のように軽く、

だが、鋭く重い一撃。


シャキンッ!!


⚔「っ!」


ヴァルカは反射的に体を捻る。


紙一重。

本当にわずかな差で、その爪撃を回避した。


だが、


メキィィッ!!

背後から嫌な音が響く。


⚔「....!」


振り返ったヴァルカの目に映ったのは、

深々と刻まれた爪痕だった。

直径1メートルはあろうかという大木。

その幹に、まるで紙を裂いたかのような傷が走っている。

爪痕は深く、木の中心部まで到達していた。


⚔(あれを食らえば....)


喉が鳴る。

想像するまでもない。

人体など容易く両断されるだろう。


ゴブリンスレイヤー「グルルルル....」


片目を失いながらも、

ゴブリンスレイヤーは獰猛な笑みを浮かべていた。


咄嗟に後方へ飛びのき、ヴァルカは距離を取る。


⚔(速すぎる....!)


考える隙を与えまいとするかのように、

ゴブリンスレイヤーの猛攻が続く。


ゴブリンスレイヤー「グオオォォォ!!」


シュンッ――!


巨体が消えた。


⚔「....!」


違う。

消えたのではない。

見失ったのだ。


次の瞬間。


――シュパッ!!


⚔「っつ....!」


鋭い痛みが走る。

ヴァルカは反射的に飛び退いた。


ポタッ....

ポタッ....


左肩から血が滴り落ちる。浅い。

だが確実に斬られていた。


⚔(見えない....!)


目で追えない。

気配を読む暇もない。

まるで嵐の中で刃を避けているようだった。


シュンッ――!

再び掻き消える巨体。


⚔「くっ....!」


ヴァルカは剣を構え直す。

だが、このままではジリ貧なのは明らかだった。


シュンッ!

――キィィンッ!!


⚔「っ....!」


どうにか攻撃を剣でいなす。

だが。


シュンッ!

――スパッ


⚔「ぐっ....!」


鋭い爪が腕を切り裂く。

鮮血が舞う。


ポタッ....

ポタッ....

滴り落ちる血。


⚔(まずい....!)

⚔(どうにか反撃を....!)


ゴブリンスレイヤーの攻撃をいなしながら、

必死に思考を巡らせる。


だが。


次々と飛んでくる見えない攻撃。

そのどれもが致命傷になり得る。


⚔「っ!」


頬が裂ける。


⚔「ぐっ....!」


肩が切り裂かれる。


避ける。


防ぐ。


避ける。


防ぐ。


それだけで精一杯だった。


ズキン――


⚔「....!」


脇腹に激痛が走る。


折れたあばら。

積み重なった疲労。

流れ続ける出血。

確実に体力が削られていた。


⚔「....くっ!」


その瞬間だった。


足がもつれる。

ほんのわずかな隙。


──だが。

それは致命的だった。


シュンッ....

シュンッ!


ゴブリンスレイヤー「グオオォォォォ!!」


獲物を仕留めると確信した咆哮。

巨大な腕が大きく振り上げられる。


⚔「....!」


ヴァルカは反射的に剣を構えた。

体の前へ。

防御の姿勢を取る。


だが、ヴァルカ自身が分かっていた。


間に合わない。

防ぎきれない。


脳裏をよぎったのは――


 "死" だった。


その刹那。


ズガァァンッ!!

森に轟音が響いた。


⚔「....?」


ヴァルカの視界が揺れる。

何が起きたのか理解できない。


目の前にいたゴブリンスレイヤーが、

ぴたりと動きを止めていた。


ゴブリンスレイヤー「....?」


片目を見開いたまま、

その巨体がぐらりと揺れる。


そして――


グルンッ....

ドシィィィン!!


白目をむいたかと思うと、

その巨体が地面へ崩れ落ちた。

土煙が舞い上がる。


⚔「なっ....!?」


急な出来事に脳が追いつかない。


だが、倒れたゴブリンスレイヤーへ視線を向けた瞬間。

その理由を理解した。


⚔「....!」


ゴブリンスレイヤーの後頭部。


そこには巨大な戦斧が深々と突き刺さっていた。

まるで投げつけられたかのように。


⚔(一体、どこから....?)


思わず周囲を見回す。

すると森の奥からのんびりとした声が響いた。


???「おおい!」


ガサッ....

草むらをかき分ける音。


???「兄ちゃん!」


声はどんどん近づいてくる。


???「こいつぁ俺の獲物だぜ?」


どこか呆れたような。

だが不思議と陽気な声だった。


ヴァルカの前に姿を現したのは――


2メートル近い巨体。

岩のように盛り上がった筋肉。

そして無精ひげを生やした大男だった。


⚔「....誰だ」


ヴァルカは剣を構えたまま問う。

すると男は気にした様子もなく、

後頭部に突き刺さった巨大な戦斧を引き抜いた。


ズボッ....

ゴブリンスレイヤーの巨体がわずかに揺れる。


◆「おぉ、俺ぁガルドってんだ!」


ガルドは斧を肩へ担ぐ。


◆「この森に住んでるのさぁ!」


そして豪快に笑った。


◆「がっはっはっは!!」

⚔「....」


ヴァルカは警戒を解かない。

──むしろ強めた。


◆「にしても兄ちゃん、やるなぁ!」

◆「こいつの目ン玉にぶっ刺しちまうなんてよぉ!」

⚔「....」


ガルドは気さくに話しかけてくる。

だが。


⚔(盗賊か....?)

⚔(目的は何だ)


得体が知れない。

それどころか。


ゴブリンスレイヤーを一撃で沈めた時点で、

危険度だけなら目の前の男の方が上だった。


⚔「....ッ!」


ズキン――


脇腹に激痛が走る。

思わず顔をしかめた。


◆「おいおい」


ガルドが呆れたように笑う。


◆「無茶すんな兄ちゃん!」

◆「....あばらぁ、いかれてんだろ?」

⚔「....!」


ヴァルカの目がわずかに見開かれる。


⚔「....大したことはない」

◆「がっはっは!!」

◆「そんな顔で言っても説得力無いぜ?」


ガルドは笑いながら背を向けた。

そして当然のように歩き始める。


◆「ついてこい!」

⚔「....」


ヴァルカは動かない。

剣も下ろさない。


だが、ガルドは振り返ることなく言った。


◆「大方、森の魔女さんにでも会いに来たんだろ?」

⚔「....!」


◆「情報――欲しくないのか?」


森の空気が止まる。

ヴァルカの瞳が鋭く細められた。


⚔「....ヴァルカだ」


短く名乗る。

それが答えだった。


◆「おう!」

◆「よろしくな、ヴァルカ!」


ガルドは豪快に笑う。

ヴァルカは小さく息を吐いた。


そして渋々、

その大きな背中の後を追い始めた。

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