第5話 出会いと代価-4
もう見慣れているのだろう。
ガルドはその絶景にも目もくれず、
ずんずんと歩みを進めていく。
◆「がっはっは!」
◆「初めて来た時ぁ、腰抜かしそうになったがな!」
そう笑いながらも、足取りに迷いはない。
一方のヴァルカは周囲を警戒しながら後に続く。
眼下に広がる雲海
どこまでも続く青空
まるで別世界だった。
そしてふとガルドが足を止める。
⚔「.....?」
その目前には、
先ほどまで存在しなかったはずの古い石橋が現れていた。
白い霧の中から姿を現したその橋は、
緩やかな弧を描きながら空へと伸びている。
まるで空に虹が架かったかのようだった。
⚔「......」
橋の下にあるのは大地ではない。
果てしない空。
一歩踏み外せば、
そのまま雲の海へ落ちていきそうな高さだ。
だがガルドはそんなことを気にする様子もなく歩き出した。
◆「ほらほら!」
◆「こっちだ!」
大斧を肩に担ぎながら、
迷うことなく石橋を進んでいく。
◆「おーい!」
◆「置いてっちまうぞー!」
⚔「.....」
ヴァルカは小さく息を吐く。
そして再びその大きな背中を追った。
石橋を踏みしめるたび、
コツ、コツ、と乾いた音が響く。
空へと続く石橋
眼下には果てしない雲海
幻想的な景色の中を、2人は進んでいた。
――その時。
ぐにゃり。
⚔「!?」
突如、周囲の景色が歪んだ。
まるで水面に石を投げ込んだかのように、
空間そのものが波打つ。
ヴァルカは反射的に剣の柄へ手をかけた。
だが、次の瞬間。
目の前に広がっていた光景は、
まったく別のものだった。
⚔「......!」
そこは大草原だった。
どこまでも続く鮮やかな緑。
青空には大きな虹が架かり、
柔らかな風が草原を撫でていく。
あちこちには、
見たこともない花々が咲き誇っていた。
赤。
青。
紫。
金色。
宝石のような色彩を持つ花々が、
陽光を浴びて美しく輝いている。
まるで絵本の中の世界だった。
だが――
⚔「......」
ヴァルカは言葉を失う。
その理由は、花の美しさではない。
規模だ。
花が、大きすぎる。
1輪で人間ほどの高さがある花
大樹のような茎を持つ花
家ほどの大きさの花弁を広げる花
それらが草原一面に咲き乱れている。
もはや花畑ではない。
巨大な花々が作り出す、
森にも似た別世界だった。
⚔「....すごいな」
思わず漏れた言葉。
◆「きれいだろぉ?」
⚔「....ああ」
ヴァルカは素直にうなずいた。
こんな景色は見たことがない。
まるで神話の中へ迷い込んだようだった。
その時。
モゾ......
⚔「....?」
ほんのわずかに。
近くにあった巨大な花が不自然に揺れた気がした。
そんなに強い風は吹いていない。
それなのに。
花弁の奥で何かが動いたように見えた。
⚔「......」
警戒して見つめる。
そして――
パァァァ......
閉じていた花弁が、ゆっくりと開いた。
⚔「....!!」
その中心にあったのは、美しい花の蜜ではない。
びっしりと並んだ鋭い牙だった。
まるで巨大な口。
花弁が開くたび、
粘ついた液体が糸を引いている。
⚔「....っ!」
ヴァルカは反射的に剣を抜き、身構えた。
しかし。
◆「ぷっ......」
隣から妙な音が聞こえる。
◆「がっはっはっはっは!!」
盛大に吹き出すガルド。
⚔「......」
◆「兄ちゃん!」
◆「食われねぇように気ぃつけな!」
◆「そいつぁ腹ぁ減ってると、
人間くらい丸呑みにしやがる!」
⚔「......何だと」
◆「がっはっは!」
◆「冗談だ!」
⚔「......」
◆「半分はな!」
⚔「どっちなんだ」
ガルドは答えない。
ただ楽しそうに笑っているだけだった。
ふと、ヴァルカは周囲へ視線を向ける。
すると──
こちらを向いている。
花が。
1輪や2輪ではない。
周囲の巨大な花々が、
まるで獲物を観察するように、
ゆっくりと2人の方へ向いていた。
モゾ......
モゾ......
花弁が揺れる。牙が覗く。
⚔「......」
ヴァルカは静かに剣を握り直した。
そして。
⚔「....なんなんだここは」
心の底からそう思ったのだった。
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◆「...よっと」
ガブッ!
噛みついてきた巨大花を、
ガルドはひょいっと避ける。
その動きは慣れたものだった。
◆「おっと、こっちはダメだな」
フワァァァ......
今度は色鮮やかな花から花粉が噴き出した。
ガルドは軽く身を翻し、それを避ける。
さらに。
シュルル......
足元から伸びてきた蔦を、
まるで散歩でもしているかのように軽く飛び越えた。
◆「がっはっは!」
◆「今日は機嫌が悪ぃな!」
一方――
⚔「...っ!?」
ヴァルカは突然、
足首に絡みついた蔦に体勢を崩した。
⚔「くっ...!」
反射的に蔦を引きはがそうと身を屈める。
その瞬間。
シュッ――
シュンッ――
⚔「...!」
頭上を鋭い棘が掠めて飛んでいく。
まるで待ち構えていたかのような連携。
⚔「チッ...!」
蔦を剣で断ち切り、すぐさま後方へ飛び退く。
その直後。
ドスッ!
ドスッ!
先ほどまでヴァルカがいた場所へ、
棘が深々と突き刺さった。
⚔「......」
冷や汗が頬を伝う。
どうやらこの庭は、見た目ほど穏やかな場所ではないらしい。
ヴァルカは剣を構え直し慎重に歩みを進める。
しかし。
シュル......
また別の蔦が足元を這う。
⚔「っ!」
飛び退く。
パァァァ!
横の花が大きく口を開く。
⚔「......!」
慌てて避ける。
その先では
フワァァァ......
花粉を撒き散らす巨大花。
⚔「......」
◆「がっはっはっは!」
◆「兄ちゃん!」
◆「歓迎されてるじゃねぇか!」
⚔「どこがだ」
◆「生き物は興味があるもんに寄ってくるだろ?」
⚔「チッ…迷惑な話だ」
そんな話をしている間にも、
スル......スル......
また足元の蔦が、ヴァルカの足へ絡みついてくる。
⚔「はぁ......くそっ......」
ヴァルカは眉をひそめ、
剣を抜いて蔦を切り払おうとした。
だが――
シュッ
シュンッ――スパッ
⚔「...!」
どこからともなく飛んできた鋭利な葉が、
ヴァルカの頬と肩を切り裂く。
頬を一筋の血が伝った。
⚔「.......」
ヴァルカは無言のまま周囲を見回す。
すると、先ほどまでただの植物に見えていた巨大な花々が、
こちらを窺うようにわずかに揺れていた。
まるで
「それ以上やるな」
と警告しているかのように。
⚔「......」
険しい表情のまま、
ヴァルカは剣を構える。
その様子を見たガルドが肩をすくめた。
◆「おいおい」
◆「この植物どもは、
魔女さんのペットみたいなもんだぞ?」
◆「必要以上に傷つけたら、
どうなるか俺にも分からねぇ」
◆「気をつけな」
⚔「......なんて厄介な」
心底うんざりしたように呟く。
噛みついてくる花
絡みつく蔦
飛んでくる棘や葉
しかも反撃は推奨されない。
⚔「......」
しばらく睨み合った末、
ヴァルカは深いため息をひとつ吐いた。
⚔「はぁ......」
そして渋々、剣を鞘へ収める。
その瞬間。
スル......
足に絡みついていた蔦が、
どこか満足したように離れていった。
⚔「......」
◆「がっはっは!」
◆「気に入られたな!」
⚔「全く嬉しくない」
しばらくして、ようやく草原を渡り切った2人。
その姿は対照的だった。
傷ひとつないガルド。
そして――
⚔「......」
頬には切り傷。
服はあちこち裂け、
ところどころに葉や花粉まで付いている。
どう見ても満身創痍だった。
◆「ぶはっ!」
それを見たガルドがとうとう堪えきれず吹き出した。
◆「がっはっはっはっは!!」
◆「兄ちゃん!」
◆「植物相手にそんなボロボロになった奴ぁ初めて見たぞ!」
⚔「......もう二度と来ない」
◆「まぁそう言うな!」
◆「慣れりゃ案外可愛いもんだぞ!」
⚔「どこがだ」
◆「全部だ!」
⚔「理解できん」
◆「がっはっは!」
豪快な笑い声が響く。
そしてガルドは、
まるで思い出したかのように続けた。
◆「ああ、そういや」
◆「帰りも通るぞ!」
⚔「......は?」
ヴァルカの動きが止まった。
◆「いやだから帰りも――」
⚔「......嘘だろ」
思わず本音が漏れる。
◆「がっはっはっはっは!!」
◆「安心しろ!」
◆「帰りはもっと容赦ねぇからよ!」
⚔「….チッ」
◆「がっはっはっは!!」
ヴァルカは深くため息を吐いた。
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いたずらな花畑を通り抜けると、
いつの間にか再び眼前には石橋が現れていた。
◆「次だな」
⚔「......」
ヴァルカはもう驚かない。
驚くのにも疲れていた。
2人は石橋を渡り始める。
コツ、コツ......
乾いた足音だけが静かに響く。
そして橋の中腹まで来た、その時だった。
ぐにゃり。
再び景色が歪む。
空が揺れ
雲が溶ける
世界そのものが塗り替えられていく。
⚔「......!」
ヴァルカは反射的に足を止めた。
そして次の瞬間。
目の前に広がっていたのは――
巨大な湖を抱く庭園だった。
雲の隙間から降り注ぐ光。
その光を受けて、
どこまでも透き通った水が輝いている。
上空から流れ落ちる無数の水流は、
まるで空そのものから生まれているかのようだった。
流れ落ちた水は大きな湖へと注ぎ込み、
水面には無数の光が踊っている。
⚔「......」
思わず息をのむ。
あまりにも美しい光景だった。
湖のほとりには、
見たこともない白い花々が咲き誇っている。
そして優雅に泳ぐ白鳥の群れ。
純白の羽を広げながら、
静かな湖面を滑るように進んでいた。
風が吹き、湖面にさざ波が広がる。
白鳥たちは気持ちよさそうに首を伸ばした。
まるで楽園のようだった。
⚔「...綺麗だな」
思わず、口をついて出た言葉。
◆「ああ、そうだろ?」
◆「俺もこの場所は気に入ってんだ!」
そう言いながら、
ガルドはのっしのっしと先へ進んでいく。
一方でヴァルカは、
自然と湖の方へ足を向けていた。
吸い寄せられるように静かな湖畔へ歩み寄る。
湖面へ顔を近づけると、鏡のような水面に自分の姿が映った。
青い瞳
金色の髪
そして、旅の中で増えた無数の傷跡
⚔「......」
ふと、水面が揺れる。
その時だった。
どこからともなく、
透き通るような歌声が聞こえてきた。
~~♪
⚔「......?」
ヴァルカは顔を上げる。
風が吹く。
湖面がきらめく。
しかし辺りには誰の姿も見当たらない。
~~♪♪
それでも歌声は続いている。
まるで湖そのものが歌っているかのように。
どこか懐かしく
優しく
心の奥へ静かに染み込んでくるような旋律だった
思わず周囲を見回す。
すると――
ゆらり。
足元の水面が揺らぎ始めた。
⚔「......?」
波紋がひとつ
またひとつ
静かな湖面に広がっていく
~~♪♪
歌声が、徐々に近づいてくる。
まるで水そのものが歌っているかのように。
その歌声に気付いたガルドが振り返った。
◆「おっと」
◆「気に入られちまったか」
ニヤリと笑う。
⚔「気に入られる......?」
⚔「何に――」
チャプ......
小さな水音。
その瞬間。
湖面から銀色の髪がふわりと現れた。
⚔「......!」
水を掻き分けるでもなく
泳いでいるわけでもなく
まるで湖そのものから生まれたかのように
ゆっくりと
静かに
その姿が浮かび上がる。
透き通った水をまといながら、
水面の上へ立つひとつの影。
そして――
ヴァルカは息をのんだ。
そこにいたのは、まさに絶世の美女だった。
月光を紡いだような銀髪
透き通る白い肌
星空を溶かして閉じ込めたような瞳
長い睫毛の奥で揺れるその眼差しは、
どこか儚く、どこまでも神秘的だった。
風が吹く。
銀の髪がさらりと揺れる。
湖面に映るその姿は、まさに幻想そのものだった。
⚔「......」
言葉が出ない。
──美しい。
そんな一言では足りないほどに
彼女は人間離れしていた。
◆「がっはっは!」
そんなヴァルカの様子を見て、
ガルドが楽しそうに笑う。
◆「兄ちゃん」
◆「口開いてるぞ?」
⚔「......っ」
我に返ったヴァルカは、
慌てて口を閉じた。
だが。
視線だけは、
どうしても彼女から離せなかった。
~~♪♪
歌声はまだ続いている。
まるで歓迎するように。
あるいは――
興味深そうに、ヴァルカを見つめるように。




