066_閑話・願い
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
冷たい。
最初は痛みと熱だったけど、だんだんと感覚が失われ寒さがやってきた。
けどそれも麻痺し始めていく。
体はまるで石のような氷のような感覚。
動かせない。
もう無理なんだ、動くのは。
だって私死んでるから。
でも声は聞こえた。
私の大好きな人の声。
彼の泣き叫ぶ声が。
呻き悶える声が。
もう一度話したい。
顔を見たい。
触れたい。
でも出来ない。
私の最後の願いなのに、どうして出来ないの。
もう体は死んでしまったから泣くことも出来ない。
なのに、悲しい気持ちだけ溢れかえる。
私の心が、肉体から離れていく。
ご主人様はすぐそこなのに私はどんどん離れてしまう。
お願い!!
私を行かせないで!
どうして!?
ご主人様は来てくれた。
最期の最後に。
だからせめて話したい!
お願い!
それでも願いは虚しく、私はどんどん離れていく。
何かに引っ張られるそんな感じ。
私の心はその何かにどんどん引っ張られ、肉体から離れる程私は私でなくなる。
私という存在である心はどんどん無駄なものを削ぎ落とされ、無垢な魂へと還っていく。
もう恐怖や後悔はほとんどない。
そういう感情も失われてきているのだ。
だから最後の最後まで。
ご主人様を、アインの事だけは忘れずにいよう。
彼の事だけを想う。
ひたすら。
彼の顔。
仕草。
言葉の一つ一つを。
けど、思い出せば思い出す程、それが抜けていくのが分かる。
お願い…
アインの事だけは…
「やれやれ、ここまで想いが強いとはね」
誰かの声が聞こえる。
それと同時に強い光を感じる。
アインなの?
「ごめん、彼だったら良かったんだけど。でも似たような者かな」
誰?どうして貴方は話せるの?
「うーん、私という存在が君みたいに魂に近いからかな。アインの心にひっついてるだけだけど」
アイン!そう私はあの人に会いたい!
「会うのは難しいかな。君死んじゃってるし」
そんな…!お願い、貴方が何者でもいい!私の願いを聞いて!
「約束は出来ないけれど、出来る限りはしてあげるよ。正直、難しいけどね。君の魂はいわゆる神のものだ。それに縛られてる以上、私もアインもどうしようもない。神の束縛を解ければ君という存在を戻してあげられたんだけど」
神?そうなのね、私を引っ張るこの力は神様のものなんだ。
「そうだよ。今は私の力で何とか現世に引きとめようとしているけど、無理だね。最終的にはそっち側へと引っ張られてしまうよ。それにあまり長引くと神が気付いてしまう」
私はもうアインに会う事は出来ないのね。
「残念だけど。せめて君の言葉は残せるかもしれない。私という存在を通じて、彼へと言葉を届けられるかもしれない」
うん、それでいい。ありがとう…
「セラフィスだ。私もとうに昔死んでしまったけれどね」
ありがとう、セラフィス。私の最期の言葉は…
「分かった。約束…は出来ないけど、頑張るよ。君の想いが私に気付かせたんだ。きっとアインにも届くよ」
セラフィスは手を放すかのような仕草をすると、私はまた引っ張られていく。
何も感じない。
ううん、そうじゃない。
ただ一つ。
アインという存在の事だけを胸に抱いている。
私は大きな魂の渦へと入っていく。
あぁ、消えていく。
私という存在が魂の奔流で、私が生きてきたもの全てが流されていく。
けどこれだけは放さない。
アインという言葉だけは。
私が愛したたった一人の人の事は。




