060_遅すぎた帰還
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
我儘を言い過ぎたかなと私は道中、反省していた。
けど、何か確信めいたものが私の心の中にはあったのだ。
私は父上に命じられ、軍を動かし反乱軍を鎮圧に出向いていた。
今、家族とも呼べる聖エルス騎士団は私の手元にはいない。
密かに帝都へ残している。
いつからかアインと連絡が取れなくなっていた。
屋敷にも出向いたが、誰もそこにはいなかった。
元老院による企てかと詮索しているが尻尾を掴む事は出来なかった。
そんな折、突然大規模反乱が起きたのだ。
これには何かある。
せっかく第4軍として認め始められているが、私は帝都へ残る方法がないか探していた。
しかしアーノルド達はそれを止めた。
私達が代わりに残り、アインの捜索も帝都で何か起きた際はそれの解決に当たると言って私を説得したのだ。
誰よりも信頼置けるアーノルド達だ。
私は彼らを信じて帝都に残した。
だのに、私の心は落ち着く事はなかった。
軍の指揮に影響すると分かっていても、焦燥感を隠す事は出来なかった。
「ソフィア様!」
「ん、何だ?」
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ」
「分かりました。もうそろそろ、ノースボア領内に入ります」
「そうか。各自、警戒を怠るな!ここは帝国領とはいえ、敵地だと思え!」
「「「はっ」」」
ノースボア。
思い出されるのはアインと共に暴徒を鎮圧したという記憶。
これでこの地域は安全だろうと思っていたが、そうではなかったと自責の念に駆られてしまう。
今度こそは、私の手で民達を救おうと誓う。
そう思った矢先、私達は止まらずを得なかった。
「これは…」
「一体、何のつもりでしょう?」
「わからん、しかしこんな報告は受けてなかった」
今、目の前の街道は倒木や岩などで封鎖されてしまっていた。
「入ってくるなという警告のつもりでしょうか」
「どちらにせよ、敵がいるならば葬るだけだ。街道の復帰にはどれくらい時間がかかる?」
「はっ、半日もあれば撤去は完了するかと」
「ならば、人員をさき、街道を復旧するのだ。それと手の開いてる部隊は迂回路がないか探せ!」
「はっ」
軍を足止めするという事では街道の封鎖は有効だろう。
けれど分からない。
そんな事をするのは時間稼ぎをする時だ。
帝国に反旗を翻した民達がそんな事をするだろうか。
煽動者に煽られ、帝国を倒そうと士気が高揚している者達がこんな手を使うのか。
今まで鎮圧してきた暴徒達は、勢いのまま突っ込んでくる者が多かった。
帝国への憎しみを募らせ、それを晴らしたい一心で戦った者達だ。
ずっと反乱を沈めてきた私だからそう思うのか。
ともかく今は一刻も早く軍を進める為、復旧を急がせるしかない。
街道の復旧は私が思うより、時間がかかっていた。
今か今かと苛立ちを隠せなくなっていた。
「殿下!」
「どうした?」
「他の街道も調査したのですが、ここと同様。封鎖されております!」
「何!?」
「付近の村や街に聞き込みを行いましたが、どうやら反乱に合わせて街道が封鎖されたと」
「馬鹿な、あり得ない!」
「はっ。ですが、我々はこの目で。近くノースボアでは反乱が起きるから封鎖すると近隣の村や街に通達があったとか」
「どういう事だ…」
そんな冷静に反乱は起きるものなのか。
それとも何か策があるのか。
まだ仮とはいえ軍を相手に、元村人や難民の集まりが軍を打倒する策などあり得ないのだが。
「お前達も復旧を手伝うのだ。急ぐぞ。何か有るかもしれない」
「はっ!」
街道の復旧を急がせ、作業は夜通し行われ陽が開け始めた時にはやっと軍が通れるくらいにはなっていた。
思った以上に時間を取られてしまった。
おそらく反乱軍がいるなら、斥候の一人二人が我々を発見しているかもしれない。
気を引き締め直し、進軍を開始した。
そしてノースボアに着いた時、想像していない光景が広がっていた。
「これは…?」
「どういう事だ!」
目の前に広がっていたのは長閑の葡萄畑。
そして普段と変わらぬように作業に勤しむ村人だ。
「そうか、これは罠!私達をここにおびき寄せる為だけの」
歯を噛み締め、拳を力強く握る。
「おのれ…、ファントムめ!!急げ!!帝都へ戻るぞ!!」
やはり私の勘は正しかった。
私達、第4軍を。
いや他の軍も帝都から離れさせる事が目的。
おそらく今、帝都で何か起きている。
「アイン…。アーノルド!」
友や家族の事が心配だ。
急がなければ!
「何、列車が動かないだと!?」
「はい…。突然動かなくなってしまい」
「そんな…」
列車ならば早く帝都へ戻れると。
私の軍から選抜した数百名を引き連れ駅に来たら、この結果だ。
列車が開通してからこのような事態は初めてだ。
「復旧は出来ないのか?」
「魔導列車は線路の上に流れてる魔力を吸い上げ、走るのですがおそらくは魔力の供給が止まってしまったのが原因かと」
「つまり魔力がなければ走れないという事か?警備隊はどうした?列車にこのような事にならぬようみはっていたのではないか?」
「分かりません。列車が止まったせいで警戒とも連絡してが取れず。見回りに行ったのですが、発見出来ませんでした」
「どの道、列車では無理という事か…」
魔導列車の魔力供給は帝都からされている。
各地方にいくつか魔力溜まりとしてのスポットは用意されているが、大元が立たれてしまっていては列車は全く動かなくなってしまう。
それが止まったという事は帝都で何か起きているのは確実。
この事実が余計に私の焦りを強めていく。
「殿下、今ならまだ本隊と合流出来ます」
「そうだな。急ぐぞ!」
「はっ!」
私は本隊と合流するべく、駅を後にする。
再び街道へ戻ると、後続の部隊を発見する。
「殿下!列車で先に戻られたのでは?」
「列車は使えぬ。このまま、本隊と共に帝都へ目指す」
「はっ!」
本隊と合流し、更に進軍速度を歩める。
この強行軍に兵たちも疲労を隠せずにいる。
だが、それでも急がねばならない。
普段なら労いの言葉の一つでもかけてあげるのだが、それすらも浮かばない。
「殿下もお休みになられてはいかがでしょう?」
「兵たちはまだ動けぬのか?」
「ま、まだ休息をしてから半刻ですぞ。先程までの強行軍で兵たちの疲労もかなりのもの。まだ動くには不十分かと思いますが」
「…そうか」
改めて兵たちを見回す。
誰もが、額には汗を滲ませ肩で息をしている。
それに鎧に槍や剣など、かなりの重量があるものを装備して歩いているのだ。
そんな苦しい状況での強行軍で、私に対して恨みの一つや目線でも送ってこようものだがそれすらも出来ぬ程疲れていた。
「今、しばらく休息とすると改めて兵たちに伝えよ」
「はっ!」
兵の状況を見て、一晩は休息させる事にした。
一刻も早く急ぎたいという気持ちは変わらないが、彼らの様子を見たらそれを口にするのも出来なくなってしまった。
私は兵が組み立ててくれたテントで装備を脱ぐ。
一応横になり、目を瞑るが眠る事は出来なかった。
ファントム達率いるレジスタンスの目的は陛下、父上の殺害だ。
私達、軍など最初から相手するつもりではなかったんだ。
しかしそう上手く事は運ぶものだろうか。
私やグレイ兄様、それにセルビアナが帝都から離れたとはいえ、まだヘンリー兄様の第1軍も城には残っているのだ。
他にも手練の将校たちも。
それでも城へと忍びこみ、暗殺を図ろうというのは難しいんじゃないか。
疑問が疑問を呼び、私は益々思考の渦に囚われてしまう。
夜が明け、再び帝都へ進軍開始する。
「聞け、皆の者!帝都で異変が起きているのは明白だ!我らは非道にもレジスタンスによる騙された!この屈辱を晴らすため、帝都を救うのは我らだ!この強行軍で皆が疲れているのは知っている!だが!この速さは、必ず帝都を救うと希望となる!!」
「「「おおっ!!」」」
結局、私は眠ることが出来なかった。
再び急ごうと私は息巻いていたが、一晩明かしても兵たちの疲労はあまり抜けていなかった。
こういう時、アーノルドならどうするか。
彼の教えられた事を一つ一つ思い出しながら、私は兵たちに宣言した。
彼らの目的を与え、希望を見せる。
まだまだこんな事じゃ、大将なんて失格だなとそう思う。
私はまだまだ未熟者だ。
アーノルド達に教えてもらう事はたくさんある。
アインとの約束も果たさなくてはならない。
そうだ、私が救わなくてはならないんだ。
兵たちに希望を見せただけではない、私自身も目的を見失っていた。
私が望むのはみんなを救う事。
民を、家族を友を。
だから踏みしめるのだ。
この一歩が一歩が、それを救う事になると。
帝都まであと僅か。
やっと帝都が見えるという小高い丘を登り切った。
そして私は知った。
そんな希望は意味なかったんだと。
「嘘…」
丘から一望する帝都は、既に手遅れだった。
大火事でもあったのだろう、建物の多くは炭と灰となり、残り火と煙だけがちらほらと伺える。
「遅かったのか…」
兵士達がそう口々に呟く。
俺達は駄目だったんだという絶望の声が私の耳を通り抜ける。
結局、遅かったのだ。
私がノースボアへ出向いた時には、ファントムの作戦は始まっていたんだ。
結局は私一人が早とちりして、兵を振り回しただけ。
その結果がこれだ。
「アーノルド…!アイン!」
私は大事なもの達の顔を思い出し、再び立ち上がる。
それでも救える命はあるかも知れない。
あの灰と瓦礫の中で、まだ希望を信じて、生きてる人がいるかも知れない。
手遅れだとは思わない。
まだ私には、私達にはやれる事があるんだ。
自分を振るい立たせ、帝都を救うべく私達は帝都の入り口へと入っていく。
「これより追悼式典を開催致します」
まるで人形。
心が空っぽだ。
「非道にも逆賊達により死してしまった英雄たちを」
侍女や臣下に言われるまま、私はこの場に立っていた。
目がヒリヒリする。
涙を出し尽くしてしまったからだろうか。
神官の上げる声は、私の耳をひたすら通り抜けるだけ。
所詮は言葉。
それに意味や形を為すのだろうか。
そんな事を言った所で、死んだものは浮かばれるのか。
「聞け、我が国民よ!不覚にも我らの帝都は襲撃されてしまった!そして多くの者が血を流し、この帝都で屍を築いた!残された者は涙するだろう。何故と?だが、余は違う!ここはどこだ?余の治める帝国ぞ!力ある帝国なのだ!ならば余は忘れぬ、そして剣を手に取る!逆賊とはいえ、余に戦を仕掛けた事。必ず後悔させてくれよう!!」
勇ましき者は歓声を。
悲しむ者は涙を。
父上の言葉は、まるで私を振るい立たせるようにも思えた。
まさかそんな訳はないと分かっているが、耳に痛かった。
虚ろな瞳で式典を見守る。
私は何の為に戦ってきたんだろうか。
何を守る為に戦ったんだろう。
神官が英雄として死んだ戦没者の名を読み上げる。
頭で分かっているとはいえ、名が呼ばれる度に私の瞳は涙が溢れ始める。
「第4軍より、アーノルド…」
結局、間に合わなかった。
一体炎燃え盛った帝都で何が起きたのか。
私が着いた時には全てが終わった後だった。
見つけたのは多くの死体と負傷者。
その中で家族とも呼べるアーノルド達の死体もあったのだ。
「そして…王国より来ている留学の徒であったアイン」
深く目を閉じる。
思い出す。
私はどうすればいいのかを。
次に瞼を開けた時、涙で溢れた瞳は憎しみの炎で焦がれる瞳になっていた。




