049_ファントム公
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
俺は帝国城内にある応接室へと案内される。
クルスに用向きが何なのか聞いても、答える事が出来ないと言われてしまった。
おそらく元老院あたりが口止めをしてるのかも知れないと思い、それ以上聞くことはしなかった。
案内された応接室では既にソフィアが待機していた。
この事態について話をしたかったが、室内には衛兵が見張りをしている。
どこから俺達の話が漏れるか分からないと、目線だけをソフィアへと送った。
「お待たせしました、準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
城に仕える執事が俺達を案内する。
案内された部屋は小さな会議室だった。
そこには元老院と呼ばれる、帝国内の有力者が数名。
そして中央には、綺麗に着飾った女性が座っている。
「姉上?」
「お入りなさい、ソフィア」
「はい、分かりました」
ソフィアの姉。
つまり、この国の第一皇女であるシルビア殿下が座っていた。
「お久しぶりです、姉上」
「ええ、そうね。元気にしていたかしら、ソフィア」
「はい、任務で各地を飛び回っておりますが、身体は至って健康でございます」
「そう…それは良かったわ。元気だけが貴方の取り柄ですもの」
ジャブ代わりにと皇女二人は簡単な挨拶を交わしていた。
「良くぞ、おいで下さいました。ソフィア殿下、そしてアイン…そうか、貴公は爵位を持たぬのであったな」
口を開いたのは、武人と言われても遜色ない眼光を持つ老人。
元老院の議長を務めるテオドア・ウォルリック伯爵。
その家柄は古く帝国発足時からある、貴族の名家だ。
代々、その一族から元老院に選出され、武の帝国を裏から支える文官の一門だ。
「今日呼びつけたのは、王国から来ている留学生の事。そこのアイン殿も突然の招待に驚かれたでしょう」
「ええ、一体何事かと。この場に殿下がいらっしゃるという事はそれなりの大事と把握しています」
「ふふふ、意外と素養があって驚きました。もっと武を重んじる人、または三大師父のような研究者を想像していましたので」
「滅相もありません」
「そう…、用事というのは貴方方に協力を仰ぎたいのです。それも帝国を揺るがしかねない事態のね」
「どういう事でしょう、姉上」
「それは彼にも関係があっての事。王国から留学されて来ている、アーヴィン殿とミドナ殿が何者かに誘拐されました」
俺は一瞬、眉がピクリと動いただろう。
こいつらの口から「誘拐」などと。
クロエの誘拐を指示したこいつらが、誘拐されたなどと良くも言えたものだと。
「誘拐ですか。何とそれは…、大変危険な事態では?」
「ええ、その通りよ。まだ姿を消されてから二日。最初は失踪として捜索をしたのですが、ある手紙が城の中で発見されました」
「手紙?」
「レジスタンスからよ。犯人は彼ら。王国からの留学生を誘拐し、帝国を揺さぶるつもりなのです」
「レジスタンス達が。しかし何故、我らのような皇族ではなく王国から来た留学生なのでしょう」
「簡単な事ですよ。王国からの留学生はつまりは我ら帝国にとっての人質。留学生に何かあれば、それは戦争への引き金となります。父上や兄上の軍がいかに強いと言えど、王国とレジスタンスが合流でもされたら大変ですわ」
「一つよろしいですか。それを何故、俺に話すのでしょう?」
「あら、これは失礼を、貴方も王国民でしたわね。そう、貴方にも聞かせたい理由は色々あります。まずはレジスタンスとの交戦経験がある事。そしてソフィアと共に行動されているという事」
「殿下は、随分と俺を買ってくださるんですね」
「それはそうね。貴方の噂は良く耳にします。それに貴方は王国民でしょう。平和の架け橋として来られてる留学生とは言え、仲間の為には剣を取る事も必要ではないでしょうか」
「姉上、随分と暴論ですよ。仲間だから助けに行けとは、客人であるアインに失礼かと」
「ふふ、随分と気に入ってるのね、彼の事。ええ、確かに言い過ぎました。失礼を」
シルビアは座ったまま、俺に頭を軽く伏せる。
これに何の謝罪の意がないのは分かる。
だが、彼女達がこうまでして動かしたい理由は一つだ。
「私達が切羽詰まってるのは事実。配慮が足りないとはいえ、協力を仰ぎたいのです」
「つまり私達に誘拐犯を捕まえ、囚われた王国の留学生を助け出せという事ですか」
「ええ、その通りです。何もタダでと言いません。今は、この事実伏せておりますが、誘拐犯を捕らえ助けだした暁には正式に元老院として依頼したと陛下の前で報告させて頂きましょう」
元老院達は焦っているのだ。
自分たちが計画した留学を、レジスタンスに誘拐されてしまった事に。
そして元老院は帝国内で力を持つとはいえ、それはあくまでも政治としての力だ。
軍を持っている訳ではないので、自身で救い出す事が出来ないのだ。
おそらくは裏の稼業を使って調べた可能性はあるが、それでも足取りは掴めずにいた。
または手が出せない状況なのか。
何にせよ、俺達に頼まざるを得ない。
そしてその為には元老院としての後押しをソフィアにつけるとまで言っているのだ。
「まさか姉上から、ご助力願いたいと仰って頂けるなんて」
「捉え方はご自由です。ですが、私達が力を欲してるのは事実。ソフィア、貴女に取っても悪くないとは思わない?」
「ええ、我ら姉妹が手を取りあうのは私も昔から望んでいた事」
「そう、それは良かった。ではそのように…」
「ですが、私には任務があります!」
一際大きな声でソフィアをそう宣言する。
「任務?任務なら今与えたじゃない」
「いえ、私はレジスタンスを駆逐するという任務があります」
「何を言っているの、ソフィア。貴女の任務は、誘拐犯を捕らえる事よ?」
「いえ私が率いる第4軍はレジスタンスを駆逐し、帝国を平和に導く事。それに私は近々、レジスタンスが大規模反抗作戦を行うと情報を入手しています。我が4軍はそちらへと割かねばなりませんので」
「何を言っておるのですか、ソフィア殿下!我ら元老院はそんな作戦は耳にしておりませんぞ!」
「ええ、極秘で行われる作戦の為、情報を伏せておりました。私も何もレジスタンス相手に手を拱いている訳ではありません。こうしてレジスタンス相手に攻勢を打つためにはこのような隠密な方法も必要なのです」
「し、しかし、少しは人を割く事も可能だろう?誘拐犯を探すくらいの人員はこちらに残せないのか?」
「お忘れか?我ら4軍は正規軍人の数が乏しい事を。元老院が予備軍人を正規として扱っても良いと公言されるなら動かす事は可能でしょう」
「ソフィア、暴論とは言いません。ただ、貴女が何を言っているのか分かってて発言しているのよね?」
「もちろんですよ、姉上。元老院が誘拐されたという事実を直ちに公表されるなら我らとて動きましょう」
「そう、それが答えね。どうなるのか…、それは覚えておいて頂戴ね。ところで、貴方はどうするの?」
「ソフィアがいるのなら、まだしも。俺が勝手に帝国内を嗅ぎまわるのはまずいのでは?王国の民という事で助けたいと思いますが、所詮俺も我が身が可愛いのです。元老院はともかく他の貴族に何か言われては平民である俺はひとたまりもありません」
「ふふふ、そう…。分かったわ」
俺はクロエの淹れてくれたお茶に口をつける。
茶葉の爽やかな香りが鼻を抜ける。
こう言った物にも吟味してくれるクロエの心遣いには感謝する。
「すまないな、アイン」
「いや謝る事は無いだろう。あいつらが持ってきた話だ」
「だが、それを選んだのは私だ。迷惑をかけてしまうよ。アインにも…」
「アーノルドにもか。気にするなと言いたいが、忘れるなよ目的を。これは最善手じゃないが、悪手では無い」
「だが…、彼らが嘘を言っていたなら」
「その時は、元老院諸共、奴らレジスタンスを一人残らず殺す」
「そうなれば王国の、アインの友は…」
「酷い言い方だが、俺は彼らを救う為にいるんじゃない。帝国を滅ぼす為にいるんだ」
「厳しいな…。迷わない、それがこんなにも難しい事だなんて思わなかったよ」
「思い出せ、お前の孤独を。そして願え、お前の望みを。俺らはその為に手を取り合ったんだ、ここで止まれば俺もお前も死ぬ事になる」
「分かってるよ、アイン。私はまだ甘い。けど、立ち止まらないよ。さて、私はそろそろ行く。準備があるからな」
「ああ」
「アイン、作戦の際は頼む。アーノルドに指揮を取らせているが、何かあればアインが頼りだ」
屋敷を出るソフィアを窓から見届ける。
やる事は山積みだが、ソフィアが去っても俺は窓を眺め続けていた。
クロエが元老院によって企てられた誘拐の後しばらく、ある男との約束を果たした時の事を思い出す。
「来たか」
「アインか。ここまで見つからず来るのに苦労したよ」
「本当なのだろうな、アイン?」
「ああ、前に伝えた通りだ。嘘だと思うのなら、行ってから確かめればいい」
「アーノルド逸る気持ちは分かるが、今回は話し合いだ。くれぐれも無理をするな」
「分かっています、姫様」
俺たちは薄暗い洞窟の中を歩く。
人や獣が決して見つかる事のないように、入り口は巧妙に隠されていた。
元は盗賊が使っていたのだろうか。
僅かだが人が住んでいた形跡がある。
今となってはその目星となる人工物も朽ちかけている。
奥へ進み少し開けた場所へ出ると、俺らを呼んだ張本人たちが待ち構えていた。
「良くぞおいで下さいました、殿下。このような場所に呼びつけ、たいへんご無礼を」
そう話すのは白髪の仮面を被った男。
その横には見慣れた人物達の顔もあった。
一人はバースという名の忍者、ライナス。
そして、蛇のような挑発的な目つきを向ける女性。
「貴様が…、レジスタンスの首領だな」
「ええ、いかにも。瑣末ながらレジスタンスという形で打倒帝国を掲げております」
「貴様…!!」
「落ち着け、アーノルド!」
「くつ、分かっております」
「すまない、部下が失礼をした」
「いえ、結構ですよ。僭越ながらご紹介をさせて頂いてもよろしいかな。バースとライノスはもうご存知でしょう。彼女の名はメロ、彼らと同じく我が同志ですよ。そして私は、…ファントムとでもお呼び下さい」
「ファントム?亡霊か」
「その通り、帝国へ滅ぼされ蹂躙された者達の無念。その思いを晴らす為に集った亡霊達です」
「亡霊だとふざけるな!貴様らはただのテロリストではないか!」
「物は言い様ですな。テロリストと思うのはあなたの考えではないのでしょうか?飢餓に苦しむ民は我らの事をテロリストと思うでしょうか?」
「貴様達はそう言って正当性を主張し、罪もない民を苦しめてるだろう!」
「やはり誤解があるようですな。悔やむ思いは何もあなた方、聖エルスだけではないのですよ。むしろあなた方はソフィア殿下のおかげで運が良かったと言える。皇族の、いや帝国の権力者の後ろ盾のない者はその思いを晴らせずにいるのです。そう言った者は帝国を去る事も出来た、冒険者や他の道を探す事も出来た。なのにそれを選べない者が多くいるのです」
「我らはエレノア様の悲願を!」
「いい加減にしろ、アーノルド!」
「す、すみません、ソフィア様」
「ファントムよ、お前達の思いとやらは分かった。その上で、何故我らに話を持ちかけた」
「目的は同じ、そう思ってもらいたかったのですが、まぁいいでしょう。本日は協力、いや休戦を申し込みたい」
「休戦だと?我らの任務を知っていての事か?」
「もちろん。ですが、悪い話ではございません。私らの目的は皇帝を殺し帝国を瓦解させる事。その為には幾つかの障害を排除しなければなりません。その障害こそが私らと、ソフィア様の利害が一致するかと思われます」
「解せないな。皇族である私とお前達の利害が一致するとは到底思えないのだが」
「私らはまず、元老院を排除しようと思っています。それこそ現体制では崩壊を望むのは難しい事。その力を奪えればいいのです。今、元老院に在籍しているものの排除が、まずは私らの目指すところ」
「元老院か。一斉に暗殺でもすると言いたいのか?」
「出来ればそれを望みたいところですが、その方法ではその恨みは真っ先に我らへと向くでしょう。静かに穏便に、彼らを失脚させるのです」
「貴公はテロリストと呼ばれるより、政治家の方が向いてるんじゃないか?何か方法でもあると言うのか」
「そうです。彼らが大事に保護している王国の客人を我らが攫わせて頂きます」
「誘拐だと?笑わせるな、そんな方法で彼らを出し抜けるとでも?それにそれは私としても看過出来ないぞ!」
「誘拐…、そう言えば聞こえは悪いですな。一時的に匿うだけです。我らが王国の客人に対して危害を加えないと約束しましょう」
「拙者からも約束するでござる。もし、我らの中に王国の者を傷つける者がいれば拙者が斬るでござる。これはそこの、ゴーレム錬成士と約束した事。刃に賭けて誓うでござる」
「アイン、そうなのか?」
「ああ、方法までは知らないが利用させてもらうと言っていた。もし破れば俺の殺す相手にお前達が追加されるだけだ」
「バースにそんな事をいっていたのですか、王国のゴーレム錬成士。約束は守りましょう。手は出さないと」
「…しかし、誘拐してまで何の利がお前達にあるのだ?」
「彼らは誘拐されてしまった事を隠すでしょう。そもそもこの留学を無理矢理推し進めたのは元老院です。レジスタンスの壊滅を掲げ、じっさいは新しく手に入った領地などの財務整理が目的。彼らが1年間の時間を稼ぐための、証である王国の客人を融解されたとなると皇帝からの叱責は免れません」
「なるほど、そうか」
「アイン、分かるのか?」
「ああ。焦った元老院は誰かに頼らざるを得ないか」
「その通りですよ。彼らはこの事実を隠したまま、誘拐犯を捕らえたい。だが、頼れる第一皇子ヘンリーは王国へ行ってしまっている。第二皇子では事を大きくしてしまう可能性がある」
「だから、彼らにとって御し易いお前という事だ」
「そうか、姉上達が…」
「元老院達はその態度を崩す事なく、殿下にとって良い話として申されるでしょう。元老院の後ろ盾をなどと、甘言を申しながらね。我らとしてはそれを断って頂きたい」
「そうやって、元老院の失態を造りたいということか。しかし方法としては回りくどくないか。それにその話を断ると私達にとっても状況が悪くなるぞ」
「くくく、ご安心を。同時期にとある場所で大きな反乱が起こります。殿下にはそれを沈めて頂ければ実績となりましょう」
「反乱だと?」
「ええ、かつてガリランドと呼ばれた場所です」
「ガリランド…。数年前に兄上が攻め滅ぼした国か。彼の国のドクラフ王の采配により平和な国だったと聞いている。新領主を迎えても特に混乱はなかったはずだが」
「知りませんか、今あそこでは多くの難民が逃れてきている事を。領主は税さえ取れればと気にしてませんが、あそこでは帝国に対する憎しみが増え続けているのです。生き残ったドクラフ王の未子が反乱の準備を行っています」
「ならば、それこそお前達が企て事じゃないか。何故共に戦わず、元老院を狙う?」
「私らはレジスタンスです。それこそ綿密に計画を立て、作戦の基行動しています。私らが欲してるのは忠実に作戦を遂行する人材。そうでないただ憎しみを晴らし、暴徒となる人材は不要。憎しみは爆発させれば良いものではない、方向性を持し確実な勝利を得る為のものでなくてはならないのです」
「つまりは不要な人材だという事か」
「おのれ、やはり貴様は外道か!姫様、こやつらの話に乗る必要はありませんぞ!」
「アーノルド…、確かにそうかもしれないが。アインはどう思う?」
「姫様、何故こやつの言うことを?」
「彼も国が違えど私の仲間だ。話を聞きたい!」
「こいつらの書いたシナリオに乗るのは癪だ。だが、悪くはない。事実ならな」
「もちろん真実ですよ。それをお決めになるのはソフィア殿下だ」
「こいつらの事だ、聞いた話以上の方法で元老院を貶めるのだろう、きっと。元老院という障害を抑えてくれるのは、ソフィアとしても悪くない」
「アイン!貴様、賊の肩を持つのか!」
「やめろ、アーノルド!ファントムよ、私はそう甘くないぞ?」
「もちろんですとも。この申し出を受けて頂けるのであれば必ず約束は守りましょう」
「分かった。その話、飲んでやる」