004_目覚め
この街の領主であるボリス男爵の邸宅にある広間では冒険者や私兵達が集まっていた。
「ボリス男爵閣下!帝国兵の殲滅が完了しました」
「うむ!兵士諸君、冒険者諸君皆、ご苦労だった!!思う所はあるだろうが、今日はゆっくりと休んでくれ!私も、皆も帝国の悪行を許すわけには行かない!約束しよう、必ず王へとこの事は報告する!!」
「「「おおおお!!」」」
「しかし、あいつら何だったんだよ、突然」
「帝国の連中め…」
襲ってきた帝国兵は殲滅したものの、帝国兵の残虐な行いを許せずにいた。
このウィレームの街は王国と帝国の国境近くに構えている街だ。
本格的な戦争にはなっていないが、長く緊張状態の中にあったのだ。
帝国がこのように襲撃した事は初めてである。
「ふぅ」
「閣下、休まれては?」
「皆が前線に出てくれたんだ。私が休んでどうする?事後処理は私の仕事だ」
「はっ、失礼しました」
「しかし、捕虜の一人でもいれば良かったんだが。冒険者を入れたのは間違いだったか」
ボリスの呟きに兵の一人は答えられずにいた。
「すまん、疲れてるのは確かだ。今の戯れ言は忘れてくれ」
「いえ!」
「死者は多数でたのか?」
「はい、まだ正確な数は分かりませんが、ざっと30は越えそうです。商人達や酒場の店主など」
「そうか、酒場をやられちゃ冒険者は黙っておれんな」
「は、はい!後は街のはずれに住んでいた老人が殺されております」
「老人?たしか、、、ゼペットだったか?」
「はい」
「そうか…、なけなしではあるが被害者の家族には見舞金を送ってやれ」
「はっ!」
死者32名。
負傷者多数。
帝国との国境近くとは言え、ウィレームの街は帝国から奇襲を受けた。
ボリス男爵の私兵や、冒険者ギルドによる緊急クエストとして帝国兵の排除が上げられ、無事鎮圧に完了した。
幸いにも、早期に対応出来たおかげか街は大きな被害を受けずに済んだ。
しかし、帝国の作戦としては甘く、兵の数も少なく、奇襲の目的も不明。
突然の蹂躙に、冒険者や兵達は怒りのあまり、一人として捕虜にする事なく帝国兵は皆殺しとされた。
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頭がぼんやりする。
あれから何が起きたんだっけ。
街の兵士さんがやってきて、爺ちゃんを連れて行った。
僕は泣きわめいたけど、分かってた。
もう爺ちゃんは死んだんだって。
時折、心の奥底で黒く汚いものが渦巻く。
そうなるとエメが僕に触れてくる。
何でこうなったんだっけ。
学校に行って、いつものように意地汚いあいつらに罵られ…。
えっと、なんだっけ。
頭がぼんやりする。
俺は爺ちゃんを殺した奴を許さない。
地獄の果てまで追って、ぶっ殺してやる。
あれ。
意識が飛んでいたような。
さっきからエメが僕を揺する。
「エメ?」
見ればエメがずーっと僕を呼んでいたようだ。
エメはふと、爺ちゃんの工房を指差しているようだった。
そしてエメは爺ちゃんの工房へと入っていく。
普段、爺ちゃんは僕をここへ入れないようにしていた。
僕がゴーレムを作る時は爺ちゃんが用意してくれた簡易な工房があった。
爺ちゃんの工房には立ち入らない、そこでゴーレムを作る事。
それが爺ちゃんとの約束。
もし破ったら爺ちゃんは僕にゴーレム錬成を教えないと言っていた。
とても真剣に。
工房の中は少しひんやりとしていた。
見れば、廃棄されたであろうゴーレムが数体あった。
「これが、爺ちゃんのゴーレム…」
エメは工房にあった小さな机の前に立っていた。
「エメ、ここに連れて来たかったの?」
そうだよと言ってるかのように、首を縦にふる。
小さな机には引き出しがあった。
そこには封がされた手紙と一冊の本があった。
「爺ちゃん…」
きっとこれは爺ちゃんに何かあった時に僕に見せるように用意してあった手紙だろう。
僕は封を破り、手紙を見た。
『ありきたりじゃろうが、これを読んでるという事はワシは死んだという事なんじゃろう。
元気でやっておるか、アイン。
きっと手紙を見つけた時から泣きじゃくってるんじゃなかろうかとワシはあの世でも心配しておるよ。
さて、本題じゃがきっとこの先を見れば、アインはワシの事が嫌いになるであろう。
ワシはアインが思うような理想の爺ちゃんではない。
もしアインがそのままでいて欲しいなら残りの手紙と本は読まずに捨てるのじゃ。
・・・・・・・・・。
続きを呼んでいるという事じゃな。
まず、ワシの事だ。
ワシはお前さんが憎んでおる帝国の人間じゃ。
そうアインの村を焼き払った帝国なんじゃよ。
言い訳かもしれんが、その時にはもう帝国から亡命はしておったが。
それでもアインの憎しみは消す事は叶わないじゃろう。
ワシは帝国でゴーレムの研究を行っておった。
人が禁忌とするゴーレムの研究じゃ。
帝国は平気として使えるのなら、いくらでも研究しろと言い莫大な予算をワシに預け研究に明け暮れておったよ。
ワシがゴーレムの技術を覚えたかったのは別の理由だったのだが。
帝国は強大じゃ。
しかもゴーレムやホムンクルス、魔道具などさらに強大に出来るのなら、禁忌とされるものですら取り込む。
そして他国に対して、残虐非道な行いをしておった。
ワシは好きなゴーレムの研究が出来るならと、帝国の行いにはずっと目を背けておった。
しかしある日の実験、ゴーレム兵の試験という事で近隣の村を蹂躙してる際に気付いた。
ワシの好きなゴーレムが、人を不幸にしておるとな。
もう今さら取り返しの着かない事じゃ。
そしてアイン、お前もきっとその道を辿るであろう。
そうなって欲しくない。
だがお前の憎しみはきっとワシには消すことは出来ない。
憎しみの連鎖を断ち切りたいのであれば、再度言うがこの手紙を捨て、本を捨てる事じゃ。
もしお前が憎しみを、復讐を晴らしたいというのであれば本を開くといい。
アイン。
本当のお前が帰ってくる。
最後にじゃ、頼りたくないだろうが帝国のパラケルスを頼ってみるとええ。
あやつはワシのライバルにして友じゃ。
元気でな、アイン。
ゼペット・コッローディ』
「爺ちゃん・・・」
頭が混乱していた。
大好きな爺ちゃんが帝国の人だった。
それに本当の自分?
すると肩がぽんと叩かれた。
「エメ?」
エメは爺ちゃんの言っていた本を持っていた。
「読んだほうがいいって事?」
エメは首をかしげる。
きっとあなたが決めなさいと言っているようだ。
「本当の自分…。よくわからないけど、僕が変わっちゃうって事かな?」
再びエメは首をかしげる。
「もし、もしそうなってもエメは僕の側にいてくれる?」
エメは首を縦に振った。
「ありがとう、エメ。恐いけど、僕は読んで見るよ」
僕は本を手に取り。
表紙を開ける。
「くっ、何これ!!」
本から強烈な風が吹きすさぶ。
そして本から黒い光が漏れだす。
それは魔力だった。
「もしかして魔道書なの!?」
本を閉じようとするが無理だった。
本から漏れ出す黒い光と風によって、体は身動きがとれず、何故か本を持っている手だけは本から離れずにいた。
「あああああああああああああっっ!!」
黒い光が僕を包む。
・・・・・・・・・・・・。
光と風が止む。
そして本は閉じられていた。
エメは心配そうにアインを見ている。
「思い出したぞ…、全部!!」
そう、そうだ、やっと俺は思い出した。
いや正確には取り戻したか。
アイン。
それが今の名前だ。
だが、前の名前は相川 悠斗。