031_帝国領ノースボア
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この屋敷に住んで、一週間。
ようやく広い屋敷にも慣れた頃、ソフィアが訪れた。
「視察?」
「ああ、そうだ。これも皇族の務めでな。良ければと思ったのだが、どうだ?まぁ一応は留学としての目的も果たせるし、監視だらけの帝都を離れるにはうってつけの理由だと思うが」
「うーん、確かにな。まぁ、ここまでしてもらってるんだ、断る理由はない」
「そうか、感謝するアイン」
帝国領ノースボア。
古くから帝国領として、その街は存在し中でもここでしか取れない葡萄で造る葡萄酒は帝都の貴族達を中心に嗜まれている。
まだ酒を飲んだ事のない俺は、これを機に飲んでみるかと期待する。
この世界では16歳で成人となる。
公然と酒を飲んでも怒られる事はない。
前世でも酒を飲まなかったんでどんな味なのか楽しみだ。
ノースボアには列車で途中の街まで行き、そこから行軍だ。
本来ならば帝都から2日以上はかかる道のりを短縮できる。
「しかし、またすぐに列車に乗れるとはな」
「これくらいは皇女としての特権だ。少数だが、こうして列車を使う事で迅速に対応出来るのはいい事だ。こればかりはルゲイエに感謝だな」
「ん?ルゲイエって、この間言っていた三大師父だったか」
「ああ、そうだ。元々、列車というのは時の異世界人が遺したものなんだがそれを再現、復活させたんだよ」
「再現…か。まぁ、よくここまで運用出来るようにしたもんだ」
「元々才能はあったと聞いている。父上が偶然持っていた設計図を元に再現させたとか」
設計図か。
その異世界人は、この世界の為になるよう遺していったんだろう。
それを保有しているのが、今の帝国というのは残念な事だが。
「ただ…、性格がなかなりな」
「あの男は皇族に対して口の聞き方も礼儀も弁えない男です。皇帝に重用されてなければ、とっくに帝国から追い出されてるでしょう」
アーノルドが口を挟む。
まぁ、良くも悪くも研究者なのだろう。
「まぁ、三大師父は昔からそうだと聞いているよ。父上も、帝国の為ならばと重用していたはず。いずれアインも会うことになるかも知れないが、勘弁しておいてくれ」
優秀であれば人格なんて関係ないか。
確かにそうかも。
俺としても、特にこの列車を作れる奴に会えるのは大歓迎だ。
「期待しているよ。ところで、もう一人のパラケルスはどんな奴だ?」
「ルゲイエに負けず劣らずの変人だな…。だが、もう城からは追い出されている。父上の不興を買ったらしく、追い出されたらしいのだ」
パラケルス…。
ジジイが最後に残した手紙にあった名前だ。
何かあれば頼れか。
「居場所は分かるのか?」
「ああ、帝都にいるぞ。まぁ才能が才能だけに監視はつけられている」
「会うことは可能なのか?」
「大丈夫だろう。一応、帝国の者が同伴になるが。その時は私かアーノルドをつけよう」
「感謝するよ」
「しかし、会いたい理由なんてあるのか?」
「そりゃ、そんだけの偉人だ。それに俺は留学生だ。勉強の為にも会うことはいけないのか?」
「ふふふ、すまんすまん。そうだったな。つい君と話しているとそんな事を忘れてしまっていたよ」
「お前のおかげで、こっちは帝国でのびのび過ごせるんだ。何かあれば協力くらいするさ」
「協力か…。そのアインはゴーレムをどの程度まで作れるんだ?」
「どの程度…。まぁ普通のゴーレムを作るくらいだ」
「そうか…。その私にゴーレムを作ってもらうのは可能なのか?」
「ゴーレムが欲しいのか?何故だ?」
「隠し立てをするつもりはないよ。…どこから話すか。レジスタンスの事は知っているか?」
「レジスタンスか。ああ、クルスから聞いたよ」
「そうか、彼か。普段からレジスタンスと戦ってるからな」
「そうなのか?」
あいつ、閑職って言ってたけど全然違うじゃないか。
「レジスタンスは帝国内のあちこちに出没し、各都市から略奪を行っている」
「帝都を攻めたなら、分かるが何故帝都じゃないんだ?」
「それが帝国の現状なんだよ…。レジスタンスの多くが帝国に支配された国の生まれだ。だから自分達の故郷以外は帝国と思っている。帝都には父上やセルビアナもいる。だから帝都は攻めずに、帝国に被害が出ればそれでいいんだ」
「何というか、大義名分をかざしてるがやってる事は盗賊だな」
「ああ、本当にその通りだ。それに彼らは貧しい。レジスタンスグループの大半が大義名分の元、略奪し食い扶持を手に入れてる訳さ」
「思ったよりひどい話だ」
「その通りだ。父上はレジスタンスの事は重要視していない。だから基本的には放置なのだ。帝国に重要な拠点でない限りは」
「だから、お前が戦ってるという事か?」
「そうだ。これを放っておけば、関係のない民まで巻き込まれる」
ソフィアは申し訳無さそうに俺へとそう伝える。
「つまりその為に、戦ってくれるゴーレムが欲しいという事か。事情は分かるが、『姫将軍』と呼ばれる程の人物だ。もちろん軍はあるんだろう?それで話は済むんじゃないか」
「ああ、私の持つ第4軍がある。…だが、軍はほぼ動かせないんだ」
帝国内の存在する軍はこうなっている。
第1軍はセルビアナ。
つまり皇帝直属の軍だ。
第2軍はソフィアの長兄、ヘンリーが指揮する。
第3軍は次兄、グレイの軍だ。
帝国内の各軍は各地の領主が兵を派遣して構成されている。
要するに派閥の所属する領主が各派閥へと力を貸しているわけだ。
だがソフィアの派閥には権力を持つ領主や貴族を有していない。
つまり兵を提供してくれる存在がいないのだ。
それでもなけなしの財力で、僅かだが兵を抱えている。
しかし軍と言うのは程遠い数だ。
なら何故第4軍と呼ばれているのか。
ソフィアの直属を除く、ほとんどが支配地域からの従軍希望者だ。
他の軍では、支配地域からの従軍希望者を断っている。
貴族や古くから尽くしてくれている兵に、外部の者を混ぜたくないのだ。
ソフィアはそんな彼らに希望を作ってあげた。
義勇軍としての参加を認めたのだ。
支配された地域からすれば、彼女は希望だ。
彼らはソフィアの事を『姫将軍』と呼んだそうだ。
だが、そんな希望も長くは続かない。
ほとんどが義勇軍である以上、その兵達には賃金を払えない。
命を賭して、帝国の為に戦ってもそれは評価されないのだ。
それに業を煮やした奴らが、第4軍を抜けレジスタンスへと加担してしまうのが現状だ。
「なるほどな。4軍の大将なのに、軍を指揮出来ていないという事か…」
「情けないがその通りだ。所詮、私は帝国に利用されるのが嫌でこういう道を選んだのに、私自身が首をしめてしまっている…。それでもレジスタンスは止めなければいけない。私には力が欲しいんだ…!」
「少し考えさせてくれ…。そもそも俺の能力がお前を助けられるか分からないぞ」
「ああ、十分だ。私は…可能性があるならそれに賭けたいのだ」
可能性か。
ソフィアはそう答えると列車の窓から景色を眺め始めた。
声をかけられる雰囲気ではなかったので、みんなの方へと移動し駅に着くまで雑談で盛り上がった。
駅のある街に列車は到着すると、俺達は歩いてノースボアを目指した。
時間にして数時間程で、ノースボアへと辿り着く。
途中に見られた葡萄畑には、俺も含めてみんな感動していた。
帝国の貴族達の喉を潤す為の葡萄酒とは言え、こんな長閑な場所には罪はないなと思う。
「ようこそ、ソフィア殿下」
「うむ、出迎えご苦労だ、ノイン男爵」
「遠路はるばる、よくぞノースボアへ来られましたな。お疲れでしょう。部屋を用意してあります」
「これでも公務なのだ。まだ休む訳には…と言いたいがせっかくだ。部下やそれに連れて来ている客人もいる。気遣いに感謝するよ」
「客人ですか?」
「ああ、王国からの留学生である、アインとロザミアだ」
「おお、これは例の学生達ですな。お見知り置きを、ノインと申します」
「アインです。俺は貴族じゃないから、畏まらないでも平気です」
「ロザミアですわ。わたくしも学生ですので、アインと同じくですわ」
エメとクロエも続けて挨拶をする。
俺らの紹介を終えると、ジロジロと値踏みするかのように見られると言葉を続ける。
「…よろしい、お客人方。短い間ですがお願いします。では狭いですが我が屋敷へ参りましょうか」
わかりやすい人物だ。
俺らが彼にとって役に立たないと分かると、態度を変える。
遊びに来たのではないのだ、なので歓迎されてなくても仕方ない。
みんなもその辺は理解してるようだ。
「いかがですかな、当家は」
長閑な土地柄とは、間反対に屋敷の内部には必要以上に飾られた調度品の数々が。
城にもあるような巨大なシャンデリアの灯りがそれらの調度品を輝かせている。
「これは…」
「ハハハ、殿下にはこの程度では驚かれませんでしょう」
「いや…驚いたよ」
「これはこれは、領主冥利に尽きますな」
このノイン男爵はノースボアの代理領主だ。
領民からしたら、こんな贅沢など許されるはずもない。
それにこの屋敷は代理領主にとって借り物、必要以上の改修は認められていない。
ソフィアはそれについて驚いているのだ。
「ノイン男爵、分かっておられるのか?」
「何の事でしょうかな。我が領主の葡萄酒は大変、元老院の方々に好まれております。この間も休養との事で、来られましたよ。当屋敷を大変気に入り、我らからも葡萄酒を贈呈させて頂きました」
「…なるほど、元老院か」
ここでも派閥のやっかみだ。
迂闊にこいつを責め立てれば、後ろにいる元老院が黙っていないぞという事か。
「ところで客人の奴隷は王国で仕入れたのですかな?見れば中々の顔立ち。さぞや王国には良い奴隷が多いのであろうな」
「ノイン男爵!」
「おや、何か?客人も何か言いたそうですな」
「クロエは奴隷ではない。首輪をしているのは彼女が奴隷の苦しみを忘れない為だ。今は俺の仲間として来てもらっている。俺らを客人と呼ぶのなら相応の態度でお願いする」
「くくく、失敬。客人は見ればまだまだガキ…いやお若いようだ。いいでしょう、寛大に努めるのも男爵の仕事だ」
俺は拳を強く握りしめるが、クロエがそっと包み込む。
「…えっと、ありがとうございます、ご主人様。私は今の言葉だけで充分ですよ」
「すまなかった…アイン」
「俺じゃなくてクロエの方なんだが…、本人が割り切ってくれた。ここで自棄を起こす方が都合が悪いだろう」
「…ああ、助かるよ」
「ソフィア殿下、お父上は変わらず息災でらっしゃいますか」
「ああ、変わらずだよ」
「そうでしたか、それは結構。ささやかですが、我が料理長が腕をかけた晩餐をご用意しました。口に合うかは分かりませんが、宜しければ召し上がってくだされ」
「好意には感謝する。だが、これも公務なのだ。必要以上の歓迎はしなくて結構だ」
「左様ですか。仕方ありませんな、今後は控えると致しましょう。せめて、我が領で取れた葡萄酒だけでもお飲みになって下さい」
俺はソフィアとノイン男爵のやり取りを面倒だと聞き流す。
改めて思うと、ボリス男爵は貴族の中でもかなりとっつきやすい人物だった。
ノイン男爵が合図を出すと、料理が運ばれる。
この男の見栄だろうか、これまた豪華な物だった。
元々テーブルマナーなど知らなかったのだが、こういう事態もあるだろうという事でロザミアに徹底的に叩き込まれた。
食えればいいやという考えで育ってた為、そのがさつな食いっぷりにお嬢様育ちのロザミアは許せなかったんだろうなと思う。
俺の隣にいるのはロザミアだけだ。
エメとクロエは従者だからという理由でテーブルへ着くのを許されなかった。
エメはゴーレムだから食事は不要だが、クロエには悪かった。
だが、クロエは従者なので当然ですよと言われる。
些細なことだが、どこかで二人には埋め合わせをしよう。
「お口に合いましたかな?」
「このような食事、城でも食べないぞ。男爵は普段からこのような?」
「ハハハ、結構。瑣末なものですが、ここでの楽しみは食事くらいでしょう」
ソフィアはおそらくこんなにも贅を尽くしてるのかと聞いたのだろうが、当の本人は分かっていないようだ。
屋敷に入った時に気付いたが、給仕のメイドは全員が奴隷だ。
「殿下は国内に潜む不穏分子を排除しておられるのでしたな」
「ああ、民が危険にさらされているとなればだ」
「さすがでございます、殿下。つい先日の事です。我が領民から怪しい集団を見つけたと」
「本当か?」
「ええ、もちろんでございます。規模は10名ほどだとか。ノースボア近くにある、森に入っていくのを見たと」
「事実なら、私としても放置するわけには行かない。だが、そこまで把握しておいて何故うごいていなかったのだ?」
「いえいえ、偶然ですよ。殿下がお見えになる少し前に我らも知りましてね」
白々しいくらいの嘘だな。
何か裏があるのか、後で調べておくか。
その後も、食事の間は男爵ご自慢の話を聞かされ続けた。
やっと終わりかと思ったら、葡萄酒を勧められた。
だが、うまくソフィアが躱してくれた。
初めて飲む酒は、せめて仲間と飲みたかった。
今回の視察が終わったらそうする予定だ。
寝処として屋敷の一室を用意したと言われたが、エメとクロエの扱いがああな以上はと思い、別で宿を取る事にした。
ソフィアも来たかったらしいが、ここで無下に扱えば後で何を言われるか分からないとの事で別れる。
屋敷を出る前に俺は、見つからないようにミニゴーレムを放っておいた。
ノイン男爵が俺らに何をしてくるか分からないから、こちらも監視させてもらう。
「全く、まさかあの『姫将軍』が本当に来るとはな」
「旦那様、よろしかったのですか?例の彼らは…」
「ふっ、構わんよ。どうせどこの馬の骨とも知れない連中だ。傭兵団だかなんだか知らんが、金の為に動く連中だ。我が領地の恩恵に預かろうなどとやってくる汚い移民を排除させてやったが、最近はもっと金を寄越せとうるさかったしな」
「し、しかし、ソフィア殿下はまがりなりにもあの皇帝陛下の娘。何かあれば」
「くくく、何かあればか。それなら尚更良いだろう。継承争いで他にも目もくれない皇子ならまだしも、あの女は民の為だとかで我々領主の邪魔ばかりしておる。害はあっても利益はないのだ。それに上手くいけば私も元老院からの印象も良くなるというもの。次期、元老院の候補として名が出る日も遠くないというものだ」
「そうではありますが…。私は長年、貴方に支えてきました。何かあれば私までも…」
「心配性だな。貴様の忠誠には報いるつもりだ。どちらに転んでも上手くいく。あの女が傭兵団を捕らえたとしても、私には元老院がいるのだ。何も出来まい。それに派手に動いてくれれば、移民などという帝国の不穏分子も今後我が領には近寄らんだろう」




