028_魔導列車
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俺たち選抜生徒はついに王都を出発した。
王都からの護衛と、帝都までを護衛する帝国の兵士たちと一緒にだ。
もちろん当たり前だというのは分かっているのだが、帝国の兵士がいると思うと身構えてしまう。
俺の警戒とは裏腹に国境を越えても特に、何も問題は起きていなかった。
「…えっと、ロザミアさん近くありませんか?」
「何をおっしゃいますの、クロエさん。馬車内は狭いのでこうしてくっつきあってしまうのは必然でしてよ」
「…えっと、でしたら反対側に行けばいいんじゃないかな?」
「おほほほほ、何を言うかと思えばわたくしとアインは一心同体。もし敵が突然現れたら、誰が対処するのです?」
「それなら、私が役目を全うします」
緊張感に欠けるのは、どうも馬車内のせいな気もする。
まぁ実際に何も起きてないなら、いいのだが。
「ロザミア、ところで留学って何するんだ?」
「そうですわね。わたくしもちゃんとは聞かされておりませんが、留学生は帝国内で自由に活動出来ますわ。決められた行事や帝国内の学生との合同授業には出なくてはいけませんが」
「なるほどな、決められた事に出ていれば良いのか。もちろん監視は着くだろう、それをどう誤魔化すかだな」
この世界、いやこの大陸には主に4つの国家が代表される。
大陸西側をほぼ支配しているガリオン帝国。
東側に隣接するようにウッドベア王国がある。
他にも東側に小さいながら国家群が存在する。
その中でも大きく力を有しているのがウッドベア王国だ。
つまり王国が落とされるという事は、他の国家群も帝国の危機にさらされいずれは帝国の支配を受けてしまう。
北方にも小さな集落があり、何よりも有名な大森林が存在する。
その大森林を挟んだ奥にミッドランド共和国。
南方には、多くの人が信仰するレミリア教の総本山を持つ神聖デナーリア国だ。
支配域を見ても帝国の規模は大きいというのは分かる。
復讐で必ず潰すと決めてはいるが、迂闊に行動した所で俺の方がやられてしまう。
だが、せっかくの留学制度だ。
それこそ、普通に帝国へ潜入しただけじゃ得られない情報や人脈が築ける。
帝国の内部事情を把握し、巨大な帝国の隙をつく。
俺はぼんやりと馬車に揺られながら、考えていたが、仲間たちは相変わらずだ。
俺が手に入れた日常によって、冷静でいられる。
「あれは何ですの!?」
「…えっと、大きい」
帝都からまだ離れている為、帝国内ではこの辺は田舎だ。
先ほどから代わり映えしない景色に飽きていたのだが、ロザミア達が声をあげる。
モンスターかと思い、俺も覗きこむがそこには想像を越えた者があった。
「列車…」
そう、列車だ。
線路があり、その上を列車が走っている。
「列車ですの?」
「…えっと、ご主人様はご存知なのですか?」
しまった、前世での知識から知っているがこの世界ではあれは普通には存在しないものだ。
「あー、その昔にな。俺を育ててくれた爺さんから聞いたんだ」
「まぁゼペットさんですわね」
「…えっと、あれは乗り物なんですか?」
「ああ、そうだ。仕組みは…分からないが、線路と呼ばれるレールの上を走る乗り物だ。人や物資を運べる」
「すごいですわね…。魔導科学の発展した帝国ならですわね」
「…確かにな」
魔導科学。
つまり魔導具などの研究をさして総称だ。
帝国が科学力に優れてるのは知っていたが、あれは…俺のような異世界人の知識がなければ生まれないものだ。
「どうかしましたか、マスター?」
「…いや、あんなものを造るって普通考えられないなと思って」
「そうですね」
「もしや、あれは異世界人の遺産の一つかも知れませんわね」
「異世界人の遺産?」
ロザミアの口から異世界人が出てくるという事は、俺以外にも異世界人はいたって事か。
「ええ、過去何度か異世界人の出現はございます。まぁわたくしもお伽話かと思っておりましたが」
「出現か。それは召喚されるって事か?」
「ええ、そうですわ。有名な話ですと、勇者召喚ですわね。魔王が現れた時に、召喚され魔王を討伐すると。何でも異世界人はわたくし達にはない知識で、何度も文明の水準を変えていったと」
「勇者か…。まさかそんなのがいるなんてな」
「あら、アインはお伽話を信じるんですの?過去と言っても、数百年も前ですわ。わたくし達にとっては物語またはお伽話くらいにしか思っておりません」
「…えっと、ご主人様は聞いた事なかったんですか?」
「…ああ。両親は帝国に殺されたからな」
勇者。
そんなものがいるなら、何で助けてくれなかったんだ。
皆にばれないように心の中で噛みしめる。
夕刻近くになると、近くの街で俺達は一泊する事になった。
先ほど目撃した列車はこの街が駅になっていた。
俺もそうだが、他の留学生も列車が気になり興味津々に遠巻きから駅を見ている。
何だか野次馬の一人だと思われるのが嫌で、後でこっそり見に行こうと思う。
とりあえず宿に入ろうとするが、宿の前でうずくまっている人影が。
「おい、大丈夫か?…ってアーヴィンか?」
「お、おお、アインか」
「どうしたんだ?」
「す、すまない、気分が悪くて…」
見ればアーヴィンの顔は真っ青だ。
「もしかして…、馬車で酔ったのか?」
「ああ…、昔から苦手でな。乗り物…、つまり馬とか馬車が嫌で魔法学校に行ったくらいだ」
そんな事で人生を決めるのかと思うが、彼にとっては死活問題なんだろう。
仮にもこいつも貴族生まれ。
であれば、多くの者は騎士を目指し、そうでもない者も乗馬も嗜みの一つとして覚えなくてはならない。
「いや、そりゃ災難だな」
はぁ、仕方ない。
これから1年は彼も一緒だ。
見捨てたなんてやっかみを持たれても面倒だ。
「わ、悪いな…、アイン」
「頼むから、俺に向かって吐くなよ」
「…うっ、善処する」
すでに部屋が割り当てられており、アーヴィンを部屋まで連れて行き俺達も自分の部屋へ荷物を置いた。
他の留学生も部屋に入っていったのか、ちょうどいいと思い部屋を出る。
列車を見に行こうと思ったのだが、みんなも気になってるのかついてくる。
宿のロビーについた時にある人物に声をかけられた。
「先程の少年は大丈夫なのか?」
帝国の兵士だ。
王都から護衛として派遣されている帝国兵の一人だ。
他の兵士は鉄兜で顔を隠しているが、この人だけは顔を出し背中にマントを羽織ってるのを見ると隊長格なのだろう。
「ええ、馬車酔いですよ。大した事ありません」
「馬車酔いか!ハハハ、何だ病気などではないのだな。いやいや、彼にとっては大問題だろうが」
「そうでしょうね。帝都までまだある彼にとっては地獄の旅ですよ」
「言い得て妙だな。しかしそう警戒するな、まぁ無理にとは言わないが。俺の名はクルスだ。知っての通り、君たちを帝都まで無事に送り届けるのが使命だ」
「俺の名前はアイン。こうして声をかけて頂き警戒を解いて話をしたいのですが、何分帝国領ですから」
続けて、みんなも自己紹介をする。
「まだ若いのに女性に囲まれて過ごすとはね。まぁ、警戒するなと言っても無理だろうな。事実、何が起きるかわからん。だから私がこうしてついているんだよ」
このクルスという騎士は悪い人ではないんだろうと思うが、それでも警戒を解くには難しかった。
「そうだ、お前達。もしかして列車が見たいんじゃないのか?」
クルスはしたり顔で俺達へとそう聞いてくる。
バレてたか。
「…えっと、見せてくれるんですか?」
「みたいですわ!」
ロザミアとクロエが真っ先に声をあげる。
「ああ、いいだろう。電車が出発するにはまだ時間もある。駅に行こう」
何かするならもう既にしているだろう。
ここで断っても、角が立つなと思って俺は何も言わずに付いて行く事にする。
「見せてくれるのは嬉しいんですけど、いいんですか?」
「ああ、大丈夫だ。そもそもこんなでかいものが走ってるんだ、隠しても隠し通せるものじゃない。それに留学中は使う機会もあるだろう」
「そういうもんですかね」
「ああ、君たちは留学生だろ?なら見て覚える事もたくさんあるはずだ、俺はそれを安心して出来るようにしてやるのが務めさ」
「何だか、意外ですね。俺のイメージの帝国兵とは違います」
「まぁ、王国とは戦争寸前だもんな。仕方ない。俺は帝都出身だが、部隊の連中の大半は帝国が吸収した諸国の人間だ。だから君たちみたいな帝国外の若者を守るためには必死になってくれるだろう」
「そういう事情が。けど、わざわざその為の兵士を俺達の為に?」
「まぁ帝国も一枚岩じゃないからな。今回の件は、ソフィア殿下のおかげだ。言うなればこんな任務、閑職である俺達が受けられるはずがない」
「ソフィア…?」
「ああ、帝国の第2皇女だよ。皇族の誰よりも、民を思いその為に行動する優れたお方だ。通称『姫将軍』とも呼ばれる程だ」
『姫将軍』か、何ともわかりやすい名前だが、その彼女のおかげで俺達の旅路は守られているのだろう。
「まぁ、つまり君たちに何かあれば、ソフィア殿下のご厚意を無下にする事になる。だから命がけで任務を守ってるという訳さ」
「ありがとうございます、クルスさん」
「ハハハ、少しは歳相応の反応になったな!」
クルスさんのおかげで停車中の列車を見る事が出来た。
一応は列車は誰でも使用出来る事になっているが、実際には軍人や商人、貴族などの限られた人間しか乗っていないとの事だ。
そして列車の仕組みも軽く教えてもらった。
線路は全て帝都と繋がっており、そこから線路に魔力を供給されている。
この魔力は列車へと渡され、自走する仕組みだ。
また線路中が魔力と特殊な術式によってモンスターを寄せ付けず、線路に何かあれば帝都で把握出来る。
ちなみに列車や線路の破壊・妨害は、かなりの重罪になる。
だから帝国民は線路へ近づかないというのが鉄則だ。
「どうだ、気に入ったか?」
「…すごい、ここが魔力の受け口か。こうすれば列車へと魔力が渡され、走る訳か。それに線路の術式もかなりの高度だな」
「あ、アイン、夢中になりすぎですの」
「…えっと、ご主人様?」
「あ…、すまんすまん!」
俺が一番、列車に夢中になってしまった。
ゴーレムもそうだが、こういう魔導具はとても惹きつけられてしまう。
性分なのだ。
「どうだ、良ければこれで帝都へ行くか?」
「いいのか?」
「まぁ、もちろんお前達次第だが、元は列車で帝都へ送る予定だったんだが、王国兵に相談したらそれは当人が決める事だと一蹴されてな」
留学中の行動は、全て自己判断だ。
それこそ最初は王国は騎士団を派遣したかったらしいのだが、帝国はそれを受け入れなかった。
むしろ帝国側は、第1皇子の護衛を規定通りの2人しかつけていなかった。
だから引率などはいない。
「まぁ無理にとは言わないが、王国兵は君たちに列車の事を伝えてなかったみたいだしな」
どの道帝都へ行かなくちゃならないんだ。
クルスさん達もそうだが、危険が迫れば自分で解決しなくちゃならない。
列車に乗る機会が目の前にあるなら、それに飛びつかない訳にはいかないだろう。
「まぁ、このままだとアーヴィンが可哀想だしな。列車に乗るよう聞いてみるか」
俺はアーヴィンを出しに、話を振ってみる事にする。
みんなも列車に乗りたかったのか、乗り気だ。
聞かずとも分かるが、彼女らはそれなりに警戒をしている。
ロザミアの随行員としてついてきている、二人の護衛も俺以上に警戒はしている。
何かあれば自分たちで対処しよう。
「ホントか、アイン!!?もちろんだ!乗るぞ、俺は!誰が何を言おうとも!」
アーヴィンに話を振ったら、すごい乗り気だった。
気を使って、他の留学生にも聞いてみたが断られた。
列車で行く、留学生は俺とロザミア、アーヴィンだ。
もちろん彼女らの随行員と、エメとクロエもだ。
クルスさん達と王国兵は話し合い、班を二つに分けた。
列車の旅は気持ち良かった。
窓から入る風と、そこから見える景色は馬車から見るものとは違い風情があった。
そう思えるのは俺が元日本人だからだろう。
列車に満足していると、護衛として乗っているクルスさんに声をかけられる。
「列車を進めたかったのには理由があってな」
「理由?」
「怖がらせるつもりじゃないんだが、帝国の支配体制上、帝国を恨む者は多い。特に帝国に国を奪われた者だ。彼らは日々レジスタンスとして活動している者が多く、君たちですら狙われる可能性がある」
「レジスタンスがですの?」
「ああ。君たちを襲えば、帝国軍の弱さを証明出来るし、かつ王国が立ち上がるだろう」
「ですが、それで帝国が倒されるとは誰も思ってないのではなくて?」
「彼らにとっては、王国が勝って欲しいなんて思ってないのさ。帝国に損害さえ入れば満足だ」
「そんな…。そんなのでは戦うだけ無意味でなはなくて」
「まぁ、俺達の部下達もそう思ってるだろう。列車はこの速度と質量だ。これを止められるほどの兵器などないからな」
レジスタンスか。
聞けば、帝国内部の支配はガタガタのようだ。
確かに今、王国が立ち上がって戦争となれば、帝国もタダでは済まないだろうな。
だからこそ、この1年の留学になる訳か。
帝国に守られての1年というのは悔しいが、変に俺を帝国の政治道具には扱われたくない。
「…うっ、アイン」
「アーヴィン、列車でもダメだったか…」
アーヴィンの苦難はまだ続きそうだ。