第8話:無音の犬笛(ドッグホイッスル)と、死の群れを駆ける黒い影、そして1万体の津波
第8話では、2万2000ヘルツの超音波ドッグホイッスルによる無音の指示と、300馬力の装甲トラックが引きちぎる最後の鎖、そして要塞『アーク』の機関銃座へ真っ直ぐに叩き込まれる「1万体の死の津波」を描きます!
【406日目・午前6時56分:残り5ミリの鎖と、2つの死地】
――ズガァァァン!! ギャリィィィン!!
三百メートル先のオフィスビルの屋上に潜むアークの狙撃手が放った三発目の7.62mm弾が、俺が身を隠している高機動救助工作車の前輪からわずか五十センチのアスファルトを抉り、激しい火花とタールの破片を撒き散らした。
車体前面の分厚い鋼鉄製バンパー(排土板)の陰に低くうずくまり、隣で身を伏せるクロの肩に手を添えたまま、俺はタイヤハウスの下にある補助ミラー越しに『湾岸総合スタジアム』の北門の状況を確認した。
悪夢のような幾何学模様がそこにはあった。
俺から二十メートル先、高さ五メートルの黒鉄の大門は、内側から押し寄せる一万体以上の感染者の凄まじい質量によって、今にも蝶番が千切れそうな金属の悲鳴を上げながら外側へと大きく湾曲していた。
下と中央の二本の鎖はすでに切れて地面に落ちている。
地上二・二メートルの高さにあるスライド式かんぬきを繋ぎ止めている『最後の三本目のチェーン』は、あと『わずか五ミリ』の鉄の断面だけで奇跡的に繋がっており、その輪の真ん中には、バッテリーが破裂して動かなくなった重さ十五キロの油圧カッターの刃が、死重となってぶら下がるように食い込んでいた。
そして、すでに下半分が四十センチ以上も押し開けられた門扉の隙間からは、後ろから押す何千体もの圧力によってチューブから絞り出される歯磨き粉のように、『三十体以上の感染者』が外の広場へと次々と溢れ出してきていたのだ!
鉄格子の隙間を無理やり通り抜けたせいで肩の関節が外れ、黒い汚泥にまみれた三十体の化け物たちが、大きく開いた口から腐臭を吐き出しながら、朝の空気の中に混じる「俺の匂い」を探して首を巡らせている。
同時に、南へ続く直線大通りの六百メートル先では、アーク連絡橋から出撃した『二台の黒い軽装甲車』が、俺がサイレンを仕掛けた横転トレーラーの脇を時速八十キロで通過し、ルーフの銃座に据え付けられた口径12.7ミリの重機関銃の銃口をこちらへ向けながら猛スピードで接近してきていた。
トレーラーの中の四台の電子サイレンが鳴り響くまで、残り『三分三十秒』。
もしあの軽装甲車二台が射程圏内に入る前に最後の五ミリの鎖を引きちぎることができなければ、戦車の装甲すら貫く12.7ミリ重機関銃の弾幕によって、このトラックごと俺とクロはミンチにされる。
(……どうやってあそこから、頭上のカッターを引きずり下ろす!?)
俺は地上二・二メートルの鎖に食い込んだままぶら下がっている油圧カッターを見上げ――その持ち手の後端に結ばれている『一本の鮮やかなオレンジ色のロープ』に目を留めた。
五分前、トラックから降りて門へ向かう際、俺は自分の左肩が「十二発のスキンステープラーで縫合したばかり」であり、十五キロもの鉄の塊を両腕で頭上二・二メートルまで持ち上げ続ける筋力が残っていないことを冷静に理解していた。
だから俺は、無人島で読んだ『林業土木と滑車作業の実践雑誌』の知識を使い、トラックの電動ウインチから引き出した長さ二十五メートルの『高強度化学繊維ウインチロープ(牽引ロープ)』を油圧カッターの後端に結び、門の上部フレームに引っ掛けて「簡易滑車」として使うことで、片手の力だけでカッターを上の鎖まで吊り上げていたのだ!
さっき狙撃手がバッテリーを撃ち抜いた瞬間、俺が手を離して地面へ飛び込んだせいで、そのオレンジ色のウインチロープの反対側の先端――鋼鉄のフックリングがついた端――は、俺のトラックから『十二メートル離れたアスファルトの上』に落ち、折れた鉄製の車止めポールの根元に軽く引っかかった状態で転がっていた。
しかもその場所には今、門から溢れ出した三十体以上の感染者がうごめいている!
もし、あのロープの先端のリングをここまで引っ張ってきて、俺の目の前にあるトラックのフロント牽引フックに引っ掛け、三百馬力のディーゼルエンジンをフル回転させてバック(後退)すればどうなるか?
六トンの装甲トラックの牽引力が、地上二・二メートルに食い込んだ油圧カッターごと最後の鎖を力任せに引きずり下ろし、『残り五ミリの鋼鉄の輪と門のかんぬき』を一瞬で引きちぎってくれるはずだ!
だが、そのロープの先端は十二メートル先の無防備な路上に落ちている。
人間である俺がトラックの陰から一歩でも外へ飛び出せば、三百メートル先の屋上の狙撃手に一秒で頭を撃ち抜かれるし、その前に目の前の三十体の感染者に群がられて八つ裂きにされる。
人間には、絶対にたどり着けない十二メートルだ。
――だが、ここにいるのは人間一人だけじゃない。
俺は胸ポケットに手を突っ込み、二十分前に警察犬訓練所の指導官室から回収した真鍮製の小さな筒――『超音波ドッグホイッスル(犬笛)』を取り出した。
周波数調整ネジが「2万2000ヘルツ」に固定されたその笛のリングには、警察と国防警備隊で共通規格となっている『音波号令コード表』の小さなプラスチック札がぶら下がっていた。
俺はトラックでここへ向かう途中、その札に刻まれた5つの基本パターンを頭に叩き込んでいた。『短音1回=注目』『長音1回=伏せ』『短音2回+長音1回=指定物の回収・持参』。
屋上の狙撃手にも、目の前のゾンビにもただの空気の音にしか聞こえないが、軍で訓練を受けたクロの耳にだけはスタジアムの号砲のように鮮明に響くはずだ。
俺は隣に伏せるクロの黒い瞳を見た。
左手の指で、十二メートル先の三十体の感染者の足元に落ちている『オレンジ色のロープの先端リング』を指差し、続けて俺の膝のすぐ横にある『トラックのフロント牽引フック』をトントンと叩いた。
「クロ」
俺は自分自身の耳にすらやっと聞こえるほどの極小の囁き声で言った。「あのオレンジ色のロープをポールから外して、先端の輪をここへ持ってこい。――合図で行け」
俺は真鍮の犬笛を唇に当てた。
コード表の通り、短く二回、そして長く一回、強く息を吹き込む。
――フッ、フッ、フーッ……。
俺の耳には、わずかな息の抜ける音しか聞こえなかった。
だがその瞬間、クロのピンと立った二つの黒い耳が、電流を受けたように鋭く反応した。
【406日目・午前6時58分:死の群れを駆ける黒い影】
クロの漆黒の体が、トラックの排土板の下から、アスファルトの上を滑る黒い影となって飛び出した!
俺は心臓を鷲掴みにされたような思いで、銃を構えたままその背中を見守った。
スタジアムの門の隙間から溢れ出た三十体以上の感染者たちは、ちょうどトラックの陰にいる「俺の生きた汗の匂い」を嗅ぎつけ、濁った唸り声を上げながら一斉にこちらへ向かって足を引きずり始めていた。
クロは速度を落とさなかった。
地上すれすれの低い姿勢で時速四十キロまで一気に加速した体重四十キロの黒い軍用シェパードは、こちらへ向かって歩いてくる『三十体の感染者の腐った脚のど真ん中』へと、迷うことなく真正面から突っ込んでいったのだ!
それは、見る者の呼吸を止める光景だった。
クロは地面に落ちた感染者のちぎれた腕を軽やかに飛び越え、元自衛官のゾンビの破れたブーツのわずか十センチ横をすり抜け、俺のトラックめがけて両腕を伸ばす女の感染者の『大きく開いた顎の真下』を文字通り潜り抜けた!
だが――三十体の感染者の誰一人として、自分の足元を疾走するクロに向かって首を下げる者はいなかった!
感染者たちの白く濁った目は、トラックの陰にいる「人間である俺」の方向だけに釘付けになっており、自分たちの股の下や真横を黒い弾丸となって駆け抜けていくクロのことは、まるで見えない夜風が吹き抜けたかのように完全に無視していたのだ!
三百メートル先のビルの屋上でスコープを覗いているアークの狙撃手も、トラックのドアから俺が顔を出す瞬間だけを狙っていたため、ゾンビの群れの足元の影を縫って走る黒い犬の存在にはまったく気づいていなかった。
わずか三秒。
クロは十二メートル先の折れた車止めポールまで到達した。
強靭な顎を開いてオレンジ色のロープの先端にあるラバーグリップにガシリと食らいつくと、鍛え抜かれた首の筋肉を横に振ってポールの引っかかりを一発で外し、五キロ近くある金具とロープを咥えたまま百八十度ターンして、再び三十体のゾンビの脚の間をこちらへと全力で駆け戻ってきた!
その時になってようやく、大通りを『残り二百五十メートル』の距離まで迫ってきていたアークの1号軽装甲車の機関銃手が、路上で勝手に動くオレンジ色のロープに気づいて無線で絶叫した。
『おい、犬だ!! 黒い犬がゾンビの間から門のロープを咥えてトラックへ走ってるぞ!! あの犬を撃て、撃ち殺せェッ!!』
――ドガガガガガガガガガガッ!!
1号装甲車のルーフの上で、口径12.7ミリの重機関銃が火を噴いた。
長さ十センチもある巨大な鉛の弾丸がアスファルトを連続で粉砕し、射線上にいた感染者たちの胴体や脚を紙くずのように吹き飛ばしながら、クロのすぐ後ろの地面を猛烈な速度で追いかけた!
「走れ、クロォッ!!」
俺はバンパーの下から右腕を限界まで伸ばして叫んだ。
クロは飛び散るアスファルトの破片と腐肉の雨をジグザグのステップでかわし、重機関銃の弾丸が自分の尻尾のわずか三十センチ後ろの路面を砕いた瞬間、地上三メートルの大跳躍を放ってトラックの鋼鉄バンパーの裏側へと飛び込み――俺の右手の中へ、ロープ先端の鋼鉄リングを正確に叩き込んだ!
――ガチャンッ!!
俺はコンマ五秒でその鋼鉄リングをトラック前面の牽引フックにロックした。
先頭の五体の感染者が、すでにトラックのボンネットのすぐ横、三メートルの距離まで手を伸ばして迫っている。大通りの軽装甲車二台は残り百五十メートルまで接近し、このトラックの運転席を蜂の巣にしようと照準を合わせていた。
俺はクロの戦術ベストの背中のハンドルを掴んで助手席へと押し上げ、自分も運転席へ飛び乗って防弾ドアを叩き閉めると、四輪駆動のローギアを『R(リバース/後退)』へ叩き込み、床板が抜けるほどアクセルペダルを踏み抜いた!
――ブォォォォォォォォォォォンッ!!
六トンの車体を支える四本の極太オフロードタイヤが白煙を上げてアスファルトを噛み、装甲トラックが猛烈な勢いで後方へと跳ね飛んだ。
長さ二十五メートルのオレンジ色の高強度ロープがバイオリンの弦のようにピンと張り詰め、三百馬力のディーゼルエンジンの暴力的なトルクのすべてが、地上二・二メートルの鎖に食い込んだ油圧カッターへと一気に叩き込まれた!
一瞬、鋼鉄の抵抗でトラックのフロントが浮き上がりそうになった。
だが次の瞬間、エンジンの轟音と重機関銃の発砲音すら掻き消すほどの、大砲のような金属破壊音が広場全体に轟いた。
――バキィィィンッ!! ガシャアァァァァァンッ!!
最後のチェーンの「残り五ミリ」の断面が完全に引きちぎられ、同時に門の上部を固定していた錆びた巨大かんぬきが、油圧カッターごと根元からもぎ取られて宙を舞ったのだ!
そして、まさにその同じコンマ一秒。
運転席のダッシュボードの時計が、午前『07:00:00』を刻んだ。
【406日目・午前7時00分:1万体の津波と、装甲車の最期】
六百メートル南、アーク連絡橋のバリケードの手前に横転している大型トレーラーのアルミコンテナの中で、機械式タイマーがゼロに達した。
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!
コンテナの金属壁を巨大な共鳴箱にして、四台の工事用超高音圧電子サイレンが放つ『120デシベルの絶叫』が、港湾大通りの空気をビリビリと引き裂いて一斉に鳴り響いた!
俺のフロントガラスの目の前で、最後の鎖を失った『湾岸総合スタジアム』の高さ五メートルの黒鉄の大門二枚が、三百六十五日間暗闇の中で蓄積され続けた異常な圧力によって、外側のコンクリート壁に激突するまで百八十度全開に吹き飛ばされた。
最初の1秒間は、ただ、一万の腐った肺が同時に息を吸い込む地鳴りのような音だけがした。
海から吹く朝の風が、大通りの真ん中に引かれた「八十リットルの濃縮動物血液とアンモニアの赤い道標」の強烈な匂いを、120デシベルのサイレンが鳴り響く南の方角からスタジアムの入り口へと真っ直ぐに運び込んだのだ。
そして次の瞬間、スタジアムの黒い大口が噴火した。
『『『『『『『グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!』』』』』』』
それは「群れ」などという生易しいものではなかった。
決壊した巨大ダムから噴き出す黒い濁流そのもの――幅三十メートルの大通りを端から端まで隙間なく埋め尽くす『一万体を超える生ける屍の津波』が、スタジアムのゲートから大通りへと一気に雪崩れ出したのだ!
俺はすでにハンドルを右へいっぱいに切り、血の道標から外れた横の警察犬訓練所の高いコンクリート塀の裏の駐車場へと、トラックをバックで滑り込ませていた。
即座にエンジンを切り、すべてのライトを消して、助手席のクロと一緒にシートの下へ低く身を沈める。
ゴォォォォォォォッ!!と大地そのものを揺らす一万体の奔流が、俺たちのトラックからわずか十メートル横の大通りを、脇目も振らずに通過していく!
四車線のアスファルトは完全に姿を消した。転倒した仲間を何百もの足がそのまま踏み潰し、壊死した腱が許す最高速度で、一万体の怪物が「アスファルトの血の匂い」と「南から響く120デシベルのサイレン」だけを目指して、一発の巨大な黒い砲弾となって南のアーク連絡橋へと突進していったのだ!
百五十メートル先の大通りの真ん中では、こちらへ向かって突進してきていたアークの『二台の黒い軽装甲車』の運転手が、目の前の道路全体が水平線まで黒い肉の壁に埋め尽くされたのを見て、タイヤから白煙を上げて急ブレーキを踏んだ。
俺のダッシュボードの上で鳴っている権藤の軍用無線機から、1号装甲車の乗員たちの、人間のものとは思えないパニックの絶叫が飛び出してきた。
『も、門が破られたァァッ!! 全部出てきたぞ、スタジアムの中から全部出てきたァァッ!!』
『い、一万体だ!! 一万体以上いるぞ!! バックしろ、早くバックして連絡橋へ戻れぇぇぇっ!!』
「……もう遅いよ」
俺は防弾ガラスの隙間から、冷たい目でその光景を見つめた。
先頭の1号装甲車は、大通りの真ん中で必死にUターンしようとハンドルを切ったが、焦った運転手が路肩に放置されていたセダンの残骸に右前輪を乗り上げさせ、亀の子のようにスタックして動けなくなった。
ルーフの銃座に乗った機関銃手が、泣き叫びながら12.7ミリ重機関銃の引き金を絞り続け、迫り来る黒い津波の先頭へと弾丸をばら撒いた。
――ドガガガガガガガガガッ!!
大口径の鉛弾が、先頭を走る三十体、四十体、五十体の感染者の胸や頭を次々と吹き飛ばした。
だが、その五十体のすぐ後ろには、恐怖も痛みも知らない『九千九百五十体』の怪物が、1ミリも速度を落とさずに殺到していたのだ。
五秒後。
黒い津波の先頭が、スタックした1号装甲車に激突した。
それは、押し寄せる高潮に飲み込まれる砂の城と同じだった。何百という肉体が装甲車の側面に同時にぶつかり、屋根へよじ登った何十本もの腐った腕が、重機関銃の焼けた銃身を素手で掴んで引きずり曲げ、銃座の兵士の襟首を掴んでオープンルーフから下の大群の中へと引きずり下ろした!
『ぎゃあああああああっ!! 屋根の上に何百体も乗ってるぞ!! おも、重さで車が横転するぅぅぅっ!!』
仲間の背中の上に次々と折り重なった三百体以上の感染者の質量(二十トン以上)に横から押され、重さ四トンの軽装甲車がギギギッと片輪を浮かせ――激しい金属音を立ててアスファルトの上に『横転』した!
ひび割れた防弾ガラスが何百という頭蓋骨と肘の打撃で内側に叩き割られ、車内から響いていた兵士たちの断末魔の悲鳴は、わずか二十秒で完全に掻き消された。
五十メートル後ろをバックで逃げようとしていた2号装甲車も、横転した1号車を飛び越えてきた足の速い感染者たちに追いつかれ、後輪のタイヤハウスに何十体もの死体が巻き込まれてロックし、一分後には一万体の肉の河の底へと完全に沈んで見えなくなった。
しかも恐ろしいことに、一万体の本隊はその二台の装甲車に留まることすらなく、車体を踏み台にして乗り越え、血の道標と120デシベルのサイレンが待つ『アーク連絡橋』めがけて一直線に走り続けていたのだ!
【406日目・午前7時08分:決壊する『アーク』の壁】
一万体の津波の最後尾が俺たちの目の前を通過し終えたところで、俺は高機動救助工作車のエンジンを再始動させ、駐車場から出て、大群の二百メートル後ろをゆっくりと追走し始めた。
大通りの八百メートル先では、横転したトレーラーの中でまだ120デシベルのサイレンが鳴り響いており、そのすぐ後ろにそびえ立つ『アーク連絡橋』の巨大コンテナ壁に、一万体の先頭集団が到達しようとしていた。
ダッシュボードの軍用無線機からは、黒崎将軍の要塞『アーク』の全チャンネルがパニックに陥って怒鳴り合う声が溢れ出していた。
『――こちら連絡橋・第1防衛ライン!! スタジアムの群れが真っ直ぐこっちへ突っ込んでくる!! 軽装甲車2両ともロスト、応答なし!!』
『中央ゲートを完全閉鎖しろ!! コンテナ上の全重機関銃座、斉射開始!! 絶対に壁に近づけるなァァッ!!』
俺は連絡橋から三百メートル手前の高架柱の陰にトラックを停め、海洋双眼鏡を覗き込んだ。
高さ五メートルの二段重ねの海上コンテナ壁の上で、二十五人以上のアークの兵士たちが、二丁の12.7ミリ重機関銃と四丁の軽機関銃、そして二十丁の自動小銃を一斉に乱射し始めた。
乾いた銃声の連続は、もはやジェットエンジンの咆哮のように切れ目なく響き渡っていた。
コンテナ壁の正面では、秒間何十発もの鉛の嵐を浴びて、先頭の感染者たちがバタバタと面白いように薙ぎ倒されていく。
『アーク』の設計者たちは、高さ五メートルの垂直な鉄のコンテナ壁さえ並べておけば、梯子を使えない感染者など永遠に越えてこられないと信じ切っていたのだろう。
だが奴らは、『1万という数の物理法則』をまるで理解していなかった。
重機関銃に撃ち抜かれて倒れた最初の三百体の死体が、コンテナ壁の根元に重なり合って「高さ1メートルの肉の土台」を作った。
後ろから時速三十キロで殺到してきた次の千体は、止まらなかった。倒れた仲間の死体の背中をそのまま踏み台にして駆け上がり、そこで撃ち殺されて「高さ2・5メートルの山」を作った。
そして三千体目、四千体目の群れが押し寄せた時――コンテナ壁の正面には、積み上がった何千もの死体によって、地上から高さ五メートルの頂上まで続く『なだらかな肉の傾斜スロープ(坂道)』が完成していたのだ!
『し、死体が積み上がって階段になってるぞ!!』
無線機の中で、連絡橋の守備隊長の声が恐怖に裏返った。『1番重機関銃の銃身が真っ赤に焼けて装填不良を起こした!! 誰か予備の銃身を――って、あ、上がってくる!! 死体の山の上を走って壁の上まで上がってくるぞォォォッ!!』
四分間の連続射撃の末、右側の重機関銃が過熱によって暴発して沈黙した、まさにその瞬間だった。
後ろから押し寄せる六千体の圧力に押し上げられ、死体のスロープを駆け上がった先頭の百体以上の感染者が、高さ五メートルのコンテナの縁を乗り越えて、上の機関銃座の土嚢の中へと直接なだれ込んだのだ!
『うわあああああああっ!! 上だ、銃座の中に入られたぞ!! 噛まれた、助けてくれぇぇっ!!』
『中央の鉄門が肉の重みで外れるぞ!! ダメだ、支えきれねぇ!! 埠頭へ退却しろ、全員退却だァァァッ!!』
――ズドォォォォォォォォンッ!! ガシャアァァァァン!!
外側から押し寄せる何千トンもの肉の質量に耐えかねて、二段重ねの上段のコンテナが固定金具を引きちぎって橋の内側へと崩落し、「絶対不落」を誇ったアークの防壁のど真ん中に、幅十メートルの巨大な風穴が開いた!
決壊したダムの黒い濁流となって、一万体の感染者の大軍勢が連絡橋の上へと一気に溢れ出し、逃げ惑う兵士たちの背中を追いかけながら、黒崎将軍と『カテゴリーA』の上級国民たちが待つ人工島の埠頭、発電所、そして豪華客船の目の前へと雪崩れ込んでいった!
俺は双眼鏡を下ろし、隣で静かに燃え上がる埠頭を見つめているクロの黒い頭を撫でた。
「門は開いたぞ、クロ」
俺は高機動救助工作車のギアを1速に入れ、感染者の本隊が走る中央車線の脇にある「保守点検用の側道スロープ」へとハンドルを切った。「俺たちの4頭の新しい家族(群れ)と、将軍様の船を回収しに行こうぜ」
(第9話へ続く)
第8話をお読みいただき、ありがとうございます!
重機関銃の弾幕を浴びて倒れた死体がそのまま「高さ5メートルの肉の階段」となり、絶対不落を誇ったアークのコンテナ防壁が1万体の質量によって内側から決壊する物理法則の恐怖、いかがでしたでしょうか?
続く【第9話】では、地獄と化したアークの埠頭へ乗り込んだ主人公が、檻に閉じ込められていた『4頭のエリート使役犬(雌シェパード、2頭のマリノア、50キロのロットワイラー)』を解放して最強の『5頭の群れ(パック)』を結成!
開拓資材を満載した大型揚陸バージで一人だけ逃げようとする『黒崎将軍』に、5頭の牙と鋼鉄のカナテコが襲いかかります!




