第5話:死の都市への上陸と、廃墟のコンビニに映る『時給900円の亡霊』、そして500体の群れ
第5話からは、奪った装甲警備艇で夜の東京湾へ逆上陸する【死都・アーク攻略編】が開幕します!
1年前の自分が働いていたのと全く同じ「廃墟のコンビニ」で主人公が悟る旧世界の真実と、高架下を埋め尽くす500体の群れの突破劇をお楽しみください!
【406日目・午前1時30分:1年ぶりのアスファルト】
全ての航海灯を消し、真っ暗な夜の海を北へ向かって走り続けること五時間。
俺は『アーク』の要塞埠頭から北西へ三キロほど離れた、放棄された古い工業運河の河口へと警備艇を滑り込ませ、エンジンの片方を止めて微速で奥へと進んだ。
南の夜空を見上げると、東京湾の人工島の上空だけが、不自然なほど白く眩しい光に照らし出されていた。
黒崎将軍と『カテゴリーA』の上級国民たちが占拠している新港火力発電所と、大型コンテナ埠頭のハロゲン投光器の光だ。奴らは今頃、エアコンの効いた豪華客船のベッドの中で、清潔なシーツにくるまって眠っているのだろう。
だが、ここ湾岸北部の工場地帯と市街地の境界には、太古の海底のような濃密で重苦しい暗闇だけが支配していた。
俺は半分崩落した高速道路の高架橋の真下に警備艇を接岸させ、昼間に上空や高層ビルから見つかっても分からないよう、船倉から引っ張り出した二枚の灰色の迷彩偽装網を船体の上からすっぽりと被せた。
装備を点検する。
着ているのはアーク徴発部隊の黒い戦闘服とケブラー防弾チョッキ。足元は鋼鉄の先芯が入った登山ブーツ。胸には三点スリングで吊るした89式5.56mm自動小銃、右腰には9ミリ自動拳銃、そして背中には、あの火災の灰の中から拾い上げた俺の魂――『一・五メートルの焼き入れ鋼製・六角カナテコ』がしっかりと固定されている。
俺はクロを連れて運河の錆びついた鉄梯子を登り、護岸の道路の上へとブーツの底を下ろした。
――アスファルトだった。
三百六十八日ぶりに踏みしめる、本土の地面。
俺の足の裏にあるのは、ジャガイモ畑の柔らかい黒土でもなければ、入り江の丸い玉砂利でも、島の玄武岩でもない。硬くて、平らで、冷たく死に絶えた都市のコンクリートだった。
空気の匂いも、島とはまったく違っていた。
俺の島では、息を吸い込むたびに潮風と松脂と薪の煙の香りがした。だがこの街の空気は淀み、雨に濡れた赤錆の匂い、一年前に焼けたタイヤの残り香、無人のビルを侵食する黒カビの臭い、そしてそのすべての底にこびりつくような――甘ったるくて酸っぱい、腐った人間の肉の臭いが漂っていた。
俺の左膝のすぐ横で、クロがピタリと足を止めた。
ピンと立った黒い二つの耳が暗闇の中でレーダーのようにわずかに動き、死の都市の遠い環境音を拾い上げている。三区画先で風に揺れるトタン看板の軋み、十階建ての無人マンションの割れた窓ガラスが落ちる音、そして大通りの向こうから風にのって聞こえてくる、何十という腐りかけた喉が鳴らす低く濁った呻き声。
俺はポケットから、権藤の操舵室から奪ってきた湾岸エリアのラミネート地図を取り出し、赤いフィルターをつけた小型ペンライトで照らした。
五十人の重武装兵と重機関銃で守られた『アーク』の連絡橋を突破し、奴らの要塞を根こそぎ吹き飛ばすには、自動小銃一丁では到底足りない。
俺にはどうしても手に入れなければならない「二つのもの」があった。
一つは、ここから一・五キロ内陸に入った場所にある『県立医療・化学物流センター』。そこには、俺の左肩の深い裂傷の化膿を止めるための外科用抗生物質と縫合器具、そして要塞の鉄門を吹き飛ばす爆薬の原料――高濃度の硝安(硝酸アンモニウム肥料)やアセトン、溶接用ガスボンベが保管されている。
そしてもう一つは、その物流センターのすぐ隣にある『湾岸総合スタジアム』だ。権藤の軍用地図の上には、そこに赤いドクロのマークが描かれ、こう記されていた。
『特別封鎖区域:感染者密集度・極大(内部推定・1万体以上)』
「……行くぞ、クロ」
俺はほとんど唇を動かさずに囁き、夜の街の影の中へと歩み出した。
【406日目・午前2時15分:廃墟のコンビニと『時給900円の亡霊』】
俺たちは大通りの中央を避け、ビルの壁際に落ちる深い影の中を音もなく進んだ。
車道は、一年前のパニックで正面衝突したまま放置された何百台もの自動車の墓場になっていた。割れたフロントガラスの向こうでは、シートベルトに縛り付けられたまま白骨化した運転手たちの頭蓋骨が、青白い月光を浴びて虚ろな眼窩をこちらに向けている。
裏通りを二十分ほど進み、ある交差点の角を曲がった瞬間――俺の両足が、まるで見えない鎖に引かれたかのようにピタリと止まった。
目の前にある四階建ての雑居ビルの一階に、白と緑とオレンジ色の長いプラスチック看板が真ん中から割れて垂れ下がっている店があった。
二十四時間営業のコンビニエンスストア。
ただのコンビニではない。世界が終わるあの日の夜まで、俺が時給九百円で毎晩働いていたのと『まったく同じチェーンの店舗』であり、窓の配置から棚の並びまで、本部のマニュアル通りに寸分違わず作られた双子のような店だった。
ちょうどその時、向かいの大通りの奥から五体の感染者が足を引きずりながら近づいてくる気配があった。
俺はクロに手で合図を送り、割れてガラスのなくなったコンビニの正面ウィンドウを音もなく跨いで、真っ暗な店内の奥へと身を潜めた。
外の歩道を通り過ぎていく感染者たちの「ズリッ……ズリッ……」という足音が遠ざかるのを待ちながら、暗闇に慣れた俺の瞳は、ゆっくりと店内の光景を見渡した。
その瞬間、左肩の傷口よりも強く、俺の胸の奥をギュッと締めつける何かがあった。
生まれて初めて入った店舗のはずなのに、俺は目をつぶっていてもその店のどこに何があるか、一センチ単位で完璧に把握していた。
左側にあるのは雑誌コーナーのラックだ。一年前のあの日、まだ「ゲーム脳」だった愚かな俺が、腕に巻くアーマーにするために分厚い漫画雑誌を引っ張り出した、あの棚とまったく同じ場所にある。
中央には、押し倒されて完全に空っぽになった飲料や菓子のスチール棚が転がり、奥の壁際に並ぶ大型の冷蔵ショーケースはガラス扉がすべて開け放たれ、一年前に腐敗した牛乳や弁当が残した黒いカビの層でびっしりと覆われていた。
俺はガラスの破片を踏まないよう、狩人の足取りでレジカウンターの前へと歩み寄った。
自動釣銭機のついたレジスターは破壊され、現金の引き出しが外へ飛び出していた。
そして、灰色のリノリウムの床の上には――泥とガラスの破片にまみれて、何百枚もの『一万円札』がゴミのように散乱していた。
パンデミックの最初の数日間にこの店を襲撃し、最後の水やツナ缶を奪い合ってナイフで刺し合った人間たちは、床に落ちた一万円札など一瞥もせず、泥だらけの靴で踏みつけて走り去ったのだ。
かつて人間たちが魂を売り渡し、その紙切れを何枚持っているかだけで他人の命の価値を『カテゴリーA』だの『カテゴリーD』だのと決めていた神聖な紙幣は、世界が崩壊してからわずか四十七分で、焚き付けにもならないただの汚い紙クズに変わっていた。
俺がカウンターの内側へ視線を落とした時、タバコの棚の下にうずくまっている「小さな影」が目に入った。
ミイラ化した、一人の若い男の遺体だった。
感染してゾンビになったのではない。胸の真ん中に、包丁か何かで深く刺された致命傷があった。おそらく初日のパニックで店に押し入った暴徒からレジや倉庫を守ろうとして刺し殺され、そのまま誰にも顧みられることなく、この狭いカウンターの裏で一年間乾き続けてきたのだろう。
白骨が覗くその華奢な胸の上には、俺が毎晩着ていたのとまったく同じ『水色のペラペラの制服シャツ』が着せられていた。左胸のプラスチックの名札には、『研修生』という文字がまだはっきりと残っている。
そして、彼の骨ばった指先のすぐ横の床には、泥に汚れた一枚のラミネート加工のシート――『深夜勤務アルバイト・接客十則』が落ちていた。
『一、お客様には常に笑顔で、最敬礼でお応えすること』
『二、いかなるクレームに対しても決して反論せず、「申し訳ございません」と誠心誠意謝罪すること』
俺は暗闇の中で立ち尽くし、その水色の制服とマニュアルの紙を見下ろした。
それからゆっくりと顔を上げ、レジの背後の壁の高い位置に取り付けられた「防犯用の丸い凸面鏡」へと目を向けた。
外の街路から差し込む青白い月光に照らされた、埃まみれの鏡の中。
そこに、一人の男の姿が映っていた。
一瞬、俺はその鏡の中に、一年前の「二十四歳の自分」を探した。
猫背で肩をすぼめ、賞味期限切れの廃棄弁当ばかり食べて腹がぶよぶよにたるみ、現実世界で自分が『時給九百円の価値しかない負け組』だということを忘れるために、暗い自室で三千四百時間もモニターの光を見つめ続けていた、あの青白い顔の男を。
桜井や谷口のようなスーツを着た上級国民から「さっさと動け、ボケ!」とレジカウンターを平手で叩かれるたび、コイントレイの小銭を見つめてペコペコと頭を下げ、心の中でさえ言い返す勇気を持たなかった、あの惨めで弱虫な男を。
だが――鏡の中に、そいつはもうどこにもいなかった。
そこに映っていたのは、背筋を真っ直ぐに伸ばし、首筋から前腕にかけて鋼鉄のワイヤーのような筋肉が盛り上がり、潮風と太陽に焼かれた精悍な顔に短い髭を蓄えた、一人の屈強な戦士の姿だった。
左肩には銃弾の破片を浴びた包帯が巻かれ、胸には特殊部隊の隊長から奪い取った自動小銃が下がり、その足元の影には、俺の指先一つの合図でどんな敵の喉笛でも食い千切る体重四十キロの漆黒の軍用犬が静かに控えている。
そして何より、鏡の中の俺の二つの瞳は、氷のように冷たく、静かで、この地上の誰に対しても「生きる許可」など求めてはいなかった。
俺は再び、カウンターの下で水色の制服を着て眠る見知らぬ青年の遺体を見下ろし、学校も社会も決して教えてくれなかった「本当の真実」を悟った。
俺たちは、生まれつき弱かったわけじゃない。
最初から『カテゴリーDの廃棄物』だった人間なんか、どこにもいなかったんだ。
谷口や黒崎のような連中が作ったあの歪んだ旧世界が、何百万人もの真面目な若者をこの蛍光灯の檻の中に閉じ込め、時給九百円の餌と「決して逆らうな」というマニュアルを与え、『お前たちには何のスキルもない、俺たちの会社と法律がなければ明日にも野垂れ死ぬ無能だ』と毎日毎日洗脳し続けていただけだったのだ。
自分たちがいなければ生きていけない家畜だと俺たちに思い込ませていたのは、奴ら自身の恐怖の裏返しだった。もし全ての看板と肩書きが消え去った裸の大地に放り出されれば、鍬一本握れずに最初に飢え死にする『本当の無能』が自分たちの方だと、奴らは最初から知っていたからだ。
俺はカウンターの裏にしゃがみ込んだ。
荒らされたレジの下にある、同じ店員にしか場所が分からない「緊急用救急引き出し」を開けると、暴徒たちに見つからずに残っていたブリキの救急箱があった。中には清潔な伸縮包帯が三巻と消毒液、そしてバックヤードの棚の隅には、乾電池を使わずに背中のネジを巻いて動く、昔ながらの『金属製のベルが二つ付いた機械式目覚まし時計』が転がっていた。
俺は包帯と目覚まし時計をリュックサックに収めた。
それから床に落ちていた泥だらけの一万円札を一枚だけ拾い上げ、水色の制服を着た青年の遺体の前――コイントレイの上にそっと置くと、彼の冷たい手を隠すように接客マニュアルのシートを優しく裏返して被せてやった。
「……もうシフトは終わりだぞ、兄弟」
俺は静寂に包まれた店内で、低く囁いた。「もう二度と、誰にも頭なんか下げなくていい」
【406日目・午前3時10分:高架下の500体と、透明な斥候】
コンビニを出た俺とクロは、さらに八百メートルほど内陸へと進み、頭上を首都高速道路の巨大な高架橋が覆う六車線の大通り――『県立医療・化学物流センター』の正門前へとたどり着いた。
俺は焼け焦げた消防車の残骸の陰に身を隠し、そっと顔を覗かせた。
そして、高架橋が落とす深い闇の向こうを見た瞬間、俺は息を呑んで足を止めた。
道路が、完全に塞がれていた。
コンクリートのバリケードではない。『腐った肉の森』によって塞がれていたのだ。
物流センターの正門前の広場から高架下にかけての約百メートルの空間に、少なくとも『五百体を超える感染者』が、すし詰め状態で密集して立ち尽くしていた。
獲物となる生きた人間が消えてから一年以上が経過し、この都市の感染者たちは生き延びるために不気味な「代謝の冬眠状態」へと移行していたのだ。
気温の下がる夜間や直射日光の当たる昼間は、こうして高架下やビルの日陰に何百体もが集まり、首をだらりと垂らして呼吸すらほとんど止め、残されたわずかな筋繊維のエネルギーを消耗しないよう彫像のように静止している。
だが、ひとたび小石を蹴る音や人間の汗の匂いを感知すれば、その五百体の眠れる死体はコンマ一秒で一斉に覚醒し、戦車すら押し潰す狂乱の津波へと変わる。
迂回路はなかった。右側は深さ四メートルの運河の垂直護岸、左側は火災で倒壊したビルの瓦礫の山だ。医療倉庫の門へ入るには、あの五百体の群れをどうにかするしかない。
俺は胸の89式自動小銃を見下ろした。弾は四百発ある。だが、ここで一発でも引き金を引けば、銃声は高架下で何倍にも反響し、この五百体だけでなく周囲のビルに眠る何千体もの感染者を呼び寄せて、俺は二つ目の弾倉を交換する前に生きたまま肉片にされるだろう。
俺は視線を落とし、俺のブーツの横に静かに座るクロの黒い瞳を見つめた。
四日前、島の浜辺に漂着した一体はクロを空気のように素通りした。
そして昨日の朝、警備艇の甲板の檻にいた三体も、三十センチ横を歩くクロにピクリとも反応しなかった。
――だが、この『五百体』のど真ん中でも、あの法則は本当に通用するのか?
俺はリュックサックから、先ほどコンビニで回収した『二つの金属ベルが付いたぜんまい式の目覚まし時計』と、道端で拾った空の四角いブリキの菓子缶、そして一掴みの鉄のボルトを取り出した。
目覚まし時計の裏のネジを限界まで巻き上げる。そして、ベルを叩く中央の金属ハンマーの隙間に小さな木片を挟み込み、その木片に結んだ短いタコ糸を時計の「分針」へと括りつけた。
分針がチクタクと進んで『四分』が経過した瞬間にだけ糸がピンと張って木片を引き抜き、ベルのハンマーが解放されて、ボルトの入ったブリキ缶の中で凄まじい金属音を鳴り響かせる時限装置だ。
俺はブリキ缶に柔らかいロープで持ち手の輪を作り、クロの前に片膝をついた。
手袋を外し、俺自身の手のひらとブリキ缶の表面に、消防車の焦げた灰と湿った泥を徹底的に擦り込んで『俺の人間としての匂い(アポクリン腺の皮脂)』を一分子も残さず消し去ってから、そのロープの輪をクロの口元へと差し出した。
俺は高架下の広場の左奥――医療センターの正門とは逆方向に二百メートル離れた袋小路の路地に横転している、一台の古い路線バスを指差した。
「よく聞け、クロ」
俺は心臓が肋骨を叩くのを感じながら、クロの黒い目を真っ直ぐに見て囁いた。
「あの群れの真ん中を通って、向こうの横転したバスの中へこの缶を置いてこい。絶対に走るな。奴らの足にも触れるな。缶を置いたら、すぐに俺のところへ戻ってこい。――制限時間は『四分』だ」
クロは、一秒たりとも躊躇しなかった。
ブリキ缶がカチャリとすら鳴らないほど繊細で正確な顎の力加減でロープの輪を咥え、頭と尻尾を低く下げた軍用犬の隠密姿勢をとると、消防車の陰から音もなく滑り出し――『五百体の感染者がひしめく死の密林』のど真ん中へと、真っ直ぐに歩み入っていった。
俺は息を止め、89式自動小銃の銃床を肩に食い込ませて照準器を覗いた。もし万が一、ただの一体でもクロに牙を剥くようなことがあれば、俺自身の命がどうなろうと即座に連射してクロを救い出すつもりだった。
クロの黒い体が、五百体の群れの中へと飲み込まれた。
月明かりの下で繰り広げられたのは、人間の正気を試すかのような光景だった。
体重四十キロの巨大な黒いシェパードが、コンクリートの地面に爪の音ひとつ立てず、うつむいて立ち尽くす何十体もの感染者の腐った脚から『わずか二十センチ』の隙間を縫うようにして進んでいく。
途中、引き裂かれた作業着を着た大柄な感染者が、ちょうどその真下を通り過ぎようとしたクロの頭上へ、だらりと垂れた両腕を揺らした。
黒く壊死した感染者の指先が、クロのピンと立った耳の先からわずか五センチのところをかすめ、感染者が「フガッ……」と鼻を鳴らして空気を吸った。
俺の指が引き金の上で凍りついた。
だが――感染者の白く濁った眼球は、完全に虚空を見つめたままだった。人間の汗のフェロモンも直立歩行のシルエットも持たないクロは、ウイルスに脳を焼かれたそいつにとって「夜風の揺らぎ」と何ひとつ変わらなかったのだ!
九十年にも感じられる九十秒が過ぎた。
クロは五百体の群れを誰一人として目覚めさせることなく完全に横断し、二百メートル先の袋小路に転がる路線バスの割れたフロントガラスから中へと飛び込むと、金属製の座席の上にブリキ缶をそっと下ろした。
三分経過。
バスから飛び出したクロが、再び音のない黒い影となって感染者の群れの間をすり抜け、一直線にこちらへと駆け戻ってくる。
そして『三分四十秒』。
クロが消防車のバンパーの陰へ音もなく跳び込み、俺の左足の横にピタリと着地した。
俺は声を出さずにクロの頭と首筋を両手で力いっぱい抱きしめ、時計の針が最後の二十秒を刻むのを待った。
――四分経過。
二百メートル先の袋小路、横転した路線バスの巨大な金属の車体の中で、分針がタコ糸を引き抜き、ストッパーの木片が外れた。
――ジリリリリリリリリリリリッ!! ガシャアァァン! カンカンカンカンッ!!
死んだように静まり返っていた午前三時の都市の闇を、ブリキ缶の中のボルトと二重ベルが共鳴する凄まじい金属音が、空襲警報のように引き裂いた!
高架下で起きた反応は、瞬時、かつおぞましいものだった。
バキッ、ゴキッ、と枯れ木が折れるような音とともに、五百体の感染者の首が『完全に同じタイミング』でバスの方向へと跳ね上がった。
そして五百の腐った顎が一斉に開き、周囲のビルの窓ガラスをビリビリと震わせるほどの、地底からの咆哮が轟いた。
『『『『『グォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!』』』』』
決壊したダムの濁流のように、五百体の感染者の群れが互いに折り重なり、転倒した仲間を踏み潰しながら、音が鳴り響く袋小路の路線バスめがけて猛烈な速度で殺到していった!
わずか四十五秒後。
俺たちの目の前にある高架下の広場と、『県立医療・化学物流センター』の巨大な鉄門の前には、ただの一体の影も残っていなかった。
俺は暗闇の中で一度だけ静かに尻尾を振って俺を見上げたクロの瞳を見つめ、背筋を駆け抜ける熱い戦慄を噛み締めた。
黒崎将軍は、六十人の武装兵と三隻の軍艦を持っている。
だが俺とクロは今、この地上最大の『死の軍勢』を奴らの要塞のど真ん中へ叩き込むための、絶対的な誘導装置を手に入れたのだ。
(第6話へ続く)
第5話をお読みいただき、ありがとうございます!
泥靴に踏まれた一万円札と接客マニュアルを前に過去の自分と完全に決別するシーン、そして「感染者から完全に無視される」という生物学的法則を利用して、500体の群れのど真ん中をクロがゼンマイ式目覚まし時計を咥えて横断する緊迫の90秒間、いかがでしたでしょうか?
続く【第6話】では、暗い医療倉庫の中で「取扱説明書」を読みながら片手で自らの左肩を縫合する極限の外科処置と、夜明けの倉庫に現れた『アークの奴隷狩り部隊』への冷徹な処刑劇が描かれます!そのまま次のページへお進みください!




