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第3話:燃え落ちる楽園と、森のくくり罠、そして『カテゴリーS+』の黒い牙

第2話へのたくさんのアクセス・ブックマーク・評価をいただき、本当にありがとうございます!


第3話では、近代銃器で武装した権藤隊長たち2人による容赦ない破壊と、島の北の森を舞台にした極限の心理戦、そして絶体絶命の瞬間における『カテゴリーS+の忠犬・クロ』の真価が描かれます。

ぜひ最後まで息を呑む死闘をお楽しみください!


【405日目・午前7時28分:燃え落ちる我が家】




 段々畑の裏手に広がる松林には、松脂の匂いと、湿った腐葉土の匂い、そして俺自身の生温かい血の匂いが立ち込めていた。




 農家から四十メートルほど登った斜面にある太い杉の幹に背中を預け、俺は滅菌ガーゼの端を奥歯で噛み締めながら、右手で灰色のダクトテープを強く引き絞り、左肩の深さ七センチの裂傷を強引に塞いだ。


 鎖骨の下に焼けた炭を押し込まれたかのように肉が脈打ち、左腕をわずかに動かすだけで、ジャケットの裏地が血で皮膚に張り付く感覚があった。




 俺の足元では、背の高いシダの葉の陰に身を伏せたクロが、黒く澄んだ瞳でじっと俺の顔を見上げていた。耳を後ろへ低く伏せ、鼻先には先ほど石垣で浴びた石の粉がついていたが、荒い息ひとつ漏らしていなかった。




 四十メートル下の段々畑では、まだ坂道から黄色い唐辛子の煙が立ち昇る中、丸いレンズのついた軍用フルフェイス防毒マスクで顔を覆った二つの黒い影が、粉々に砕けた俺の石垣を乗り越えてきた。


 権藤(ごんどう)隊長と、権藤が「佐藤」と呼んでいた長身の狙撃手だ。


 二人は89式5.56mm自動小銃の銃床を肩にしっかりと当て、崩壊前の世界で何十回も建物の制圧訓練を繰り返してきたプロの低い姿勢で、互いに死角を補い合いながら進んでくる。




 権藤は石垣の裏の踏み荒らされた草むらに視線を落とし、俺が木立へ向かって這いずった際に残ってしまった鮮やかな赤い血痕へと銃口を向けた。


「手応えありだ」


 防毒マスクのボイスフィルターを通した権藤の無機質な金属音が、静かな朝の空気を震わせた。「かなり出血している。この上の雑木林へ逃げ込んだぞ」




「このまま森へ追撃しますか、隊長?」


 佐藤がカチリと乾いた音を立てて、空になった弾倉を三十発入りの新しい予備弾倉へと素早く交換しながら尋ねた。




「焦るな」


 権藤は、こちらの背筋が凍りつくほど冷静な声で答えると、十メートル先に建っている俺の石と杉の木の農家へと向き直った。


「巣穴に逃げ込んだ手負いのネズミがいつ飛び出してくるか知ってるか? 鼻先で大切なチーズを焼かれた時だよ。――中を見ろ」




 権藤が軍用ブーツの裏で、俺が何か月もかけて修理した農家の木の扉を力任せに蹴り破った。


 バキィッ!!


 俺は杉の幹の陰で息を呑み、右手の爪が木の皮に食い込んで指先から血が滲むのを感じた。




 佐藤が土足のまま俺の台所へ踏み込み、五秒後、梁から吊るしてあった『イノシシのスモークベーコン』の塊と、白いラードで密封した『コンフィの陶器壺』を両手に抱えて出てきた。




「おいおい、嘘だろ隊長……! あの谷口って役人の言ってた通りだ! ここには本物の燻製肉に、玄米の袋、サラダ油、それに実用書が詰まった本棚まであるぞ!」




「軒下にある玄米の袋だけ外の石畳へ放り出しておけ」


 権藤は冷酷に命じた。「残りを今ちまちま運んでいる暇はない。坂道で五人やられたんだ、まずは森に隠れたあのネズミを燻り出して確実に始末する」




 次の瞬間、権藤は自動小銃を腰だめに構えると、軒下に並べてあった俺の命綱――砂と木炭で雨水を浄化する『二百リットルの青いプラスチック製濾過タンク二つ』に向かって、五発の銃弾を連射した。




 ――ダダダダダッ!!




 分厚いプラスチックが破裂し、俺が何週間もかけて溜めた何百リットルもの清潔な飲料水が、一瞬にして泥の中へと噴き出して消えた。


 だが、権藤はそれだけで止めなかった。


 台所の入り口に立つと、朝の雑炊を温めるために熾火(おきび)が残っていた俺の鋳鉄製の薪ストーブをブーツで蹴り倒し、木の床の上に赤い炭火をぶちまけた。


 そして、壁際に積んであった『一斗缶のサラダ油』と『残りのラードの壺』のど真ん中へ、至近距離から二発のライフル弾を撃ち込んだのだ!




 ――ズガァン! ズガァン! ボゴォォォォッ!!




 流れ出した大量の油とラードが赤い炭火に触れた瞬間、爆発的な炎が台所の床から噴き上がった。


 乾燥した古い杉の柱と梁に火が燃え移るのに、三十秒もかからなかった。俺が作った木のテーブル、冬用の分厚いキルティング毛布、ロウソクの明かりで毎晩読み込んだ農業の本、そして軒下の干し魚の束が、獰猛なオレンジ色の炎に次々と飲み込まれていく。


 八月の炎天下で汗だくになってコールタールで修理した屋根の隙間から、どす黒い煙が天に向かって噴き上がった。




「聞こえているか、コンビニ店員ァッ!!」


 背後で俺の家が巨大な火柱へと変わる中、権藤が庭の真ん中で怒鳴り声を上げた。


「お前の自慢の巣穴はこれで灰だ! お前を殺したあとは、この畑のトマトもジャガイモも、俺たちが持ち帰る分以外はすべてガソリンを撒いて焼き払ってやる! 悔しかったら、そのおもちゃの拳銃を持って火を消しに出てこい!!」




 俺の足元で、俺のふくらはぎの筋肉が怒りと緊張で激しく震えるのを感じ取ったクロが、音もなく白い牙を剥いた。


 俺は木の陰から、赤い火の粉を上げて崩れ落ちていく我が家の屋根を見つめた。


 あの炎の中で燃えているのは、ただの木材ではない。俺のこの一年間の命そのものだ。手のひらの血豆、化膿の痛みに耐えた夜、ようやく手に入れた静かで満ち足りた幸福のすべてが、今、黒い灰へと変わっていく。




 だが――燃え盛る家の熱気が松林まで届いたその瞬間、一分前まで俺の喉を締めつけていた恐怖とパニックは、不思議なほど跡形もなく消え去っていた。


 代わりに俺の脳髄を満たしたのは、絶対零度の氷のような殺意だった。




 一年前、俺は無人の孤島へ逃げ込めば、それだけで旧世界の暴力から永遠に逃れられると思い込んでいた。


 だが、それは間違いだったのだ。


 海の向こうに自動小銃と船を持った略奪者たちが生き残っている限り、どんなに石を積み上げ、どんなに畑を耕しても、俺に本当の平穏など訪れない。


 守るべき家はもう燃え尽きた。ならば今ここでやるべきことは、ただ一つ――『俺の島に踏み込んだ害虫を、一匹残らず駆除すること』だけだ。




 俺は手元の38口径リボルバーのシリンダーを見た。


 坂道で一発撃ったため、装填されているのは残り『四発』。ポケットに予備の弾はあるが、ケブラー製の防弾チョッキを着て三十連発の自動小銃を構えた二人の兵士を相手に、正面から撃ち合えば一秒で蜂の巣にされる。


 勝つための絶対条件は二つ。


 『二人を分断すること』。そして、奴らの近代銃器のアドバンテージが消え、俺の地の利が百パーセント活きる場所――『北の森の獣道(けものみち)』へ引きずり込むことだ。




 俺はクロに目で合図を送ると、わざと泥のついた登山ブーツの足跡を腐葉土の上に深く残し、松の幹に左肩の血を少しだけ擦りつけてから、北の断崖へと続く深い森の奥へと身を翻した。






【405日目・午前7時36分:獣道の『くくり罠』】




「いたぞ隊長! 血の跡が北の崖の方へ続いています!」


 五十メートル後ろで、佐藤の声が響いた。


「出血で足が鈍っているな! 佐藤、お前は左の下草が深い沢筋から回り込め! 俺は右の高い尾根筋から追う。北の断崖絶壁へ追い詰めて挟み撃ちにするぞ!」




 ――掛かった。


 島の北斜面を覆う松と樫の原生林は、低い枝とイバラが複雑に絡み合い、見通しはわずか八メートル以下まで落ちる。さらに北の外海から吹きつける強い潮風が木々の葉を絶え間なく揺らし、足音を完全に掻き消してくれる俺の庭だ。




 俺は手のひらを右の尾根へ向かってスッと突き出し、クロに「上の権藤を監視して追尾しろ」とハンドサインを送った。


 黒い影となったクロが音もなく尾根の茂みへと消えるのと同時に、俺自身は左側の薄暗い沢筋――佐藤が向かってくるルートへと滑り降りた。




 俺はただ闇雲に木陰へ隠れたのではなかった。


 一ヶ月前、六十五キロの野生イノシシを仕留めた小さな泥場の湧き水を飛び越え、二本の太い杉の幹が門のように狭まっている「獣道の通り道」からちょうど十二メートル先の、苔むした大岩の陰に身を低くしてしゃがみ込んだ。


 その二本の杉の間の地面には、三日前に俺が新しく仕掛け直した『直径四ミリの焼き入れ鋼ワイヤーのくくり罠』が、乾いた松葉の薄い層の下に口を開けて眠っている。若い樫の立ち木を極限まで曲げてバネにした、六十キロの巨体すら一瞬で宙へ跳ね上げる物理トラップだ。




 野生の獣なら、鉄の匂いや地面のわずかな違和感を嗅ぎ分けて罠を避けることもある。


 だが、今の佐藤の顔には『軍用フルフェイス防毒マスク』が装着されていた!


 活性炭フィルターによって嗅覚は完全にゼロになり、分厚いゴムフレームのレンズによって「足元の死角(下方視野)」が四十パーセント以上も奪われているのだ!




 ザクッ、ザクッ、と枯れ枝を踏む佐藤の軍用ブーツの音が近づいてきた。


 二本の杉の間から、自動小銃の銃口を前に突き出し、引き金に指をかけた佐藤の迷彩服姿が現れた。黒い防毒マスクのレンズが、俺の姿を探して前方の中空だけを左右に睨みつけている。




 そして、佐藤の右足のブーツのつま先が――松葉で隠された直径二十センチのワイヤーの輪のど真ん中を、まともに踏み抜いた。




 ――バチンッ!! ビュンッ!!




 木製のストッパーが弾け飛び、極限までしならせてあった樫の木が猛烈な勢いで跳ね上がった。


 四ミリの鋼鉄ワイヤーが佐藤の右足首を万力のように締め上げ、そのまま百八十度逆さまに彼の右脚を地上1メートルの高さへと一気に吊り上げたのだ!




「なっ――!? うわあああっ!!」




 佐藤は完全に体勢を崩し、右足を宙に吊られたまま泥の中に背中から激しく叩きつけられた。手にしていた自動小銃の銃身が杉の幹にぶつかって大きく跳ね上がる。




 佐藤が体勢を立て直して銃を向けるより早く、俺は六メートル先の大岩の陰から飛び出していた。


 ケブラー製の防弾チョッキは胴体への38口径弾を止めるし、防弾ヘルメットは額への弾を弾く。だが、顔面を覆っている防毒マスクのレンズは、ただのポリカーボネート樹脂だ。




 俺は右腕を真っ直ぐに伸ばし、泥の上でもがく佐藤の『防毒マスクの左目レンズ』のど真ん中に照準を合わせ、立て続けに二発、引き金を絞った。




 ――ズガァン! ズガァンッ!!




 黒いレンズが赤い血しぶきとともに内側へ砕け散った。


 ワイヤーに片足を吊るされた佐藤の体が一度だけビクンと大きく痙攣し、そのまま泥の中へとだらりと垂れ下がった。






【405日目・午前7時39分:絶体絶命の銃口と、黒い閃光】




「佐藤ォッ!!」


 頭上二十五メートル、右側の高い尾根の上から、権藤の怒号が轟いた!




 今の二発の銃声で、俺の正確な位置が完全に割れたのだ。


 俺は佐藤の死体が取り落とした自動小銃を拾おうと泥の上を前へ踏み出したが、二歩目を踏み出す暇すらなかった。




 沢を見下ろす尾根の木の根の上に姿を現した権藤が、斜め上から俺めがけてフルオートの銃弾の嵐を浴びせかけてきた!




 ――ダダダダダダダダダッ!!




 俺の周囲の泥と木の幹が次々と爆ぜ飛んだ。


 一発の5.56mm弾が俺が直前まで隠れていた岩を砕き、跳弾となった二発目の銃弾が俺の右太ももの外側を激しく掠(かす)めた! 耐摩耗カーゴパンツが裂け、焼けた鉄棒を押し当てられたような激痛とともに、俺はぬかるんだ泥の中へと両膝から崩れ落ちた。




「仕留めたぞ、ドブネズミめ!!」


 権藤が高さ四メートルの土手の斜面を軍用ブーツで一気に滑り降り、俺からわずか八メートルの沢底へと着地した。


 俺は泥にまみれながら必死に右腕を持ち上げ、シリンダーに残った最後の二発を撃ち込もうとした。だが、俺の指が引き金を引き切るよりコンマ一秒早く、権藤の腰だめの単発射撃が火を噴いた。




 ――ズガァンッ!!




 銃弾は俺の体ではなく、俺が握っていた『38口径リボルバーの銃身の根元』を正確に撃ち抜いた!


 バチィッ!と目もくらむような火花が散り、凄まじい衝撃で俺の右手から拳銃が弾き飛ばされ、シリンダーが半分に割れた鉄クズとなってイバラの茂みへと消えた。衝撃で右手の指の感覚が完全に麻痺し、爪の間から血が噴き出す。




 俺は後ろへ倒れ込み、濡れた松の木の幹に背中を打ちつけた。


 丸腰だった。左肩は裂け、右太ももからは血が流れ、唯一の飛び道具だった拳銃も失った。背中のベルトの輪には一・五メートルの鋼鉄の六角カナテコが差してあったが、銃口を向けられたままこの距離で引き抜こうとすれば、手が背中に回った瞬間に頭を撃ち抜かれる。




 権藤が、硝煙の上がる89式自動小銃の銃口を俺の眉間にピタリと向けたまま、ゆっくりと泥の上を歩み寄ってきた。


 奴は左手で息苦しい防毒マスクを顔から乱暴に剥ぎ取って地面に投げ捨て、眉の上に古い傷跡が走る、獰猛に歪んだ素顔を晒した。




「たいしたドブネズミだよ、お前は。たった一人で俺の部下を六人も殺しやがって」


 権藤は俺の足元から『二・五メートル』の距離で立ち止まり、自動小銃の黒く冷たい銃口を、俺の額のど真ん中に突きつけた。


「黒崎将軍はお前を生け捕りにして首輪をつけろと命じたが、これほど危険な野郎を生かしておくわけにはいかねぇ。――あの世で自分の畑でも耕してろ」




 権藤の右手の人差し指が、引き金にかかり、ゆっくりと絞り込まれ始めた。


 俺は目の前に突きつけられた口径5.56ミリの黒い穴を見つめた。だが、俺は目を閉じなかった。


 ただ、視線をほんの五ミリだけ上へずらし――『権藤の右肩のすぐ後ろにある斜面』を真っ直ぐに見つめた。




 権藤はプロの兵士として、俺の残弾数も、煙の向きも、地形の死角もすべて完璧に計算していた。


 だが、権藤も、あの船の上で笑っている谷口も、たった一つだけ決定的な事実を知らなかった。


 この島にいるのは、俺一人ではない。『俺たちは、二人だ』。




 権藤の背後のシダの斜面から、小枝一本すら鳴らすことなく、唸り声ひとつ上げることなく――『体重四十キロの漆黒の筋肉の塊』が、地上四メートルの無音の跳躍を放った!




 ――ヒュッ!!




 黒い影が権藤の視界の端に入った瞬間には、すでにクロの牙は奴の顔面から二十センチの距離に迫っていた。


「なっ――!?」




 ――ゴキィッ、バキィィィッ!!




 空中で大きく開かれたクロの顎――咬合力二百キロを超える軍用犬の白い牙が、自動小銃のグリップを握る権藤の『右前腕』に深々と食い込み、その凄まじい顎の圧力で前腕の二本の骨(橈骨と尺骨)を一撃で真っ二つに噛み砕いたのだ!




 ――ダダダッ!!




 切断された腱の痙攣で自動小銃が暴発したが、銃口は大きく横へと逸れ、三発の銃弾は俺の左耳からわずか五センチ横の空気を裂いて背後の松の幹へと突き刺さった!




「ぎゃあああああああっ!! い、犬だと!? なんでここに軍用犬がいるぅぅっ!!」




 前腕の骨を砕かれた激痛に権藤が絶叫し、泥の中へ自動小銃を取り落としながら膝をついた。


 権藤は自由な左手で胸のホルスターからコンバットナイフを引き抜き、自分の腕に噛みついているクロの首を刺そうとした。


 だが、クロは人間を制圧するために訓練された『カテゴリーS+』の兵士だった! ナイフが振り下ろされるより早く、クロは砕いた右腕からパッと牙を離すと、地面を蹴って下から跳び上がり、防弾チョッキに守られていない権藤の『顎の下(喉笛)』へと直接食らいついた!




 そして、そのコンマ五秒後には、俺が泥の上を前へと跳んでいた。


 血まみれの右手で背中のベルトから一・五メートルの焼き入れ鋼製『六角カナテコ』を引き抜き、残された全身の体重と憎悪のすべてをその一点に乗せて、クロに喉を押さえ込まれた権藤の『防弾チョッキの脇の下の隙間』から、心臓めがけて円錐状の鋭い鋼鉄の穂先を根元まで突き刺した!




 ――ゴスッ!!




 権藤の血走った両目が見開かれ、口から赤い血の塊を吐き出すと、その巨体は泥の中へと仰向けに倒れ込み、二度と動かなくなった。






【405日目・午前7時50分:瓦礫の中の決意】




 丸二分間、俺は沢底の泥の中に両膝をついたまま、地面に突き立てた鋼鉄のカナテコに両手でしがみつき、肺が破れそうなほど荒い息を吐き続けた。




 クロは権藤の喉から顎を離すと、鼻先についた血をブルッと振って払い、すぐに俺のそばへ駆け寄ってきて、その温かい鼻先を俺の首筋と頬に何度も強く押し当てた。俺がまだ生きているかを確かめるように、血と泥で汚れた俺の右手を熱い舌でペロペロと舐めてくる。




「……ありがとう、クロ……」


 俺は掠れた声を絞り出し、動く方の右腕でクロの分厚く逞しい首筋を強く抱きしめ、その黒い毛並みに顔を埋めた。「お前がいなかったら、俺は今ここで確実に死んでた。……お前が俺の命を救ってくれたんだ、最高の相棒よ」




 俺は痛む右脚を引きずりながら立ち上がると、権藤と佐藤の死体から『89式5.56mm自動小銃を二丁』『三十発入りの満タンの予備弾倉を六本』『9ミリ自動拳銃を二丁』『軍用防毒マスク二つ』、そして権藤の腰につけられていた『軍用短波無線機』をすべて回収し、クロと一緒に上の段々畑へと戻った。




 そして俺は、自分の島での「一年間の結晶」だった場所の前に立ち止まった。




 俺の家は、もう消滅していた。


 杉の梁と瓦の屋根は、黒く焦げた四方の石壁の内側へと完全に崩れ落ちていた。俺のベッドも、冬用の服も、半分残っていた備蓄も、毎晩読んだ本も、すべてが赤い熾火の山となって、朝の青空へ黒い煙の柱を立ち昇らせていた。




 不幸中の幸いだったのは、四日前に玄米の半分とすべての種子、そして抗生物質の箱を東の断崖の溶岩洞窟へ移して隠しておいたことだ。


 だが、夕日を見ながらトマトをかじった木のベンチが灰になっていくのを見つめながら、俺は背筋が凍るような現実を噛み締めていた。




 俺が生き残ったのは、わずか『1パーセントの奇跡』に過ぎない。


 もし台風の翌朝にクロと出会っていなければ、今頃俺は脳天を撃ち抜かれた冷たい死体となって泥の中に転がり、谷口が俺の畑の上で勝ち誇って笑っていたはずだ。




 俺は視線を落とし、八十メートル下の入り江を見下ろした。


 穏やかな海面には、全長十五メートルの灰色の警備艇――『アーク・第3資源徴発艇』がまだ錨を下ろして浮かんでいた。


 船首の甲板では、谷口と船に残った三人の兵士が、俺の家から立ち昇る黒煙を双眼鏡で眺めながら、「権藤隊長がコンビニ店員を焼き殺して勝ったぞ!」とばかりに歓声を上げて笑っているのが見えた。




 その時、俺が権藤のベルトから外して持っていた軍用無線機のスピーカーが、ザザッというノイズとともに本土からの冷たい通信音を響かせた。




『――こちら東京湾岸アーク港湾司令部より、第3徴発部隊・権藤大尉へ。無人島の制圧状況を報告せよ。繰り返す、食料と奴隷の確保は完了したか? なお規定通り、四十八時間以内に東京湾の本部埠頭へ帰還しない場合、黒崎将軍の命により「第1および第2徴発艇」に殲滅小隊五十名を乗せて現地へ派遣し、島ごと焼き払う。以上、応答せよ』




 俺は無言で無線機の受信音量を絞った。


 左肩の包帯から滲んでいた血が止まるのを感じながら、俺は右手で、権藤から奪ったばかりの軍用自動小銃『89式小銃』の冷たいグリップを強く握りしめた。




「聞いたか、クロ」


 俺は、灰が舞う石垣の横で静かに座る黒い相棒を見下ろして言った。「ここで大人しく待っていれば、二日後には五十人の軍隊が船でやって来て、この島を本当に丸焼きにするそうだ。……あいつらは、俺たちを絶対に放っておいてはくれない」




 俺はまず、入り江の船の上でまだ笑っている谷口と三人の兵士を見つめた。


 それから視線を北の水平線へと向けた。その海の向こうには、黒崎将軍と『カテゴリーA』の支配者たちが君臨する巨大港湾都市があり――その周囲の廃墟には、俺の相棒であるクロを決して見ることができない『何十万体もの飢えた感染者の群れ』がうごめいている。




「まずはあの船を奪って、谷口に最後の精算をしてやろう」


 俺の瞳に、氷の刃のような光が宿った。「そして俺たちから都市へ乗り込んで、あの将軍様たちの要塞に『本当の地獄』をプレゼントしに行くぞ」




(第4話へ続く)


第3話をお読みいただき、ありがとうございます!


1年かけて築き上げた大切な家を焼かれ、拳銃まで撃ち抜かれた絶体絶命の瞬間――音もなく4メートルを跳躍した『カテゴリーS+の忠犬・クロ』の一撃と六角カナテコによる大逆転、いかがでしたでしょうか?


しかし、奪った軍用無線機から聞こえてきたのは「48時間以内に戻らなければ、50人の殲滅部隊を乗せた2隻の船で島ごと焼き払う」という本土の巨大要塞『アーク』からの通信でした。


明日の【第4話】では、まず入り江の船の上で勝利を確信して笑っている『谷口』への完全なる報復(船の奪取)が決行され、いよいよ本土のゾンビ都市へ乗り込むための大胆不敵な作戦が始まります!


毎日更新で駆け抜けますので、ぜひ【ブックマーク登録】と下の【評価】で応援していただけると最高の励みになります!また明日の更新でお会いしましょう!


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