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第10話:運河の略奪者たちと、5頭の戦術包囲網、そして死の都市との決別

第10話では、新たに家族となった4頭の犬たちへの命名(ハナ・ゴウ・ジン・リク)と、運河に隠していた船と薬を盗み出そうとしていた「恩知らずの略奪者たち」に対する『5頭の戦術包囲網(パック・アンブッシュ)』を描きます!

【406日目・午前8時15分:新しい家族(パック)と、運河への帰還】




 二基の大型船舶用ディーゼルエンジンが力強い重低音を響かせ、全長二十五メートルの鋼鉄の巨体――『大型武装揚陸バージ』は、地獄と化した東京湾の人工島を背にして青い海面を切り裂いて進んでいた。




 装甲操舵室のサイドミラー越しに後方を見ると、黒崎将軍と『カテゴリーA』の上級国民たちが君臨していたアークの埠頭からは、高さ三百メートルに達するどす黒い煙の柱が朝の空へと立ち昇っていた。


 政治家たちが逃げ込んだ白い豪華客船は船尾から炎を上げて大きく傾き、岸壁の上ではスタジアムから解き放たれた一万体の感染者が黒い蟻(あり)の群れのようにうごめいている。


 ラミネート加工の身分証と鉄の首輪で築き上げられた「旧世界の最後の帝国」は、今日、この地上から完全に消滅したのだ。




 だが、舵を南へ切って俺の無人島へ帰還する前に、俺にはどうしても立ち寄らなければならない「最後の場所」があった。


 ここから北西へ三キロ離れた、あの古い工業運河の河口だ。


 あそこには、崩落した高速道路の高架下に俺が迷彩網を被せて隠しておいた全長十五メートルの『第3資源徴発艇』があり、さらにその近くの護岸には、俺が港へ突入する前に乗り換えて隠しておいた防災トラック――中に『三十箱の抗生物質、予備のスキンステープラー、そして警察犬の群れ統率教本』を積んだままのトラックが残されている。


 何より、あの第3徴発艇を無傷のまま本土に放置しておけば、生き残った別の略奪者がそれを見つけて南の島々へやって来る危険があるし、俺にはあの十五メートルの鋼鉄の船体を島へ持ち帰って「ある重要な防衛工事」に使う計画があったのだ。




 無人の海岸線に沿って微速で北西へと船を進めながら、俺は操舵室から広い貨物甲板へと降りて、手に入れたばかりの「莫大な戦利品」と「新しい家族」の様子を確認した。




 高さ二メートルの鋼鉄の波除け壁に守られた後部甲板の柵の中では、四頭の白い『乳用ヤギ』が落ち着いて干し草を食(は)んでおり、その横の二つの大きな木箱の中では、二十羽の『産卵用ニワトリ(採卵鶏)』がトウモロコシの粒をつついていた。


 そして二十五メートルの甲板の中央には、島を絶対不落の要塞へ作り変えるための資材が山のように固定されている。


 防水袋に入った『速乾性セメント』のパレット、厚さ十五ミリの『防弾鋼板』が五十枚、インバーターと大型リチウムイオン蓄電池がセットになった『工業用ソーラーパネル二十枚』、逆浸透膜式の『非常用・海水淡水化装置』、二百リットル入りの軽油ドラム缶が四十本、そして船体中央に据え付けられた油圧式の小型クレーン。




 その資材の山の木陰で、五頭の大型犬たちが静かに腰を下ろし、一斉に俺の方へと視線を向けていた。


 リーダーの『クロ』と、さっき埠頭の檻から救い出したばかりの四頭の使役犬たちだ。




 俺は真水のポリタンクを持ってきて五つの洗面器に水を満たし、船の食糧庫から見つけた一キロ入りの軍用牛肉大和煮の缶詰十個と、俺のリュックに残っていたイノシシのラード塊を取り出した。


 俺はただ適当に餌を地面に置いたりはしなかった。


 警察犬訓練所で読んだ『群れ統率教本』の鉄則に従い、まず群れの頂点であるアルファの『クロ』の器に最初に肉を入れて食べさせ、そのあとで俺自身の手から、残りの四頭へ一つずつ順番に器を差し出し、彼らが食べている間にその首筋や背中を優しく撫でてやった。


 「すべての食料と安全の源はハンドラーである俺であり、現場の指揮官はクロである」という絶対的なピラミッドを、彼らの本能に深く刻み込むためだ。




 朝の太陽の下で、むさぼるように肉を食べる四頭の脇腹に残されたスタンバトンの火傷跡にヨード消毒スプレーを吹きかけてやりながら、俺は彼ら一頭一頭に「新しい名前」を与えた。


 旧世界で警察やアークの人間たちに呼ばれていた名前など、あの燃える都市と一緒に捨ててしまえばいい。




 まず、左耳の上に白い古傷があり、クロと同じ軍用系統の黒と灰色の毛並みを持つ、しなやかで賢い『雌のジャーマン・シェパード』。一時もクロの隣から離れようとしない彼女には、『ハナ(花)』という名前を与えた。


 次に、樫の樽のように分厚い胸板と岩のような頭蓋骨を持ち、体当たり一つで鉄扉すらへし折りそうな体重五十キロの雄の『ロットワイラー』。こいつは『ゴウ(剛)』だ。


 そして、バネのような軽やかな筋肉と黒マスクの精悍な顔立ちを持つ、体重三十二キロの双子のようにそっくりな二頭の雄の『ベルジアン・シェパード・マリノア』。わずかに胸の毛が白い兄を『ジン(刃)』、俊敏な弟を『リク(陸)』と名付けた。




 クロ、ハナ、ゴウ、ジン、リク。


 裏切りという言葉を遺伝子に持たない、五頭の最強の家族だった。






【406日目・午前8時50分:運河の略奪者たち】




 午前八時五十分。


 俺は揚陸バージのエンジン回転数を最低まで落とし、排気音を抑えながら、北西の古い工業運河の河口へと平底の船体を静かに滑り込ませた。




 二百メートル前方には、半分崩落した高速道路の高架橋が鉛色の水面に暗い影を落としていた。七時間前の深夜、俺が『第3資源徴発艇』を係留して迷彩網を被せておいた場所であり、そこから五十メートル上がった護岸の倉庫裏には、俺が港へ突入する前に医療バッグと教本を積んだまま隠しておいた防災トラックがある。




 だが――運河の緩やかなカーブを曲がり、高架橋まで残り百五十メートルに迫ったその瞬間だった。


 船首の甲板でハナと並んで立っていた『クロ』が、ピタリと動きを止め、二つの黒い耳を前方へ鋭く突き立てた。


 そのコンマ五秒後、リーダーであるクロの姿勢を完璧に模倣(ミラーリング)したゴウ、ジン、リクの三頭も、吠え声ひとつ上げることなく一斉に四本の脚で立ち上がり、高架下の暗闇へ向かって鼻先を向けて静かに牙を剥いた!




 俺は即座にスクリューのクラッチを切り、惰性だけで揚陸バージを百二十メートル手前の雑草が生い茂る古い荷揚げ岸壁へと音もなく接岸させると、操舵室の陰から海洋双眼鏡を構えた。




 高架橋の真下を見て、俺の目が細められた。


 俺が第3徴発艇の上に被せておいた灰色の迷彩偽装網が、何者かによって引き剥がされて運河の水面に捨てられていた。


 そして、俺の第3徴発艇の甲板と、すぐ上の護岸の防災トラックの周りに――『八人の男たち』がたむろしていたのだ!




 双眼鏡のピントを合わせ、そいつらの顔を見た瞬間、俺の胸の奥に氷のような吐き気が広がった。


 八人のうちの四人は、煤(すす)で汚れた黒い戦闘服を着た『アークの脱走兵』だった。一万体の感染者が連絡橋を突破した際、真っ先に持ち場を捨てて北西へ逃げ出してきた兵士たちで、自動小銃二丁とショットガン二丁で武装している。




 そして、その脱走兵たちと肩を並べてゲラゲラ笑いながら、ウイスキーの瓶を回し飲みしている残りの四人の男たち――そいつらの首には、切断された『カテゴリーDの鉄の首輪』の残骸がぶら下がっていた!


 しかも、そのうちの二人の若い男の見覚えのある顔を見て、俺はすべてを理解した。




 三時間前、俺が医療物流センターの倉庫で結束バンドを切って逃がしてやり、直後にバックミラーの中で「足首を怪我した女の仲間を突き飛ばしてビスケットの箱を奪って逃げた」、あの二人の若い男だった!




 あの二人の「哀れなカテゴリーDの被害者」は、西へ逃げる途中で四人のアークの脱走兵と鉢合わせしたのだ。


 そして自分たちの命を助けてもらい、略奪団の仲間に入れてもらうための「手土産」として、俺の装甲トラックのタイヤ痕を辿ってこの運河の場所を教え、俺が隠していたトラックの医療品と第3徴発艇を、昨日まで自分たちを鞭打っていたアークの兵士たちへ嬉々として売り渡したのだ!




 静かな運河の水面を伝って、首輪を外した背の高い方の若い男の声が、俺の耳まで鮮明に届いた。




「ねっ、俺の言った通りだったでしょう、軍曹さん! あの黒い犬を連れたバカ、この運河にトラックと船を隠してたんですよ! トラックの中には抗生物質が三十箱も積んであったし、この船は権藤大尉の第3徴発艇です!」




「でかしたぞ、小僧」


 第3徴発艇の操舵室から顔を出した脱走兵の軍曹が、俺がキーを抜いていったイグニッションパネルをドライバーでこじ開けながらニヤリと笑った。


「あと二分もすれば直結でエンジンがかかる! トラックの薬と食料を全部この船に積み込んだら、このまま南の沖合へずらかるぞ! 本部の海図で見たが、ここから南へ四キロの海に、あのコンビニ店員が開拓した畑と湧き水のある無人島がある。そこを占領して俺たちの新しい城にして、もし島に誰か残ってたら喉笛を掻き切って海に捨てちまえばいい!」




「へへっ、最高じゃないですか! でも軍曹、もし出港する前にあの黒い犬の男が戻ってきたらどうします?」


 もう一人の若い男が、兵士から分け与えられたらしい自動拳銃を弄びながら尋ねた。


 すると、背の高い方の男が――さっき怪我をした女から奪い取った俺の非常用ビスケットをボリボリと噛み砕きながら――下品な声で笑い飛ばした。




「決まってんだろ、あいつは一人なんだから、八人で囲んで頭をぶち抜いて犬ごと運河に沈めりゃいいんだよ! この世界じゃ、銃と数を持ってる奴が『カテゴリーA』なんだからな!」




 俺は静かに双眼鏡を下ろした。


 三時間前、暗い倉庫の前で「殺さないでくれ」と涙を流して震えていた二十歳の若者が、俺の与えたビスケットで腹を満たし、手に拳銃を握った瞬間、自分を助けた恩人の船と薬を盗み、俺の島へ乗り込んで俺の喉を掻き切る計画を立てて笑っている。




 もし俺の心の中に、人間という種に対する一億分の一の迷いでも残っていたとしたら、今の言葉でそれは完全に塵(ちり)となって消え去った。


 人間とは、自分の首輪を切ってくれた恩人の手を噛み千切り、その同じ首輪を他人の首にはめて支配しようとする、この地球上で最も救いようのないウイルスだ。




 あいつらに第3徴発艇を渡すわけにはいかないし、俺の島の存在を知ったあの八人のうち、ただの一人たりとも生かしてこの運河から出すわけにはいかない。






【406日目・午前9時02分:5頭の戦術包囲網(パック・ハンティング)】




 もし百二十メートル離れたここから銃撃戦を始めれば、八人のうち半分は高架橋のコンクリート柱の陰や第3徴発艇の防弾操舵室に逃げ込み、自動小銃で応戦して船体に穴を開けるか、直結したエンジンで強引に出港してしまうだろう。




 だが俺は、ここまでの航海の一時間で、警察犬訓練所から持ってきた『使役犬・軍用犬の実戦防衛マニュアル』の第4章――【多方向からの無音包囲奇襲(パック・アンブッシュ)】の戦術図解を完全に頭に叩き込んでいた。


 そして俺の手元には、訓練所のロッカーから回収してきた『大型犬用のケブラー製戦術防弾ベスト』と『超音波ドッグホイッスル』があった。




 俺は甲板の上で、クロ、ハナ、ゴウ、ジン、リクの五頭すべてに、オリーブグリーンのケブラー戦術ベストをしっかりと装着させた。


 それから岸壁に降り、高架橋の下の地形を冷静に分析した。




 敵は八人。


 そのうち四人(元奴隷の男二人と、ショットガンを持った脱走兵二人)は、護岸の道路に停めた俺の防災トラックの後ろで、医療バッグを船へ運ぼうとしている。


 残りの四人(軍曹と、自動小銃を持った脱走兵三人)は、運河に係留された第3徴発艇の甲板と操舵室の上にいる。


 そして――その第3徴発艇の真上には、崩落した高速道路の『幅1メートルの鉄骨トラス(斜めに傾いた鉄の梁)』が、護岸から船の頭上わずか四メートルの高さへと橋のように伸びていた!




 俺は敵から六十メートル手前の古タイヤの山の陰に五頭を集め、しゃがみ込んで手で明確な戦術ルートを指示した。


 複雑な言葉はいらない。アルファであるクロが俺の意図を理解して動けば、残りの四頭はそれぞれの犬種の「天性の役割」に従って完璧に追随する。




 第一に、俺は最も身軽で高い場所を走る訓練を受けている二頭のベルジアン・シェパード・マリノア――『ジン』と『リク』に、頭上の崩落した高速道路の『斜めの鉄骨トラス』を指差した。体重三十二キロの彼らなら、地上四メートルの鉄骨の上を猫のように無音で渡り、第3徴発艇の甲板の『真上』から奇襲できる!


 第二に、リーダーの『クロ』、雌シェパードの『ハナ』、そして体重五十キロの重戦車『ゴウ』の三頭には、護岸の低いコンクリート塀の陰に沿って、トラックの後ろにいる四人の男たちの『手前二十メートル』まで匍匐(ほふく)前進で接近するようハンドサインを出した。


 そして俺自身は、二十五メートル手前の高架橋の太いコンクリート橋脚の陰に片膝をつき、89式自動小銃のセレクターを『3点バースト(三発制限点射)』に合わせ、口に真鍮の超音波ドッグホイッスルを咥えた。




 三十秒が経過した。


 見上げると、高架橋の傾いた鉄骨の上を音もなく駆け上がった『ジン』と『リク』の二頭が、第3徴発艇のすぐ真上四メートルの鉄骨の端に低く身を伏せ、獲物を見下ろす二頭の豹(ひょう)のように琥珀色の目を光らせていた。


 下の護岸の壁の陰では、『クロ』『ハナ』『ゴウ』の三頭が後ろ足の筋肉を極限まで縮め、いつでも飛び出せる態勢で俺の合図を待っている。




「よし、配線が繋がったぞ!」


 第3徴発艇の操舵室の中で、軍曹がバチッと火花を散らしてセルモーターを回す音が響いた。「あと十秒でエンジンがかかる! お前ら四人、薬のバッグを持ってさっさと船に乗れ!」




「了解です、軍曹!」


 ビスケットを奪ったあの若い男が、俺の抗生物質の詰まった医療バッグを肩に担いで笑った。




 まさにその瞬間、俺は肺の中の空気をすべて使って『超音波ドッグホイッスル』で攻撃開始の『連続短音3回』を吹き鳴らし、同時に89式自動小銃の引き金を二回引いた!




 ――フッ、フッ、フッ!!


 ――タタタッ! タタタッ!!




 俺が橋脚の陰から放った六発の5.56mm弾が、第3徴発艇の船首で自動小銃を持っていた二人の脱走兵の胸板と頭部を正確に撃ち抜き、二人は何が起きたかも分からないまま運河の黒い水の中へと転落した!




「て、敵襲だ!! 岸壁の橋脚の陰から撃ってきたぞ、応戦しろォッ!!」


 操舵室の軍曹と、後部甲板にいた三人目の脱走兵が俺の方へ銃口を向けようとした――だが奴らは、自分たちの『頭上』を見ていなかった。




 船の真上四メートルの鉄骨トラスから、音もなく宙へ跳んだ二つの影――マリノアの『ジン』と『リク』が、重力に乗った槍となって第3徴発艇の後部甲板へと垂直に降ってきたのだ!




 ――ドォンッ!!


「なっ、うわあああっ!? う、上から犬が降ってきたぞォォッ!?」




 三人目の脱走兵が銃を上へ向けようとするより早く、空から落ちてきた『ジン』が四本の脚で男の胸板を踏みつけて甲板へ押し倒し、その喉元へ鋭い牙を突き立てた!


 もう一頭の『リク』は、着地した反動でそのまま開いた操舵室の扉の中へと矢のように飛び込み、ドライバーと拳銃を握っていた軍曹の右前腕にガシリと食らいついて、悲鳴を上げる軍曹を甲板の上へと引きずり出した!




 そして、それとまったく同じコンマ一秒。


 地上の護岸では、壁の陰から飛び出した『クロ』『ハナ』、そして五十キロのロットワイラー『ゴウ』の三頭が、わずか二秒で二十メートルの距離を詰め、トラックの後ろにいた四人の男たちへと激突していた!




 ショットガンを持った二人の脱走兵が慌てて振り返ったが、目に入ったのは地上すれすれを時速五十キロで突進してくるケブラー装甲ベストを着た三頭の黒い猛獣だった。


 体重五十キロの『ゴウ』が、破城槌(はじょうつい)のような頭突きで一人目の兵士の両膝を正面からなぎ払った! バキィッ!と膝の関節が逆方向に折れる音が響き、宙に浮いて背中からアスファルトに叩きつけられた男の胸の上にゴウが飛び乗り、その顔面から二センチの距離で巨大な顎を開いて動きを完全に封じた!


 二人目のショットガン持ちには、『クロ』と『ハナ』が左右から同時に襲いかかった。クロが銃身を握る左手首を噛み砕いてショットガンを空へ暴発させ、ハナが男の右足首の腱を噛み切って地面へと引きずり倒す!




 わずか四秒。


 武装した六人の兵士たちが、五頭の犬の群れと俺の初撃によって一瞬で無力化された。




 残ったのは、医療バッグを足元に落として呆然と立ち尽くしている、二人の『元カテゴリーDの若い男たち』だけだった。


 二人は恐怖に顔を歪ませ、手にした自動拳銃を捨てて運河の奥へと逃げ出そうとしたが、俺は橋脚の陰から十メートルの距離まで歩み出ると、単発に切り替えた自動小銃で二人の右脚のふくらはぎを正確に一発ずつ撃ち抜いた。




 ――パン! パン!


「「ぎゃあああああああっ!!」」




 二人の男はアスファルトの上に顔面から転倒し、血の噴き出る脚を抱えてのたうち回った。


 俺が犬笛を短く一回吹くと、船の上のジンとリクもタラップを飛び降りて合流し、五頭の犬たちが地面に転がる生存者たちを完璧な円陣で包囲して、少しでも動けば喉笛を食い千切る構えをとった。




 俺はゆっくりとブーツを鳴らして歩み寄り、まず甲板と岸壁で動けなくなっている四人のアークの脱走兵たちの頭部を、9ミリ自動拳銃で淡々と撃ち抜いて確実に息の根を止めた。


 それから俺は、アスファルトの上で血を流して震えている二人の若い男――すぐ横に、あの女から奪った非常用ビスケットの空き箱が転がっている場所――の前で足を止めた。




 背の高い方の男が、涙と鼻水で濡れた顔を上げ、俺の素顔と隣に立つ黒いシェパードのクロを見て、信じられないものを見たように目を見開いた。




「あ、あんたは……!? け、今朝の医療倉庫で俺たちを助けてくれた、あの装甲トラックの人じゃないか!!」


 男は血まみれの両手を合わせ、アスファルトに額をこすりつけんばかりにして命乞いを始めた。


「す、すみません!! この船とトラックがあんたのものだなんて知らなかったんです!! 俺たちはこのアークの兵士たちに銃で脅されて、仕方なく荷物を運ばされてただけなんです! 俺たち、同じ『カテゴリーD』の仲間じゃないですか! 今朝一度助けてくれたんだから、どうか見捨てないでください、あなたの島で真面目に働きますからァァッ!!」




 俺は、足元に転がるビスケットの箱と、こいつがさっき自分の肩に担いでいた俺の医療バッグ、そして「島に誰か残ってたら喉笛を掻き切って沈めりゃいい」と笑っていたこいつの口元を、氷のような目で見下ろした。




「今朝、俺がお前たちを助けたと思ったのか?」


 俺は靴底に張り付いた汚物を見るような目で言った。「今朝はただ、倉庫の入り口から邪魔な肉の塊を三つどかしただけだ。そしてお前たちは、自由になってから最初の五分間で、怪我をした仲間の女を突き飛ばしてビスケットを奪い、自分たちを鎖に繋いでいた兵士に尻尾を振って俺の船と薬を盗み、俺の喉を掻き切りに行こうと笑っていた」




 俺は自動小銃の銃口を下ろした。


「安心しろ。お前たちに撃ち込む銃弾はもったいないから、俺の手では殺さない」




 俺は防災トラックの荷台から、予備として残っていた五台目の『120デシベル・工事用超高音圧電子サイレン』を引っ張り出し、スイッチを最大音量に入れて、二人が転がっている場所から十メートル離れたトラックのルーフの上にポンと置いた。




 ――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!




 静かな運河のビル街に、鼓膜を突き刺す120デシベルの電子サイレンが鳴り響いた。


 その瞬間、周囲の暗い路地裏や廃工場の奥から、夜明けに眠りについていた『百体以上の感染者』が一斉に目を覚まし、地響きのような咆哮を上げながらこの護岸めがけて全力で走り出してくる音が聞こえた!




「ま、待ってくれ!! サイレンを止めてくれ、脚が動かないんだ、化け物が来る、助けてくれぇぇぇっーー!!」




 泣き叫ぶ二人の裏切り者を背後に残し、俺は二つの医療バッグと警察犬の教本を担いで、クロ、ハナ、ゴウ、ジン、リクの五頭と一緒に『第3資源徴発艇』へと乗り込んだ。


 その船首と、前に停めた『大型武装揚陸バージ』の船尾を極太の鋼鉄製牽引ワイヤーでしっかりと連結し、係留ロープを解き放つ。






【406日目・午前10時00分:さらば、人間の世界】




 背後で、百体以上の感染者の群れが護岸の二人の男たちへと雪崩れ込む断末魔の悲鳴がサイレンの音に飲み込まれる中、俺が操縦する大型揚陸バージは第3徴発艇を曳航(えいこう)しながら運河を抜け、青く輝く外海へと滑り出た。




 俺は操舵室の屋根の上に立ち、沖合の強い潮風が俺の肺と五頭の犬たちの毛並みから「死の都市の腐臭と硝煙の匂い」を完全に洗い流していくのを感じながら、水平線の向こうへ遠ざかっていく巨大都市の灰色の高層ビル群を、人生で最後にもう一度だけ振り返った。




 あのコンクリートとガラスの墓標の下では、これからも何百万もの生ける屍と、わずかに生き残った人間たちが、最後の缶詰と無価値なプライドを奪い合って共食いを続け、やがてすべてが白い骨となって雑草の下に埋もれていくのだろう。




 俺はもう二度と、あちら側を振り返らない。


 残りの人生で、本土のアスファルトの上に足を踏み入れることは未来永劫ないだろう。




 俺は視線を落とし、自分の船の広い甲板を見た。


 朝の暖かい太陽の光の下、防弾鋼板とセメントとソーラーパネルの山の横で、『クロ、ハナ、ゴウ、ジン、リク』の五頭が互いに体を寄せ合って穏やかに伏せ、潮風を気持ちよさそうに吸い込みながら俺を見上げていた。船尾ではヤギが静かに鳴き、ニワトリが餌をつついている。




 そして船首の四キロ前方、青い海の真ん中には、濃い緑と黒い玄武岩に守られた「俺たちの島」の輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。




「帰ろうぜ、お前たち」


 俺はこの長い戦いの果てに、初めて心からの笑みを浮かべて言った。「俺たちだけの、絶対に誰にも壊せない要塞を造りに行くぞ」




(第11話へ続く)


第10話をお読みいただき、ありがとうございます!

頭上の鉄骨トラスから強襲するマリノアの『ジン&リク』と、地上から突進する『クロ・ハナ・ゴウ』による立体包囲奇襲!

そして、負傷した仲間の女性からビスケットを奪い、命の恩人の喉笛を掻き切って船を盗もうと笑っていた裏切り者2人に贈られた「120デシベルのサイレン」という因果応報の結末、いかがでしたでしょうか?

さらに明日は、第1巻の完結となる【第11話&第12話の2話連続更新】です!

続く【第11話】からは、ついに莫大な資材と5頭の頼もしい群れを連れて無人島へ帰還!

敵船の侵入を永久に封じる『徴発艇の自沈による人工暗礁化』と、15ミリ防弾鋼板&玄武岩コンクリートの『不落の近代バンカー』の建設、そして冬の嵐の夜に上陸した15体のゾンビを無音で完封する防衛戦から、物語は一気に第1巻のフィナーレ【第12話】へと向かいます!

明日公開の第1巻クライマックス、どうぞお見逃しなく!

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