ユウト・カガヤマ
昨夜は一晩中起きていた。まぶたひとつ動かすことなく、闇がゆっくりと薄れていくのを見つめていた。
何度も眠ろうとしたが、昨日の午後、俺を襲ったあの長い眠りだけで、身体はもう十分だったらしい。
「時間だ……」
重い身体を起こし、服を着替えた。そして、ポケットに手を入れ、真鍮の鍵があることを確かめた……そこにあった。布越しに、その硬く冷たい感触が伝わってくる。
靴を履き、アパートのドアを開けて、カフェへと向かった。
外の空は灰色だった。重たい雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうだった。湿った冷気が、木造の建物が並ぶ路地の間を静かに流れていた。
「――また雨か……」
コートの襟を立てながら、そう呟いた。それから、小さな声で続けた。
「――まあ、いいか。」
背後でドアを閉め、鉛色の空の下を歩き始めた。
まだ雨は降っていなかった。しかし、空気は重たい湿気に満ちていて、歩を進めるたびに、静けさと予感がせめぎ合っているようだった。
カフェに到着した。
木製の看板が、ごくゆっくりと揺れていた。
俺は深く息を吸い、木製のドアを押し開けて中に入った。
温かなコーヒーの香りと、古い木の香りが混ざり合い、俺を迎えた。
カウンターの向こうには、いつもの穏やかな笑みを浮かべた店員が立っていた。彼女の黒い瞳は、見覚えのある輝きを帯びながら、俺の動きを追っていた。
小さな声で温かい紅茶を注文し、それから大きなガラス窓のそばにある、お気に入りの席へ向かって腰を下ろした。
今日はあの青年の姿はなかった。
カフェは静かで、人影もほとんどなかった。俺以外に座っている客は誰もいなかった。
その瞬間……最初の雨粒が降り始めた。
雨粒はゆっくりと窓ガラスに落ち、やがて流れる水の筋となって、テーブルの上にぼんやりとした影を描いていった。
俺は少しだけ頭を傾け、ガラスの向こうに降る雨を眺めた。
カフェの静けさが、さらに深まっていくのを感じた。まるで、外の世界が灰色の闇に沈みながら遠ざかっていき、俺だけがここに取り残されたかのようだった。
店員がゆっくりと近づいてきて、いつもの笑顔とともに温かい紅茶を置き、再びカウンターへ戻っていった。
カップから立ち上る湯気を、数秒ほど見つめた……それから、窓の外から視線をそらした。
これまでにないほど注意深く、店内を見回し始めた。
テーブル、本が並ぶ棚、店内の幾何学的な配置……。
どこにも隠し扉らしきものはなかった。
紅茶のカップを持ち上げ、一口すすった。
温かさが胃の中へと落ちていく。
言葉では言い表せない感覚だった。
カップをテーブルに置き、店員に目を向けた。
彼女はコーヒーを淹れるのに夢中だった。
魅力的な笑みを浮かべながらコーヒーを淹れる彼女の姿は、とても素晴らしかった。
そのとき、ドアのベルが鳴り、客が一人入ってきた。
俺はその客が入ってきた瞬間、店員から視線をそらした。
「――あ……い、いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
店員が言った。
「――コーヒーを一杯お願いします。」
客はそう答えると、俺から少し離れたテーブルへ向かい、腰を下ろした。
紅茶を飲み終えたが、外では相変わらず強い雨が降り続いていた。
(傘を持ってくればよかった……)
俺は店を出ることができず、雨が止むことを願いながら、しばらく座り続けた。
十分が過ぎた。雨は止まなかった。
三十分が過ぎた。それでも雨は止まなかった。
こんなに長い間居座っていると、歓迎されていないような気がしてきた。
帰る準備を始めた、そのときだった。
店員がやってきて、コーヒーを二つ持ったまま、俺の真正面に立った。
彼女は一つを俺の前に置き、もう一つを自分の前に置いてから、椅子に座った。
「――勝手にごめんなさい。休憩時間なの。少しだけ、あなたにちょっかいを出してみたくて……」
彼女は、わずかな笑みを浮かべながら、あっさりと言った。
「――うん、どうぞ。」
俺はそう答えた。
彼女はコーヒーカップを手に取り、口元へ運んだ。
「――傘、持ってこなかったんでしょう?」
そう言って、コーヒーを軽く一口飲み、カップを置いた。
「――ああ。こんなに激しく降るとは思わなかった。」
俺が答えると、彼女は小さく笑ってから言った。
「――それはよかった。お客さんが一人もいないカフェって、好きじゃないの。たとえ一人だけでもね。」
俺は以前から何度もこのカフェに通っていた。
けれど、店員とこんなふうに会話をしたことは一度もなかった。
「――あなたは特別なお客さんなのよ、カガミヤマさん。」
彼女は優しい笑みを浮かべながら言った。
俺の顔が少し赤くなった。
「――あ、ありがとう……。」
彼女は黙ったまま、ただコーヒーを飲んでいた。
俺はまだ彼女の名前を知らない。
もし尋ねたら、変な奴だと思われるだろうか。それとも、変質者だと思われるだろうか?
ああ、どうしよう……。
「――あの、すみません……」
「――はい?」
俺の心臓が、少しだけ強く鼓動し始めた。
「――お名前を聞いてもいいですか?」
彼女はテーブルからコーヒーカップを持ち上げ、立ち上がった。
そして、言葉を発する前に少しだけ立ち止まった……。
まるで答えたくないかのようだった。
聞かなければよかった!
「――サヤ……サヤ・ツキシロ。」
「――ツキシロさん、お会いできて光栄です。」
「――下の名前で呼んで。そんなにかしこまらなくていいから。」
彼女はそう言った。
「――じゃあ、サヤ……それでいい?」
「――うん、そのほうがいいわ。私もあなたを下の名前で呼ぶね。」
そう言うと、彼女は立ち去った。
(本当に優しい人だな……)
しかし、俺は目的のものを見つけられなかった。
ここには奇妙な扉など存在しない。
この鍵の秘密は、一体何なのだろう?
どうやら、外の雨は止んだようだった。
俺はいつものように紅茶の代金をテーブルに置いた。
……ああ、ちょっと待て。
コーヒー代はどうするんだ!?
店員に目を向けると、彼女は冷たく、いたずらっぽい笑みを浮かべて俺を見ていた。
(コーヒーをもう一杯飲ませて、その代金まで払わせたのか!? なんて悪賢い女だ!)
カフェを出た。
濡れた地面の匂いは心を落ち着かせ、雲の隙間から差し込む太陽の光が地面に反射し、美しい景色を作り出していた。
俺は濡れた歩道の上を、戸惑いの重さを引きずるように、ゆっくりと歩いていた。
傘や木々の縁から落ちる水滴が、軽やかで調和の取れた音を奏でていた。
まるで、街全体が突然の雨のあと、再び温かな息を取り戻しているかのようだった。
安堵と温もりが入り混じった、不思議な感覚に包まれた……。
あの少女、サヤ。
彼女がいつもの落ち着いた雰囲気の裏に、あんな一面を隠していたなんて、まったく予想していなかった。
ドアのところで見せた、あの冷たくいたずらっぽい笑みが、今も頭の中に残っていた。
俺はコートのポケットに手を入れた。
しかし、鍵が見つからなかった。
「――え? どこへ行った?」
すべてのポケットを探したが、見つからなかった。
テーブルの上に置き忘れたのだろうか?
いや、店を出る前に、確かに上着のポケットに入れたはずだ。
道に落とした可能性もある。
確かめるため、来た道を引き返すことにした。
鍵が見つかることを願いながら、カフェへと戻った。
道の隅々まで何度も探したが、どこにも見当たらなかった。
カフェのドアのすぐ前で立ち止まった。
戸惑いのあまり、息が止まった。
入るべきだろうか?
もし入ったら、店員に何と言えばいい?
きっと変な奴だと思われるだろう。
ついさっき店を出たばかりなのに、また戻ってきたのだから。
俺は重い足取りで後ずさりした。
心の中で、入るのはやめようと決めた。
そのまままっすぐ家へ帰った。
家に入るなり、ソファに腰を下ろし、タバコに火をつけた。
謎が、決して噛み合おうとしないパズルのピースのように、頭の中を巡っていた。
カフェのどこか、見落とした場所があったのだろうか?
それとも、あの扉は何か特定の条件や姿でなければ、目に見えないのだろうか?
「――サヤ・ツキシロ……どうやら、明日もあのカフェに戻らなければならないらしい。」




