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政略結婚を先延ばしにしていた婚約者が騎士団長をクビになりました  作者: 三尾めいこ


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9/12

領地での暮らし 1

 いつもとは違う朝日に、朝早く目が覚めた。


 王都の屋敷にいる、と錯覚したアデレードは(今日は何をするんだったかしら)と考えてから「自分がいるのは領地で、何も予定はない」ということを思い出した。

 苦笑いをしながら、ベッドから起き上がる。すぐにメイドがやってきて、着替えを手伝ってくれた。動きやすくデザインされているドレスだった。


 ほんの数日前までは、起きるとすぐ「ブレントのところへ行くかどうか」を考え、お茶会の前に食事を持っていったり、夜会の前にワインとつまみを差し入れたりしていたのだが、何も考える必要はなくなった。真っ白な予定を前に、何をするべきなのかと考え込んでしまう。


「おはよう。よく眠れた?」


 食堂に降りていくと、ロバータがすぐにやってきた。朝食が供される。かりっと焼かれたパンに、生みたての卵で作られたオムレツを添えて食べると、眠気が吹き飛ぶほどおいしかった。


「さっそくだけれど、私は代官のところへ行って帳簿を調べるつもりなの。アデレードはここにいてもいいし、私と一緒に来てもいいけれど、どうしたいかしら?」

「お母様と一緒に行きます」


 アデレードは即答した。昨日のセオドアの姿が、まぶたの裏に焼きついていた。この領地をいずれひとりで切り盛りしなければいけないのだから、少しでも早く慣れておきたい。


「そう、よかったわ。それなら、二人で行きましょう」


 ロバータは紅茶を置いて、にっこりと笑った。母にも習うことは多くある。ブレントの顔色をうかがう生活を脱したのだから、自分で決断できるようにならなくては、と、アデレードも紅茶を飲み干した。


 二人で馬車に乗り込み、代官の館を目指す。屋敷からさほど遠くない場所に、一人目の代官、ノックスが住んでいた。


「これはこれは、奥様にお嬢様、ようこそお越しくださいました」


 人のよさそうな笑みを浮かべて、ノックスと妻、息子夫婦と孫たちが迎えてくれた。ノックス家は代々ストックポート伯爵家に仕えてくれていて、ずいぶん前に亡くなったノックスの父や祖父も代官だった。


「帳簿をご覧になりますか?」


 ロバータが口を開く前に、ノックスは何十冊もある帳簿を自ら運んできた。


「昨年は雨が少なかったのですが、小麦の収穫には幸い影響がありませんでした。旦那様が水路を開いてくださったおかげだ、と、皆が申しております」

「あの水路ね。役に立って何よりだわ」

「水路があるのですか?」

「お嬢様は水路をご存じないですか。息子に案内させましょうか」

「そうね、お願い」


 王都でも見ることができる帳簿より、水路や畑を実際に見たかった。アデレードはノックス家の馬車に乗り換えて、水路を目指した。土を丁寧に盛った土手にはクローバーが生い茂り、陽の光をきらめかせながら水がゆったりと流れている。周囲には小麦畑が青々と広がっていた。


「旦那様……伯爵様が、水路を切り開くお金を下さったのが十年ほど前でした。難しい工事でしたが、王都から水路工事の専門家まで呼んでくださったおかげで、多少の日照りではびくともしないものができたんです。ここまで豊かな水路は、この国広しといえども、そうそうありませんよ」


 ノックスの息子は胸を張る。アデレードは、父が水路の工事に取り組んだことも知らずにいた。ブレントのことで頭がいっぱいだった自分が、恥ずかしくなった。


「おっ、ノックスさんじゃないか。別嬪さんを連れているなあ。奥さんに怒られるぞ」


 牛を連れた農夫が、ノックスの息子を冷やかした。息子は苦笑して、農夫をたしなめる。


「領主様のお嬢様、アデレード様だぞ」

「えっ、それは大変な失礼を申し上げました!」


 驚いて詫びる農夫に、アデレードは「いいのよ」と笑って手を振った。


「困っていることはない?」

「困っているなど、とんでもない。この水路のおかげで、皆が助かっております」


 牛が肯定するように「もう」と鳴く。アデレードはくすりと笑った。

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