領地での暮らし 2
アデレードが領地で暮らし始めてから、またたく間に十日が過ぎた。ノックス親子の案内で、領地のあちこちを見て回る。水の行き届いていない場所はないか、届けられた通りに畑が耕されているか、日照りへのたくわえはあるか、など、調べなくてはいけないことは山ほどあった。
気になったのは、領民の間に貧富の差や、力の差がかなりあることだった。祖父の代から、畑を切り開いたものに褒美を出し続けた結果だ、とノックスは言う。
「力のある領民が、他の領民に金を払うからと言いくるめて、半ば強制して自分の畑を作らせていることもあります。ただ私たちが行くと『皆で切り開いている』と言い訳をする。どうしたら良いものか……」
ノックスは心底困り果てているようだった。領民の励みになっているのであれば、褒美は止めたくない。しかし、半ば強制して作らせているというのは問題だ。
「困ったわね。横暴な領民が力を持つと、こちらに言いがかりをつけてくる可能性もあるわ」
ロバータが眉間にしわを寄せる。領民を制御しきれないということが起きたら、最悪の事態に繋がりかねない。いまのうちに芽を摘んでおきたかった。
明日、その現場のひとつに出向く、と決め、日が傾く前に屋敷に戻る。ここのところ、朝に屋敷を出て、夕方近くに屋敷に戻る生活を繰り返していた。
「奥様、お嬢様、コルチェスター侯爵家のセオドア様がお待ちです」
迎えに出たジョンに告げられ、アデレードは目を丸くした。
「セオドアが?」
「はい、一時間ほど前に突然お越しになって」
アデレードは急いで客間に向かった。セオドアが長椅子に腰かけて、本をめくっていた。
「やあ、アデレード。突然お邪魔して申し訳なかったね。代官のところに行っていたんだって?」
「セオドアは、どうしてここに?」
「朝から領地を見回っていたのだけれど、この屋敷に通じる道を通ってね。挨拶でも、と思って寄らせてもらったんだよ」
メイドが新しい紅茶と焼き菓子を持ってくる。温かい紅茶を飲むと、ほっとする思いがした。
「領地で少し、頭の痛い問題が起きているの。セオドアが悩まされたことに比べれば、些末なことなのでしょうけれど……」
「私で良ければ、相談に乗るよ。領地の問題は、他人事じゃないからね」
力のある領民が、他の領民に金を払って畑を切り開かせている、という話をした。セオドアは難しい顔つきになった。
「うちの領地でも、同じことが起きていたよ。全ての問題の始まりはそこにあった、と聞いている。金や力のある領民が、貧しい領民に金を払って畑や鉱山で働かせていた。そして新しい畑や鉱脈を申告しないようにと命令していたんだ。早く対策をするに限る」
「どうしたらいいのかしら」
「現場に行く時に、私も同行しよう。こういった時には男が一人でも多くいた方がいい。明日だね?」
「ええ。けれど、今からセオドアの屋敷に戻ったら、明日が大変でしょう? よければ、今夜はこの屋敷に泊まっていってちょうだい」
「いいの?」
「もちろんよ。こちらからお願いするのだもの」
メイドに客室の準備を頼み、アデレードはセオドアと話を続けた。褒美を出すのは止めたくないこと、怠け者の領民と本当に困っている領民を見分けたいこと、などと、話に熱中しているうちに、ジョンが「お夕食の準備が整いました」と呼びにきた。
夕食の主菜は鹿のローストだった。野趣あふれる味を楽しんでいると、セオドアが「そういえば」と口を開いた。
「この屋敷に来る途中、立派な馬にまたがった男を見たんだ。知らない男だったけれど、あれも領民だったのかな」
ロバータは首を傾げて「そうかもしれないわね」と呟いた。
「パーティーを開いたり、絹の服を作らせたりと、貴族のまねごとをしている、という話も代官に聞いているの」
「いい馬を育てて、これ見よがしに乗り回している可能性もあるわね。しっかり調べなくては」
ストックポート伯爵家に張り合いはじめれば、叛乱にもつながりかねない。たとえ馬一頭であっても見逃せない、と、翌日以降の調査を厳密に行わなくては、と決めた。セオドアの存在が頼もしく、(いてくれてよかった)と、声には出さず小さく呟いた。




