領地での暮らし 3
夕食の後、ロバータはセオドアにブランデーを勧め、自分は「眠いから」と食堂を出て行った。アデレードはデザートワインを飲むことにした。
「たった十日なのに、領地の経営の難しさに頭を抱えているわ」
「十日で問題を見抜けたのはすごいよ。私は、何をしたらいいのかわからなくてパニックだった」
「代官が信頼できるから、助かっているの。何代にもわたって仕えてくれている一家で、良いことも悪いことも全て教えてくれるわ」
「そういう代官は、大切にした方がいい。領民にも『正直にやれば報われる』と、ある程度は伝わっていくから」
風が強くなったのか、外の茂みががさがさと揺れる音がした。ジョンが窓を閉める。
「子供の頃は、領地なんて全部遊び場でしかなかったのに、大人になると問題を解決しなくてはいけない場所になってしまうのね」
デザートワインのおかげで、少しふわふわした気持ちになっているせいだろうか、アデレードはそんなことを口にした。
「優秀な代官がいるなら、ずっと王都にいてもよかったのに、どうして突然領地に来たの?」
セオドアに尋ねられて、アデレードは苦笑した。
「婚約を解消したの。……四年も結婚を先延ばしにされたけれど、何ひとつ疑っていなかったのに、私以外に相手がいて」
もう伝わったかもしれない、と思いながら、ほろ酔いに任せて全てを打ち明ける。セオドアは真摯に聞いてくれて、そしてぽつりと呟いた。
「それは、辛かったね」
ブレントを罵倒することもなく、くどくどと慰めるわけでもなく、そっとアデレードに寄り添うような言葉は、とても温かかった。
「政略結婚でも、必ず心は通じ合うと信じていたのだけれど……。一方通行だったみたい」
我慢していたものがあふれ出して、涙がにじむ。セオドアはハンカチを出すと、アデレードの手に握らせてくれた。使い込まれた絹は、溶けるように柔らかい。
「アデレードは、よく頑張ったと思うよ」
セオドアはブランデーを啜り、微笑を浮かべた。頑張った――その言葉が欲しかったのだと思う。四年間ないがしろにされ続けても耐えて、意向を問うための晩餐会をすっぽかされた日も取り乱さなかった。婚約解消が決まった時も、ただ丁寧にサインをしただけだった。心の中に大きな嵐が吹き乱れていても、決してそれを表には出さないくせがついていた。
「……そうね。私、頑張ったわ」
また涙があふれる。セオドアのハンカチで拭うと、絹の感触が優しく目元を労ってくれた。
「必ず、アデレードが報われる日が来るよ。婚約解消のことも、領地経営のことも。正直者が馬鹿を見る、なんていうけれど、そんなことはないはずだと信じている。だから、前を向いて欲しい。私も、アデレードを支えるから」
「ありがとう……」
そして王都の社交界の話や、貴族院の話になった。主にアデレードが語って、セオドアが聞いていた。セオドアは時折、両親でも気づかないような分析を加えてくれた。ことに第二騎士団と貴族院の不和は気になるようで、ヘレンズ伯爵が婚約解消に同意したことに首をひねっていた。
「ストックポート伯爵家が後ろ盾だから、貴族院が第二騎士団に目をつぶっていることくらいわかりそうなものなのだけれど。へレンズ伯爵は、貴族院と仲の良い第一騎士団だから、理解できなかったのかな。正直なところ、これから第二騎士団はいばらの道を歩むことになると思うよ」
ブレントが苦労しているところなど、想像もつかなかった。好き放題やっている姿しか目に浮かばない。そう言うと、セオドアは笑った。
「毒舌になったね。元気が出たみたいでよかったよ」
「毒舌なんて」
アデレードは頬をおさえた。酔いのせいか、ほんのり顔が熱くなっている。そろそろワインを切り上げるべきかと思い、セオドアに「飲みすぎてしまったわ」と笑いかけた。
「明日もあるし、休まないと」
「そうだね。私も引き上げるかな。ご馳走様」
二人は席を立ち、一緒に階段を上がった。「おやすみ」と挨拶を交わして別れる。
ベッドに横になると、すぐに眠気がやってきた。そのままセオドアのハンカチのような、柔らかい眠りに落ちていった。




