婚約解消、そして領地へ 3
コルチェスター侯爵家の領地問題は、アデレードが十四歳のときに起きたと記憶している。セオドアは四つ年上だから、十八歳だったはずだ。
先代のコルチェスター侯爵、セオドアたちの父が亡くなって、領地の相続をする際に発覚したのだが、まずは代官が税を不正に徴収し、私腹を肥やしていたことがわかった。そこで取り調べを行うと、領民たちも無断で山を切り開いたり、新しい鉱脈を発見しても村ぐるみで隠したりと、領地のあちこちで収入を少なく申告している箇所が見つかった。先代のコルチェスター侯爵の人の良さにつけこんだ結果だ、と言われていた。
国王に叱責を受けたセオドアの兄は、領地を徹底的に調べ上げた。といっても広大な領地だから、すぐに調べ終わるわけではない。再発防止策を講じる必要もある、というわけで、弟たちが領地へ移り住んだ、と噂に聞いた覚えもある。
どうなったのか気になってはいたのだが、社交界へデビューしたアデレードは忙しくなっていたし、ブレントとの縁談が持ち上がった後は思い出す暇すらなかった。
「ずっと領地に?」
セオドアに尋ねると、苦笑が返ってきた。
「ああ。王都の社交界とはすっかり縁が切れてしまったよ。おかげでこの年まで独身さ」
「あら……」
てっきり結婚しているものだと思ったから、アデレードは驚いてしまった。
「もっとも、社交界の方からお招きがあっても、領地経営でそれどころではなかったというのもあってね。この別荘まで出てこられるようになったのだって、ここ三年ほどという有様さ。あちこち駆けずり回って、領民の家にも泊めてもらうから『とても貴族には見えない』と、どこの村でも呆れられているよ」
言われてみればセオドアは、とてもよく日焼けしている。身体もぐっと引き締まっていて、王都でよく見かける「色が白くてなよなよしている」貴族とは一線を画していた。
「働き者なのね」
「あんな不正が起きたら、次こそ家が潰れてしまうからね。私も必死なんだよ」
ベリーを口に放り込んだセオドアは「このベリーも」ともうひとつつまみ上げて、軽く揺らしてみせた。
「今朝、私が摘んだものだよ」
「まあ、セオドアが?」
「すぐ近くにベリーの茂みがあるんだ。獣に食べられてしまう前に、早起きして摘んできた」
自分とはまるで違う暮らしをしているセオドアが、アデレードにはうらやましかった。陽の光をたっぷり浴び、新鮮なものを使った食事をとり、屋外で身体を動かす。そして領地のことを第一に考えて生きる。ブレントの顔色をうかがうだけだった自分とは、大違いだ。
「……素敵な暮らしね」
「大変だよ? だから縁談も来ないんだ。弟はなんとか結婚できたけれど」
「ダニエルの結婚については、お母上からうかがったわ。おめでとう」
話を引き取ったのはロバータだった。弟はダニエルという名前だった、と思い出した。
「奥様のレベッカは、子爵家のご出身だったわね。一緒に領地にいるのでしょう?」
「ええ、不肖の兄の世話まで焼いてくれます。一昨日ここに出てくる時も『ストックポート伯爵家の皆様にお会いするのだから』と、服装を口やかましく言われました。おかげで今日、アデレードに『田舎者が現れた』と思われずに済んでいる」
軽く笑ったあと、セオドアは「さあ、ベリーをもっと食べて」と勧めてくれた。
「アデレードに食べてもらおうと思って、沢山摘んできたんだから」
「ありがとう、いただくわ」
甘酸っぱいベリーの味が、萎びきった心に潤いを与えてくれるようだった。アデレードは勧められるままにベリーを食べ、胃がはちきれんばかりになった。
「領地には、いつまでいらっしゃるのですか?」
セオドアはロバータに尋ねた。ロバータはアデレードに目配せをした。
「そうねえ、三か月か、半年か……。静養と、領地の調査を兼ねてきているの。うちも代官に任せっきりにしているから」
「そうですか。でしたら、私もお屋敷に顔を出させてください」
「もちろんよ。歓迎するわ」
いずれセオドアには婚約解消の話が伝わるだろうが、興味本位でなく受け止めてくれるだろう。幼なじみとして、そして大人になったセオドアを目の前にして、アデレードは確信することができた。




