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政略結婚を先延ばしにしていた婚約者が騎士団長をクビになりました  作者: 三尾めいこ


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6/15

婚約解消、そして領地へ 2

 軽い音を立てて、馬車の車輪が回る。スプリングがよく効いた座席は気持ちが良く、窓の外の景色をしっかりと楽しむことができた。初夏らしい、鮮やかな緑と巣立ったばかりの小鳥の姿が、アデレードの心を癒してくれる。


 晩餐会の翌日、アデレードは婚約解消の書類にサインをした。サイモンが従者を引き連れてへレンズ伯爵家に行ったが、ブレントの姿はなく、へレンズ伯爵夫妻と兄が震えていただけだった、と聞いた。

 へレンズ伯爵夫妻は婚約解消を受け入れ、ブレントの代理としてサインをしたという。アデレードはすでに荷造りを始めていた。手回りの品だけを持って出て、残りの荷物は後で送らせればいい、というロバータの提案を受け入れ、その翌日にはもう領地に向かって出発した。


(なんだか、眠くなりそう)


 この四年間、いつも心が追われていた。どうすればブレントが結婚してくれるのか、そればかり考えていた。騎士団長の妻らしくなるために努力を続け「貴族の令嬢らしくない」と陰口を叩かれても、自ら料理をしたり雑用をしたりもしてきた。けれど、ブレントは応えてくれなかった。


 ブレントを愛していたのか、と聞かれれば、そうではない、と答えざるを得ない。けれど愛そうと努力はしてきたし、政略結婚であっても二人で家庭を育めば、と思ってきた。だが、全ては水の泡と化した。四年分の疲れが、身体に重くのしかかっている気がする。


 領地で暮らすのは正解だろう。王都にいればいらないことばかり考えてしまうし、社交界に顔を出さないわけにはいかないから、悪意ある噂に晒されることにもなる。アデレードよりもずっと実入りの少ない政略結婚をさせられた、夫人たちの嘲笑を浴びるのは辛い。


「お母様、ありがとうございます」

「王都のお喋りすずめたちにはうんざりしていたから、ちょうどよかったのよ」


 ロバータは、馬車の窓から差し込む太陽の光に目を細めた。

 そして馬車は、街道から少し入った小さな別荘の前で止まった。


「お母様、ここは?」

「コルチェスター侯爵家の別荘よ。あなたが小さい時に、よく遊んだのを覚えていないかしら?」


 コルチェスター侯爵家は、ストックポート伯爵家よりも国境寄りに領地を有していた。息子が三人いて、揃って遊びに来ては、かくれんぼをしたり、小さな水車を作ってもらったりした記憶がある。


「あちらは領地まで行くのに時間がかかるから、ここに別荘をお持ちなんですって。いつでも休憩に使ってください、と言われていたのよ」


 アデレードはロバータに従って馬車を降りた。間近で見ると、よく手入れのされた気持ちいい建物だった。玄関の扉が開き、栗色の髪をした若い男性が姿を現した。


「セオドア! まあ、立派になって!」


 ロバータが目を見開き、両手を広げて大げさに喜ぶ。セオドアと呼ばれた男性は、ロバータの手にキスをした。


「ご無沙汰しております、ストックポート伯爵夫人」

「あんなに小さかったセオドアがねえ、私も年を取るはずだわ」


 セオドア、という名前で思い出した。三兄弟の真ん中で、手先がとても器用だった男の子だ。とても高いところまで上がる凧や、上手に浮かぶ木の舟を作ってくれて、壊れたおもちゃもすぐに直してくれた。


「アデレードです。久しぶりね、セオドア」


 アデレードが会釈をすると、セオドアは優しく微笑んだ。


「アデレード、元気そうだね。随分美しくなって驚いたよ。仔馬に引っ張られて泣いていたアデレードが」

「あら、まあ。セオドアこそ、川に落ちて乳母にさんざん叱られていたじゃないの」


 セオドアに釣られて、アデレードも軽口を叩いた。


「簡単なものですが、昼食の支度をしてあります。よろしければ、どうぞ」

「ありがとう」


 さんさんと光の差し込む食堂で、三人は昼食を摂った。とてもおいしいパンにハムやサラミを添えたもの、バターで和えた野菜に濃いミルクの入った紅茶、何よりたっぷりと盛られたイチゴやベリー、さくらんぼといった果物がうれしかった。


「領地の問題が解決したようで、何よりね」


 ロバータは紅茶を飲みながら、目を細めた。


「はい、代官に任せっきりにしていた私たちがいけないのですが……。私が我が家の領地に住み込んでもう十年ですか。ようやくうまく回せるようになりました」

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