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政略結婚を先延ばしにしていた婚約者が騎士団長をクビになりました  作者: 三尾めいこ


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5/12

婚約解消、そして領地へ 1

 ひりひりするような空気の中、晩餐会が続いていた。ブレントの席は空席のままだった。

 前菜が下げられても、誰も口を開かない。


「……へレンズ伯爵」


 サイモンの静かな声に、へレンズ伯爵夫妻がびくりと肩を震わせる。


「ご子息がいらっしゃらないということは、つまり、我々と友好的な関係を維持するつもりはない、ということでよろしいのですかな?」


 いつものようにブレントとは呼ばない上に、丁寧で回りくどい話し方をする。サイモンの怒りが込められていた。


「ま、誠に申し訳ない……」


「ご子息は、ご夫妻には何とおっしゃっておられたんです?」


 ロバータが追い打ちをかける。慌てたへレンズ伯爵夫人が「が、外征が」と言った。


「外征が、あると。それで忙しいと、ずっと言っていて」


「アデレード、お前には何と?」


「……外征だと、言っていました」


 アデレードはそう答えるしかなかった。「外征の準備があるから結婚は延期にしてくれ」と言われ続けてきたからだ。酒場の女は立ち聞きした話に過ぎない。貴族の娘のたしなみとして、晩餐会の会話にそれを出すことはできなかった。


「調整や準備の関係があり、延期になっていただけだと……今度こそ外征するのだと、申しておりました」


 へレンズ伯爵夫人の声がかすれる。


「外(・)征(・)ですか」


 ヘンリーが冷笑した。本当に外征があるのだとすれば、貴族院が知らないはずがない。サイモンもヘンリーも、わかりきっているのだ。


「しかし、今日の晩餐会に来ることくらいは可能だったはず。欠席の知らせもなく、招待状を無視するとは」


 いつもならこう言うのは、ロバータだ。しかし今口を開いたのは、サイモンだった。


「もはや、修復は不可能と申し上げるほかありません」


 付け合わせの温野菜が、静かに冷めていく。ワイングラスにさえ、手を伸ばすものがいなかった。


「……誠に申し訳ありません」


 へレンズ伯爵夫妻がうなだれる。アデレードは胸の奥が静かに冷えていくのを感じた。


(婚約は、なくなるのね)


 明日にも正式な申し入れが行われて、自分とブレントの婚約はなくなるのだろう。二十一歳から二十五歳の四年間、ブレントの妻になるために努力を重ねてきた。そのすべてが無になるのだ。


 甘いものの好きなヘンリーが、デザートだけ平らげた。他は誰も料理に手をつけないまま、晩餐会が終わった。へレンズ伯爵夫妻の馬車の音が、遠ざかっていく。


「しばらく領地で暮らしましょうか」


 不意にロバータが声をかけてきた。アデレードは振り返り「領地?」と尋ねた。


 ストックポート伯爵家の領地は、王都から馬車で一日行ったところにある。ほどよく王都に近く、橋や街道なども整っているため、小麦を始めとした作物を流通に乗せやすかった。同じような高位貴族の領地と境界を接しており、互いの領地の屋敷を行き来することもあった。


(懐かしいわね……)


 アデレードがまだ幼かった頃、母が大病をした。病後の療養に付き添ってアデレードも領地で二年ほど暮らしたが、同じように領地で暮らしている子供たちと野原を駆けまわったり、仔馬に乗せてもらったりと、王都ほど型にはめられない暮らしの楽しさは、よく覚えている。


「王都にいては、いらない噂ばかり聞くはめになるでしょう。領地経営を代官に任せっきりなのも、かなり不安だし。いずれあなたが相続する土地なのだから、しっかり見ておくべきだと思うわ。しばらく王都を離れましょう」


 気の強い母だが、毛布のようにふわりと包んでくれる優しさも持ち合わせている。アデレードは涙が出そうになるのをこらえながら「はい」と答えた。


「そうと決まれば、明日からもう荷造りをしましょう。お父様一人を王都に残していくことになるから、ヘンリーによく頼んでいくとして。お仕事ばかりしていては駄目、と、アデレードからも申し上げてちょうだい」


 ロバータはいたずらっぽく微笑んで、自分の部屋に戻っていった。アデレードはその背中を見送って、重苦しい気持ちに一日も早く別れを告げようと決めた。


(お父様やお母様に気を遣わせてはいけない。領地経営をしっかりやっていかなくては)


 特殊な事情がない限り、二十五歳から貴族の令嬢が結婚相手を探すのは難しい。アデレードはおそらく一生を独身で過ごすことになるだろう。女だからと代官や隣接する領主たちに馬鹿にされることなく、領地をしっかりと治めていかなくてはならない。


「頑張りましょう」


 一音一音をはっきりと口に出すと、背筋がすっきりと伸びた気がした。明日から全てをやり直すのだ、そのためにも今日は早く休もう、と、自室に戻った。窓から見える夜空には、星が美しくまたたいていた。

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