策略 4
「行ってらっしゃいませ」
使用人たちの見送りを受け、ゆっくりと馬車が進み出す。ここへ来た時とは全く違う気の重さがあったが、とにかく戦わなくてはいけないのだ。
「セオドアは、王都の屋敷へ来てくれるとのことです」
出発間際に受け取った返事を、アデレードはそっと読み返した。急いで書いたのだろう、少し乱れた字が便箋の上に走っている。何も心配はいらない、王都で会おう――短い言葉に、セオドアの誠実さと優しさがこめられていて、アデレードは便箋を抱きしめたくなった。
「心強いわね」
ロバータが短く笑う。
馬車はすぐに街道へ出た。思っていたより人や馬車の往来は少なく、馬車は静かに進み続けた。
前方にこんもりとした雑木林が見える。小さな農夫の家もいくつか見えた。もうすぐストックポート伯爵家の領地は終わり、王家の直轄領になる。コルチェスター侯爵家の別荘があるのも直轄領の中で、領地に来る途中、セオドアがベリーをご馳走してくれたことを思い出した。たった一か月前のことなのに、もうずっと昔のことのようだ。
(いろいろなことがありすぎたわ)
マイクのこと、突然やってきたブレントのこと、そして裁判のこと。領地でのんびりするはずが、様々な物事に追われて、けれどセオドアがそばにいてくれて、本当に助かったしうれしかった。セオドアに早く会いたかった。
「あっ」
御者が声をあげる。馬車ががたんと大きく揺れて止まった。
「申し訳ありません! 突然道に出てきたものがおりまして……」
馬車の窓から顔を出すと、道の真ん中に突っ伏してうずくまっている男がいる。
「私たちは大丈夫。その人を介抱してあげなさい」
「はい!」
御者が道に降りて「おい、大丈夫か?」と声をかける。男はしばらくうんうん唸っていたが、がばっと身を起こした。
「えっ」
突然、雑木林から男が数人飛び出してきた。縄やナイフを持っている。剣のきらめきも見えた。
「ブレント……!」
剣をふりかざしているのは、ブレントだった。
「アデレード。一緒に来てもらうぞ」
男たちは御者を殴りつけて気絶させると、ロバータとアデレードを縛り上げた。そのまま二人を雑木林の中へ引っ張っていく。
「ブレント、何をするつもりなの! お母様に乱暴をしないで!」
アデレードが大声をあげると、ブレントはアデレードの首筋に手刀を落とした。気が遠くなる。ロバータが自分の名を叫んだように思ったが、何もわからなくなってしまった。
◇◇◇
身体中がずきずきと痛む。枕のようなものが頬に触れていた。少しずつ意識が戻ってくる。
(……そうだ、ブレントに襲われて……!)
薄暗い部屋で、硬いベッドに寝かされていた。アデレードは身体を起こそうとしたが、あちこちが激しく痛んで小さく悲鳴をあげてしまった。
「まだ無理だよ、寝てな」
女の声がする。部屋は鉄格子で仕切られていたが、その向こうに女がいた。暗い中でもわかる華やかな美貌と、それに似合わない地味な服装をしていた。
「ったく、あの人は、無茶苦茶をするんだから……」
ぼやきながら、女は鉄格子を鍵で開け、中に入ってきた。アデレードは両手首を縛り上げられていることに、ようやく気がついた。
「身体のどこが痛い?」
「お母様は、お母様はどこ!?」
問いに答えないアデレードに、女は顔をしかめた。そして「無事だよ」と答えた。
「あんたにだけ用事があるんだって。お母さんは、領主屋敷へ送り届けたって聞いてるよ」
「……そう、よかった」
アデレードはほっとして、女に尋ねた。
「あなたは、ブレントに雇われているの?」
「雇われているっていうか」
女はばつの悪そうな顔をして「……まあ、そうだね」と答えた。
(もしかして)
酒場のミミという女だろうか。尋ねる勇気はなかったが、おそらくミミなのだろうとアデレードは推測した。
「ブレントは、どこにいるの」
「この家にいるよ」
その時、男二人分の足音がした。乱暴な足音だった。
「アデレードは目を覚ましたか?」
ブレントとマイクが、連れ立って部屋の中に入ってきた。




