先延ばしの理由は 3
翌日、アデレードは読書をして過ごそうとしたが、ほとんど集中できず途中で諦めた。ぼんやりと外を見る。
思えば婚約したばかりの頃から、ブレントは何をするのも義務的にしている印象があった。誕生日の贈り物ですら、明らかに家令に選ばせたとわかるものだったし、お茶に招いた時にあくびをかみ殺しているのも当たり前だった。
子供のころから騎士として訓練三昧の日々だったから、女性のことがわからなかったり社交が退屈だったりするだろうと思ってきたが、酒場の女のところに入り浸っているという話はあまりに衝撃的だった。
(なぜ、この結婚の意味をわかってくださらないのかしら)
そもそもブレントとアデレードの結婚は、ブレントに利があるものだった。第二騎士団と貴族院の融和、ということになっているが、その気になれば貴族院は第二騎士団長を自分たちに都合のいい人物にすげ替えることができる。だが、強硬な手段に出ずに、対話を可能にしようという譲歩の結果が、ブレントとアデレードの結婚なのだ。
ブレントはアデレードと結婚しなければ、いずれ第二騎士団と貴族院が対立した時、貴族院は国王に許可を得てブレントを罷免するだろう。部下の騎士たちも、ほとんどが王都にはいられなくなる。
しかしアデレードは、驕った態度に出たことはなかった。結婚を先延ばしにされても、パーティーの約束を忘れられても、何週間も音沙汰がなくても、耐えてきた。それをいいことに、酒場で遊び歩いていたとは。
小さくため息をついて、窓際まで歩いていった。今夜の晩餐のためだろう、料理人がハーブ畑の方へ行くのが見える。とにかく今夜、ブレントと話をしよう。そう心に決めた。
◇◇◇
「ストックポート伯爵、それに奥様、お久しぶりでございます」
へレンズ伯爵がロバータの手にキスをする。へレンズ伯爵夫人は不安そうな様子だったが、アデレードに「久しぶりね」と微笑みかけた。
「お久しぶりです、へレンズ伯爵、それに伯爵夫人」
アデレードが礼をすると「相変わらず美しい!」とへレンズ伯爵が大きな声を出した。
へレンズ伯爵は若い頃、貴族院寄りの第一騎士団長に就任したのだが、当主になるはずだった兄が子を残さず亡くなり、急きょ騎士団長を退いて伯爵家を継いだ。
そんなへレンズ伯爵は、次男のブレントが第二騎士団を選ぶとは思ってもみなかったようで、貴族院が後ろ盾につく今回の縁談をとても喜んでいる。だが、騎士として長く過ごしたせいか政略結婚にはうとく、結婚の催促をしてもいまひとつ反応が薄い。侯爵家から嫁いできた伯爵夫人のほうがよほど詳しいくらいだ。
「遅くなりました。失礼」
アデレードのいとこ、ヘンリーが姿を現した。少し太っただろうか。以前会った時に「貴族院絡みの夜会ばかりだ」とぼやいていたことを思い出す。
「アイルズベリー侯爵、今日はご一緒できてうれしいですわ」
へレンズ伯爵夫人が礼をする。ヘンリーはアイルズベリー侯爵家の当主であり、夫人との間には四人の子がいる。長男はすでに十二歳だ。ブレントと六歳しか変わらないのに、と、アデレードはいつも気が重くなってしまう。
「あとは、ブレントだけですな」
サイモンがちらりと時計を見る。騎士団の訓練はとっくに終わっている時刻だった。へレンズ伯爵夫妻は顔を見合わせた。
「ブレントにも使いをやったのですが、まさか遅れてくるとは。申し訳ございません」
「アデレード嬢に甘えておるのでしょう。いくつになっても大きな子供のようでして」
言い訳を並べる二人を、ヘンリーが冷ややかなまなざしで見た。
カチ、カチ、と、音を立てて時計の針が進んでゆく。へレンズ伯爵夫人がどうでも良い世間話を続けたが、二十分が経ってしまった。
「立ち話も何ですから、まずは食前酒でも」
耐えかねたらしいサイモンが、皆を応接間に案内した。リキュールが運ばれてくる。
「騎士団は時刻遵守を貴ぶ、と聞いておりますがね」
ヘンリーがちくりと刺す。へレンズ伯爵がいらいらした様子で従者を呼んだ。
「ブレントには、確かに伝えたのだろうな!」
「は、はい。昨日も本日も、念を押しました。ブレント様は『わかった』とおっしゃっていて……」
アデレードは、すでに確信していた。
(ブレントは、来ない)




