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政略結婚を先延ばしにしていた婚約者が騎士団長をクビになりました  作者: 三尾めいこ


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2/16

先延ばしの理由は 2

 アデレードは心臓の鼓動がはね上がるのを感じた。何も悪いことをしていないのに、木の陰に隠れる。

 騎士たちは全く気づいていないようすで、話を続けている。


「所詮政略結婚だから、できるだけ先延ばしにしたいってさ」

「俺も聞いた。結婚なんて、どうせ人生の墓場だもんな」

「そうそう。結婚したってろくなことないのは、俺たちでも団長みたいな金持ちでも同じってこと」


 ナイフを持っている手が震えそうになる。堂々と出て行くか、戻ってしまえばいい、とわかっていても、足が動かない。


「それに団長、酒場の女をもう少しで落とせそうなんだろ? 囲える家を探してるって言ってたし」

「あー、ミミって女か。気が強いのが難点だけど、美人でいいよな」

「酒場の主と話をしてるけど、売れっ子だから、かなりの金がいるらしい」


 愛人を囲うのは、政略結婚ではよくあることだ。だが結婚する前から、それも酒場の女を愛人にしておくなど、聞いたことがない。


「団長は、礼儀作法がなってなくてもいいから、気楽な女がいいんだと」

「あの婚約者も美人だけれど、高位貴族のお嬢様って感じで、ちょっと息が詰まりそうだよな」

「雑な女が好き、ってところが、いかにも団長らしいな」


 騎士たちは好き勝手に話を続けている。中年の騎士がやってきて、大声を張り上げた。


「お前たち、いつまで休んでいるんだ。訓練を再開するぞ」


 騎士たちは「わかりました!」と返事をして、訓練場に戻っていった。アデレードはようやく木の陰から出て行って、井戸でナイフを洗った。


「痛っ……」


 人差し指の先を、ナイフで浅く切ってしまった。綺麗な水を汲みなおして、傷口を洗う。


(直接、ブレントから聞いたわけではないわ)


 自分に言い聞かせる。噂話というのは、どこでも無責任なものだ。騎士たちが話していたからと言って、真実だとは限らない。

 アデレードは傷口を乾かしながら、ナイフを持って訓練場に戻った。ブレントは剣を持って、模擬試合をしている。


(お母様に相談しよう)


 軽くなったバスケットを提げて、訓練場を出た。人差し指の傷だけが、じくじくと痛み続けていた。


◇◇◇


「ブレントの部下が?」


 館へ戻ってすぐ、アデレードは母のロバータに全てを打ち明けた。ロバータは深いため息をつき、窓の外を見やった。貴族院の建物が、遠くに見える。


「結婚から逃げ回っていると思ったら、酒場の女と懇(ねんご)ろになっていたなんて」

「お母様、ただの噂かもしれませんわ」

「そういった噂が出ること自体が、不名誉です」


 ロバータは一刀両断すると、さらに付け加えた。


「それに、下級貴族の騎士が、第二騎士団長について興味本位で噂するなど、騎士道に反した行いです。あってはならないことですよ」


 確かに第二騎士団は、上下関係がゆるんでいるように感じることがある。アデレードに馴れ馴れしく話しかける騎士もいるし、差し入れを当たり前のように食べて礼を言わない騎士もいる。今日も、アデレードがナイフを洗いに行こうとした時に、誰も代わろうとしなかった。


「とにかく一度、ブレントを呼びましょう。さっきヘンリーが来て『いい加減、結婚式の日取りを決めてもらわないと困る』と言っていたのよ」


 ヘンリーはアデレードの父方のいとこで、三十三歳だが貴族院議員として大きな影響力を持っている。アデレードとブレントの縁談をとりまとめたのはヘンリーの父だったが、二人が婚約してすぐに病に倒れ、爵位も貴族院の議席もヘンリーが継いだ。ブレントが結婚しようとしないために「第二騎士団嫌いの貴族院を抑えるのに苦労している」と聞くたび、アデレードは申し訳ない気持ちになっていた。


 机に向かい、ロバータは明日の夕食への招待状をしたためた。ブレント宛ではなく、両親のへレンズ伯爵夫妻宛となっているところに、ロバータの真剣さが見てとれた。


 ベルを鳴らして家令を呼ぶ。へレンズ伯爵家へ届けるように伝えた後「ヘンリーにも来てもらえるよう頼んでちょうだい」と告げた。


 家令が下がると、入れ替わりに父のサイモンが部屋に入ってきた。


「ブレントとへレンズ伯爵夫妻を夕食に招くそうだが、何かあったのか」


 サイモンとロバータの間には、アデレード以外に子はいない。領地だけはアデレードが継げるが、爵位は女が継げない決まりになっていたため、国王の許可を得てブレントがストックポート伯爵位を継ぐことになっていた。


 アデレードがロバータに説明したことを繰り返すと、サイモンは絶句した。


「結婚を延期している理由として、酒場の女が原因であると言われるだけでも、十分不名誉なことだ。ブレントにはっきりと否定してもらわねばならん」

「もちろんです。そもそも、もう結婚はこれ以上延期できないところまで来ているのですから」


 両親が話し合っているのを、アデレードははらはらしながら見守っていた。人差し指の傷が、また痛みはじめた。

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