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政略結婚を先延ばしにしていた婚約者が騎士団長をクビになりました  作者: 三尾めいこ


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1/13

先延ばしの理由は 1

 「第二騎士団詰め所」と書かれた青銅のプレートは、いつも通り美しく磨き上げられていた。騎士たちの掛け声が、門の外にまで響いてくる。


 アデレードはバスケットをメイドに持たせ、自分でも二つ下げたまま、警備の騎士に頭を下げた。


「こんにちは」

「アデレード様! ようこそお越しくださいました」


 警備の騎士は、まだ十代半ばだろう。にきびがいくつもある。アデレードは丁寧な口調で尋ねた。


「ブレントは、いますか?」

「はい。訓練中です。どうぞお通り下さい」


 門をくぐる。掛け声は一段と大きくなる。剣を振るう者、模擬試合を行う者、それぞれが訓練に熱中していた。

 ブレントは模擬試合を見ていた。邪魔にならないよう、試合が終わるまで待つ。


「勝負あり!」


 小柄な騎士が、大柄な騎士に勝った。ブレントは「油断したな、ジョージ」と声をかけ、試合の講評をする。そして初めて、アデレードが来ていることに気づいたようだった。


「なんだアデレード、来ていたのか」


 アデレードは苦笑した。他の騎士たちは皆気づいていたのに、ブレントだけが気づいてくれない。いつものこととはいえ、ほんの少しだけ心が傷つく。


「差し入れを持ってきたわ」

「そうか。おい皆! 差し入れだぞ」


 騎士たちがわっと駆け寄ってくる。バスケットの中には、料理人が丹精した鶏の丸焼きや、色とりどりのサンドイッチ、果物の砂糖漬けなどが詰まっていた。


「いただきます!」


 四方八方から手が伸びて、あっという間に大きなバスケットは四つとも空になった。ブレントは鶏のもも肉にかぶりつき、あっという間に骨だけにした。


「ストックポート伯爵家の料理人は、相変わらず腕がいいな」


「第二騎士団の方々に召し上がっていただくのだから、腕の振るいがいがあると言っていたわ」


 第二騎士団は、普段は第一騎士団と共に王都を守っているが、もしも外征があれば、第二騎士団が真っ先に国境を越えることに決まっている。だから好戦的な空気が常に漂っていて、騎士たちも常に腕を磨き続けていた。

 

 ブレントは第二騎士団長に任命されて、四年が経つ。二十七歳の身体には、はちきれんばかりの筋肉がついていて、剣も弓も槍も全てが名手と言われるだけの腕を持っていた。裕福なへレンズ伯爵家の次男に生まれ、子供のころから騎士を志し、すでにその頂点に近い位置を掴んでいる。


 アデレードとの婚約も、第二騎士団長としての地位を盤石にするためのものだった。アデレードの父、ストックポート伯爵は貴族院で有力な地位にあり、反目しがちな貴族院と第二騎士団の融和のために、一人娘のアデレードを第二騎士団長になったばかりのブレントと婚約させた。一日も早い結婚をと、貴族院も第一騎士団も、そして国王も願っていた。


(……けれど)


『外征があるかもしれない』

『新しく従騎士が入ってくる時期だから、騎士団を空けられない』


 ブレントは言い訳ばかりして、一向に結婚式を挙げようとせず、四年もの年月が経ってしまった。


 最初は自分に問題があるのかと、アデレードは悩んだ。そして騎士団の詰所に足を運び、ブレントとより親しくなろうとした。食事を差し入れ、部下の騎士たちとも言葉を交わし、騎士団長夫人としてふさわしくなろうとした。


 しかしブレントは、態度を変えようとしなかった。アデレードが結婚という言葉を持ち出そうものなら、あからさまに不機嫌になる。婚約当初はしばしば足を運んでいたストックポート伯爵家にも寄りつかなくなり、さらには「両親が口うるさい」と、自分の家にすら帰らなくなって、騎士団の詰所で寝起きをするようになった。


 アデレードが「結婚」という言葉さえ出さなければ、ブレントは普通に接してくれる。だからアデレードは「いつかは結婚に前向きになってくれる」と信じて、差し入れを持っては詰所へ通い続けている。今日もそうだった。


「ご馳走様でした!」


 騎士たちが「食った、食った」と満足そうに去っていく。アデレードはメイドと共に、ナプキンやカトラリーをバスケットに戻していた。と、肉を切り分けるためのナイフが地面に落ちて、泥まみれになってしまった。


「これでは錆びてしまうわ」

「私が、井戸を借りて洗ってまいります」

「いいわ、私が行ってくる」


 今日連れてきたメイドは、井戸の位置を知らない。自分が行った方が早いだろうと、アデレードはナイフを持って井戸へと急いだ。

 井戸の周りには数人の騎士たちがたむろしている。アデレードに気づいていないようで、喋っている内容が聞こえてきた。


「団長の婚約者、美人でいい家の娘で、うらやましいよな」

「下級貴族の俺たちとは違うんだから、仕方ねえよ」


 自分が噂されているところには、どうにも出ていきにくい。少し歩みを遅くしたアデレードの耳に、驚くべき言葉が聞こえてきた。


「けれど団長、結婚する気はないんだろう?」

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