先延ばしの理由は 1
「第二騎士団詰め所」と書かれた青銅のプレートは、いつも通り美しく磨き上げられていた。騎士たちの掛け声が、門の外にまで響いてくる。
アデレードはバスケットをメイドに持たせ、自分でも二つ下げたまま、警備の騎士に頭を下げた。
「こんにちは」
「アデレード様! ようこそお越しくださいました」
警備の騎士は、まだ十代半ばだろう。にきびがいくつもある。アデレードは丁寧な口調で尋ねた。
「ブレントは、いますか?」
「はい。訓練中です。どうぞお通り下さい」
門をくぐる。掛け声は一段と大きくなる。剣を振るう者、模擬試合を行う者、それぞれが訓練に熱中していた。
ブレントは模擬試合を見ていた。邪魔にならないよう、試合が終わるまで待つ。
「勝負あり!」
小柄な騎士が、大柄な騎士に勝った。ブレントは「油断したな、ジョージ」と声をかけ、試合の講評をする。そして初めて、アデレードが来ていることに気づいたようだった。
「なんだアデレード、来ていたのか」
アデレードは苦笑した。他の騎士たちは皆気づいていたのに、ブレントだけが気づいてくれない。いつものこととはいえ、ほんの少しだけ心が傷つく。
「差し入れを持ってきたわ」
「そうか。おい皆! 差し入れだぞ」
騎士たちがわっと駆け寄ってくる。バスケットの中には、料理人が丹精した鶏の丸焼きや、色とりどりのサンドイッチ、果物の砂糖漬けなどが詰まっていた。
「いただきます!」
四方八方から手が伸びて、あっという間に大きなバスケットは四つとも空になった。ブレントは鶏のもも肉にかぶりつき、あっという間に骨だけにした。
「ストックポート伯爵家の料理人は、相変わらず腕がいいな」
「第二騎士団の方々に召し上がっていただくのだから、腕の振るいがいがあると言っていたわ」
第二騎士団は、普段は第一騎士団と共に王都を守っているが、もしも外征があれば、第二騎士団が真っ先に国境を越えることに決まっている。だから好戦的な空気が常に漂っていて、騎士たちも常に腕を磨き続けていた。
ブレントは第二騎士団長に任命されて、四年が経つ。二十七歳の身体には、はちきれんばかりの筋肉がついていて、剣も弓も槍も全てが名手と言われるだけの腕を持っていた。裕福なへレンズ伯爵家の次男に生まれ、子供のころから騎士を志し、すでにその頂点に近い位置を掴んでいる。
アデレードとの婚約も、第二騎士団長としての地位を盤石にするためのものだった。アデレードの父、ストックポート伯爵は貴族院で有力な地位にあり、反目しがちな貴族院と第二騎士団の融和のために、一人娘のアデレードを第二騎士団長になったばかりのブレントと婚約させた。一日も早い結婚をと、貴族院も第一騎士団も、そして国王も願っていた。
(……けれど)
『外征があるかもしれない』
『新しく従騎士が入ってくる時期だから、騎士団を空けられない』
ブレントは言い訳ばかりして、一向に結婚式を挙げようとせず、四年もの年月が経ってしまった。
最初は自分に問題があるのかと、アデレードは悩んだ。そして騎士団の詰所に足を運び、ブレントとより親しくなろうとした。食事を差し入れ、部下の騎士たちとも言葉を交わし、騎士団長夫人としてふさわしくなろうとした。
しかしブレントは、態度を変えようとしなかった。アデレードが結婚という言葉を持ち出そうものなら、あからさまに不機嫌になる。婚約当初はしばしば足を運んでいたストックポート伯爵家にも寄りつかなくなり、さらには「両親が口うるさい」と、自分の家にすら帰らなくなって、騎士団の詰所で寝起きをするようになった。
アデレードが「結婚」という言葉さえ出さなければ、ブレントは普通に接してくれる。だからアデレードは「いつかは結婚に前向きになってくれる」と信じて、差し入れを持っては詰所へ通い続けている。今日もそうだった。
「ご馳走様でした!」
騎士たちが「食った、食った」と満足そうに去っていく。アデレードはメイドと共に、ナプキンやカトラリーをバスケットに戻していた。と、肉を切り分けるためのナイフが地面に落ちて、泥まみれになってしまった。
「これでは錆びてしまうわ」
「私が、井戸を借りて洗ってまいります」
「いいわ、私が行ってくる」
今日連れてきたメイドは、井戸の位置を知らない。自分が行った方が早いだろうと、アデレードはナイフを持って井戸へと急いだ。
井戸の周りには数人の騎士たちがたむろしている。アデレードに気づいていないようで、喋っている内容が聞こえてきた。
「団長の婚約者、美人でいい家の娘で、うらやましいよな」
「下級貴族の俺たちとは違うんだから、仕方ねえよ」
自分が噂されているところには、どうにも出ていきにくい。少し歩みを遅くしたアデレードの耳に、驚くべき言葉が聞こえてきた。
「けれど団長、結婚する気はないんだろう?」




