策略 1
翌朝。
「頭が痛い。薬を持ってこい」
ブレントはミミに居丈高に命じた。ミミは「はいはい」と手慣れた様子で部屋を出て行くと、水と頭痛に効く薬草を持ってきた。
「レモンが入っていないじゃないか」
ミミの家だと、いつも水にはレモンが入っていた。薬草の苦みを消してくれて、むかつく胃もすっきりさせてくれる。
「あんたね、あたしたちは居候なの。あれもよこせ、これもよこせ、なんて言えるわけがないでしょう?」
たしなめられて、ブレントは不機嫌に薬草の粉を飲み干した。
「やはり、早く王都に戻りたい。そのためにも、国王陛下に訴え出なければ」
「憲兵隊に捕まるから、代理人を立てた方がいいんじゃないの?」
「代理人か……」
しばらく考え込んで「マイクを呼んできてくれ」と、再びミミに命じた。
「何かご用でしょうか」
マイクはにこにこと笑みを浮かべている。ブレントは調子を変えずに、部下に役割を言いつけるように告げた。
「お前を、私の代理人にする。王都であの女の不貞を訴え出てくれ」
「あの女、と申しますと、アデレードお嬢様でしょうか?」
「そうだ」
少し困ったような顔をして、マイクは頭をかく。
「私は領民です。こちらの領地を離れるわけにはまいりません」
「私が委任状を書こう。王都に知り合いの弁護士がいるから、そこまで行ってくれればお前を代理人に立てられる」
「なるほど、そうでしたか」
ブレントの言葉に、マイクはあっさりと役目を引き受けた。しかし「ただ」と軽く口ごもる。
「実は今日、代官のノックスさんに呼び出されておりまして。お嬢様が私を疑っているということで、報奨金をいただけないかもしれないのです」
「お前を疑っている、とは?」
「私が報奨金を独り占めしていると、言いがかりをつけられている件です。これが片付かなくては、領地を動くわけにはまいりません」
ブレントは「何だと?」と立ち上がった。どこまで自分の邪魔をしたら気が済むのか。
(まさか)
アデレードは自分がマイクのところにいるのを知っていて、ブレントが訴え出ることがないようにマイクを足止めし、妨害しているのではないか――そんな考えが、頭をよぎった。
(あの女は突然領地の経営に口を出し、そして私のことまで邪魔をしはじめた。おかしい……)
一緒にいた男の姿が思い浮かぶ。アデレードに無駄な知恵をつけているのは、あの男ではないだろうか。
(不貞を働いたあげく、悪知恵までつけるとは! なんという女だ!)
いらだちが最高潮に達し、ブレントは思わずベッドを蹴った。マイクが「落ち着いてください」と顔をしかめる。
「私は申し開きをしてまいりますから、ブレント様は落ち着いてください。何もないとわかっていただければ、すぐに王都にも行くことができますから。少し遅れますが、その間に憲兵隊がやってくることはないでしょう」
「それは、そうだが……」
この家に閉じ込められたまま、日を過ごさなくてはいけないのが面白くない。拳を握りしめると、ミミがすっと身体を寄せてきた。
「冷静になりなさいよ。ほんのしばらくのことじゃないの。少しだけ我慢していればいいわ」
「う、うむ……」
ようやく座ったブレントに、マイクはほっとした様子で「では」と言った。
「ノックスさんのところへ出かけてきますので、しばらくお待ちください。ご用がありましたら、妻に命じていただければ、お世話するようにしてありますので」
「わかった」
まだ不平そうなブレントの言葉を封じるように、マイクは部屋を出た。そして大きく息を吐く。
(まったく、お坊ちゃんの相手は大変だ。もっとも、アデレード様の不貞行為と言い出してくれたのはありがたいがな。裁判の結果、ここがストックポート伯爵領でなくなれば、ノックスの野郎も代官屋敷を追われるし、報奨金の一件もうやむやになる。うまいことヘレンズ伯爵領にでもなってくれれば、あのお坊ちゃんを酒浸りにさせて適当にあしらえるのだがなあ。そんな贅沢は言えないか……)
階段を降り、妻に「出かけてくる」と言って、一番みずぼらしい馬にまたがった。そしてノックスの家を目指して、馬を走らせ始めた。




