嵐の前 4
「では、息子が戻り次第、報奨金を払うと知らせて参りましょう。明日になると思いますが……」
ノックスが言い、皆が頷いた。
「今日は屋敷に戻るわ。長い間ありがとう」
「とんでもございません。こちらこそ、お嬢様と奥様のお手をわずらわせて、実に申し訳ないことで」
馬車に乗り、屋敷を目指した。セオドアもそのまま宿泊していくことになっている。
「今日はいろいろなことがありすぎて、大変だったわ」
アデレードが苦笑すると、セオドアとロバータも笑った。
「一気に老け込んだ気がするわね」
「まさか元婚約者殿が、ここまで追ってくるとはね。早く憲兵隊に突き出したいものだ」
日が傾き、オレンジと紺のグラデーションの空に星がまたたき始めた。屋敷に到着すると、管理人のジョンが門のところに立っていた。
「あっ、奥様、お嬢様! 王都から知らせが来ておりましたが、何ともありませんでしたか?」
「ブレントのことでしょう? 代官屋敷にも知らせが来たわ。心配をかけてごめんなさいね」
窓から声をかけると、ジョンは首を振った。
「何日か前に、別荘のあたりを若い男がうろついていたのですが、あれがお尋ね者だとは思わず……。申し訳ありません」
「あの時はまだお尋ね者ではなかったの。仕方ないわ。ありがとう、ジョン」
玄関で馬車を降りると「お夕食の準備ができております」と知らされた。そのまま食堂に向かう。
「ああ、おいしい」
じゃがいものポタージュを一口啜ったロバータが、しみじみと言った。アデレードも、滋味が全身にしみわたるように感じた。
「今日は早く休んで。明日から、何があるかわからないのだから」
セオドアが心配そうに言い、アデレードは「ありがとう」と頷いた。
「セオドアがいてくれてよかった。本当に助かっているわ」
そう口に出してから、なぜか胸の奥に恥ずかしいような気持ちがこみ上げてきた。いてくれてよかった――本心からそう思っているのに、それを言ってしまったことが、面はゆい。なぜだろう。
「アデレードの役に立てて何よりだよ」
返事を聞いて、アデレードは頬が熱を帯びるのを感じた。ブレントは一度も優しい言葉をかけてくれたことがなかったのに、セオドアはいつも自分の欲しい言葉をくれる。今日も危機を救い、自分に寄り添い、そして柔らかな言葉で自分を包んでくれて、ありがたいと思う心とはまた違う感情があった。その感情が何というものなのか、アデレードにはよくわからなかった。
手足がむずがゆいような気がして、急いでローストビーフにナイフを入れ、よく焼けた一切れを噛みしめる。肉の旨味が頬の裏側にしみると、なぜかセオドアの顔が見られなくなってしまい、そのまま話題を変えた。
「マイクは明日以降、報奨金を受け取りにやって来るかしら」
「必ず来る。ああいう手合いは、金のためなら危険をかえりみないんだ」
セオドアは断言した。
「だから、ある意味ではそこに隙ができやすい。他の農夫から報奨金を取り上げることもあるだろうし、借金のことで口を滑らせることもあると思うんだ。そこがチャンスだね」
「逃がしてしまわないように、注意しなくてはいけないわね」
漠然とした不安は残っていた。マイクはどんな手を使ってくるかわからない。ブレントを匿い、その力を借りて暴力を振るう可能性もある。セオドアが怪我をしたらと思うと、アデレードはいてもたってもいられなかった。
「セオドア。もしもブレントがやってきたら、無理はしないでね」
「私も一応剣は振るえるよ。自分の身を守ることくらいはできるさ」
「けれど……」
アデレードが口ごもると、セオドアは快活に笑い、剣を振る真似をした。
「騎士団長の剣は、戦場用の剣だろう? 私の剣は夜盗や獣から生き残ることに特化した剣だから、そんなに心配しなくていいよ。騎士道には反するかもしれないけれど、自分の身を守ることを第一に考えているから」
「必ず自分の身を守ってね。お願いよ」
「自分だけじゃない。皆の身も守ってみせるさ」
断言するセオドアを頼もしく思う一方で、不安な気持ちはいつまでも消えなかった。




