嵐の前 2
その頃、マイクの家ではブレントが声を荒げていた。広い客間には、悪趣味な色合いの絵や花瓶がごてごてと飾られている。
「くそっ、アデレードめ! 自分のことは棚に上げて、不貞だの越権行為だの……。王都に戻れだと? ふざけるな!」
けばけばしく化粧をしたマイクの妻が「まあまあ」だとか「その通りです」だとか、適当に相槌を打ちながら、明らかに密造品だとわかるワインを勧めていた。
「ヘレンズ様、困ったことになりました」
マイクが言葉に反して、大して困った様子ではなく外から戻ってきた。
「ヘレンズ様の手配状が、王都から来たのだそうです。匿うことはまかりならん、と、村の代表が代官様に言い含められたんだそうで……」
「何だと!?」
憲兵隊の手配状に間違いない。ブレントは青ざめた。マイクが憲兵隊に突き出す決心をしたら、自分は終わりだ。
「ご安心ください、私はヘレンズ様の無罪を信じておりますから、領主様のところへお知らせしたりはしませんよ。ですが、軽々しく出歩いたりなさらないように。特に酒場には行かないでくださいね」
「うむ……」
女を相手にできないのはつまらなかったが、身の安全のためには仕方がない。そう考えていると、マイクがにっこりと笑みを浮かべた。
「お寂しいでしょうから、こちらでお相手の手配をさせていただきました」
マイクが部屋のドアを開けると、ミミが立っていた。
「ミミ!」
狂喜して抱きつこうとするブレントを、ミミは不服そうに受け止めた。
「何やってるのよ。第二騎士団長はクビになるわ、こんなところでお尋ね者になってるわ……」
「お前のところの主人が、間諜だったからだ。私は何の罪もないのに、巻き込まれたんだ」
適当な説明をして、何度もミミを抱きしめる。そしてマイクに顔だけを向け「感謝する」と言った。
「ミミがいれば、何の不足もない」
「いえいえ、このくらいのことは。これからも、私の味方になってくださいますか?」
「もちろんだ。ここまでしてもらったのだからな」
妻が地味な服を持ってきて、ミミとブレントに手渡した。
「これに着替えておくとよろしいでしょう。王都風の服装は、この村では目立ちますから。二階にお部屋を用意してありますから、そちらで着替えてきてください」
二人は階段を上がって、客用寝室に入った。大きなベッドがひとつ置いてあり、安っぽい赤色をした上掛けがかかっている。洋服を収納する棚には、稚拙な彫刻が施されていた。
「ミミ、ようやく会えたな」
首筋に唇を寄せるブレントを、ミミは振り払った。
「ここ、あんたの婚約者の領地なんでしょう? ここにいて大丈夫なの?」
「婚約は解消されたんだ。しかも、あの女には男がいた。不貞と私の無罪を国王陛下に訴え出たいのだが、憲兵隊が私を探し回っている。あの女の父親といとこにはめられたんだ。まったく、いまいましい一族だ」
「本当かしらね」
ミミは手早く着替えると、髪もひとつにまとめてしまった。服装が変わっただけなのに、酒場の女ではなく、普通の村娘に見える。
「あたしはこれで出歩けるけれど、あんたはうろうろしちゃだめよ」
「わかっている」
窓際のテーブルに、客間で飲んだのと同じ密造のワインが置いてあった。ミミに栓を抜かせて、ブレントはひとりでワインをあおる。
「どうやってあの女たちに一泡吹かせるか、マイクとも相談しなくてはいけないな」
「あの男、信頼できるの?」
ミミの疑問に、ブレントは大きく頷いて「信頼できる」と言い切った。
「アデレードの居場所を教えてくれた上に、私を常に立ててくれる。憲兵隊がやってくる危険を顧みず、こうして私を匿ってくれた上に、お前まで連れてきてくれたじゃないか」
「あたしは、あんたの使いだっていう人が突然やってきたから、居場所を教えてくれって言ったらここに連れてこられただけよ。あたしだって、憲兵隊の取り調べを受けたのよ。あんたと一緒にいるのは危ないのに、まさかいきなり会わされるとは思ってもみなかった」
ふん、と、ミミは鼻を鳴らす。ブレントは「そう怒るな」と、構わずワインを飲み続けた。




