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「お前は……。なぜここにいる?」
ブレントが気色ばむと、マイクは首を振った。
「ここの近くにお住まいの、代官様に用事がありまして。もっとも、会っていただけなかったのですが」
マイクはブレントを眺めまわすと「そちらは、どのようなご用事で?」と尋ねた。
「……アデレード、いや、お嬢様に会おうと思ったのだが、今日はもう日が暮れそうだし、どうしようかと思っていたところだ」
取り繕うと、マイクは「それでしたら」と首を傾げた。
「この近くで、私の親戚が宿屋を経営しております。よろしければそちらにお泊まりください」
「い、いや、それは」
一刻も早く王都に戻りたいのだが、マイクからアデレードに自分のことが伝わったら、という焦りも湧きあがってきた。ストックポート伯爵たちが、先に手を打ってしまうかもしれない。
(この男を味方に引き入れよう。アデレードの領地経営が領民に不評だとわかれば、裁判でも有利になるだろう)
ブレントは急いで表情を取り繕い、マイクに重々しく告げた。
「では、世話になるかな」
「どうぞ、どうぞ。狭くて汚い宿ではございますが」
マイクは農耕馬ではない、そこそこ見栄えのする馬に乗っていた。先導され、宿屋に向かう。暗くなるにつれ、風が強くなってきていた。
「こちらでございます」
案内されたのは、昨日よりもずっと立派な宿屋だった。中年の夫婦と、アデレードより少し若い娘で切り盛りをしているらしい。
「いらっしゃいませ」
一家はブレントとマイクを迎え入れると、マイクと小声で話し込んでから、ブレントを二階の一室に通した。どうやら一番良い部屋らしく、ベッドにはふかふかの羽毛布団がかかっていて、他の家具も田舎らしくない美しいものだった。
「ふん、悪くないな」
ミミの部屋をふと思い出した。あの部屋も、柔らかな羽毛布団と豪華な調度品が揃っていた。
ミミも田舎の出身で、酒場で身を立てるまで随分苦労したのだと言っていたのを思い出す。
(アデレードのように、貴族の家に生まれて、何一つ苦労を知らない女とは違うんだ)
吐き捨てるように考えると、娘が「お夕食ですよ」と呼びに来た。
食堂のテーブルの上には、シェファーズパイを主菜に、茹でた野菜や豆のスープが添えられている。エールの味も、昨日の酒場に比べてずっとよかった。
「そういえば、お名前をうかがうのを忘れておりましたな」
マイクに尋ねられ「ブレント、と呼んでくれ」と答えた。
「かしこまりました。ブレント様は、騎士とお見受けいたしますが、どういった理由でこちらへ?」
昨日まで騎士団長の正装をしていたし、剣も提げている。ごまかすわけにはいかないので「静養だ」と答えた。
「ここのところ、忙しかったのでな。昔の同僚のところで、しばらく休むつもりだった」
「さようですか」
マイクは昨日と変わりなくエールを飲み干し、旺盛な食欲を見せた。ブレントもつられてシェファーズパイにかぶりつく。
「お嬢様とは、王都でお会いになったことがおありに?」
「……一応、ある。ストックポート伯爵家は、騎士団と縁を結びたがっていたからな」
「なるほど、そういうことでしたか」
マイクはにやりと笑う。その笑みに邪悪さが含まれていることに、ブレントは全く気づかなかった。
「ところで、昨日お話しした報奨金の件なのですが、どうやらコルチェスター侯爵の弟君も疑っておられるようで。それで代官様もすっかり私を信じてくださらなくて、困ったものです」
「コルチェスター侯爵の弟だと?」
「ええ」
焦らすように、マイクはエールを飲んでシェファーズパイを食べた。それからゆっくりと口を開く。
「お嬢様が小さい頃から、親しく往来されておられるそうですよ。今日も、お屋敷に入っていかれるところを見た者がおります。お嬢様が今回領地においでになったのは、コルチェスター侯爵の弟君とご結婚されるためではないか、ともっぱらの噂でしてね」
ブレントは心臓が爆発しそうになった。やはり新しい男だった。自分と婚約を解消するなり、新しい男を引き入れるなど、不貞も同然ではないか。
(俺を、第二騎士団長の座から引きずり降ろしておいて……!)
煮えたぎるような気持ちを抑えるために、エールを飲む。「おかわり」と叫ぶと、娘が「はあい」とやってきた。手を包みこむようにして受け取る。冷やりとした色白の手の感触に、少しどきりとした。
(悪くない女だな)
ブレントはアデレードへの当てつけのように、娘の腰や胸を眺めまわした。




