啓吾の場合(一)
「夏海、お前も行くだろ?」
成人式の今日、式も終わり久々に会うメンツと話していた時、視界の端に映った幼馴染を呼び止めた。
「あー……、うん。けど、その前に少し行きたいとこあって」
「え、どこ」
「ちょっとね。啓吾は先行ってて」
「ちょ、夏海! 待て――」
手を伸ばすもあと一歩のところで届かず、暗い顔をした幼馴染は振り返ることもなく行ってしまった。
それを追いかけようとしたところで、首に回された腕によって阻まれた。
「ちょ――」
「あれって綾川だよな? お前らまだ続いてるん?」
「は?」
言葉の意味が分からず振り返ると、中学で同じクラスだった奴の顔が間近にあった。
高校は違うので疎遠にはなっていたが、中学頃はよく連んでいた。ただ、友達かと言われれば微妙だ。
「付き合ってんだろ?」
遅れてやってきた別の奴がニヤニヤしながら口を開いた。
こいつも中学で同じクラスだった奴だ。確かこの二人は仲が良かった気がする。
両脇をガッチリと固められてしまい、話に付き合わなければ解放してもらえなさそうだ。
「……付き合ってねーよ」
もう、このセリフを何度聞いただろうか。
「えー? でも高校んときも毎朝一緒に登校してたんだろ?」
「大学だって同じって聞いたぞ」
確かにどちらも事実だ。
だが、なぜ知っているのか問いただすと、二人の口からは同じ友の名前が紡がれた。あいつは後でシメる。
「家が隣で目的地が同じなんだから別々に行くのも変だってだけだよ。大学だってたまたまだ」
「いやいやいや、わざわざ時間合わせて一緒に行く方が変だから!」
耳元で荒げられた声に、眉を寄せた。
きっと、大多数がこいつの言ったことに賛同するんだろう。俺だって当事者じゃなければそう思う。
「お前は好きなんじゃねーの?」
「なんで告んないの? それともフラれた?」
二人からの矢継ぎ早の質問に、思わず睨みつけてしまった。
人の気も知らないで、簡単に言ってくれる。
俺だって、告いたい気持ちはあるのだ。告ったことで夏海が意識してくれるなら、とっくに告っている。
ただ、今はそれ以前の問題なのだ。
今は、というか十四年前からずっと。
俺らの幼馴染が池で溺れて死んだ、あの日から。
俺はその場に居なかったから詳しくは知らされておらず、唯一聞いたのは夏海が直前まで一緒にいたことだけ。
俺としては、目の前で起きた事故ではないことに安堵したのだが、夏海は違った。
あの日からずっと自分を責め、泣くことも、笑うこともなくなった。
最初こそ、こぞって夏海の心配をしていたが、月日が経てば記憶は薄れていく。
死んだ幼馴染の両親が離婚してこの地を去ってからは、誰も心配しなくなった。
夏海が笑うようになってきたのも、ひとつの要因だろう。だが、以前の屈託さはない。
特に朝はぼーっとしていることが多く、酷い時には電柱にぶつかりそうになったことまである。
そんなことがあって毎朝一緒に登校するようになった。決して下心だけではない。
そして、今ではだいぶマシになったが、未だふとした瞬間に顔が陰る。
夏海にとってはまだ過去になっていない、あるいはできていないのだ。
心の奥底に死んだ幼馴染がいる状態では、告白どころではない。
ただ、こいつらにそれを説明するつもりはないので、睨むだけに留めた。
「え、まじでフラれたん?」
「高校でも揶揄われてウザくなったとか?」
無言を肯定と受け取った二人にまたも好き勝手言われ、自然とため息が漏れた。
ついでに中学の頃こいつらに揶揄われていたことを思い出してしまい、首に絡んだ腕を外しながらあくまで冗談に見えるよう笑ってみせた。
「進学校にそんな幼稚な奴いねーよ」
「おまっ、俺たちがバカで幼稚って言いたいのかっ!」
「その通りだけども!」
意趣返しで投げた事実は、思いの外クリーンヒットしたようだ。
悪い奴らではないのだが、恋愛が絡むと何故か鬱陶しくなる。
ギャーギャーと反論しているのを見ると、少しだけスッキリした。
そのまま二人とは距離をとり、「また後でな」と告げでから夏海を追いかけるために会場を後にした。
とはいえ既に姿はなく、家に行ってみてももう出た後だと言う。
別れ際の暗い顔を思い出し、嫌な予感が頭をよぎった。
(まさか…、いや、ないよな……)
心の中では否定しても、嫌な考えはなくならない。
とりあえず行ってみるだけ行ってみよう、と歩き出したスピードが段々と早くなっていく。気ばかりが急いて、遂には全速力で走り出していた。
向かっている先は、あの池だ。
十四年前、幼馴染が死んだ池。
俺たちは家が隣同士で、必然的に三人でいることが多かった。
お互いの家にも行き来して、当時はそれなりに仲が良かったと思う。
だが、はっきり言って今は嫌いだ。
夏海の心に深い傷をつけ、居座り続けているあいつが。
亡くなった人を悪く言うのは良くないことだと分かっていても、もっと別の、夏海とは全く関係のない場所にしてほしかったと思わずにはいられない。
その上、向こうに連れて行くなんて絶対に許さない。
恐怖と怒りがない混ぜになった状態で、とにかく走った。




