第三十部 四章 自分
~ ヴェルスター学園 学生寮 美奈とアイシャの部屋 ~
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ベッドの上でケーキスポンジのような柔らかさに包まれている時に耳障りな声が聞こえる。それはアイシャを呼ぶ声だ。今もその名前で言われることに疑問を抱くのはまだこの身体に魂が馴染んでいない事の証拠なのだろうか。
だけど、それが自分を呼んでいる事に違いはない。薄く目を開けると同時に部屋の照明が自分の目を刺激する。反射的に腕で両目をカバーして覆ってない手と両足を器用に使って飛び起きるように床に両足を着く。
瞬きを何回か繰り返すと自分を呼んでいた人とは別にもう一つの人影がある事に気付く。そこにいたのは美奈以外に2人がいた。美奈の従者のサリアとランクの2人だ。
「あ…ランクと……うぅ……まだ、耳に声が響く…」
「すみませんでした、お嬢」
「そろそろお食事の時間という事でお越しに来たんです。お嬢様方がとてもお疲れの事は聞いていたのですが、少しでも元気を出すようにしてご夕飯は私たちが作ろうとしたのですが…」
「ジェバンニ様がご夕飯の単語を出した時に熟睡していたレイラ様がアクロバットを決めて料理を始めてしまって手が付けられなくなり、それで私たちの方に連絡が来たのでこうしてこの部屋に来たんです」
「そう…あれ?部屋の中まで…?鍵を掛けなかったっけ…?でも、あの時は疲れていたし……ん?」
記憶を辿るが鍵は魂にも身体にも染みついている感覚だ。どれだけ疲れていても最後尾を歩く自分は鍵をかけ忘れるなんて殆どない。記憶をどうにか掘り起こそうと視線を泳がせていると寝ている美奈の布団の一部が不自然に盛り上がって小さな手がいくつか親指を立てて「グッド」のサインを出している。
(精霊のいたずら…いや、善意でやったという事は分かるけれど、それでも潰したくなるわ)
「レイラが起きているという事はリラも起きているんだよな」
「はい、リラ様はお越しに行った時には既に起きていたようですが、睡眠は最低限しか取っていないようで…」
「そう…」
俺から言わせてもらえれば、今回の一番の功労者は美奈ではなくリラだ。リラのステータスは人一倍はあるが、特出したステータスはない。器用貧乏の能力値、それを亜種魔法でカバー出来るがそれも美奈のような魔力量が無くてはすぐに限界が来て頭打ちとなる。功績としてはそうではないと思う者もいるかもしれないが俺の中ではリラが一番だと思っている。
あのミノタウロスゾンビの打撃を防げる中では1位、2位を争う程の硬さを誇る氷魔法が10秒も持たずに破壊される、それを何回も使って最後には最大火力を打ち込んだ。既にその後、気を失ってもおかしくないのに、いや、その状態はみんな同じのはずだ。
あぁ…怖いなぁ……
今もそんな考えが、頭の中から徐々に大きくなって、涙が流れそうになるが目をこするふりをして誤魔化す。顔を洗ってレイラ達の部屋に移動する。
この前は使用人たちの椅子が足りなかったから、休憩所で食べることになったが、今回はテーブルの大きさも椅子も人数分用意してあった。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔しますぅ…」
部屋に入るとリビングの方からリラが顔を覗かせて笑顔のまま手招きをして、こっちに来るように促していた。既にその部屋には美味しそうな匂いが立ち込めていて、寝ぼけていた意識が食欲によって目覚めさせられる。
テーブルに着くと10秒も経たずに「出来た!」と声が聞こえて、レイラが料理を運んできた。料理を机に並べながらレイラは料理の説明をし始める。
「今日はスタミナたっぷりの肉料理を作ってみたよ。もちろん、野菜とかの栄養食も入れてバランスは十分取れているしドレッシングも特製スタミナ回復するように作ってみたんだ。まぁ、まずは食べてみてよ」
そう言ってレイラは料理を運びながら説明を一通り終わらせると自分の分の料理を運んで自分の席に着くと肉眼ではとらえられない速さで両手でアシュリーの腕を掴み、さっきまでの笑顔は失われて顔を真っ赤にしながら眼も合わせようとしなくなる。
アシュリーは表情も変えずに餌をペットに上げるように食べさせる。その光景に使用人たちはまだ慣れないようだが、攻略対象である俺達3人は慣れているのか食事をする。相変わらずの料理の旨さは何段階か上がっており、舌鼓を打つ。そうして食事をしているとリラが話題を切り出す。
「あの…話したくないかも知れませんが、今日の戦いで、皆さんが使ったものについて話したいんですが、教えていただけますか?」
「あぁ、あれね……説明出来るかどうかって言われても説明が難しいな…簡単に言うと詠唱を交えた強力な魔法だよ。詳しく言うね。少し長くなるけど…前の座学で魔法の基礎を学んだ時に今までの魔法を使ってきたのを根本的に見直す必要が出てきたの、本当は先生に聞いたら良かったんだけど、実証するのは少し、危険かと思っていたから聞けなかったんだよね。まぁ、そんな危険な事をしでかしそうなら教えてもらえないし…って前置きが長すぎるか…コホン」
話が脱線しそうな事に気付いて美奈は改めて咳払いをすると、改めて説明を始める。
「名付けるとすれば「カルテットバースト」魔力自体を体内に打ち込む「フルバースト」とは違い、魔力を属性が乗った時のまま相手の体内に打ち込み、連なった4つの属性が反発し合って爆発する。「カルテットショット」と「フルバースト」を融合した魔法なんだけど、4つの属性を別々に作りながら2つ目以降の属性を作っている間にも1つ目の属性魔力球は徐々に消えていくから、失敗する可能性が高かったし時間も掛かる。でも、純粋な威力で言えば最高クラスと言えるでしょう」
「…確かに、あの威力は凄まじいものでした。私たちが放った追撃は追撃ではなくトドメを刺した後にオーバーキルしたというだけ……手応えに少し違和感がある事に合点が行きました」
「うん、美奈だけに教えるのはあれだし、僕のも教えよう。使用人であるアンタらに教えるのは少し、不安が残るが、一先ずの信頼を持って言おう。エル、エリィ、姿を現しなさい」
アイシャが呼ぶとアイシャひざ元から霧が形を持つように変形した後その中から2匹の幻獣が姿を現してテーブルから顔を出すようにひょこっと出る。後ろ足でアイシャの膝でその姿は赤ちゃんが壁を使って二足歩行をしたかのように可愛いと思えるほどだった。
「この子たちはカーバンクルと雷獣の子供、君たちに分かりやすく言えば幻の獣と言えばいいかな。成り行きは伏せるけど、この子達は模擬戦でも使ったんだ。カーバンクルのエリィはその額の宝石から放つ印を付けることで攻撃の衝撃を肩代わりさせたり、宝石からレーザービームを出して攻撃も出来る。そして、雷獣のエルはそのまま雷を纏ったり、電気を使ったりする。あっ、毛に少量の毒があるから電気で逆立った毛に触れないようにね。この子のおかげで拳の被害を軽減したり、余波を全て対象に与える事で存分の力を震えるようになったんだ。でも、僕からしたら、レイラのあれが気になる所だけど…」
「提案、レイラ様は極度の緊張で会話が困難なため、その答えはアシュリーがしようと思います、いかがでしょうか」
「…ぅん」
「了、レイラ様が使った技はアシュリーが操る竜のクローンを一時的にその身体に纏うスキルです。クローンである為、その威力は実物の竜種には及ばないもののクローンであるから中身はスカスカである為、着ぐるみのように纏う事が出来ます。その外観はアシュリー自慢の素材を使用したため、その強度と質は最高品質( ´∀`)bグッ!」
顔文字を口頭で言った事で一瞬全員の顔に?が浮かび上がったがそのことを気にせず話を終える。
「え…えーっと、最後、私が使ったのは、氷と雷の複合ですね。と言ってもあまり説明することはないんですよね。もし、屋外かあのような人工的な場所ではなかったら使える魔法があったのですが…ジェバンニ」
「はい、持ってきました」
ジェバンニが懐から取り出したのは小さな苗と植木鉢、苗を植木鉢に移すとリラはパチリと指を鳴らす。すると、苗は急成長して観葉植物として十分な成長を遂げた。
「これは…草魔法?」
「まだまだ、初歩的なものしか出来ませんがね。足に縛り付けたりしても動いてしまえば意味もなく、移動を制限できる程操れるものでもないんです。いくら植物でも栄養分や日光が不足していたりすると使えないので使える場所が限られますね。逆にいえばそれらさえ揃えば強いと言えますね」
「前々から思っていたけど、リラの亜種魔法って結構便利だよね。電気代とか冷凍庫とか代わりになりそう」
「美奈、そういう事出来るのは魔力量が君みたいにずば抜けている人だけだよ、リラ、今の魔力はどれくらい?」
「ええっと…まだ「百層鳴神」は1回だけで、後は「ギガサンダー」2回分で打ち止めですね」
「それは十分多いと思うのですが…旦那様の7割の魔法力では?」
「なるほどね。でも、これは口外しちゃダメなやつでしょ」
「当然です。どこで誰が聞いているのか分かりませんからね。ジェバンニが防音結界を張ってなかったらこんなこと言いませんよ…あっ、このスープ結構、美味しいですね」
「あ、ありがとう……」
まだ、使用人たちへの人見知りが慣れないレイラを横目に見ながら、今度はあっちの進捗具合を聞いてみる。
「ところで、そちらの方はどうでした?」
「あぁ、姫様たちの武器の用意をさせなかったやつの事ですよね…実はこれと言って痕跡はありませんでした。生徒はともかくお付きとしての私たちでは情報も殆ど出回らなくて」
「他の使用人たちにも話を伺いましたが、曖昧な情報で関係ない噂がほとんどでしたね」
「逆に痕跡無いのが妙だと思っちゃうくらいですよ。しばらくは警戒していた方がいいのは違いないくらいとしか…」
「……では、しばらく中断しましょう。痕跡が無いという事はあっちでもこちらの方を警戒していたという事です。下手に専念すると常に後手に回されて相手の敷いたレールを走る事になりそうです」
「分かりました」
一通り話し終えると、リラはトレイを持って食洗器にお皿を置く。俺も同じタイミングで台所に向かう。
「私はこれから大浴場に向かいます。その後はそのまま就寝するのでジェバンニは普段通りに過ごして大丈夫ですよ」
「それじゃ、僕もリラに同行しようかな、前は時間が無くて行けなかったから、大浴場には興味あったんだよ。着替えを持っていくからちょっと待っててくれる?」
小走りで部屋に戻って着替えを袋に入れて大浴場へ向かう。その道中で他の2人も食事が終わり次第大浴場に向かうという連絡が来た。
大浴場の事は寮のパンフレットにも載っていたが実物を見て息を吞む。まるでダンジョン化したお城のようで、いくつかの柱に富士山の絵画の代わりに壊れた柱に竜の形をした石像が置かれている。そこから水が出ているようで多くの生徒がその一番大きい湯船に浸かっているようだ。
自分達も湯船に浸かり、思い切り足を延ばす。部屋の風呂でも足を延ばすことは出来たが、やはり広い風呂で延ばすと開放感がある。
「あっ…」
思わずに自分の身体を凝視してしまう。あの戦いで地面に身体を叩きつけられた。その傷跡が残っていると思って身体を触るが傷跡は無く、雪のような白さの肌から水滴が静かに落ちる。
「明日も座学ですか…タブレットにしておいてやはり正解でしたね。毎日紙だと準備に時間がかかりますもの」
「…リラってさ」
「はい?」
「自分の意思っていうのを大事にしている?」
「意思って、自分がどうしたいかという意味ですか…特にそんなのは…」
「こう言っちゃ悪いんだけどさ、まるで自分の思った行動をしているというよりかは、決まった選択肢しか選ばないようにしか見えないんだよね。美奈と一緒に暮らし始めたから、そう思えたのかな?美奈は逆に自分で選択肢を増やしまくる方だけど、比べてみるとどうも、生きているのがつまらなそうな雰囲気があって…」
言葉を続けようとした時、に横からの声で遮られた。
「やっほ、待たせたね」
声の方向を見ると美奈とレイラが湯船に足をつけて立っていた。レイラは顔にタオルをグルグル巻きにして確実に前が見えない状態になっていて逆に他の人の注目を集めている。
「あぁ、美奈…とだれか分かっているけれどレイラ…だよね?」
タオルが上下にがくがくと動くが多分頷いているのだと分かる。
「ゴメンね。ここに来るまでに紆余曲折あってこうでもしないと途中で私が大怪我しそうだったから」
まぁ、理解したがいい加減この人見知りをどうにかしないとピアース・フィンガーで誰かが病院送りになるから、治したい。
(でも、それの治療法って荒治療にもなるんだよなぁ、徐々に人混みに慣れさせようとして2~5人という風に少しずつ増やしていこうとして逆に悪化させるケースがよくある。実際、女性恐怖症や男性恐怖症を治そうとビデオや男装、女装などで悪化したという前例を聞いたことがある。こういうのは自分自身で何とか解決策を編み出した方が確実だと思う。そもそも俺は精神科医ではないから、専門的な意見はそこまで詳細に言えない)
「それで、さっきリラにアイシャが言ったことなんだけど…」
「へっ?」
「あぁ、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、つい気になってね。気に障ったなら謝罪するよ」
「い、いえ、私は特に気にしていませんが、アイシャさんは?」
「僕も、一々そんなことに怒るような人じゃないし」
「アイシャの言いたい事はさ、リラは自分の意志と言うか、私たちが立ち位置的な感じで分かれている。それも互いに譲れないから、直球で言えないんじゃない?」
そこで自分の意見を振り返り、リラを見る。自分が言いたいことを言うつもりが思考が重なり合って本題が埋もれてしまっている。
「私の評価については聞かなかったとして、リラの問題は「何も考えようとしない」どんな決断を出すにしても、それが一番いい選択か分からずに曖昧な表現で判断しちゃう。腹を括る事ができないのは状況によってマイナスでしかないんでしょう」
「あぁ、そうだ。リラ…というか人間って自分に利がある時が一番行動に移す傾向があるけれど、リラの場合はただ足踏みしているだけで、迷ったままなんだ。そのままで誰かが手を引っ張るまでそのままでしかいられないのが…何というか、人形のような可愛いけど、怪しい雰囲気があるって」
それ以上の言葉が出てこなかった、美奈もレイラも伝えたい気持ちは同じはずなのにそれを伝える方法が口だけというのはあまりにも少なすぎる。リラは少し、考えたように俯くが何も思わなかったのか天井を見上げると独り言を呟くように語り始める。
「私は、恵まれています。王族として生まれ、姫としての立場を生まれながらにして与えられ、仕事で忙しくしていた両親からも愛情を多く与えられました。でも、それと同じくらい自分には危険と責任が多く心にのしかかる事に気付くのにすぐに理解しました」
王や女王は前世ではほとんど廃れた存在になりつつある。上級国民だなんだと言って犯罪に手を染める大馬鹿も同じ生物である人間だと言うのに立場1つでここまでねじ曲がった心が出来てしまう。
「私の部屋にはしばらく、メイドも執事も城に勤務している職員も近づく事はごく一部の信頼できる者しか許されていませんでした。それは国の方針に異を唱える者たちです。国家転覆を狙い人質として私の身を狙う輩もいましたが、全て未遂に終わっていると聞きました。しかしそれは恵まれているのではなく、自分の事を自分で出来る力がないから、だからそう言うのに慣れてしまったんです。そうであってはいけないのに慣れてはいけない事に慣れてしまった。何も考えないようにして、自分の意思は押し殺してそれが当たり前になった」
「…だったら、私たちといればいいよ。でも、今度はリラのやりたい事を見つけて、私達は提案もしなければやりたい事も言わない。学園でやる事は限られているから、出来ることも少ないしそういうのを見つけるのに時間を使うのもいいと思うよ」
「まぁ、自分探しにつき合うってだけの話しだ。僕たちは暇だからそういうのにお節介を焼きたい人だっていう事さえ分かればいい」
子供はただ迷って分からないことはそれを人生の研究テーマにすればいい。一生分からなくてもそれを追い求める姿勢があれば自分を見つけられる。それを探してくれる人がいればそれは何よりも恵まれているのだから。
次回4月末予定




