130.VS神(後編)
王都の中央に位置する広場には巨大な白銀の神が立っていた。
その肩には絶世の美女の姿をした魔性の獣がたたずんでいる。
彼女は民衆に向かって腕を広げ、声高く宣言した。
「今日からこの地は神の国となるのです。逆らう者は、神の一部としてさしあげますわ」
その周囲には白銀の粉々が無数に舞っていた。
既に何十人もの命が変わり果てたその姿に、民衆たちは恐怖する。
「神人の力で外敵を排除し、あなた方を守ってさしあげます。――ふふ。恐怖という名の信仰を広げてこの世界の頂点に立てば……創造神と同等の力を持つことができる」
金色の狐は笑う。
「そうしてわたしは神という枠組すらも超越した存在――いわば外なる神へとなるのです。あなた方はその為の歯車となっていただきますから、どうか刃向かわないでくださいね? 大勢に死なれては困るんですの」
彼女が見下ろす先にはこの国の王の姿があった。
「人間の管理者がいないと面倒ですし、わたしがやるとついついやり過ぎてしまうのですが――心の支えになる者は潰しておいた方が良いかもしれませんね」
そう言うと、彼女は神人に向かって語りかける。
「さあ、神の慈悲を与えてさしあげましょう。目標は――」
――い。
「……おや?」
九尾の狐は顔を上げる。
それは恐怖に染まる広場に、声が聞こえてきたからであった。
――い……しょい……。
魔力で構成された狐耳をぴょんと立てて、耳を澄ませる。
その声がする方を見れば――そこには異様な存在があった。
「あれは――」
――っしょい……わっしょい……!
「……御神輿?」
――わっしょい! わっしょい!
それは数本の支柱に赤い屋形が建てられた神輿だった。
屋形の中心には、主神ディオーヌの像が鎮座している。
それを十数人の様々な恰好をした者たちが担ぎ、そして声をあげていた。
わっしょい、わっしょい――と。
「…………は?」
この世界に日本の祭りがあるわけもなく。
そもそも今の状況で祭りが開催されるわけもない。
しかし現実に、それはあった。
九尾の狐は自体を飲み込めず、首を傾げたまま唖然とそれを見つめ続けるのだった。
☆
「わっしょい! わっしょい!」
ミズチを先頭に、僕たちはミコシを担いでいた。
妖怪たちや「仲間の仇を討ちたい!」と言う警備兵の人と共に、神人の元へと進む。
すると僕の横で一緒に担いでいたファナが珍しく声を張り上げた。
「あの! セームさん! これ! 遊んでないですか!」
「いや必要なんだ! ほらファナも! わっしょい! わっしょい!」
……本当に必要なのかは正直僕も疑問に思うところだけど。
いやいや、必要だと信じる心が大事だ。
キュービが神人をけしかけてきたときの為に一応ダイタローは召喚しておいた。
ダイタローはどうやら神に近い妖怪らしく、おそらく神人に触れても影響はないはずだ。
とはいえ彼だけでは神人に勝てない。
よってこの作戦を遂行する必要があるのだけど……。
「わっしょい! わっしょい!」
僕たちは神人が待つ広場へとミコシを担いでいく。
なぜかキュービは僕たちを迎撃しようとはしない。
理由はわからないが、こちらとしては好都合だ。
しばらくわっしょいし続けて広場へと到着したので、号令をかける。
「ストーップ!」
僕の声に従って、ミコシは歩みを停止した。
するとキュービが声をかけてくる。
「……あまりにもバカバカしくて攻撃する気もおきませんでしたわ。気でも狂いましたか?」
キュービの侮蔑の言葉に、僕は苦笑する。
「そんなことないよ。――むしろ狂った信仰を正しに来たのさ」
僕の言葉にキュービは鼻で笑う。
「ふふ。そんなことができるとお思いで? ここにおわすは正真正銘この国の神ディオーヌ。そして正しさとは神が決めること」
キュービは両腕を広げて、胸を張った。
「つまりこの場において神を自由に操れるわたしこそが正義なのです」
僕は彼女に向かって首を振った。
「見てよこの神像。綺麗な顔してるでしょ? キミの作った神様とは全然違う」
そう言って僕はミコシに乗せられた彫像を指した。
「僕たちのディオーヌ様はこういう姿をしているんだ。――だからそっちの大きいのは、偽物さ」
「何を言い出すかと思えば――」
キュービは冷たい目でこちらを見下ろす。
「元々の原典を紐解けば精霊ディオーヌは人型というだけで人間とは似ても似つかない姿だったというだけですわ。それを祀って人間の為の神としたのが、この国の信仰の興り。……ふふ、勤勉家でしょうわたし?」
そう言ってキュービは神人へと語りかける。
「偽の神など――砕いてしまいなさい、神人!」
神人はキュービの声を聞き、その拳を振り上げる。
人間など一握りにしてしまいそうなその拳が、ミコシへと迫った。
担ぎ手の人たちは逃げ出す。
そして神人のその一撃は、ミコシに乗った彫像を粉々に砕く――誰もがそう思った。
「――く、くく」
しかし神人の拳は受け止められた。
他でもない――彫像自身に。
「くく、く……ハハハハハハ!」
彫像が動き、笑い出す。
そう、それは彫像ではない。
「確かに滑稽かもしれません。しかし神輿を担ぐのは、必要な儀式だったのです。……ああ、カシャさん。もう良いですよ」
「――了解です。ミスターニール。いつもと違って自身が運ばれる気分は新鮮でした」
ミコシの上の部分に変形していたカシャが、その姿を変えて元に戻す。
しかしカシャが姿を戻しても、ニールはまるで重さを感じていないかのように神人の拳を支え続けた。
「神輿とは神の輿と書きます。カシャさんという村の守り神としての神性を持つ輿に運ばれた者なんて、神以外の何物でもない。――つまりこれは私が人々に担がれ、神性を手に入れる為の儀式だったわけです」
ニールは言葉を続ける。
「あなたがこの国の民から敵意を一身に集めてくれたおかげですよ、九尾の狐。たしかにあなたの言う通り、神とは畏怖によっても生まれる。ですが同時に、人々の願いによって生まれるものでもあるのです」
そしてニールは笑った。
「人々が救世主を望んだとき、そこに救世の神が生まれる。――ああ、ようやく私の願いが叶う。時は満ちた! さあ我が主よ! 私の名を呼ぶがいい!」
僕はニールに言われて、契約の本を開く。
「――其は顔のない妖怪、のっぺらぼう……」
言葉と共に、青白い色の魔力が本から溢れ出た。
「……ではない!」
僕が開くのは――白紙のページ。
そこにはさきほど、ニールに教えてもらった彼の名前がメモしてあった。
「――君の存在を定義しよう」
ニールには、その名前を使うときは細心の注意を払うように言われている。
彼自身それとは既に別物らしいのだが、元が邪悪な存在なのでそちらに引っ張られないようにとのことだった。
「其は異界より訪れし、黒き無貌の邪神……」
バチバチと魔力の火花が散る。
大量の魔力が吸われていくのがわかった。
それがニールが過去の世界で持っていた肩書き。
だが、それだけじゃない。
彼の正体は――。
「……そして、人に作られた創作の偽神!」
彼は伝承や信仰が元になって誕生した神ではないらしい。
――だからこそ、正しく生まれた神であるディオーヌに対抗できる。
「顕現せよ! ――ニャルラトホテプ!」
僕は彼の名前を呼ぶ。
それと同時に、彼の顔と手足が捻れた。
内側から黒い闇が生まれ出ていく。
「ハ、ハハ――ハハハハハ!」
笑い声と共に、その闇が膨れ上がる。
頭部とみられる尖った頭に顔はなく、その腕は曲がりくねって伸びていく。
太い触手のようなものが何本も腹から出て、それは神人に絡みついていった。
――これが邪神……! なんておぞましい姿を――。
「おお……! タコ見てーです……! 恰好いー」
「わさび醤油とか合いそうですね」
後ろからアズとハナの声が聞こえてきた。
……この子たち本気で言ってる?
彼女たちの言葉に気が抜けそうになるが、まだ僕のやる仕事はある。
このまま放っておいたら王都を巻き込んだ邪神VS神人の大戦争になってしまうことだろう。
だからもっとスマートに、神人を圧倒する。
――妖怪や神でなければ神人と戦えない。だが妖怪だけでは神人に対抗できない。
ならどうするか。
「――邪神ニャルラトホテプ。君の存在を――再定義する!」
僕はそう言ってもう一つの本を懐から取り出す。
それは僕が契約の本の内容を書き写した写本だ。
「君は何者にも姿を変え、人智を越えた力を持つ異なる世界の邪神」
僕は写本を頭上に掲げる。
「そして人に創られた人造神であり、創作された偽物の神」
それは彼の持っていた属性だ。
――でも彼は同時に、イタズラ好きで蜂蜜酒が好きな、頼りになる僕の仲間なんだ!
「さらに君は――この世界と異世界を繋ぐ異次元の門!」
そして僕は掲げていた写本を、ニールへと投げつける。
写本はニールの体に当たると、沼に沈み込むようにずぶずぶとその中へと消えていった。
「君をここに定義する――妖怪『百鬼夜行』」
途端、ニールの増大した体から輪郭が薄れた。
そのぼんやりとしたその体のあちこちに、蠢く何者か見える。
それは触手だったり、角の生えたゴブリンのような小鬼だったり、スケルトンのようなドクロだったりと様々だ。
ニールの一部であるそれらは闇から這いだして神人へと食らいつく。
しかし――。
「……鬱陶しい雑魚がいくら群れようと、神人は倒せませんわ!」
キュービの魔術と共に、神人の表皮が崩れていく。
銀粉が舞い上がり、それが竜巻のように銀色の風を形成した。
神人の欠片に闇が散らされ、ニールの百鬼夜行がかき消されていく。
「神人とは聖なる神そのもの! 妖怪や邪神といった穢れた者にとって、これ以上ない天敵でしょう」
神とは魔を払う聖なる存在だ。
その理は覆らない。
――ならば。
「――君の存在を定義しよう」
僕は契約の本を取り出す。
「其はディオス王国の守護神、人を護りし神ディオーヌ!」
僕の言葉と共に、百鬼夜行の闇の中から光が生まれた。
それは大神殿に飾られていたのと同じ美しい女神の姿だ。
天から使わされた象徴である白き翼をはためかせて、ディオーヌは右手に持った剣を振るう。
すると銀粉の風は断ち切られ、そして地面に落ちた。
それを見たキュービが声をあげる。
「なっ……! そんなのインチキですわ!」
「……だから”ミコシ”が必要だったんだ」
本来であれば邪神であり、妖怪であるニール。
だがこの地の神性を帯びることで、救世の神となることができる。
つまり彼を、神人に変わる新たな神として担ぎ出したということだ。
キュービは女神ディオーヌを見て焦りの表情を浮かべる。
「それでも歴史ある信仰が急造の神に負けるだなんてことは――! 神人! あれを叩き落としなさい!」
キュービの号令のもと、神人はその拳を振り上げる。
僕は契約の本の次のページを開いた。
「――其は古代の信仰を受けし竜神、エンシェントドラゴン!」
僕の言葉と共に、百鬼夜行がその姿を変える。
翼が生え、かぎ爪ができ、その顔がドラゴンへと変容した。
そして全身が闇でできたブラックドラゴンが、神人の腕へと食らいつく。
キュービが驚愕の声を開けた。
「お、押されている……!? そんなバカな、神人は本物の神なのに……!?」
「歴史の長さが重要だっていうなら、竜神信仰の方が上だろうしね。でも君が負けるのはそんな理由からじゃない」
僕は続けてページを開いた。
「――死の管理者デュラハン、森の守り手木霊」
僕の言葉に続き、百鬼夜行からどんどん影が生まれていく。
全身が闇で出来た新たな妖怪たちは、神人を斬りつけ拘束し、体を削っていく。
ミズチやユキたちも加わって、百の鬼が神を追い詰めていた。
「こんな……こんなことは! ありえない……! わたしはこの国を完全に支配できたはずなのに――!」
神人の方の上で叫ぶキュービの前に、百鬼夜行から生まれた女神ディオーヌが降り立つ。
ディオーヌは元々のニールの声で、キュービを笑った。
「――残念ですが、あなたの負けです」
キュービはその美しい顔を、悔しげに歪めた。





