129.VS神(中編)
「――神人、人目をひいてこれ以上大きくなる前にこの場を離れますよ。急ぎなさい」
神人の肩に乗っていたキュービがそう言うと、神人は大した呼び動作もなく飛び跳ねた。
「それでは皆さん、またお目にかかりましょう」
神人は神殿を一息で抜けだし、大通りの方へとゆっくり歩みを進めていく。
「み、見逃された……?」
僕がその背中を眺めつつそう呟くと、後ろから声がかけられた。
「それはどうでしょうねぇ」
振り返ると、そこにはいたのは兎耳の少女。
「うわ、マグ……じゃない、その言葉使いはニールか」
「はい、ご明察です」
マグの顔をしたニールは、にっこりと笑う。
見れば神人に殴り飛ばされたサナトとイセもいて、二人とも怪我は無いようだった。
ニールは笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。
「まずは感謝を。お助けいただきありがとうございました」
ニールがかしこまって頭を下げる。
僕はそれに苦笑を返した。
「いやいや、ニールには身代わりになってもらっただけだしね。それに今はそんな場合じゃないし……」
このまま神人を放っておくわけにはいかない。
「あいつが暴れだす前に何とかしないと……」
「ご安心を。まだそれほど切迫した状況ではありません」
ニールの言葉に僕は首を傾げる。
「だ、大丈夫かな……。現に警備の人が一人……」
神人の拳により、加勢してくれたうちの一人が銀粉に変えられてしまった。
神人が外に出ることで、被害が増えてしまうかもしれない。
しかしそんな僕の心配を否定するように、ニールは首を横に振った。
「刃向かわなければ大丈夫でしょう。何せこの国の民は、あの狐にとって信仰という名の燃料なのですから。人だけではなくこの街の建物すら、被害は最小限に抑えようとするはずです。彼女は瓦礫の上に君臨したわけではない」
「なるほど……そうか」
たしかにニールの言う通り、キュービは王都を滅ぼしたいわけではないだろう。
焦って返り討ちにあうよりも、きちんと作戦を練って反撃した方が良いかもしれない。
僕は冷静に情報を整理することに決める。
「……というかニール、キュービのことは知ってるの?」
僕の問いに、ニールは頷いてみせた。
「ええ。彼女は私の世界では有名なお方ですし。あと私も駆けつけてはいたのですが、サナトさん方に巻き込まれまして」
ニールは「小さな体では受け止めることもできませんでした」と舌を出して恥ずかしそうな顔をした。
……ニール、変身後の姿に性格が引っ張られる傾向があるよな。
僕がそんなことを考えていると、ニールは真顔に戻る。
「……そう、彼女の件について一つ謝っておかなくては」
そう言ってニールはマグの顔で、眉をひそめた。
「こちらの世界とあちらの世界の経路を繋いだのは私です。ですが、彼女のような危険な妖怪を呼ぶつもりはなかった。九尾の狐は私の作り出した召喚システムを利用したに過ぎません。……が、結果的にこちらの世界に災厄をもたらした事実は確かです」
ニールはいつもと違って殊勝な顔をして謝った。
……マグの外見でしおらしくされると、こっちが悪いことをしている気分になってしまう。
「大丈夫だよニール。というか良かった。僕が召喚ミスで呼んでしまったのかと思って責任感じてたんだ」
僕が冗談めかしてそう言うと、ニールは苦笑した。
「お気になさりませんよう。妖怪召喚についても、あなた様には借りは作りっぱなしです。必ずや御恩には報いましょう」
「あはは。まあそれなら、ひとまず神人を止める手を考えるのに力を貸しておくれ」
「ええ、私にわかることであればいくらでも」
何でも知っているような口ぶりでニールは頷いた。
……とは言っても。
「いったいどうしたものかな。神様だからってやりたい放題だ。触れれば崩壊するなんて、対処ができない」
僕の言葉に、ニールは不可解そうに片眉を上げた。
「おや、対処したではありませんか。でなければ今頃あなた様は塵芥と化しています。それに触れたら必ず崩壊するというわけでもありますまい」
「え……? あ、そうか。そういえば、サナトが刀で防いでる……」
思えば警備兵側から斬りかかった場合も、その剣は壊れなかった。
――何か法則があるはずだ。
そう考えてみると、もしかして……。
「……キュービが神人とこの神殿を離れようとしたのは――『離れざるをえなかったから』なのかも」
僕は見逃されたのかと思ったけれど、もしそうでなかったとしたら。
……もしもあのまま神人が大きくなっていたらどうなっていた?
神殿の崩れた天井から体が大きくなり――。
「……もしかしたら、神人は神殿を破壊できなくなったのかもしれない。キュービは、神人が神殿に捕らわれるのを恐れていた」
もちろん、神殿だから壊せなかったわけじゃない。
現に天井は突き破ったのだし。
だがそれ以上を壊すことはできなかった。
天井破壊前と、その後の違いは――。
「――ハナが来たからだ」
僕が視線をハナに視線を向ける。
すると彼女は目を泳がせた。
「え、わ、わたし? ですか?」
困惑するハナに、僕は頷く。
「ハナの力は日増しに強くなっている。だからさっき神殿の崩壊を止めようとしたとき――神殿全体にハナの力が及んでいて、神人では壊せなかったのかもしれない……」
僕の言葉にハナは頷く。
「た、たしかに最近は村を出ても力が制限される感覚もないですし、さっきは主様を守ろうと思って全力を出してましたが……」
ハナは頬に手を当てつつ、目を伏せた。
となると、もしかすると。
「神人の弱点は――妖怪、なのかも」
僕の仮説に、ニールは頷いてみせる。
「良い着眼点です。妖怪や精霊といった類いのものが信仰を集めれば神にもなり得るし、逆もまた然り。神人は神であるが故に、同種の存在である妖怪には干渉できないのでしょう」
人だろうが無機物だろうが、なんであれこの世の仕組みから変えてしまう神の前には敵わない。
――だが、それが神と同種の力であれば?
神人の一撃を耐えたサナトの刀は、ムジャンがサラマンダーの力を持って作り異界の製法で作った刀でもある。
そこにはある種の信仰が存在した。
「……だけど」
さきほどの戦いで、サナトは一撃で殴り飛ばされた。
「サナト、イセ。……正面から戦って、神人に勝てる?」
僕の言葉に、二人は同時に首を横に振った。
サナトが眉をひそめる。
「あの膂力……お姉ちゃんでも受け流すことすら難しいかな。……あれはもう妖術の領域だと思う」
「妖術? 武術ではなくて?」
僕の問いに、サナトは頷く。
「あの自重と速度であそこまでの威力が出るのが納得できないっていうか……なんていうか、ずるっこ!」
ずるっこって。
サナトの子供っぽい物言いに、ニールは苦笑する。
「つまりは埒外、規格外――この世の物理法則を無視した力ということでしょう。攻撃値が無限では、まともに相対することは不可能です」
「……神の力が直接作用はしなくとも、物理で戦うと相手の無限の力を防ぎきれないってことか……」
即死能力がついた最強の拳。
即死能力が妖怪相手には効かなくても、最強の拳は残ったままだ。
……それじゃあ結局どうしようもない。
僕が悩んでいると、ニールが薄く笑った。
「とはいえ、本当に無限というわけではありませんよ。有限であり無限なのです」
「……有限であり無限?」
「ええ、宇宙と同じで――と、いえ何でもありません。つまり『無尽蔵な供給があるから無限に見えるものの、実際は限度がある』ということです」
ニールは難しいことを言った。
えーとつまり……神人の力の源は――。
「……信仰の力?」
「そうです」
ニールは僕の言葉に頷いた。
……そう、信仰の力がある以上、神人は無敵だ。 無限のエネルギー供給があるのだから。
――逆に考えれば。
「信仰の力を止めれば、神人は倒せる」
それは以前、エンシェントドラゴンを止めたときのやり方の応用だ。
神人に集まる信仰を止めればいい。
……とはいえ、今回は亡霊を白魔術で鎮魂するようなやり方は通用しないんだけれども。
「……ニールならどうする?」
僕がそう尋ねると、ニールは言い淀んだ。
「それは……参考にならないとは思いますが」
「いいよ。言ってみて」
僕の言葉にためらいつつも、ニールは口にする。
「王都の人間を皆殺しにします」
「おぅ……」
「参考にはなりませんでしょう?」
ニールは苦笑した。
僕では出ない極端な発想だが――でも、参考にはなる。
「つまり、信仰を止めてもらえばいいってことだ。……殺すのは、目的を蔑ろにしすぎだと思うけど」
王都を守る為に王都の市民を皆殺しにしては、本末転倒もいいところだ。
僕の提案にファナはいつも通り顔に感情を出さないながらも、少し不服そうな顔で口を尖らせた。
「……この際神官としての立場を放棄して言いますが、やめてくれと言ったところで信者に信仰を放棄させるのは難しいですよ」
「うん……それはわかってるけど。でも間違ってもあの神様を信じられると困っちゃうというか、手が付けられなくなるっていうか」
今から宗教を鞍替えしてくれなんて言ったところで、信仰心というのはそんな簡単に放棄できるものではない。
でも主神ディオーヌを利用したとはいえ、あの神人が神様というのも何か違う気がする。
なら一度その信仰を改めてもらう方法を考えた方がいいのかもしれない――。
僕がそう考えていると、ファナは目を伏せた。
「――正しい信仰とは、何なのでしょうね。異端審問官なんてしていると、何が正しいのかわからなくなります。それでも我々は戦い続けてきた――なのに」
神殿のトップがああなっては、ファナがそう感じるのも仕方ないことだろう。
ファナが以前、神殿の教義と獣人への差別について話してくれたこともある。
ファナの視線の先には、先ほど神人によって破壊された彫像があった。
主神ディオーヌの美しい顔が、首だけで転がっている。
――正しい信仰。
「……そうか」
正しいこととは何か。
僕は以前、港町の地下要塞で主人の帰りを待ち続けた機械人形を思い出す。
創造主に決められたルールを守り続けることが正しいことではない。
正しさとはいくつもの形がある。
僕がするべきことは――。
「なら――正しい信仰を、創り出す」
港町の領主の娘を助けた事件を思い出した。
――真実をありのままに伝えることだけが、正義ではない。
「ニール、協力してほしい」
僕の言葉にニールは頷いた。
「ええ、もちろんですとも。それに大変興味があります。――もしかすると、私がこの世界に来た目的にも合致するかもしれません」
僕は女神ディオーヌの首を拾って、脇に抱える。
「この国の信仰心を弄ぶ狐さんに、一泡吹かせてやろう。――総力戦といこうじゃないか」
僕がそう言って契約の本を取り出すと、ニールはマグの顔のままでいやらしい笑みを浮かべた。
……ほんと悪役みたいな表情するよな、ニール。





