104.醤油・塩・味噌・豚骨
「うわっ、なにこれ」
僕が見回りと称した散歩から帰ってくると、キッチンには木と鉄で作られた木馬のような工具が鎮座していた。
「あら。お帰りなさいませ、主様」
ハナは僕の姿を確認すると、いつもどおりの笑顔を向けてくれた。
そして彼女は木馬の頭のように突き出たハンドルを握り、それを得意げに左右に動かす。
「これはムジャンさんに作ってもらった――製麺機です」
「製麺……?」
その奇抜な姿に首を傾げる僕に、ハナが頷いた。
「メアリーさんがこの形状が良いって。ここの筒の部分に生地を入れて上から押し付けると、下の穴が空いたお皿からにゅにゅーっと出てくるんですよ。ところてんみたいに」
「にゅにゅー……」
僕が下からそれを覗き込むと、たしかにそこには無数の穴が空いた木の皿が付いていた。
理屈はわかりやすい。
この器具なら、細長いパスタなんかを作るのにも最適だろう。
「……それにしても、突然こんなものを用意してどうしたの?」
ハナは僕の言葉に頷いて、キッチンの奥から大きなボウルを持ってきた。
「これです」
ハナが持ってきた生地は、少し黄色みがかっていた。
「小麦粉に塩湖の水を混ぜて捏ねた生地なんです」
「ああ……湖の」
森の湖は以前の事件があってから、たまに様子を見に行ってはいた。
特に変化もないようだったので安心していたのだけれども、生地に混ぜると何か変化が起こるのだろうか。
僕の疑問をよそに、ハナはその器具の筒の部分へと生地を投入していく。
「打ち粉をまぶした生地を、こうして製麺……」
ハナは上から蓋を閉じてその器具にまたがった。
「製麺……ぐぐ……! します、と……!」
ハナが上から体重をかけることで、にょろにょろと下から麺が出てくる。
しかしどうにも、その姿は少し辛そうだ。
「……変わろうか?」
僕の言葉にハナは一瞬考えた後、「お願いします」と言いつつその器具から降りた。
代わりに僕がそれにまたがり、上から体重をかけて押し付ける。
「おお……! 出てます、出てますよ! さすが主様!」
「う、うん……! 結構重労働なんだね、これ……!」
生地が硬いのでそうそう簡単に出てくるものではない。
ひねりつつ、体重をかけつつ、しばらく僕はその製麺作業を続けた。
「ふふふ、できました!」
その途中で出てきた麺を切断し、ハナはお皿に乗せて麺を掲げる。
「塩湖の水をかん水として使った、中華麺です!」
「……チューカ?」
ハナの満足げな言葉を聞いて、僕はまたしても首を傾げるのだった。
☆
「やっぱり主の初対面は、味噌が良いと思うですよ」
何人かの妖怪たちが居間に集まった中で、最初に口を開いたのはアズだった。
「いいですか。ハナとヨシュアの作った小豆味噌には、濃厚な旨味が熟成されているです。豆の持つ芳醇な香りと旨味のハーモニー」
アズはゆっくりと首を振って、大仰にそれをアピールした。
「そしてラーメンと言えば味噌ラーメン! 我々のソウルフード、それが味噌です!」
一人立ち上がって天高くマラカスを掲げるアズの主張に、首を振って否定する人物が一人。
「それを言うなら醤油だって小豆から作ってるんでしょう。醤油ベースでの味付け。ここは譲れないわね」
そう言ったのはユキだった。
彼女は腕を組み、テーブルの前の椅子に腰掛けながらその鋭い視線をアズに送る。
「かといって、それだけでは味気ない。でもこの世界で、多くの材料を望むこともできない。……なら現実的に、一番美味しく作れるラーメンは……これよ!」
トン、と彼女はテーブルの上に小指サイズのそれを置く。
「ふにゃっ! お魚!」
横にいた猫又のイセがいち早く反応し、それを取り上げた。
イセは喜びながら、小魚の干物を頭上に掲げる。
ユキはそれに構わず、目を閉じて語った。
「煮干し出汁……それは魚介の旨味が広がるあっさりスープ! 最初に作るラーメンは、醤油と煮干しの香り立つ煮干しラーメンにするべきよ!」
イセがはむはむと小魚をしゃぶる横で、ナクアが人差し指を突き出して左右に振った。
「チッチッチ……。ユキちゃん、ちょーっと味覚が年寄り臭くない?」
「ぶっ飛ばすわよ」
「ごめんなさい。……まあせっかくのラーメンなんだから、もっとドギツイほどのジャンクな味わいが必要なんじゃないかなー!?」
ナクアはその手を頭上に上げた。
「つまり脂マシマシこってりラーメン! お肉と骨でお出汁を取った濃厚スープに、これでもかというほどの脂とにんにくを入れたスーパーフード! たまに食べたくなって、そして食べたあとにちょっぴり後悔する! せっかくなら、そんなラーメンをナクアは食べたーい!」
ナクアの叫びに、ユキはため息混じりに言葉を返した。
「化学調味料も無しにどうやって作るのよ」
「そこはほら、昆布とかー鰹節とかー。あそこらへんは旨味がどうとか、聞いたことがある……ような」
ナクアはぶつぶつとそう呟く。
僕は議論の途切れたその瞬間を狙って、口を挟んだ。
「どれでもそれほど変わりないと思うんだけど……」
そんな僕のつぶやきに、三人の視線がいっせいに僕の方を向いて突き刺す。
こ、怖い。
彼女たちはさきほどから、そんなラーメンという料理の調理法に関して、議論をし続けているのだった。
しかしその議論はどこまでも平行線。
それぞれの好みの違いがあるらしい。
「……マスターはこの中から選ぶとしたら、どれがいいです?」
しびれを切らしたかのように、アズが僕へと尋ねる。
「……僕に聞かれても」
アズの質問に、僕は当たり障りのない答えを返した。
食べたことの無いものから選べと言われても、決めようがない。
しかし彼女たちにとって、味付けはおいそれと妥協できない事柄のようだった。
「あ、そうだ! それなら……!」
僕の隣で話を聞いていたメアリーが、何かを思いついたように手を叩いた。
「ここは間を取って、カルボナーラというのは……」
「ダメです」
「却下」
「メアリーちゃん、話聞いてた?」
「……はう、ごめんなさい」
三人に一言で切り捨てられ、メアリーはしゅん、と小さくなって反省する。
僕にはわからないが、ラーメンはパスタと同じ調理法ではいけないらしい。
「しかしこれではラチがあかねーですね……」
「うーん、それなら……」
悩むアズにナクアがそう言うと、その手から三本の糸を紡ぎ出した。
「……クジ引きで決めよう! 一本だけ先端に結び目の付けた蜘蛛の糸……その当たりを引いた人には、好みの味付けにする権利が与えられるのだー!」
ナクアのその言葉に、アズとユキが眉をひそめる。
「ナクア、イカサマはダメです」
「ここまであからさまだと、わかりやすいわね……」
「えー!? ナクアってそんなに信用ないー!?」
そんな風に三人が騒いでると、キッチンからハナがやってくる。
ハナはにっこりと笑うと、三人に向かって口を開いた。
「……まあまあ、お三方とも。ここは一つ、基本に立ち返るべきかと思うんです」
そう言ってハナは、ナクアの手の中から一本の糸を引き抜いた。
「あっ!」
スルリと引き抜かれた糸の先に付いた結び目に、ナクアは眼を見開く。
そんなナクアの反応に、ハナはクスリと笑った。
「……というわけで、お醤油ベースのシンプルなお出汁にしましょう。他の味のスープについては、また今度ということで」
ハナはそう言い残すと、再びキッチンに消えていく。
「くっ……! 家の中では座敷わらしの幸運には勝てない……!」
ナクアはくやしそうにそう呟くと、がっくりと肩を落とした。
……この子たち、そもそも自分で作る気が本当にあったんだろうか……。
僕はそんなことを思いながら、鼻歌混じりに台所に立つハナの後ろ姿を見つめるのであった。
☆
「やはり醤油ラーメンは基本にして基礎……。ソウルフードです」
「アズちゃん、さっきと言ってることが……まあいいか。これはこれで、美味しいし」
アズとユキが麺をすする中、麺が伸びない内に、と僕もそれに箸を付ける。
箸にはまだやや不慣れながらも、僕はなんとか麺をすくい上げて口へと運んだ。
「んん……! これは寒いときには良さそうだね……美味しい」
それはまるでスープパスタのようだった。
口に入れるとともに、麺に絡んだスープが醤油の香りとともに口の中へと広がる。
咀嚼する度に、独特の歯ごたえと舌触りの麺がスープと混ざり合って、口の中に美味しさをもたらしてくれた。
「つるりとした食感も喉越しも、うどんやパスタとはまた違うんだね」
僕の言葉にハナは頷く。
「今回は鶏ガラと醤油ベースのスープにしました。スープさえ大量に作れば、中華そばは素材自体はお安く作れるんですよ。栄養価もなかなか高いです。だからこそ、食べ過ぎには少し注意しなくてはいけませんけど」
僕はハナの言葉を聞きながら、麺の上に乗ったキクラゲを口に入れる。
スープの塩味と絡んだコリコリとしたその食感が嬉しい。
そんな僕の横でナクアが声を上げた。
「美味しい……とっても美味しい……! 温まるよう……!」
まるで数日振りに食事にありついたかのように、ナクアはその麺を味わいながらゆっくりと食べていた。
故郷の懐かしい味なのかもしれない。
ナクアは麺をすすりつつ、言葉を続ける。
「でも現代っ子のナクアには、ここで一つ胡椒とかが欲しくなる……! 後乗せの味付けは外道と言われようと、ああいうテーブルに置かれたいろんな調味料で味を変えながら楽しむのも、有りだと思うんですナクアはー!」
「コショウ?」
尋ねる僕の言葉に、ナクアは勢いよく頷いた。
「うん! 辛くて香りが強い……そんなスパイス!」
「スパイス……」
香辛料。
噂でははるか東の地では生産が盛んだとかなんとか。
しかし残念ながら、ここらへんでそんな香辛料を取り寄せるとなると、一食で家が一軒立つぐらいの出費は覚悟しないといけない。
「……そのうち食べてみたいな、コショウ」
僕の言葉に、ラーメンに息を吹きかけて冷ましていたメアリーが口を開く。
「この世界でも、やっぱり流通が問題なんですかね。船体や航海術の革命が必要なのかも……?」
どこか楽しそうに言うメアリーの言葉に、ナクアも言葉を続ける。
「他にもスパイスといえば……カレー! カレーも食べたいなー! あとあと、バニラとか唐辛子とか……! 唐辛子はね、すっごい辛いんだよ。火を吹いちゃうよ、ご主人くん」
「へえ、そんな食べ物があるんだ……!」
次々と名前をあげるナクアの言葉に、僕は彼女の説明する香辛料の姿を空想して笑った。
見たこともない形状の建物や、味わったこともない料理。
そんな遠方の地の姿を想像しながら、僕らの夜は更けていくのだった。





