103.花より団子とチョコレート
「やあ、こんなところにいるなんて珍しいじゃないか」
町外れの墓地。
そこに一人佇んでいたサナトに、町の中心部の方からやってきたサグメが声をかけた。
「――少し昔のことを思い出してて」
サナトはその顔にいつもと同じような柔和な笑みを浮かべた。
それを見てサグメは笑う。
「ふうん。まあここは普段、誰も来なくて静かだからね。……特に子どもたちが近寄ろうとしないのがいい」
そう言って彼女は手に持ったボロ布を水に濡らして、石や木でできた墓を優しく拭いていく。
「亡霊にでも出会ったのかい?」
サグメの言葉に、サナトは目を伏せた。
「……剣の筋以外はあまり似ていない人です。でも……在り方が似ていた」
「在り方、ね」
サグメの相槌にサナトは頷く。
「妄執により剣を取り……その結果、多くの人が巻き込まれ犠牲となった。それはあの子と同じ道」
墓石を撫でるように、風が吹いた。
「以前の世界ではあの子を止められなかった。……そして、止めなかった。現し世に手出しは無用――と」
サグメは無言で墓の手入れを続けながら、サナトの話に耳を傾ける。
「でもその結果に待ち受けていたのは、過酷な運命でした。だから、わたしは――」
サナトはそう言って、言葉を切った。
その場に静寂が流れる。
「……いいんじゃない?」
沈黙を打ち破ったのはサグメだった。
「キミは後悔したんだろう。――そしてだからこそ、こちらの世界では大いに人間に干渉することにした」
サグメが清掃する手を止めて立ち上がる。
「ボクに言わせりゃあね。人間に干渉しないなんて、とてももったいない。からかうと面白いんだ。……まあ、そんなこと言ってるからボクは”鬼”なんだけれども」
天邪鬼はそう言って笑った。
「まあ天狗も鬼も似たようなもんだろうさ。それに――」
彼女は目を細めてサナトを見つめた。
「――キミはそのために”契約”をしていないんだろう?」
サグメの言葉に、サナトは答えない。
「もしも主人が道を誤ったときにその行動を止めるために。……あるいは――その手で首をはねるために」
サグメは自身のこめかみをトントン、と叩いた。
「契約の呪は精神感応系らしいからね。ちょっとボクですらどうにもできない」
黙りこくるサナトに構わず、サグメは言葉を続ける。
「彼にそれとなく聞いたんだけど……キミは初めて彼に会ったときから今に至るまで、契約をはぐらかしたままらしいね。いま召喚されている妖怪の中で、仮ですら契約が履行されていないのはボクとキミ、そしてヨシュアとナクアだ」
サグメはそう言って笑った。
「その中でもボクとキミの二人だけは、契約の履行に条件を付けていない。つまりボクたちだけが、いつでも彼を裏切ることができるわけさ」
「裏切るだなんて、そんな……」
「ああ、言い方が悪かったね。つまりは安全装置だ。妖怪の力はこの世界において大きな影響力を持ちそうだからね。主人が道を誤ったとき、正すべき者は必要だろう」
その言葉にサナトは悲しげな表情を浮かべる。
サグメは慌てたように苦笑した。
「ごめんごめん。少しいじめてしまったかな。……なに、キミが心を傷めることはないよ」
サグメは茶化すように笑う。
「あの小心者のお人好しがそうそうおかしなことをするわけないからね。……彼はきっと、この世界に必要な人物だ」
その言葉にサナトは笑みを取り戻し、口を開く。
「――少し、怖かったの。……わたしの力が、また戦乱を引き起こすんじゃないかって」
サナトは空を流れる雲を見つめた。
「この世界での妖怪の力は大きいから。だからこそカシャちゃんなんかは明確に人の世と距離を取ろうとしていたけれど……」
「キミは以前のように、自分が関わることで戦が起こるのが怖かったんだね。……まあ、心配することもないと思うよ」
サグメは笑みを浮かべる。
「そもそも人の世は戦が常さ。太平の世なんて方が珍しいんだ。キミがいなくても、戦争は起こる」
サグメはサナトに近付き、その胸元を叩いた。
「あとで心を傷めるぐらいなら、キミが止めなよ。ためらって後悔するよりなら、全力で関わってから後悔するといい。……キミは世話好きなんだから、好きなだけお世話しな」
サグメの言葉に、サナトは苦笑した。
「あはは……悪魔のささやきに聞こえるかも」
「そりゃそうさ。……なにせボクは、天邪鬼だからね」
サグメはサナトに背を向けて、遠くを見つめる。
「……善悪の評価なんてのはね、後世に任せればいいんだ。歴史を作ることができるのは、今ここにいるボクたちだけなんだよ」
サグメは振り返り、悪戯を企む子供のような笑みをサナトに向けた。
「だから、どうせなら面白おかしく一緒に遊ぼう」
サナトはその言葉にクスリと笑う。
そして後ろからサグメを抱きしめ、彼女の耳元に囁いた。
「――ありがとう、サグメちゃん」
サグメはサナトの腕を振り払うこともなく、そのまま空を見つめる。
サグメの視線の向こうでは、風に乗った雲がゆったりと空を流れていた。
☆
「えー……。メリヤのアレ……もっと使うの?」
「あはは……できればお願いしたいんだけど」
「むー」
僕の言葉にメリヤはしぶしぶと言った様子で柔らかな樹脂の塊を取り出した。
「しょうがないなー。セーム、とくべつ!」
「……ありがとう」
メリヤを移植して一月ほどが経った日。
森でいろいろな出来事があったものの、移植は無事に成功して、今は庭にメリヤの木が立っていた。
土が馴染んでくれたのか、メリヤの木は無事に前よりも大きく成長しているようだ。
「……主様!」
「ああ、ハナ。できたのかい?」
声のした方を見ると、ハナの姿があった。
その手に持つお盆には皿が載っている。
「はい。いいお味が出てますよー、これ」
「おお……これが噂のテオブロマ……」
そこには黒い固形物が乗っていた。
古代文明の資料に作り方が残された、ドリアードの種子を使ったお菓子らしい。
オハギのような色だが、その質感からいって羊羹のようにも見える。
「それじゃあさっそく一つ……」
僕はそれを手にとってみた。
固くて表面が滑らかで、まるで蝋燭のような手触りだ。
香ばしい匂いがする一口サイズのそれを、口の中へと放り込む。
「ん――! 苦……? いや、すごく甘くって……とろりと口溶けの味わいが……うわ、濃厚な甘さ……! 美味しい……!」
「良かった……! 素材は若干異なりますが、香りと苦味、そして甘さの調和というところではおおむねチョコレイトというお菓子に近いですね」
「チョコレート……なんて素晴らしいお菓子なんだ……」
僕は思わず感嘆の溜息を吐いてしまった。
「メリヤ! メリヤも食べる!」
「はいはい。メリヤちゃんにも今あげるからね。……はい、あーん」
ハナが一つそれを摘んで、メリヤの口の中へと入れてあげた。
「……んんぅ~うっ! とっても幸せな味ー!」
……考えてみれば、メリヤはチョコレートを食べて大丈夫なのか?
これって共食いみたいなものなんじゃ……。
……いや、深くは考えないでおくか。
僕は頭を振ってその考えを打ち払う。
ハナはメリヤの元気な様子を見てクスクスと笑った。
「……あの、それと主様、これを……」
そう言って彼女は一つの布の包みを差し出した。
「うん? なんだい?」
僕はそれを受け取って、さっそく中を覗き込む。
中には太い花びらのような形をしたチョコレートがいくつか入っていた。
僕は一口サイズのそれを取り出す。
「……これは」
ハナがややためらうように、上目遣いでこちらを見つめた。
「えっと……ナクアさんから聞いたんですけど……チョコレートは、大切な人に送る習慣があるようでして……」
ハナは言い淀むようにしながら、頬を赤く染めた。
「あ、いえ! 大切な人と言いましても、いつもお世話になっている主様にといいますか、家族のように大切な方へということと言いますか、いえべつに家族と言っても夫婦だとかそういう意味ではなくて、ああ、何を言っているんでしょうわたし!」
ハナは慌てたように言葉を並べ立てる。
「う、うん。大丈夫だいじょうぶ。伝わっていると思うよ、ハナの言いたいことは……」
それはそんなに取り乱すほどに重要な習慣なのだろうか……。
……まあきっと、十分に気持ちを込めて作ってくれたということだろう。
僕はそれを手にとって、小さくかじる。
「……うん。美味しいよ、ハナ。いつもありがとう」
「い、いえ……こちらこそいつもお世話になっていまして、そんなお言葉はもったいなくてあわわわ……!」
そんな僕たちの様子を見ていたメリヤが、勢い良く僕の腰元へとしがみついてきた。
「メリヤ! メリヤもする!」
「うわっと……! メリヤ、もっとチョコレート食べたいの?」
僕の言葉にメリヤは首を振った。
「ううん! メリヤも、セームにありがとうする!」
彼女はその顔ににっこりと笑みを浮かべた。
「森と違って、ここはたくさん面白い! 毎日風景が変わる! とっても賑やか! すっごく楽しい!」
「……そっか。それはよかった」
僕は笑うメリヤの頭を撫でる。
彼女はくすぐったそうに笑い声をあげた。
「……それに、毎日美味しいもの食べられる! メリヤ幸せ! ありがとうー!」
彼女の様子にハナはクスリと笑う。
「それじゃあごはんにしましょうか。ガスラクさんに分けてもらった山菜の天ぷらにしてみたんです。……チョコレートは、ごはんが終わってから食べましょうね」
「わぁい! 食べるぅー!」
メリヤは両手をあげると、ハナに連れ立って屋敷の中へと入っていく。
僕はそんな二人の様子が微笑ましくて、思わず笑みがこぼれた。
「――むぅ。チョコレートとは、こいつはあなどれない小豆のライバルが出てきやがったです……」
「うわっ!? アズ!?」
いつの間にそこにいたのか、彼女は僕の隣で眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
「それにしても主、また人外のお妾さんを増やしたですね」
「妾って……そんなんじゃないってば」
苦笑する僕に、アズは鼻で笑った。
「まあそういうことにしておいてやるです。アズは寛大ですから。みんな仲良ければそれでよし、です。それに――」
アズは悪戯っぽく僕の顔を覗き込む。
「――三人を見ていると、どうも親子みたいで微笑ましーですしね。……そういえば主、お世継ぎのご予定はないです?」
「随分と気が早いよ……!」
僕はアズにそう答えて、ハナたちの後に続く。
そんな僕の前を、小さな花びらが風に乗って通り過ぎていった。
僕はふと後ろを振り返る。
庭に移植したメリヤの木には、今は小さく花が咲いていた。
それは薄いピンク色の花で、葉っぱの間にちらほらといくつか存在している。
本来はそんな花が咲く木ではないようだが、それは以前、森の大樹にメリヤが取り憑いたときの後遺症らしい。
思わず花の美しさに目を奪われた僕の後ろで、アズがつぶやいた。
「どうかしたですか?」
「……ううん。なんでも。ただ――」
花が散って実を結び、そして生命は繰り返される。
この町もそんな木々と同じように、繁栄を続けていた。
「――綺麗な花だなって」
僕の素直な感想に、アズは笑う。
「……たしかに桜の花は雅ではあるですが、昔から”花より団子”と言われているです。そうそれはつまり――小豆です」
「小豆」
「くっくっく……。本日のランチの後には団子とチョコレートのデザートバトルが予定されているですよ。主の口にあった方が勝利を手にし、この町の名物となるです」
「いつの間にそんな対戦カードが……!?」
……食後のデザートの分はお腹を空けておかなきゃな。
僕はそんなことを思いつつ、庭を後にする。
暖かな風が吹いて、庭の木々は笑うように優しく揺れるのだった。





