-Episode42-
「おじゃましまーす……」
遠慮がちに家の中に入る迅を見ながら、僕は靴を脱いだ。
「どうぞ、自由にくつろいでよ」
迅が靴を脱いでそろえている間に、僕はリビングに向かった。
「すぅ……」
入った瞬間、テーブルの近くから寝息のような声が聞こえた。見ると、優奈がテーブルに突っ伏して寝ている。隣には食べかけの夕食がすっかり冷めきった状態でそこにあった。心なしか優奈の分も僕が出ていくときから全然減って無いように思える。
「ごめんよ……優奈」
僕は優奈の寝顔を見ながら、ぼそっと呟く。ふと時計を見れば、既に翌日になってしまっていた。彼女はいつまで起きていたのだろう。
「夕食……か。俺は食ったからいらないぜ」
迅がリビングの外からひょいと顔を出して言う。そして彼は廊下を歩いて行った。トイレでも探しているのだろうか。
「朔君、せっかく優奈ちゃんが作っててくれたんだし、食べようよ」
怜は冷めた料理を電子レンジに入れて、加熱させていた。無論僕も同意見だ。数分待って、怜の料理すべてが温まった後、僕の料理を温める。
「んー! おいしい! 冷めてもおいしい料理が作れるなんて、優奈ちゃんって料理の天才だよね!」
怜は舌鼓を打ちながら料理を食べていく。優奈って料理の才能はあると思う。料理のプロと比べたらそりゃ劣るかもしれないが、一般の家庭よりはおいしい料理が作れるだろう。いや、それぞれの家庭にはそこでのおいしさがあるのだろうが。僕はテーブルに自分の分の料理を並べて、いただきますをしてから食べる。
「んー……ご飯だけは一回冷めちゃうとちょっと味落ちしちゃうのかな。まぁあんまり変わんない気はするけど」
僕がちょっと批評家っぽくいうと、怜に頭をはたかれてしまった。冗談だというのに。優奈の料理はおいしいからこそ言える批評なのに。
「朔君は料理を作ってくれた人への感謝が足りないの! もっとこう、ありがとうございます的な考えで崇めようよ!」
料理だけで崇めるのはどうかとおもう。しかし、感謝の気持ちは伝えたほうがいいかもしれない。
「優奈、ありがとう」
僕は寝ている優奈の頭を撫でる。優奈は何やら寝言をつぶやきながら笑顔を見せていた。どうやらいい夢を見ているらしい。僕はほっと胸を撫で下ろす。
「……むー」
ふと、怜がちょっとだけ不満そうに僕を見ていた。僕が何のことか分からずに戸惑っていると、怜は食器を片付けに行ってしまった。もしかしてまた凹ませてしまったのだろうか? なんてちょっと不安になっていると、
「えい!」
……と、怜が僕の膝に座ってきた。どう反応すればいいか迷ったあげく、
「あの、この状態だと食べられないんだけど」
率直な感想を口にした。優奈の身長ならギリギリ食べられなくもない。ただ怜との慎重差はあまりない。少なくとも僕の視界の半分は怜の空色の髪の毛が支配しているくらいに。
「私に食べさせなさい!」
怜はそんな無茶な要求をしてくる。そんな二人羽織りじゃないんだから。
「僕にそんな芸当はできないよ」
それとなく否定すると、怜は足をじたばたさせて、
「むー! こういうのは雰囲気が大事なの! 一回チャレンジするくらいの気合いは見せようよ! 朔君男でしょ!」
と、抗議してきた。男だからって必ずやらなきゃいけないみたいな雰囲気ではないと思うが、一回チャレンジするくらいならまぁいいかな。そう思った僕は首を傾けて、おかずを見る。近くにあって取りやすそうなのは麻婆豆腐だが、なにせ麻婆豆腐だ。失敗したときのリスクが高い。よって僕は首を伸ばせるだけ伸ばして、さらに奥を見る。すると、ギリギリ箸が届くか届かないかの位置に、ネギが大量にトッピングされた焼き魚があることに気付く。魚なら、なんとかなるだろう。僕は必至で腕を伸ばし、魚を取ろうとする。
「さ、朔君、別に近くの麻婆豆腐でいいんじゃないかな?」
怜は急に伸びてきた腕にちょっと驚きながら、提案をする。しかしその案はちょっと前に却下している。……よし、届いた。僕は魚を一つまみして、自分の近くに持ってくる。さて、本番はここからだ。怜の口はどの辺りにあるのだろう。
「もうちょっと下ー。もうちょっと下ー」
ふと、怜がアドバイスを出していることに気付く。僕はクレーンゲームのような気持ちで、ゆっくりと箸を動かしていく。
「あーもうちょっと右ー。そこから三センチ下。二、一、そこ!」
怜が叫んだので、僕は条件反射で箸を自分の方へ引き寄せた。怜がアドバイスしているのだから、きっと怜は口を開けて待っているのだろう。ちょっと驚くかもしれないが、位置が合っていればしっかり口に入るはずだ。……なのになんで彼女は滑りこむようにテーブルの下に潜りこんだのだろう。
「え、ちょぁ熱っ! 熱い! 地味な熱さ!」
怜の機敏すぎる動きのおかげか、魚は僕の鼻にぶつかった。レンジで再加熱されているせいか、何ともいえない熱さが、鼻に襲いかかって来たのだった。




