-Episode43-
怜がすっかりいつもの調子に戻ったところで夕食を食べ終え、僕たちが食器を片づけていると、
「なぁ朔、風呂借りてもいいか?」
と迅がまた廊下から顔を出して聞いてきた。僕はテーブルで寝ている優奈と、カーペットの上で寝そべっている怜を確認してから頷く。迅は一言お礼を言ってから、風呂場へと向かう。それを見送ってから、僕はゴロゴロしている怜に、
「優奈を二階まで運んでくれないかな?」
と頼む。怜はそっと起き上がって、
「いいよー。あ、朔君がお風呂入るときは言ってね! 私が背中流すから!」
「来なくていいです」
余計な一言はあったものの承諾し、優奈を背負うと二階にゆっくりと上がって行った。僕は迅が上がるのを待ってソファに腰掛ける。僕も風呂に入ってさっぱりしたい。……が、ソファに寄り掛かった瞬間、まどろみが僕に降りかかってきたのだ。これは、抵抗できない。僕はそのまま、眠りについてしまった。
朝食のいい匂いで、僕は目を開ける。すると、テーブルに怜、優奈、迅の三人がテーブルを囲んで朝食を食べていた。ちゃっかり僕の分も盛られている。
「あ、お兄ちゃんおはよー。よかったね、怜さん帰って来たよ」
優奈は含み笑いを見せて、挨拶をする。そんな彼女に、僕も笑みを返す。
「朔君聞いてー! 今日の料理、ネギのネギ焼きなんだよ!? ネギをどうやったらこんな料理になるのか想像できないよー! 助けて朔君ー!」
怜は涙目ではあるものの、終始笑顔で今日の料理について話していた。他の料理は優奈にしては珍しいぐらい普通の料理であっただけに、その一つが異常に際立っていた。
「み、み……」
そして、まるで生気を失ったような顔をしている迅が、それを無造作に食べていた。きっと味なんて気にしていないのだろう。彼に一体何が?
「あ、そうだ朔君! 昨日お風呂に入ってないでしょ! ずっとお風呂場で待ち伏せしてたのに、気付いたら朝だったんだよ!」
怜はひどく憤慨しているようなので、形だけ謝っておく。昨日風呂に入らなくて本当によかった。……そういえば、昨日は迅が風呂に入っていたな。
「み、見られ……」
ふと、迅のうわごとが聞こえる。見られ、た? それってまさか。僕は怜の方を向く。すると、
「てへっ♪」
怜はとても可愛らしい顔をして、僕の疑問を肯定した。まじか。僕は迅に激しく同情する。男子だって見られたら恥ずかしいよ。
「とりあえず朔君、早くご飯食べようよ!」
怜に急かされ、仕方なく席に着くも、僕はずっと迅を見ていた。可哀想な迅の姿に、同情せずにはいられないから――。
「ちょ、怜! そのネギ焼きを僕の皿に移すのだけはやめて!」
――なんてことはなく、僕は怜とネギ焼きのなすりつけあいをしていたのだった。
朝食をなんとか食べ終えた後、僕たちは迅を送り出した。彼は何かを失ったような表情をしていたが、きっと気のせいだろう。気のせいでありたい。僕は一度背伸びをしてから、風呂場に向かう。大分汗をかいたので、シャワーで汗を流そうとしたのだ。十中八九怜が狙ってくるので、僕は張り紙を用意しているのだ。張り紙にはしっかり「入浴中! 出入り禁止!」と書いてある。この壁紙を見ても入ってくる人なんて、僕の知る限り怜くらいしかいないだろう。……あれ、駄目じゃん。僕は張り紙を丸めて捨てた後、どうすればいいかを考えた。数十分考え抜いて、僕の書いた張り紙ではどうあがいても怜が入ってくることを悟る。諦めるしかないのか? いや、まだ方法はあるはずだ。そのとき、頭の中にあるアイデアが浮かぶ。僕はリビングへ向かい、怜がいないことを確認してから、優奈に話しかける。
「優奈、この紙に『入浴中! 入って来ないで!』って書いて?」
僕のこのお願いに、最初は言葉を失っていた優奈も、趣旨をしっかり説明すれば、一応書いてくれた。優奈の筆跡……これで完璧だ。さすがに怜も優奈が入って来ないでと言っているならば入らないだろう。僕は上機嫌で風呂場へ向かい、張り紙を貼り付ける。そして脱衣所のドアを開け。
「朔君ー! お背中流しま」
バタンと閉じる。ドアからドンドンと音が聞こえるが、無視。
「朔君! 彼女から背中流してもらうって、こんなオイシイイベントないんじゃないかな!? 私背中を流すことに関しては自信あるよ!」
怜が訳の分からない言い訳をしていた。いや説得か。おそらく今ドアノブから手を離せば脱衣所へ引きずり込まれるに違いない。
「さ、朔君……私、いまどんな状況だと思う? は、恥ずかしいけど服着てないんだよ! さぁ、どうだ!」
怜の爆弾発言に僕は一瞬手を止める。が、すぐに僕はドアに力を込め直した。なぜなら、
「さっき怜が服着てるとこ見たよ! 思いっきり水色のワンピース着てたでしょ!」
と、いう訳だ。ドア越しに舌打ちが聞こえ、ドアにかかる力が増す。舌打ちって、自称彼女がすることですか。……こうして、二度目の風呂場での攻防は、僕がトイレに行きたくなるまで続いた。




