-Episode41-
彼女のどちらとも言えない態度に僕は少し困ったが、今言ったことはただ口をついて出てきたことなので、これ以上は言及しないことにする。ただ、どうして僕はこのことを忘れていたのだろう。物覚えは確かによくない方ではあるが、さすがに怜のことなら一回見ただけで身体的特徴は永遠に忘れない自身がある。どうしても腑に落ちない点があったが、今考えても頭がごちゃごちゃするだけなので、まずは優先すべきことから解決していくことにする。
「さて……どうやって家まで帰れるかな……。朝が来るまで待つのもちょっと大変だよね。まぁここでじっとしていたら朝は来るけどさ」
僕が話を切り出すと、迅は少し不安げに、
「それなんだけどさ。もしかしたらあいつら、朝になってもいなくならない、なんて奴等だったらどうするんだ? もしかして永遠にこのまま?」
と言ってきた。さすがに永遠にこのまま、なんてことはないだろう。しかし、あの黒が朝になったからといっていなくなるなんて保証は確かにどこにもない。
「ねえ朔君、朔君の家なら帰れないこともないけど……」
ふと、怜が僕に耳打ちをしてきた。どうやら何か案があるらしい。
「そうだなぁ……ねぇ迅、一旦僕の家に行ってもいいかな?」
僕が聞くと、迅は困った顔をして、
「いや、俺まだ人を探さないと――ん?」
ふと、携帯の着信音のようなものが鳴る。迅はポケットから携帯電話を取り出して、電話に出る。なんだろう。僕が携帯電話を持ってないせいかなんか劣等感を覚える。
「もしもし……な、お前、なんで……!? え、あぁ。舞って人の携帯電話を使っているのか。で、無事なんだな? ……そうか」
迅は、通話相手のことを心配しているような口調なのに、怒りを含んだ表情で携帯電話に話しかけていた。相手はどんな人なんだろう。話を聞く限りその人は舞の携帯電話からかけてきているみたいだけれど。迅はその後もなにやらぶつぶつと喋っていた。暫くその様子を眺めていると、迅が携帯電話を閉じた。
「悪い。解決した。だから、朔の提案を受け入れるよ。朔の家に行く、ってことでいいんだよな?」
さっきまでのどこか不機嫌な、しかし相手をいたわっているような口調とは打って変わって、普段通りの言葉づかいで話しかける。僕はちょっと戸惑ったが頷いて、怜に目くばせする。
「おっけー。んじゃ、ちょっと待ってね」
普段の元気を取り戻しつつある怜は、柱から周囲を見渡して、ある方向を向いて両手を伸ばす――すると、その方向に氷の橋のようなものができた。橋はどんどん伸びていく。あれだけ伸びているのに、どうして折れたり崩れたりしないのだろうか。……よく見れば、橋の下に水飛沫が舞っていた。
「私だって、朔君程じゃないけど、合わせ技は出来るんだよ!」
怜は胸を張って答える。……それなりにいつもの調子は取り戻しているようで安心する。どうやら、この橋はあの板のときに使われた水のジェット噴射を利用して作られたものらしい。迅が橋を眺めながら、
「これ……本気で渡るのか? 落ちたら結構危ないが……」
不安そうに話す。……まぁ僕も不安ではあるが、怜のことだから多分大丈夫だろう。僕は迷いなく橋の真ん中を歩――
「うばぁ!?」
ずぼっ、と。思い切り足が抜け、片足が宙に投げ出される。まぁ周囲の氷は抜けなかったので片足がぶら下がる形になったのだが……。
「れ、怜、大丈夫なの、これ……」
不安しかしなくなったので、僕は怜に尋ねる。
「――は、端を渡れば、なんとか……」
すごく自信なさげだった。
怜は自信がなさそうに言っていたが、なるほど確かに端は崩壊する心配はなさそうだった。……高所恐怖症にはすごくクる景色だったけど。怜は魔法の扱いに慣れているのか、端にも落ちないような柵が用意されており、僕たちが落ちることはなかった。そしてその橋は、僕の家へ一直線に続いていた。
「へぇ……随分すごい芸当ができるんだな」
迅は橋から着地すると、僕の家の表札を眺めながら、溜息を吐いた。
「えへん!」
怜は迅に見えてないことなんてお構いなしに偉そうにしていた。すっかりいつも通りに戻っていて、妙な安心感がある。
「……さて、この辺りからなら何とか自分の家まで帰れそうだな。じゃあ俺はこの辺で――」
そう言って立ち去ろうとしていた迅の目の前に、氷壁が現れる。
「うわっ!? な、なんだよ朔!?」
僕は理不尽に迅に問われる。正直僕の方が聞きたい。僕が怜の方を見ると、
「せっかくだから、迅君は朔君の家に泊まればいいんだよ! 前にゴル先輩も泊まった経験があるんだから、朔君は大丈夫だろうし! うん、そうしよう!」
迅に見えてないことを忘れているような発言をしていた。僕は一度溜息を吐いてから、
「……だそうです」
「何が!?」
迅と一通りのやりとりを交わして、今日は迅に泊まってもらうことになった。




