-Chapter31-
結局、刀祢は俺の所に戻ってはこなかった。危なくなることはなかった、ということなのか、ここに戻る前に力尽きてしまったのか。
「――なんにせよ、いつ俺はここから降りられるんだろうな」
いっそのこと自力で降りてしまおうとも考えたが、そもそもここがどこの山なのか分からない中、下手に降りて見知らぬ土地にたどり着いてしまうリスクがある。
「あ、あの……」
ふと、誰かの声がして、俺はその声がした方を振り返った。
「み、弥奈さん……!?」
俺は驚いて彼女の方を見る。どうして弥奈さんがここに……?
「ぐ、偶然、見つけたん、です……それより、迅さん、こそ、一体どうしたんです、か?」
弥奈に聞かれ、俺は何と返答したらよいか分からず口ごもる。
「――そう、ですか……。いえ、大丈夫です、話せないならそれでも……」
弥奈は少し悲しそうな表情をしていたが、それ以上俺の事情について聞いてくることはなかった。
「……悪い」
その悲しそうな表情を見ていると、俺の口からついそんな言葉が出てきた。
「あ、いえ、いいんです……気にしないで、ください」
弥奈さんは慌てて手を振って言う。
「あ、そうだ……弥奈さん、ここから魔法でどこかに瞬間移動出来ないか?」
彼女は虹魔法使いなので、ここから移動するくらいなら簡単だろう。
「あ、はい……大丈夫です……」
弥奈さんがそう言うと、彼女の手のひらからシャボン玉のようなものが少しずつ大きくなってくる。
「瞬間移動――はあまり、得意じゃないので……浮遊で、いいですか?」
弥奈はそんなことを言った。虹魔法にも得意不得意があるのか? いや、弥奈さん自身で得意不得意があるのかもしれない。
「ああ、構わないよ」
俺がそう言うと、弥奈さんはほっとしたような表情で魔法を展開し始めた。俺の体がシャボン玉に包まれると、ふっと体が軽くなるような感覚が俺の中に起こる。
「……おおっ?」
俺の体はシャボン玉の中に入るとゆっくりと浮き始める。なんとも不思議なポイントだ。慣れない体の感覚に、体を振ったりしていると、
「ゆっくり、体を、動かさないで、ください……ね?」
弥奈さんがアドバイスをしてきた。そういえば魔法を使う時は集中しなければならないんだったな。俺が妙な動きをすると、彼女の集中力が途切れてしまうのかもしれない。体を動かさないでいると、俺の体は次第に直立の姿勢に戻っていた。
「す、すごいな、これ……」
俺は彼女の魔法のすごさに感動する。自然に着地できるような姿勢に自動的に戻るのだ。魔法をかけられた相手のこともしっかり考えられている。
「ちょっと、工夫をすれば、なんとか、なります」
弥奈さんは丁寧に魔法について説明をする。ちょっとだけ思考回路に工夫を入れるだけで、魔法というものは劇的に変化するらしい。例えば、炎をイメージするだけではその場に現れるのはただの炎であるが、その炎を渦巻く炎としてイメージすれば、ちゃんと炎が渦を巻いて現れる。頭の中でイメージをさらに明確化し、細分化すれば、魔法はより効果的なものになる、ということだ。
「すごいな、弥奈さんは……それは、自分で考えたのかい?」
俺は素直に感動して言った。――ふと、彼女の表情に暗いものが生まれた。
「――私、これは……教えてもらったん、です」
彼女は俯いて言う。今までの俯いた姿と違い、その俯き方には何か心に影を落としているように見えた。
「私の、大切な――」
そこまで彼女が言ったとき、少しだけ、彼女の目に光るものが見えた。
「あ、無理に言わなくてもいいんだ。……悪い。俺のせいで何か嫌なことを思い出させてしまったな」
俺はそう言うと、弥奈さんの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「いえ、大丈夫、です――」
彼女はそう言いながら、先ほどよりも深く俯いた。さっきより少しだけ心の影が薄れているような気がする。
「私が、魔法について、教わったのは、お母さん、でした」
お母さん――なるほど。家族から教わったのか。
「いいお母さんじゃないか。俺の母さんはまぁ、魔法は使えないみたいだったけれど、優しくて強いぞ」
俺は弥奈さんのお母さんと俺の母さんを思い浮かべて重ねる。
「はい……でも、今は――」
彼女は再び心に影を宿してしまった。――まさか、弥奈さんのお母さんは――。
「悪い……」
俺は聞いてはいけない質問をしてしまったことを激しく後悔した。
「大丈夫、です――気持ちの整理は、付いてます、から」
彼女はそう言うが、まだ完全な整理は出来ていないような気がする。
「ごめんな」
俺は結局謝ることしかできず、彼女に申し訳ない気持ちを抱く。シャボン玉は非常にゆっくりと山を下りていく。その間、俺は弥奈さんの方へしっかりと目を向けることが出来なかった。




