-Chapter30-
山の上ということもあり、空が近く、天気が分かりやすかった。もちろんころころと天気が変わるので、しばらくしたら荷物の中に入っていた簡易テントに入らなくては濡れてしまうのだが……今はなんとなく雨に濡れていたい気分だった。
「――アン? なんでてめぇがここにいるんだよ?」
ふと、誰かから声を掛けられる。そちらを見ると、朔の家から逃げ出した刀祢が声を掛けて来ていた。
「なんだ、お前か……」
彼が俺の前に現れても、俺は特に行動を起こさなかった。今俺の頭の中では、杣と橙色の髪色をした少女のことで頭がいっぱいで、彼について構っている暇はないのだ。
「おい、てめぇ……シカトか? おい!」
彼は苛立っているようだ。正直、そのままずっと騒ぎ続けてくれれば、俺としてもありがたい。二人について深く考えなくて済みそうだからだ。
「――なんだ、お前。調子狂うぜ」
ふと、彼が急にそんなことを言った。俺のイメージとしては出会い頭に人を襲うような奴だったのだが……どうやらそういう訳ではないらしい。
「お前、今失礼なこと考えてるだろ。表情で分かるぞ」
刀祢がそんなことを言う。表情で考えていることが分かるとは、俺がまるで朔みたいじゃないか。
「――お前、本当に大丈夫か?」
彼は俺の前に立って言う。その表情は普段俺が見ているどこか不機嫌そうな表情であったが、幾分か俺を心配するような顔つきになっていた。
「お前、俺を殺しに来たんじゃないのか?」
俺は彼の様子に違和感を感じて、聞いてみる。
「アン? 俺を誰でも殺すような奴だと思うなよ? 俺は自分の判断で殺す殺さないを決めてるんだ……とりあえず幸せそうな奴は死刑」
自分の判断――正直俺が思っていたより悪質な人殺しだった。
「それに、この辺の奴等なんか、殺したっつーより、壊したって方が正しい気がするしな」
彼はぼそっとそんなことを呟く。
「なんだその表現……まるでこの町の人たちが人じゃないみたいな……」
俺は彼の不謹慎な言葉に顔をしかめる。
「お、少し生気を取り戻したな。……いや何、俺にとってはどいつもこいつも人形みたいなもんさ。妹を助けてもくれなかったんだからな」
そう言えば、彼は妹を亡くしていたんだったな。彼のこの性格は、その妹の死と何か関係があるのだろうか?
「――カッ、そうさな……なんていうか、今のお前、俺に似てんだよ。何も信じられなくなっている、みてぇな……」
彼に心の内を少しだけ見透かされ、俺はドキリとする。
「俺の考えの押し売りだけどな、誰も信じられないときは、自分自身を信じればいいんだよ。他人が信じられないなら、信じるものはそれしか残ってないんだから」
少しだけ、彼のことを見直したかもしれないと、俺は思った。彼は非人道的なことを行い続けているが、少なくとも彼の思考の根幹の部分は、俺よりも遥かにしっかりとしている気がした。
「……っと、そういやお前、隣にいるあのちっこいのはどうした?」
ちっこいの……杣のことか。
「置いてけぼりにされた……ってところかな」
俺は正直に答える。
「置いてけぼり? 一体何があったんだ?」
どうやら彼は彼自身と似たような雰囲気になっている人には優しいらしい。
「理由は分からない……が、何か大事なことがあるみたいだ」
そう言うと、彼は俺の肩に手を置いて、
「まぁ、なんだ……頑張れ」
そう言った。同情されているみたいだ……まぁ、少しだけ心が安らぐのでありがたいが。
「さて、俺は少し町を回ってくるが……危なかったらここに戻るからな」
そう言って、彼は風を纏ってどこかへ飛んで行こうとした。……危なかったらと言ったということは、彼はまたどこかで人を殺すのだろうか。
「なぁ、君……刀祢君だったかな? 君はどうして人を殺すんだ?」
俺がさりげなく聞いてみると、
「……復讐」
彼は低い声で言った。復讐――何に対してのだ? 彼が無差別殺人をするということは……。全てに対しての復讐? そんな復讐、不毛すぎないか?
「世界への、復讐」
彼は強く断言した。俺に背を向けた彼の目は、こちらからは見えないが、強く前を見据えているような気がした。
「復讐……か」
俺はぼそっと彼の言葉を呟く。決して意味のないものではない……。が、なぜか彼の言っている言葉は少しだけ格好よく見えた。彼はそのまま風を纏うと、山から飛び去って行った。
「これからどうするかな……」
彼が風を纏ったおかげで、空は綺麗に晴れ、夏の大三角がはっきりと見えた。自分自身を信じる、か……。
「俺の信じるもの……一体なんだろう?」
自分自身を信じると考えたとき、俺は自分を信じられるのか……という疑問が頭をよぎった。自分の意見に自信が持てるか……なんだか不安になってきた。だが、自分に自信を持つという一つの考えが、俺の中に何か一つの種を植えてくれたような気がした。




