-Chapter29-
「いや、それは……」
俺は嫌な予感を覚えて、俺は彼の提案を丁寧に断ろうとする。
「ん? 何か嫌な予感でもあるのか?」
妙に鋭く俺の心の内を探ってきたので、俺はドキリとする。
「安心しろ! 某の家は衛生面は完璧だ!」
どうやら彼の心配と、俺の心配は別の所にあるようだ。……正直、俺と同じ心配をしてほしかった。
「場所の問題でも……ないのだけれど」
杣は困った顔をして言う。
「はっはっは! 某の所に来るのはやはり恥ずかしいか!」
満は安定して勘違いをしていた。……どうしたものか。
「もう、この際従った方がいいんじゃないか……?」
俺はそんな考えに至っていた。しかし杣は小さな溜息を吐いて、
「ええ……まぁ、そうではあるんだけど」
と言いながらも、彼の考えに従う様子は見られなかった。
「何かあるのか? 彼の家に行けない理由とか?」
俺がそう聞いてみると、
「理由……話せないけど、あるよ」
杣は理由があることを明確にした。だが、その理由が何なのかは教えてくれないようだ。
「話せない……か」
俺はなんとなく胸の辺りが痛くなるのを感じる。……なんだか俺と杣の間に距離が開いているような気がしてならない。夏休みに入ってからずっとそうだ。
「ごめん」
杣は少し俯いて言う。彼女にはきっと話せないだけの理由もあるのだろう。俺が無理やり理由を聞き出すことも出来なくはないのかもしれないが、そんなことで杣を悲しませたくはない。
「……うむ? やはりどこか具合が悪いのか?」
満が心配そうに杣に声を掛けた。おそらく俯いたのが原因だろう。
「いえ、大丈夫――ごめんなさい迅、掴まって」
杣が手を差し伸べてくる。俺はそっとその手を取った。少しだけ冷たい杣の手が触れた時、周囲に影が広がり、視界が塞がった。
「じ、迅!? それと杣殿も……」
最後に聞こえたのは満の戸惑うような声だけだった。
目を開けた時、そこは俺の家ではなく、どこかの森の中だった。……いや、ここは山の中だな。近くには誰かしらの荷物がある……ん、この荷物、どこかで見覚えがあるような……。
「あ、そうだ、この荷物、杣が――」
杣が以前朔の家に行くとき、ついでで連れてこられた山の中だ。
「それにしても、何も荷物が減ってないな……この荷物、何の意味があるんだ?」
俺が聞くと、杣は、
「――ごめん」
とだけ言った。一体何のことか首を傾げていると、彼女の地面から影が少し浮き上がっているのが見えた。……まさか。
「お、俺をここに置き去りに……!?」
俺がそう言って杣に手を伸ばすより早く、彼女は影の中に消えてしまった。
「――なんだよ……」
俺は何ともいえないやるせなさを抱え、その場に座り込む。ちらと荷物を見てみると、そこには俺の服や保存食、携帯コンロなどが入っていた。どうやら彼女はいつかの段階で俺をここに置き去りにする気だったらしい。食料は用意してくれているようだから、決して俺を餓死させようだとか、そういう意図はないのだろうが。
「俺、杣にとって何か迷惑なことでもしたのかな……?」
どういう理由があっても、俺が杣に頼りにされていないことだけは分かり切っていた。好きな人に全く信頼されていない俺は――。
「ん?」
ふと、頭の中にもやもやしたものが浮かぶ。その後浮かんできたのはどこかの景色。俺たちの住んでいる町の景色。どこかを歩いているようだ。ぼうっとしながらその景色を眺めていると、誰かから声を掛けられる。俺は振り向くが、そこには誰もいない。どうやら俺の頭の中に浮かんでいる何かが、頭の中の俺に声をかけたらしい。頭の中の俺は振り向くが、そこには誰もいない。いや、見えていないだけのようだ。下を向くと、頬を膨らませて怒っている杣の――。
「杣……じゃない?」
ぼやけていてよく分からないが、少なくとも髪色が違うのだけは分かった。杣の髪色は夜の色を抜き出したような黒髪だが、今浮かんでいる少女の髪色は、夕焼けの太陽を切り取ったような橙色の髪の毛をしているのだ。
「誰、なんだ……?」
そう言葉を発したとき、俺の頭に頭痛が走る。まるで思い出させることを拒否しているかのように。
「杣以外で、俺の傍にいた人――駄目だ、思いつかない」
考えようにも頭の中がぐるぐる回るようで、なかなか思考がまとまらない。
「くそっ! 何なんだよ俺は……!」
苛立ちが重なってきて、俺は荷物の中の保存食をいくつか取り出し、荷物の奥の方から水と小さな鍋を取り出して、コンロで水をお湯に変える。
「――誰か、知らないのか? 彼女について……」
俺は今まであってきた人の中で、頭の中の少女について知っていそうな人物を考えてみる。が、思い浮かぶのは杣しかいなかった。ぼやけてよく分からないが、あの少女は杣に似ているのだ。――その杣から、俺は全く信頼されていない。俺は溜め息を吐きながら、保存食をむさぼるように食べた。




