-Chapter13-
「さて、そろそろ帰る時間かな」
日が西に傾きかけた頃、杣は二階から降りてきた。朔と怜のやり取りは随分長い間続いていたようだ。朔は時々杣のことについて思い出し、二階に行こうとするものの、途中で毎回怜にちょっかいを出され、その度にここに戻ってくる。俺からも何か言ってあげればいいのだろうが、もしかしたら杣が二階で何か探し物をしているかもしれないと思い、そんなところに朔が遭遇したらすこしまずい雰囲気になるような気がして、俺は何も言わなかった。杣は人の部屋から勝手に物を盗むような人じゃない。おそらく朔の部屋に忘れ物をしたか、朔の忘れ物をあの部屋に戻しておこうと思ったのだろう。
「そ、杣さん……? だ、大丈夫だよね? あんまり部屋で勝手なことはしてないよね?」
朔は部屋を荒らされていないか心配のようだ。まぁそうだよな。他人に自分の部屋を見られるだけでなく、部屋を調べられるのはなかなかにこたえる。
「あ、え、あぁ……まぁ。大丈夫、特に何も見てない」
杣は少し動揺した後、元の調子に戻って言った。彼女、おそらく何かを見たのだろう。教えてくれるとは限らないが、後で聞いてみようか。
「そ、そう? ならいいんだけど……わぶっ」
朔が杣を信頼して安心しかけたところで、怜が朔の前に出て来て、
「本当に? 何も見てない? 朔君の引き出しの鍵のかかったロッカーの鍵を朔君のベッドの下にある箱の底と中敷きの間に挟まった鍵を使って開けて朔君の恥ずかしい過去がつづられた黒歴史ノートとか見てない?」
えらく状況を限定して、怜は杣に疑いをかけた。……怜の発言のせいで、朔が何を見られたくないのか、そしてそれをどうやれば見ることができるのか分かってしまった。
「れ、怜!? どうやってそれを!?」
再び朔と怜のやりとりが始まる前に、
「じゃ、私はこの辺で」
少しほっとしたような、少し不機嫌なような杣が、軽く手を挙げてドアの方に向かっていった。
「あ、じゃあ俺も……」
俺は怜にいじられる朔に軽く手を挙げながら、杣の後を追った。
そんな出会いから数日、杣は毎日朔の家に行っているようだった。別に彼女がどこに行ったって俺が口出しする理由は無いのだが……俺は朔に少しだけ嫉妬していた。まぁ、彼に悪気があるわけでもないし、必要以上に恨んだりはしていないはずだが。
「――もしもし。えぇ、私です」
杣は携帯電話で誰かと話をしているみたいだ。こちらからだと携帯電話の形は見て取れないが、確かピンクの――ん?
「まぁ、そういうことで……」
軽い頭痛がして、俺は頭を押さえる。何か忘れているような気が――いや、なんだろう、忘れていることを忘れているような? 考えすぎると頭が痛くなってくる。
「――えぇ、じゃあ明日……」
杣が電話を切る。彼女が携帯電話をポケットにしまう。
「なぁ、何の電話なんだ?」
俺が杣に聞くと、
「ちょっとした待ち合わせかな」
と聞いて、俺の家のドアノブに手を掛けた。今日はせっかく杣が俺の家に遊びに来てくれたのに、結局杣がここでしたことは、待ち合わせらしい電話をしたこと、昼食を食べたこと、俺の部屋に入って何か探し物をしたことぐらいだ。俺としては何か話がしたくて、何度か話題を振るのだが、彼女はそっけない返事しかしてこない。俺は本当に杣の彼氏なんだろうか。そう疑問に思ってしまうほど、俺は杣と仲良くできないでいた。いや、それは俺が勝手に思っているだけかもしれない。朔と怜のやりとりを見て、それに憧れているだけだ。そんなことを思っていると、急に電話が鳴る。非通知だ。誰からだろう?
「もしもし? 迅だよね?」
電話の声の主は、怜だった。彼女が俺に何の用だろう? ……いや待て。
「なぁ、どうやって俺の電話番号を知ったんだ?」
朔は携帯電話を持っていないらしいから、朔には俺の携帯の電話番号を教えていない。正確には、俺が電話番号を教えようとしたら、朔が、よく分からない理由をつけてそれを断った。表情から察するに、おそらく勝手に家の電話を使うと恐ろしいことがあるのだろう。――多分怜が原因だろうな。
「さぁ、それは企業秘密だから、教えられないよ」
怜は多少遊んでいるかのような口調で、結局理由は教えてくれなかった。
「まぁ、いいけどさ……で、何の用だ?」
俺が聞くと、
「いやー……杣って子から一緒に会わないかって言われてさー」
あぁ、なるほど。待ち合わせの電話はこれだったのか。俺としても怜と杣の仲は俺と朔の仲と違ってぎくしゃくしていたから、改善に向けて歩き出すのはすごくいいことだ。俺がそう思っていると、
「ま、そういう訳だから、一人だと色々あるので迅も来てね! あ、大丈夫、朔君も呼んでおくから、二人は二人で楽しんでね」
――勝手に同行することを決められ、電話を一方的に切られてしまった。俺は深く溜息を吐き、明日の準備を始めた。




