-Chapter11-
「……なぁ、一体杣はどこに行く気なんだ?」
俺はつい杣にそう聞いてしまった。いや、これから俺たちがどこに行くかはちゃんと分かっているつもりだ。朔の家に行くはずなのだ。しかし、彼女の恰好は、
「朔君の家だけど、忘れたのかな」
彼女の体とほぼ同じくらいの大きさのリュックサックを背負い、長袖の服を着た杣が、俺の方を振り向いて行った。人に家に行くのに、なぜこの夏の時期、長袖かつ重い荷物を持って出かけるというのか。まるで山登りにでも行くかのようじゃないか。俺がそう杣に伝えると、
「まぁ、先に山に行くから」
とんでもないことを杣は言った。何故それを先に言わなかったんだ。
「じゃあ俺も準備とかしないといけないじゃないか!」
俺がそう言うと、杣はそっと俺の手を取って、
「別に大丈夫。すぐに終わるから」
その言葉と同時に、彼女の周囲に影が集まってきた。これはまさか、あの時の瞬間移動するやつか? 影に包まれそうになった俺は目を閉じ、再び目を開ける。するとやはし場所は移動している。――少し肌寒い。辺りは木が茂っていて、明らかに街中ではないことを物語っている。
「……はい、これでもう大丈夫」
杣は持ってきたリュックサックをそのまま地面に置き、長袖のジャージを脱ぎ捨てる。中には普通にいつもの半袖とスカートを着ていたみたいだ。
「……え? ここに置いてくのか、これ?」
わざわざこのためだけにここに移動したのか、彼女は。まぁ、一瞬で移動できるみたいだし、俺が口出しできるようなことじゃないけど。
「まぁ、そうだね。じゃあ、山のふもとまでは移動するから、掴まって」
杣は頷いた後、手を差し伸べてきた。俺は彼女がここにリュックサックを置いてきた理由を理解しきれないまま、山のふもとまで移動することになった。
「はい、どちら様で……あれ、迅?」
ふもとに移動した後、俺たちは歩いて朔の家まで向かった。インターホンを鳴らすと、二階から誰かが降りようとして、盛大に落ちるような音が聞こえた。今出たのが朔だから、二階から落ちたのは朔、ということになる。……大丈夫か、朔。
「どうしたの? 今日何か用事でもあったっけ?」
朔は俺が彼に何か用事があって来たのだと思っているらしい。
「用事があるのは、私の方だよ」
背後に隠れていた杣が、顔を出して朔に言う。
「え? 杣さん? ……んー、まぁ、いいけど」
朔には杣の用事が何なのかピンとこないらしい。なんとなく朔の表情を見ていると、何かを中断されたことに多少不快感を示しているような気がする。
「いいところだったんだね。へぇ、暇だとずっとゲームとかしているんだ」
朔から目線を逸らした後、杣はぼそっとそんなことを呟いた。まさかあの表情から朔の考えていることを読み取ったというのか? まぁ朔は感情が表れやすいから大体どんなことを考えているかは分かるのだが。
「ちょ、え!? なんで僕の周りにはそんな人ばっかり集まるの!? 僕に思想の自由は無いのか!」
朔は以前にも表情から考えを読まれたことがあるらしく、嘆き叫んでいた。
「その通り! 朔君には私のお婿さんという以外の道は残されていない!」
ふと、背後から全く状況を把握していない一人の少女の声が聞こえてきた。
「怜……今全くそんな話してないから」
朔は深く溜息を吐いた後、後ろを振り返って怜につっこんでいた。
「今日も楽しそうにやってるなぁ。とりあえず、上がってもいいか?」
このまま立ち話をしていると、日焼けで肌がヒリヒリと赤くなってしまうので、俺は朔に頼んでみる。朔は快く了承してくれた。杣が一瞬家の中に入るのに逡巡したような気がするのだが――以前ここに侵入したことに罪悪感を感じているのだろうか?
「『ふふふ、ようこそ我が聖域サン』くむぅ!」
怜が何かよく分からないことを言おうとして、朔に口を押えられた。本当にこの二人は仲がいいな。――俺もあんなふうに積極的にいった方がいいのだろうか?
「まぁ、面白いものとかは少ないけど、ゆっくりしてってよ」
朔は怜の口を押えながら、苦笑いを浮かべて言った。
「そう、じゃあ失礼して」
杣は立ち上がると、廊下に出る。トイレだろうか? そう思った俺だが、
「ちょ、え!? 二階に行くの!? あ、待って僕の部屋は待って! 何だろうこの既視感! 杣さんって意外に失礼なところあるよね!」
――杣が階段を上って朔の部屋に行こうとしていたらしい。杣って、こんなことしてたっけ? 俺は頭を押さえて、深いため息を吐いた。夏休みに入ってから、どうも杣がおかしくなっている気がする。夏の暑さでちょっとテンションが変になってしまっているのだろうか?
「迅ーアイス取ってー」
怜がテーブルの上に寝転がりながらそんなことを言うので、俺は自分で取れよと言いながら、冷凍庫の中からアイスを取り出して怜に渡す。
「――ねぇ迅、杣って子、ちょっと変だよね?」
怜が俺と同じことを思っていたので、俺は彼女と話をすることにした。




